閑話⑦ 精霊無き世界 【後編】
前回のとんでもない木の実を目覚ましとして食わされた長老は夕方まで、のた打ち回った挙句、腹がパンパンに膨らむほど水を飲んで事なきを得ていた。
「う~~~酷い目にあったわい」
「大丈夫ですか? 見た感じでは、とても辛そうに思えるのですが?」
「ミコト、何時もの事だから気にしなくても良いわ」
「エリィ・・・・・・それが祖父に対する仕打ちか!?」
「えっ!? エリィって長老の孫なの?」
「言ってなかったかのぉ? そういえば何時の間にミコトと仲良くなったのじゃ?」
「宴が終ってから、後片付けを手伝って貰っていた時にかな?」
「なるほどのぉ~~して? 遅くなったが、ミコトが此処にいる理由を聞かせてもらっても良いかの?」
「突拍子のない話だと思いますが、今から話すことは全て嘘偽りのない事実ですので」
そして俺は自分が将来の神だということは誤魔化しながら、ミラを始めとする精霊に出会う旅をしている事、異なる世界を精霊の力によって渡っている事、何らかの事故でこの世界に落ちてしまった事などを長老とエリィに説明した。
俺が全て話し終えると長老もエリィも目を最大限に見開いた状態で俺を見ていた。
「じゃ、じゃあミコトはこの世界の住人じゃないと言うの!? 此処の他にも世界があるだなんて、てっきり御伽噺とばかり」
エリィはこんな話を信じてくれるのか、定まらない視点でうろたえている。
「ふむ、嘘をついているような目には見えなかったのぉ。 先程の話を簡潔に纏めると使役していた精霊様が見つかるまで世界を渡れないということじゃな?」
「そうなりますね。 唯一手元にいる剣の精霊であるルゥの話によれば、この世界には精霊がいないそうですね。 もし宜しければ理由を聞かせてもらえませんか?」
「分かった。 とは言っても直接知っているのは既に亡くなった、わしの曾祖父でな? 伝承として聞いた話によれば、今この時より数千万年もの昔、この地を戦場にして神と悪魔の軍勢が争ったのだそうじゃ」
神と悪魔の戦争・・・・・・・・・。
「戦争は瞬く間に森を焦土にし、川を干上がらせ、空を壊し地表は文字通り地獄絵図と化した。 そんな中、破壊しつくされた自然を修復するため、精霊様たちは惜しみない力を使ってくれていたのだが、何時しか一体、また一体と精霊様たちは姿を消して行き、とうとう世界から精霊様達がいなくなったのじゃ。 この世界の現状を見て見放されたのか、それとも力の使いすぎで消滅してしまったのか、定かではないが精霊様がこのまま戻ってこなければ近い将来、この世界は滅ぶであろう」
エリィは長老の言葉に声を失い、両手で口元を隠すかのようにして固まっていた。
そして気がつけば既に日はどっぷりと落ちており、辺りは暗闇に包まれていた。
「おっと、話に夢中で時間を忘れておりましたな。 直ぐに食事の用意をしますので暫くお待ち頂けますかな? さぁ、エリィも手伝いなさい」
エリィも初めて聞かされたのか覚束ない足取りで長老と共に家の中へと入って行く。
長老の応対も俺が精霊を使役する存在と分かってからは何処か丁寧な口調に変わっていた。
何かの肉の丸焼きという豪快な夕食が終了し俺のために宛がわれた部屋で寝ていると、今か今かと待ち望んでいた声が頭の中に届いた。
(主様、申し訳ありません。 ご無事で何よりです)
ミラの声を筆頭に火の精霊フレイ、風の精霊シルフ、水の精霊アクア、氷の精霊シャルの声が頭の中に響き渡る。
(ミラか! 一体何があったんだ?)
(詳しい事は未だ不明なのですが、天界の調査によりますと『魔に属する者が此方に対して何らかの妨害工作を行なったのでは?』という見解になっております)
(天界が?)
(主様がこの世界にいると調べてくださったのも天界の方々です。 さて遅くなりましたが直ぐにでも世界を渡りますか?)
(いや少し待ってくれ。 ちょっと気になることがあってな)
(宜しければ、お聞きしても?)
ミラに話すことで何らかの解決策が見つかるかも? と思い、長老に説明された神と悪魔の戦争によって精霊が世界から絶滅したと言う話を聞かせた結果、ミラから齎された言葉に驚きを隠せなかった。
(主様、それは可笑しいです。 精霊は力の消費によって一時的に弱くなる事はあっても、完全に消滅するという事はあり得ません)
(だけどシルフの場合は? シルフも魔力を奪われて消滅しかかっていたんだろう?)
風の精霊が魔力を魔吸石によって奪われ消滅しかけていた事を聞いてみると。
(いえ、先程も言いましたように本来はありえないことなのです。 シルフに起こった事に関しましても予想外の事でしたので)
(どういうことだ?)
(魔力は魔力でも人間達の言う魔力と精霊の力になっている魔力は大きく異なります。 例えば、そうですね・・・・・・主様、御手数ですが両腕を広げられるだけ広げてもらえませんか?)
俺は一体何の意味があるのか分からないがミラに言われた通り、両腕を限界まで伸ばすと。
(ありがとうございます。 主様を中心に指先で円を描き、その中にある魔力を普通の人間の換算で『1』とすると精霊の換算では『100』となります)
人間1:精霊100か・・・・・・。
ってちょっと待てよ? なら魔吸石に吸われた魔力の量ってどういう事に。
(気がついたようですね。 風の精霊の命ともいえる魔力を奪われたとは言っても、人が作りし魔道具で精霊が瀕死に追い込まれるなど本当は不可能なんです)
じゃあ、ドゥールが使っていた魔吸石は一体何だったんだ?
今も亜空間倉庫に置かれているが・・・・・・。
(『精霊』と一言で言っても、草や木といった下級精霊は1m×1mの範囲内に少なくても100体はいます。 この世界のように完全に0と言うのは大異変なんです)
(この時点で俺がこの世界に対して、してやれる事は何もないのか?)
(残念ながら、今の主様の御力では如何する事も出来ません。 精霊がいなくなったと言う原因を解明しない事には何をしても元の木阿弥です)
(くそっ! 俺は非力だ・・・・・・)
(主様)
(マスター)
此処にいても如何する事も出来ないとミラに聞かされた俺は、長老とエリィが寝ている部屋に出向き、そっと2人に対して頭を下げると、ミラの力で次の世界へと旅立った。
なんともいえない虚脱感を心に抱きながら・・・・・・。