第127話 錬金術講習初日
酒場で大満足の夕食を済ました俺は、ミラに聞きたいことがあるので足早に宿屋の部屋へと戻った。
(さてミラ、少し話が違うんじゃないか?)
(申し訳ありません。 現状では言い訳にしかなりませんが、前にこの世界に来た時は沢山の人々が当たり前のように空を飛んでいたんです)
(前に来た時って、何時の事だ?)
(今から約200年ほど前のことです)
(そうなのか。 ん? まてよ、前に俺が名前を授けた時に気分が高揚して周り中の精霊に自慢していた時は如何だったんだ?)
(その事は忘れていただけると有難いのですが・・・・・・そのときは、この世界に降り立っていないので分からなかったんです)
(どういうことだ?)
(世界は今立っている世界を含む、3つの世界で成り立っています。 一つは此処に主様が居る人間界、そして各種精霊達がいる精霊界、更にその人間界と精霊界の上に神界。 つまり何れ主様が行きつく場所である、神々の世界が存在します。 私達精霊は精霊界を行き来して情報交換をしますので、人間界に降りる必要はないわけです)
(そうだったのか。 すまなかったなミラ)
(いえ、お気になさらずに)
ミラに責めていた事を謝り、翌日から始まる錬金の講習に備え、その日は眠りに付いた。
そして翌朝、部屋で亜空間から取り出した果物で朝食を摂ると、昨日酒場から出たときと同じ様な澄んだ音色の鐘の音が聞えてきたが、気にしないことにして城の入口へと足を進める。
すると其処には既に沢山の人だかりが出来上がっていた。
俺も皆と同じ様に城門の前で待っていると、重厚そうな扉が開き、城の中から数人の衛士が姿を現した。
「それでは此れより、錬金講習会の受付を開始する! 名を呼ばれた者は番号札を受け取ったあと、案内板に従い城内へと進むように。 間違っても不審な行動は取らぬ様にな」
先頭の衛士が言い切った直ぐあとに、別の衛士が次々と名前を読み上げていく。
集まっていた沢山の人々も名前を次々と呼ばれていき、各々が番号札を受け取って城内へと入ってゆく。
「次、番号札59番ミコト!」
漸く俺が呼ばれたようだ。 俺の周りには既に衛士以外、誰も居ない。
「はい!」
「ふむ、君で最後のようだな。 城門から中に入ると赤い矢印があるから、其れに従って進むように」
「分かりました」
俺は“59”と書かれた番号札を受け取ると言われたとおりに城門から中に入り、赤い矢印に従って会場を目指した。
そして順路に従って歩くこと数分後、漸く会場に入る事が出来た。
其処は正面に巨大な黒板があり、右胸に何か黄色のマークが入った鎧を着込む衛士が2人立っていた。
「番号札を」
無口な衛士に受付で渡された番号札を見せると、軽く頷いたあと席に着くように促された。
「それでは、これより錬金講習会を開始する。 まず始めに皆も知っているとは思うが『錬金』とは土術士であることと、潜在魔力がある程度なければ発動すらしない」
教壇に手を置いた衛士が話をしだすと俺の横に座っている男性が『ビクッ』と身体を震わせていた。
「そのことを踏まえ、これからテストを行なう。 諸君等の机には土術の魔力を検知する魔道具を埋め込んである。 それでは皆、机に両掌を広げて魔力を解放しろ」
衛士が『解放』という言葉を発した瞬間、其々の机で次々と炎の陽炎に似た輝きが放たれていく。
俺もこうしてはいられないと見よう見まねで机に向かって魔力を解放したところ、5m以上の高さがある天井近くまで濃赤色の光が立ちのぼり、次の瞬間には目の前の机に『合格』の文字が浮き上がった。
「ほう? 今回は有能な者が混ざっているようだな」
衛士は明らかに俺の方を見て、言葉を洩らしながら口元を緩ませると会場内を見回した。
が、もう1人部屋の隅に座っている衛士は明らかに此方の方を凝視して目を見開いている様だった。
(マスター、どうやらこの机は一定量の土属性の魔力を検知すると文字が浮き上がる仕組みになっているようですね)
(緊張した所為か、思いっきり魔力を放出してしまったからな)
(少しは手加減をしないと問題になるかもしれませんよ?)
