第130話 同じ名の術士
ガンツさんの店で高価で貴重な魔道具を手に入れた俺は、何処にも寄らずに宿屋へと帰った。
部屋に入ると早速、亜空間倉庫へと繋がる扉を開くと魔道具に被せられている袋をめくりガンツさんに教えられた通りに倉庫の中央部分にあたる場所に設置した。
すると徐々に魔道具の青く光っている場所が下のほうから徐々にゆっくりとしたスピードで赤く染まっていく。
「こうしておけば、24時間後には使用することが出来るという訳か。楽しみだな」
(マスター、子供のような顔をしてますよ?)
「わかるか? 凄い楽しみなんだよ、早く明日の夜にならないかな~~~」
(『子供のような』ではなく、まるっきり子供ですね)
その後は夢中になり、気が付けば朝を迎えていて、魔道具は略中間まで赤に染め上がっていた。
「おや? もう朝か。興奮し過ぎたな」
魔道具に夢中になって一睡もしなかった俺は朝の鐘の音で完全に覚醒し、講習に遅れまいと朝食も食べずに城へと急いだ。
「あっミコトさん、おはようございます」
其処には先に来ていたルナが居り、門が完全に開くのを今か今かと待ちわびていた。
「なんだか眠たそうですね。 何かあったんですか?」
「いや、ちょっとね」
「もしかして早速、錬金を試してみたとか?」
「分かる?」
実際にはそのような事はないが、他に理由が思いつかないため、そういうことにしておいた。
「ルナも錬金をしてみたのか?」
「ううん、私は魔力が足りなかったから、寝る直前まで魔力を放出し続けていたの。 噂では限りなく、0に近くなるまで魔力を消費すれば潜在魔力量が増えると聞いたことがあるから」
ルナとそういう話をしていると昨日と同じ衛士が城門から姿を現し、『開門!』と声を発した。
「それじゃあ、今日も頑張ろうか」
「うん♪」
そして俺達は昨日、グレイアスから手渡された通行証を衛士に見せ、教室へと足を進めた。
教室に到着して数分後、後頭部の髪が跳ね上がっているグレイアスが飛び込んできた。
「おはよう! 2人とも、早いな・・・・・・ってミコト? 俺の方を見て何を笑っているんだ?」
「何って、後頭部に寝癖が付いていますよ?」
「えっ!?」
グレイアスは俺に言われて初めて、後頭部に手を遣り盛大に刎ねている後ろ髪に気づいたようだ。
ルナも声には出していないが両手で口を押さえ、今にも大爆笑するような表情を見せている。
「くそっ! あいつ等、知ってて黙ってたな?」
その後、乱暴に手櫛で後頭部を整えたグレイアスは、何事も無かったかのように授業を開始した。
今日の講習は土に含まれる様々な成分や、昨日と同じ魔力調整で終了した。
ルナも就寝前の特訓の成果か、ギリギリだったが3分間の魔力放出を維持できたようだ。
「できた!!」
「ルナも魔力放出が出来るようになったみたいだし、明日からは愈々実際に錬金をしてみようか」
「本当ですか!?」
「嘘を言って如何する? くれぐれも明日、魔力切れを起こさないように休養をとっておくこと!」
「「ありがとうございました!」」
ルナも昨日のように机に突っ伏してしまうことはなく、少しばかり余裕が出てきたようだった。
グレイアスもルナの様子を見て軽く頷いた後、教室を出ようと扉に手を掛けようとした瞬間、誰も触っても居ないのに扉が開けられた。
「土術士隊長グレイアス様、炎術士隊隊長ファルラン様がお呼びです。 至急、円卓の間へお越し下さい」
扉を開けて入ってきたのは何時か城壁の上で、空を飛ぶ俺に話しかけて来たナジェリアだった。
ともなれば俺が今、此処に居るという事実を知られることは非常に不味い。
俺は咄嗟に机の下に隠れるような素振りをしナジェリアに見つからないようにしたのだが
「ん? 如何したんだ。腹でも痛いのか?」
「ミコトさん、大丈夫ですか?」
空気を読まない2人によって俺の目論見は完全に無駄となった。
「ミコト? ああ、噂にあった高魔力の持ち主ですか。 どんな方なのか興味はありますが、今はファルラン隊長の用件が先です。 グレイアス隊長、お急ぎ下さい」
「あ、ああ、分かった」
そしてナジェリアとグレイアス、2人の足音が教室から遠ざかっていく。
「ミコトさん、ナジェリアさんとお知り合いなんですか?」
「ちょっとした理由があってね。 恥ずかしくて顔を合わすわけには行かないんだよ」
実際には恥ずかしいどころではない、重大な理由があるんだが。
ルナは俺の言っている事が完全に信じ込んでいたようで・・・・・・。
「その気持ち、少し分かります。 普段見慣れた相手でも、街中でバッタリ顔を合わせてしまうと恥ずかしいですものね」
少し誤解があるようだが、この場を凌げたなら何も言う事はないな。
(危なかったですね。 空を飛んでいたことから、ナジェリアさんはマスターが間違いなく風術士だと思っていらっしゃるでしょうから、この錬金講習会にいると不味いですよね)
(ミラに聞いた話では、この世界は多属性の魔法の使い手は少ないそうだからな。 城内で見つかったら言い訳出来ないな)
「ミコトさん、そろそろ帰りませんか? 用も無いのに城に居ると誤解を招くかもしれませんから」
「そうだね。 帰ろうか」
その後、微妙に勘違いしたルナを味方につけて、城内で見つからずに外に出ることが出来た。
「グレイアス様が仰られたとおり、明日から実際に錬金が出来るのですね。 今から明日になるのが楽しみです!」
「はははっ! 緊張しすぎて寝坊しないようにね。 あと寝癖も」
「分かってます。 ミコトさんこそ、キチンと睡眠をとらないと身体に毒ですよ?」
そして城門でルナと分かれた俺は夕飯を食べるべく酒場へと足を進めた。
その頃、ナジェリアに急に呼ばれたグレイアスはというと。
「全く、ファルラン殿の心配性もに困ったものだ。 数日後の演習の再確認とは」
「そうですね。 我等、炎術士の隊長ながら、何をするにしても神経質で困ってしまいます」
「ナジェリア殿もそう思うか?」
「本人の前では絶対に言えませんがね」
「全くだ。 それはそうと、ナジェリア殿はミコトと顔見知りなのか?」
「どうしてそのような事をお聞きになるのですか? 同名の風術士を知っているだけで、知り合いというほどではありませんが」
「いや、錬金講習で勉強しているミコトが、いつになく慌てているような雰囲気を感じたものだからね」
「思い過ごしだと思いますよ? 複数の属性を持つ魔術師など、おいそれと居ないのですから。 もし仮に存在するとすれば・・・・・・」
「ナジェリア殿? 難しい顔をしてどうかしたか?」
「い、いえ何でもありません。失礼します」
ナジェリアは早足で、其の場から逃げるようにして来た道を戻っていった。
「如何したんだ? 何か悪いものでも食べたんだろうか、心配だな」
人のことを言えないグライアスであった。