閑話⑦ 精霊無き世界 【前編】
異世界渡りの光が収まると俺は鬱蒼と茂った森の中に佇んでいた。
だが、この場所は普通の森とは違い、何もかもが巨大だった。 まるで俺が縮んだかのように。
シダの様な植物は目測でも5mはあり、その太さだけで樹齢数百年という木に相当する物だった。
上を見れば、昼なのか夜なのか良く分からない空で遙か上空には沢山の鳥のようなものが飛んでいる。
(ミラ、此処はどんな世界だ?)
光の大精霊であるミラに、この世界の情報を聞こうと問いかけるが待てども待てども返事は来なかった。
(ミラ? 如何した、何故答えてくれない?)
再び精霊玉に問いかけるようにして念話するも、またしても返事はない。
(ミラ、フレイ、シルフ、アクア、シャル、ルゥ! 誰か返事をしてくれ)
(マスター? 如何したんですか?)
漸く届いた念話に答えたのは剣に宿っている精霊のルゥだけだった。
(何故かは分からないんだが、ルゥ以外の精霊との念話が出来ないんだ)
(確かにマスターの周囲から上級精霊様の気配がしませんね・・・・・・ってちょっと待ってください!? この世界は一体なんなのですか? 周りの草や樹木、花や大地からの精霊の気配が感じられません)
(如何いうことだ?)
(まるで最初から存在していなかったかのように精霊の気配がありません)
此処に来て漸く精霊の腕輪の異変に気がついた。
何れの精霊玉も微弱ながらも光を放っていたはずが力をなくしたように、くすんだ色になってしまっている。
考えれば考えるほど、訳が分からなくなっていたところにルゥから緊急の念話が届いた。
(マスター! 上空から何かが飛来してきます)
(何かってなんだ?)
(分かりませんが、凄まじいスピードと膨大な質量を感じます)
ふと上を見上げると空を飛んでいた鳥が此方に向けて降りてくる。
・・・・・・・・・いや鳥などではなく、翼を広げた5mはあろうかというドラゴンが轟音と突風を辺り一帯に撒き散らしながら俺の目の前に降り立った。
俺は咄嗟の事で意識が追いつかず、剣を鞘から抜くのも忘れていた。
目の前のドラゴンは見かけとは裏腹にキョトンとした、円らな瞳でキュイキュイという鳴き声を発しながら此方を凝視している。
(何かを伝えたいんだろうけど、ドラゴンの言葉なんて知らないしな~~ミラなら分かるんだろうけど)
そのまま5分ほどが経過した頃、ふいに上空から次々と目の前のドラゴンより一回りも二回りも巨大な厳ついドラゴンが俺を取り囲むようにして着地した。
(幾ら俺が不死身だとはいっても、こう至近距離に何体ものドラゴンが居ると怖いな)
(周りのドラゴンからはマスターに対する殺気は感じられません。 寧ろ、一番最初に降り立ったドラゴンを心配するような感じがします)
「一体全体、何がどうなっているのか誰でも良いから説明してくれぇーーー」
半ばヤケクソ気味に森に向かって叫ぶと、何処からともなく念話のような声が聞えてきた。
『小さき者よ。 その問い、我が答えよう』
「誰だ! 何処に居る?」
『何処も何も、我は先程からオヌシの前に居るのだが?』
そう頭の中に謎の声が響いて辺りを見回すと、其処には翼を折り畳んで此方を見つめている、体長が10m級の土気色をしたドラゴンが・・・・・・ってまさか!?
『さっきからドラゴンドラゴンと何の事じゃ? 我等はドラゴニアという種族じゃぞ』
あれ? 俺って『ドラゴン』って口に出して言ったっけ?
『じゃから、ドラゴニアじゃと言うに!』
如何考えても心の中を呼んでるとしか。 もしかして・・・・・・
(えっと、ドラゴニアでしたっけ?)
もしやと思い、口に出さずに念話で問いかけてみると。
『その通りじゃ。 やっと憶えたか』
(えっと貴方は?)
『我の名はラグノシス、皆からは名前ではなく長老と言われておるがの。 して小さき者よ、オヌシに名があれば聞かせてくれぬか?』
(失礼しました。 俺の名はミコトと言います)
『先程、会話しておったのは誰じゃ? 確か“ルウ”とか呼んでおったが』
なるほど念話で精霊と会話するのだからルゥの声も聞えていて当然か。
(ルゥは俺の剣に宿っている精霊です)
『なぬ!? 精霊じゃと?』
俺が口にした“精霊”という言葉を聞いて目の前のラグノシスと名乗ったドラゴン。
いやドラゴニアは驚愕の表情を見せ、周囲を取り囲んでいたドラゴニア達からも息を呑んだ声が聞えてくる。
『確かミコトとか言ったな。 お前は何者だ? 何故滅んだ筈の精霊を連れている!』
未だ慌てふためいているドラゴニアの長老を押しのけるようにして赤褐色のドラゴニアが此方を睨みつけてくる。
『如何した? 何故黙っている。 長老と会話していたのだから言葉が分からぬ訳ではあるまい?』
『よさぬか!』
『しかし長老。 不審なる者をそのままにしておく訳には参りません』
『ふむ。 ミコトよ、オヌシは我等に害を為す者か?』
(いえ、此方には其方と争う理由はありません)
『だそうだ。 小さき客人を村に招待する』
『長老!? 気は確かですか?』
『わしの勘が当たる事は皆も知っておろう。 大丈夫じゃ』
『・・・・・・前に長老の勘を信じた結果、肉食植物に食べられそうになりましたが?』
『男が細かい事をグチグチいうでない』
『私は女です!』
『そんな細かい事はどうでも良い。 客人をもてなす用意をいたせ』
『ちょっ!? どうでもいいって何ですか!』
こうして俺は自分が置かれた立場を理解する暇もなく、強引に連れ去られるような形でドラゴニアの村に招待される事になってしまった。
いや、気分的には餌として巣に持ち帰られる獲物のような感じだろうか。