ルゥと話をしながら会場を見回してみるが、半分以上が未だ文字が出ていないようだ。
俺の隣の席で身体を震わせた男性は顔を真っ赤にして頑張っているものの、何の光も出てはいなかった。
それから約1時間が経過した頃、教壇に腕を組んで立っていた衛士が終了とばかりに右腕を上に掲げた。
「それまで!」
衛士の言葉で全ての光の柱は無くなり、会場には悔しさのあまり周囲に当り散らす者、机を叩きつける者、試験官に『机に不備があったのではないか!?』と問い詰める者などがいた。
「机に合格の文字が浮き出た物は座れ! 表示が出なかった者は錬金の資格を持たなかったという事だ。速やかに退場せよ」
その言葉で次々と人々は会場を退出していくが、其の中に1人だけ衛士に食って掛かっている青年がいた。
「ふざけるな!納得できるわけがないだろう」
「お前は・・・・・・27番。 ああ、あいつの息子か」
「父さんを知ってるなら話が早い、僕を今すぐ合格にしろ!」
「先程も言った筈だが? お前は潜在魔力が足りなかった、だから不合格なんだ。 そうそう一応言っておくが、魔道具で魔力を増大させたところで無駄だからな?」
「くそ~~~」
青年は衛士の言った魔道具に心当たりがあるのか顔を真っ赤にして机を足蹴にしながら会場を出て行った。
「全く、アイツが親にして、息子もアレか頭が痛くなるな」
「おい、早く進めないと」
「ああ、分かってるよ。 今回は59人中、合格者は2人か・・・・・・」
見ると広い会場の中には右端に俺と、左端に息も絶え絶えな女性が蹲っているだけだった。
「それじゃあ、今日は此れまでだ! 君達2人は明日の朝、改めて此処に来るように。 では解散」
俺は衛士の言葉に従って、会場を後にしようと入口付近に足を進めたが、もう1人の合格者である女性は蹲ったまま立ち上がれずに居た。
「あんた大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶ、かな?」
「全然大丈夫そうに見えないんだが、よければ家まで送ろうか?」
「ありがと優しいのね。 それとも下心ありなのかな?」
「おいおい・・・・・・」
「冗談よ、私はルナ。貴方は?」
「ああ、俺はミコトだ。宜しく」
こうして唯一のクラスメイトであるルナと握手した俺は商店街の裏にあるというルナの家まで彼女を送って行き、彼女の両親から感謝の言葉を貰ってから宿屋へと向かった。
この時の俺は『錬金』の事を考えるあまり、重大な事を見逃していた
城内で講習を受けると言う事は空を飛んでいるところを見られた、『彼女』と顔を合わす確率が高いと言う事を・・・・・・。
一方、ミコトがクラスメイトとなるルナを家まで送っていた頃、城では・・・・・・
「お疲れ様です」
「ナジェリア殿か、このような時間に如何したんだ?」
「グレイアス殿が明日から担当する、錬金講座の審査で何か騒ぎがあったと、お聞きした物ですから」
「ああ、あの事か流石に耳が早いな。 実はな今回も参加していたマグドルの息子が『不合格を取り消せ!』と駄々をこねおったものでな」
「またですか。 これで何回目のこと何ですか?」
「これで通算10回目だな。 碌な魔力修行もせずに魔道具という、小手先だけで受かろうとする根性が気に入らん! 親も親なら子も子だ。 アイツも散々文句を言っていたからな」
「その言葉を聞くのも此れで6回目ですね。 おや? 其れはなんですか?」
ナジェリアはグレイアスの口から出た、溜息交じりの言葉を聞き、苦笑していたがグレイアスが手に持っている何かに正体の分からぬ違和感を感じていた。
「此れか? 今日の一次審査で59人中、たった2人に絞られた合格者のリストだ」
「ちょっと拝見しても宜しいですか?」
「あ、ああ構わないぞ。 機密性のあるものでも無いしな」
「それでは失礼して」
ナジェリアは用紙を受け取り、合格者の名前や性別、魔力量などが記されている用紙を舐めるように読み出した。
「へぇ、合格者に女性が含まれていることは珍しいですね。 魔力量はDランクですか、ギリギリといったところですね。 おや? もう1人の男性は・・・・・・珍しい事もあるものだ」
「どうかしたか? 知り合いなのか?」
「そういう訳では無いのですが、城壁で警備していた時に遭遇した冒険者と同じ名前なんですよ」
「もしかすると、同一人物かもしれないね」
「いえ、私が出会った人物は風魔法を使用していましたし、2属性以上の魔法を使える者は限られていますからね。 それにしても魔力量がAランクですか!? 凄い逸材ですね」
「そうだな、見ている俺も吃驚したよ。 一瞬で天井近くまで魔光の輝きが立ち上っていたからな」
「それは凄い! 土術士部隊にまた1人、有能な術士が加わるのですね。 羨ましい限りです」
「そればっかりは本人が決める事だな。 無理強いするわけにもいかないし」
「そうですね。 おっと、もうこのような時間ですか? お先に失礼致します」
「ああ、お疲れさん」
ナジェリアが踵をかえして立ち去った後も、グレイアスはミコトのことが記された頁を見て眉間に皺を寄せていた。
「ナジェリアに、ああは言ったが、このミコトという男、実際には魔力量は『測定不能』だったんだよな。 取り敢えずの処置として最高位である、『A』を書き込んだが、実際にはSランクだったかもしれんな。 あいつは一体何者なんだ?」
別の人間の視点で少し描いて見ました。