閑話⑦ 精霊無き世界 【中編】
鋭い爪に鷲掴みにされて数分が経過した頃、竜が住んでいるようには思えない、木や藁で組まれた規模の大きな家々が巨大な木々に囲まれてポツポツと点在していた風景が眼に入ってきた。
家とは言っても俺の知るような大きさではなく平屋建てにも拘らず、高さはゆうに20~30m以上はあり、横幅も500mくらい。 奥行に至っては向こうの壁が霞んで見える程と言う想像を絶する広さだった。
そのような事を爪に掴まれながら考えていると、長老は不意に俺を静かに地面へと下ろしたかと思うと突然上空に舞い上がり、眼が眩むほどの眩い光があたり一面を照らした。
長老と共に飛んで来ていた他の竜たちも次から次へと眩い光を放っていく。
そして光が止むと其処には身長5mくらいの身体の表面に鱗が生えた巨人が背伸びをしたり屈伸運動をしたりして仲間と喋っていた。
「小さき者よ、何をボケッとしている?」
あまりの出来事に空いた口が塞がらないとはこの事であろう。
目の前の現象に釘付けとなっていると、身体の表面が鱗のような物で覆われた大柄な女性が話しかけて来た。
とは言っても他の周りで談笑している巨人と比べて小さい方なのだが。
「えっと・・・・・・・・・此れはどういうことなんでしょうか?」
混乱している俺の問いに答えてくれたのは目の前の女性ではなく長老がいた付近に出現した、立派な口髭を地面に垂らした腰を曲げたお爺さんだった。
「どういうことも何も、竜型から人型に姿を変えただけじゃぞ? 竜型のままじゃと、手は使えぬから不自由極まりないからのぉ。 生活する際は人型になるのじゃよ」
しかも今になって漸く気づいたが、会話も念話ではなく普通に口で行なっていた。
「さて、皆のもの。 今日は宴じゃ! この地に精霊様がおいで下さった事を祝し宴を開こうぞ!」
「「「おおおぉぉぉーーーー!!」」」
(精霊様と言われても私は中級精霊でしかないのですが・・・・・・マスターの御蔭でギリギリ、中級扱いでしかありませんし)
(こりゃ、何故か此処にはいない、精霊王であるミラが来たら如何いう結果になるんだろうな?)
巨大な男達は長老が発した『宴』という言葉を聞きつけ、万歳のように腕を伸ばし叫んでいる。
一方先程の俺の前に現れた女性は手を額に当てながら『ヤレヤレ・・・・・・』といった表情で俯いていた。
そんなこんなで日は暮れて辺りが暗闇に包まれると集落の彼方此方からキャンプファイヤのような火柱があがり、蜥蜴に似た巨人達は巨大なコップを手に騒いでいる。
「ミコト何をボサッとしておるのじゃ? 今宵の主役はオヌシなのじゃぞ。 辛気臭い顔をしとらんで祭りに参加せんか!」
俺に声を掛けてきた長老は宴会開始早々に出来上がっているのか、真っ赤な顔をして地面に座って身体よりも一回り以上の巨大な果物を齧っている俺を掴むとそのまま皆が集まって騒いでいる場所へ連れて行く。
皆よりも身長が低い俺が長老によって無理矢理に宴の席へ足を踏み入れると、最初は俺を見て怪訝そうな顔をしていた竜人達も笑いながら酒を勧めてくる。
あとから聞いた話では飲んでいたのは俺が想像していたような酒ではなく、発酵した木の樹液が何故かウオッカ並の度数になった物らしい。
そんな宴が一晩中続き、空が夜明けで明るくなる頃には最初の溜息をついていた女性を除いた、ほぼ全員が地面で大の字になって倒れ眠っていた。
「ほんとにもぅ! 何時も何らかの理由をつけては宴になるんだから少しは自重してほしいものだわ」
唯一倒れていない女性は酒を飲まなかったのか、腰に手を当てながら散らかった広場を片付けていく。
「あの・・・・・・何か手伝いましょうか?」
最初は俺のことを不審がっていた女性も一晩一緒に過ごした結果、いつの間にやら打ち解けていた。
念のために言っておくが、疚しい事はこれっぽっちもしていないので誤解無きよう。
「う~~~ん、手伝ってほしいのは山々なんだけど、小人であるミコトにコレを持つ事が出来る?」
そう言って女性が差したのは俺の身体よりも2回りは巨大な木で出来たコップだった。
試しに持ってみると俺の力が異常なのか、軽々と持ち運べてしまった。
「へぇ~見かけによらず、力があるみたいね。 じゃ広場に散らばっているコップを回収して洗い場まで運んでくれる? 洗い場って言っても、この近くを流れている川のことなんだけどね」
女性は巨大な体躯にも拘らず、舌をだしておどけている。
その後は女性と共に広場の整理をし、全て終わる事には太陽が一番上に来ていた。
その頃には地面で倒れ付していた他の巨人達も次々と起き上がり家に帰っていた。
後に残るのは未だに鼾をかいて眠っている長老と、巨木を背にして疲れ果てて座っている女性(手伝っていた時に名前はエリィだと教えてくれた)に、アレだけ動いてもまだまだ余裕でピンピンしている俺の姿だけだった。
「長老、いい加減に起きて下さいよ。 もう昼過ぎですよ?」
女性が幾ら言っても長老は起き様とせず、大口を開けて鼾をかいている。
時々腹を手で掻いているが、おそらく無意識だろう。
「はぁ、やむを得ませんね。 あとで恨まないで下さいよ」
エリィは近くの木に実っている、毒々しいほどに真っ赤な木の実を掴むと大口を開けた長老の口の上で握り潰す様にして果汁を絞っていく。
匂いから言えば酸っぱいレモンのような感じなのだが、色を見ると血液を思わせるような濃赤だった。
「さて、3、2、1・・・・・・」
っと、木の実を絞りきったエリィが何故か秒読みを開始すると『0』と言った瞬間に長老は年齢を感じさせないような動きで飛び上がり、口を押さえながら一目散に川へと走って行った。
「ンンンーーーーーーー!!!」
それから数分後。
「ふぇふぃい!! ふぉふふぃふぁふぁひふぉふぉふぉふひは!?」
【略:エリィ!! オヌシはわしを殺す気か!?】
タラコ唇のように腫れあがった口元を押さえながら長老が意味不明の言葉を喋ってくる。
「何をしても起きない長老が悪いのです。 他の皆は既に起きて家に戻りましたよ?」
なんでそれで言葉が通じるんだ?
「ふぉのふぇーーー!」
【略:おのれーーー!】
それから凡そ1時間もの間、広場で意味不明の言葉でエリィに只管文句を言い続ける長老の姿が見受けられたという。
後にエリィに『あの木の実は何だったの?』と聞くと俺の世界で言う、ハバネロクラスの唐辛子で普段は絞った汁を数十倍に薄めて料理の味付けとして使う物らしい。
ちなみに絞った汁をそのままで食べると口の感覚が麻痺し、暫くは何を食べても味はしないんだという。