第122話 魔術師の世界
何時もの様に上下左右東西南北という方向の分からない空間を抜けて辿りついた先は高さ数十mはあろうかという巨岩の上だった。
(主様、お待たせいたしました。 次なる世界に到着いたしました)
(今、立っている場所は兎も角として此処はどんな世界なんだ?)
(この世界は土の精霊が管理している世界で前に居た世界とは180度異なり、魔法が異様なまでに発達した世界です。 中には主様のように空を飛べる人間も居ますよ。 ・・・・・・稀にですが)
ミラが最後に、ぼそっと言った言葉は風の音が邪魔をして聞き取れなかったが、此処では飛行しても問題は無いということだな。
(そういえば前の世界には碌な食べ物が無かったから硬貨を使わずにそのまま道具袋に入っているな。 この世界でなにか別の使い道があれば良いのだけれど)
(難しいですね~~~世界が変われば、使うお金も変わりますから使えないんじゃ無いでしょうか)
(やっぱりそう思うか。 まぁ捨てる事は勿体無くて出来ないから、そのまま持っていよう)
ミラとの会話を終えた俺は、まず最初に街を見つけなければと思い、巨岩の上から遠くを見るようにして目を細め、360度周辺を見回した。
が、どの方向を見ても青く澄み渡った空と無限に広がる荒野が目に入るだけだった。
(街はおろか村さえも見えないんだが・・・・・・ん? あれは)
ふと見ると荒野を砂煙を上げながら疾走する一つの影が見える。
最初、魔物でも走っているのかと思っていたが、よくみると2本足の小型恐竜のような生き物に跨って、何を急いでいるのか必死に鞭を打っている男が眼に入った。
(何を急いでいるのか分からないが、豪く焦っているような感じがするな)
(マスター、その理由はあれじゃないですか?)
(ん、どれ?)
(あの生き物の後方をよく見て下さい)
ルゥにそう言われ、男の方ばかりを見ていた目を後方に遣ると。
男の乗る小型恐竜の何十倍もの大きさがある、ティラノザウルスに酷似した魔物が涎を垂らしながら追いかけていた。
(なるほど、男はあの魔物の餌という訳か・・・・・・って何を落ち着いているんだ俺は!? 助けないと)
俺は咄嗟に風の膜を全身に覆い、切り立った岩場から飛び降りた。
落下している途中で飛行魔法を使って空中で停止した俺は、追いかけられている男と魔物の中間あたりに間合いが詰まらない様にして移動した。
「あ、あんたは!?」
「此処は俺に任せて逃げろ!」
「ありがたい! コイツの息も上がってきて、もう駄目だと思っていたんだ」
みてみれば男の乗った小型恐竜はかなり疲れているようで今にも倒れそうな表情を醸し出していた。
「俺が今から魔物の視界を塞ぐような攻撃をする。 その間に何処かの茂みに飛び込んで身を隠せ!」
「分かった」
俺は飛行魔法を解除すると自由落下している状態で掌に直径30cmほどの火炎球を作り出し、男に目で合図した後、魔物に向かって放り投げた。
火炎球が魔物のいる方向へ飛んでいくのを確認した後、地面に墜落する前に飛行魔法で空中に停止する。
魔物は獲物が増えたとばかりに速度を上げて猪突猛進していた為、予期せぬ攻撃をかわすことはおろか、防御する事さえ出来なかった。
俺の放った魔法は寸分の狂いもなく魔物の右目に直撃し、その衝撃で前のめりになり地面に逆立ちをするような体勢で倒れた。
その間に前を走っていた男は岩陰に身を隠し、俺もまた上空へと飛び上がった。
その十数秒後、右目から緑色の血を流しながら魔物は起き上がってきたが時既に遅く、追いかけていた男は見当たらず、途中乱入してきた男も居なくなった事で頭を垂れて、右目が見えないためかフラフラと来た道を戻っていった。
暫くして岩陰から追いかけられていた男が周りを警戒しながら出てきたが、其処には魔物の姿も俺の姿もなく男は呆然と立ち竦んでいたのだが、誰にでもなく頭を下げると小型恐竜に乗ってゆっくりと走っていった。
(マスター、あの男に街まで案内してもらった方が良いのでは?)
