第117話 決して越えられない壁
おまたせして申し訳ありません。
俺に何やら一方的な協力要請をしてきた男を窘めたところ、逆上して襲い掛かってきたが・・・・・・。
「全く、短気も程ほどにしないと足元を掬われるぞ?」
難なく自慢の斧を俺に素手で、しかも親指と人差し指で何かを抓むようにして受け止められた事により驚愕の表情を見せていた。
「なっ!?」
大男は自慢の攻撃を難なく、それも指2本で止められたことに驚愕しながらも斧を手元に戻そうとするが・・・・・・。
「んぎぎぎぎぎぎぃぃーーーー!?」
俺はただ普通に斧の先端部分を指先で抓んでいるだけなのだが、大男は苦悶の表情で顔を真っ赤にしながら、何をしても微動だにしない斧を不思議そうに見ていた。
このままでは埒が空かないと思い、大男が身を引いた瞬間に指を離すと、まるでコントを見ているかのように綺麗に後方へ倒れて行き、ギルドの床へ尻餅をつく。
そして倒れた拍子に男の手から離れた斧は狙ったかのように頬を掠めて床に突き刺さった。
周りにいた冒険者達も驚愕の表情を見せていた時、出入り口の扉が勢い良く開きガルフォードを先頭にした10人ほどの兵士がギルド内に雪崩れ込んできた。
「誰かがギルド内で襲われているという連絡を受け来てみたのだが・・・・・・どちらに非があるか一目瞭然だな」
ガルフォードが指示を出すまでも無く、精練された兵士達は数人がかりで腰を抜かして座り込んでいる大男を押さえ込み、あっという間に後ろ手に縛り拘束していた。
「隊長、不審者確保いたしました。 これより庁舎へと護送いたします」
「ああ分かった」
「はっ! 皆様、お騒がせ致しまして申し訳ありませんでした」
大男は怒りの表情から助けを求めるような表情に変わり、有無を言わさずに兵士達に連行されていく。
「さて、ミコトは襲われていた方だとは思うが、何があったか聞きたいので守護隊本部まで来てくれるか? まぁ大体のことは予想できるのだがな」
「それは構わないのですが・・・・・・」
「ん? 何か別の用事でもあるのか?」
「いえ素朴な疑問なんですが、寒くはないのですか?」
流石に室内なら兎も角、冷たい風が吹き荒れる外で上半身裸では心配になってくる。
「幾らなんでも風邪を引きますよ?」
「フハハハハハ! なぁに心配は要らぬ。 風邪など引いた事もないわ」
別の意味で暑苦しいガルフォードに連れられて守護隊本部に足を運ぶ事になってしまった。
そして建物に到着すると同時に慌てた表情のイノフェルに話し掛けられる。
「ガルフォード隊長、いつも言っているように外出する際はせめて上着を羽織って下さい。 隊長は平気でも見ているほうは気が気でなりませんよ」
「イノフェル、お前もか」
ガルフォードはかなり落胆した表情で俺とイノフェルを連れて室内へと入って行った。
その後、何度も何度もイノフェルに口を酸っぱくして注意されていたガルフォードは疲れた表情で肩から上着を掛け袖を通さずに羽織るようにしていた。
そして数分の休憩を挟み、一呼吸おいてから取調べが始まった。
「さて騒ぎになった経緯を聞かせてもらおうか」
「はい。 依頼が終了してギルドの窓口で報酬を受け取り、建物を出ようとしたところであの斧男に『一緒に組まないか?』と声を掛けられました」
「続けてくれ」
「その後何度も申し出を受けましたが、俺は1人でするのが性に合っているので提案を断っていたところ、次第に男の口調が変わっていき終いには『提案を受けなければ殺す』と言われました」
「うむ。 街中での武器使用罪に加え、脅迫罪も視野に入れておこう」
「了解しました」
イノフェルは俺とガルフォードとの会話を聞きながら取調べの調書を取っているようだった。
「再三の提案を断った直後、男が背負っていた斧を俺に向かって振り下ろしてきました。 そして斧を受け止めた数分後、ガルフォード達がギルド内に入ってきたという訳です」
「なるほどな。 イノフェルどうだ? 他の供述と食い違っている点はあったか?」