(そうだった、全く考えてなかったな。 まぁ雰囲気的に少し出づらいし、空から男を追いかけるとするか)
(そうですね。 誰にでもなく、会釈した男の前に行くのは格好悪いですしね)
(そこまでハッキリ言わなくても良いのに)
(マスター? 如何なさったんですか?)
(何でもない行くぞ)
(? はい)
そして小型恐竜の速度にあわせながら飛行魔法で尾行していると・・・・・・約2時間後には高い塀で囲まれた六角形をした、其々の角に塔がある変わった作りの大きな街に入って行った。
(魔物に備えて高い塀にしているんだろうけど、屋根がないと飛行している魔物には効果がないと思うんだけどな)
そうして俺も街に入って一休みしようと、街の門から入らずに空から街に入ろうとしたのだが。
「其処に居る者! 直ちに停止しろ」
空中に居るにも拘らず何処からともなく『停まれ』という声が。
よくみると塀の上の足場の辺りに鎧の右胸のあたりに赤い炎のような紋章を付けた女性がこちらに対して呼びかけていた。
その周辺にいる別の色の鎧を着た人たちも何故か目玉が零れ落ちそうなほどに目を限界まで見開いて此方を凝視している。
「聞えなかったのか? 空中に浮かんでいる者、直ちに停止して地面に降りろ!」
「わ、分かりました」
俺が呼びかけに応じ、地面に向かって降下していくと、俺に呼びかけていた女性も塀の向こうに階段があるのかタッタッタッタッという靴音とともに地面に降り、街の門に姿を現した。
「お前、何者だ? 今は無き飛行魔法を使うとは只者ではないな」
「今は無いって・・・・・・」
ミラ、どういうことだ!?
「答えられないのか?」
こうなったら嘘に嘘を塗り固めて説明するしかないな。
「い、いえ俺は遠くの街から旅をしてきたミコトと言います。 決して怪しい者ではありません」
「皆、そういうのだがな。 飛行魔法については如何説明する?」
「小さい頃から家にある、曽祖父の集めた特殊な本を読んで過ごして来たので知らないうちに身に付き、ある日試しに2階の窓から飛び降りたところ飛べるようになっていました」
「むぅ、そのような貴重な文献が残されているとはな。 その本は今何処に?」
どうしよう・・・・・・此処までは考えてなかった。
「どうした? 何故黙っている?」
「い、いえ数年前に家が盗賊の手に掛かり家族は皆殺しに遭い、俺は2階の窓から空中に飛び出して助かったのですが、家も本も家族も全て灰になってしまいました」
俺は眼に入った砂を拭うようにして目を擦っていたのだが、其れを泣いていると判断したようで・・・・・・。
「すまない! 辛い過去を思い出させてしまい、申し訳がない」
「気にしてませんから」
そして俺は女性に手を引かれながら街の中へと入って行った。
「それにしても、空から街に入ろうとするとは無謀すぎる行動だぞ?」
「どういうことですか? このような大きい街に来た事は無いので分からないのですが」
「何だ知らなかったのか? 此処はわが国の国王が住まう王都ルイベアス。 他の街に比べ守備は堅固な物とされ、上空には魔法結界が張ってあるため例え上級魔族であろうと空からの出入りは不可能だ」
そうすると知らずに空から入ると大怪我をしていたという訳か。
不死身だから自分的には問題ないけど、大騒ぎになることは間違いなかったな。
「おっと自己紹介が遅れたな。 私は炎術士のナジェリアだ」
炎術士? この街の守備隊か何かだろうか。
「よろしくお願いします」
「ではな。 仕事に戻るとするよ」
こうして最初から混乱に陥ってしまったが無事(?)に街に入る事が出来た。
「そうそう、大騒ぎになるからあまり人前では空を飛ばないほうが良いぞ」
周りの状況を見る限り、もう遅い気がするが・・・・・・。
普通は魔術師の『師』と書くのですが、敢えて『士』を使いました。
深い意味はありませんが・・・・・・。