そう言ってガルフォードは奥の机で調書を取っているイノフェルに話しかけた。
「いえ、事前に部下に調べさせておいたギルドにいた冒険者の証言と一致しています」
俺が休憩していた数分の間に別の冒険者の証言を取っていたのか。
「さて済まなかったなミコト、疑っていたわけではないのだが乱闘事件の立証には当事者と周囲の証言が必要不可欠となっているのでな。 ご苦労だった」
「いえ、それでは失礼します」
俺はそう言って守護隊本部を出て今度こそ情報収集のため酒場へと向かった。
街の中でまたもや道に迷いながら酒場についた頃には既に日は落ち始めていた。
「おや? 兄さん初めて見る顔だね。 酒かい? それとも女かい?」
酒場の中は想像していた、荒くれ者達が酒を飲んで大騒ぎしているようなイメージには程遠く静かな趣になっておりカウンターの奥には酒場に似つかわしくない女性が立っていた。
「なんだい? なんか納得がいってない表情だね。 酒場の印象が違っていたからかい?」
「い、いえ、俺が欲しいのは酒でも女でもないのですが」
「そうなのかい? でもね、酒場に来て酒を飲まないのは納得がいかないね~~何か頼みな、そうすれば話を聞いてあげるよ」
「分かりました。 それじゃあ・・・・・・」
壁に『ヴィル 銅板1枚』と書かれていた他と比べて一際大きな張り紙が気になり、頼む事にした。
「それじゃ『ヴィル』っていうのをお願いします」
「はいよ。 ちょっと待ってな」
女性はそういうと酒場の奥へと消え、数秒後には片手に木で作られたジョッキを持って現れた。
「お待ちどう! 此れがヴィルだよ」
「これはまた」
目の前に差し出された『ヴィル』はといえば濃緑の青臭い匂いとアルコールの強烈な匂いがする見た目的にもかなり抵抗がある代物だった。
「ささ毒なんて入ってないから、グイっといきな」
「・・・・・・いただきます」
色は飲み物とは思えないほどに毒々しいが、目の前の何かを期待するような眼を無視できず、思い切って飲む事にしたのだが。
結果、青汁のような見た目とは裏腹にスッキリとした爽やかな酸味が特徴のアルコール度数が高めの飲み物だった。
「それで? 聞きたいことってなんだい」
「其れなんだけど、このあたりに神聖な場所ってないかな?」
「神聖な場所? どういう場所だい?」
「えっと、例えば神様や仙人の類が住んでいるとされる場所や、何か神話的な物語に登場するような場所が無いかと思ってね」
「う~ん、私は聞いたことが無いね。 ビクトル爺さんなら何か知ってるかもしれないけど」
「ビクトル爺さん? その人は何処にいるんですか?」
「ああ、この街の裏門から出て山一つ越えた先にあるウィレンドという大きな街に物知り爺さんのことだよ。 少し前まではこの街に住んでいたんだけどね、何かウィレンドに用事があるっていって出かけたまま戻ってこなくてね」
「分かりました。 とりあえず、その街に行って見ます」
そう言って俺は残りのヴィルを飲み干し、銅板1枚をカウンターに置いて酒場を後にした。
「無事にウィレンドに着いて爺さんに逢ったら酒場の綺麗なお姉さんが待ってると伝えておくれよ」
俺は『自称お姉さん』で手を振りながら、出発は明日の朝にしようと宿屋へと向かった。
その頃、守護隊の本部では・・・・・・。
「ガルフォード隊長、目撃証言の一つにミコトが振り下ろされた斧を素手で、しかも指先で難なく受け止めたとの不可解な供述があるのですが」
「何かの見間違いだろう。 常識的に考えてそのような事が有り得ると思うのか?」
「確かに。 しかしミコトは東の国の出身と言っていましたし私達とは違う、何か別の力があるのでは?」
「東の国の民か。 まぁ何にせよ、確かめる術はないな」
「はい。 ところで拘束した男の処分は如何しますか?」
「何時も通り、鉱山の強制労働で決まりだな。 力が有り余ってるみたいだし、丁度いいだろう」
「分かりました。 すぐに手配いたします」