第110話 不審人物?
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まだまだ終わりの見えない『異世界を渡りし者』ですが、これからも応援よろしくお願い致します。
全身を足元と関節部以外を甲冑で覆っている兵士長と呼ばれていた人物の後を追って古びた宿屋へと到着した。
宿屋のカウンターには人の良さそうな顔をしている、朗らかな妙齢女性と懐から茶色の板のような物を数枚手にとって妙齢女性に手渡している冒険者の姿があった。
恐らくは冒険者が持っている、茶色の板のような物こそがこの世界の通貨と思われる。
「すまない、部屋を一室借りたいのだが?」
兵士長が丁寧な口取りで女性に問いかける。
「ええ、少しお待ちくださいね。 ええと、はい此方をどうぞ」
女性は慣れた手つきで後方にある、ボックスの中から一つの鍵を取り出し兵士長に手渡した。
「ありがとう。 では行こうか」
鍵を受け取った兵士長は渡された鍵に記されている部屋の番号と思われる刻印を見ながらカウンターの横にある階段を上り、奥へと歩いていく。
「此処で間違いないな。 さぁ入ってくれ」
「はい」
兵士長は鍵に記されている数字と部屋の入口に書かれている数字を見比べ間違っていない事を確認すると俺を伴い、“6”と書かれた扉を開けて部屋の中へと入っていく。
その部屋は宿屋の古びた外見とは思えないほど、綺麗に整頓されていて部屋の片隅には暖炉があり、炎が轟々と燃え盛っていて雪国とは思えないほど暖かかった。
「さて、疲れているところを申し訳ないが此方も仕事なんでね。 悪いが身分証の提示をお願いできるかな」
「身分証ですか? ちょっと待ってください」
もとより身分証はおろか、この世界の通貨すら持っていないので此処は一芝居打つことにした。
魔法学院の時の身分証なら亜空間倉庫に入れてあるのだが、要らぬ混乱を招きかねないので使わない事にする。
使われている文字自体も全然違うのだから、どちらにしろ無理だろうが・・・。
いかにも此処に入っていると思わせるように服の内ポケットに手を突っ込み、身分証を探す素振りを見せる。
「ん!? 何で・・・」
「如何かしたのか?」
「此処に数枚の硬貨と一緒に入れておいた筈なんですが、ポケットに穴が空いているところを見ると何時の間にか落としてしまったようで」
「なんだと!? それでは自分自身を証明できる物は何一つとして持ち合わせていないということか?」
「すいませんが、そういうことになると思います」
「そうか。 残念だが理由はどうであれ、この街を警備する立場上、身分を証明できない者をこのままにしておくわけにはいかない」
兵士長が言葉を発した途端、まるで視線で射抜くかのような鋭い眼光で俺を睨みつけてきた。
「えっと、どういうことなんでしょうか?」
「君が手配者であるか、そうでないかといった証明が出来ないということだ」
「じゃあ、俺の処遇はどうなるのですか?」
「まぁ、そう結論を急くものではない。 本来なら衛士隊の駐留所に連れて行って手配書と照合し、問題が無ければギルドで身分証明書の再発行を要請するのだが、今日は時間が遅いからな。 後日改めての取調べとなるだろう、念のために言っておくが拒否は出来ないからそのつもりで」
「分かりました。 でも俺は宿に泊まる通貨すら持っていないのですが」
「その点は心配するな。此処に連れてきたのは私だからな、宿代ぐらいは私が持つさ。 そのかわり君の見張りとして兵士を宿屋に配備しておく事になるが構わないか?」
「はい。 当然の事だと思いますので」
「話が早くて助かるよ。 おっと自己紹介がまだだったな、私はシャノルクの街の外郭を警備する衛士隊の隊長でイノフェルという。 よろしく頼む」
「あ、俺の名はミコトです」
「ではすまないがミコト殿、明朝に宿屋の外で待機している兵士にこの事を伝え駐留所まで来てくれ」
「あ、イノフェルさん。 俺のことは呼び捨てで構わないですから」
「分かった。 私の事も呼び捨てで構わない。 “さん”付けで呼ばれるほど偉い立場の人間でもないし、見たところ歳もそれほど離れていないようだからな」
「分かりました」
「それではな」
イノフェルはそう言い残した後、手を振りながら部屋を後にした。
数分後、窓の外から何やら話し声が聞え、外を見てみるとイノフェルが数人の兵士達に手振り素振りで指示を与えているようだった。
見張られている事に若干の緊張感を覚えながらも、致し方ないことだと思い緊張を解くと不意に頭の中に念話が届いた。
(主様、私が周囲の配慮を怠ったばかりに雪崩に巻き込まれる形になってしまった事を謝罪いたします。 申し訳ありませんでした)
(いや構わないよ、俺は不死身なんだからさ。 それにあの場面では雪崩に気づいていたとしても逃げるのには間に合わなかっただろうしね)
(主様の寛大な御心に感謝いたします)
(そんな大袈裟な)
(大袈裟などではありません! いいですか?貴方様は神様なのですから・・・)
精霊との会話のキャッチボールが十数回ほど続き、結果的に俺が折れる事で話がついた。
(最後に此れだけは注意しておいてください。 最初にも言いましたが、この世界には魔法という概念は存在しません。 主様は世界に囚われずに何の問題もなく魔法を使用する事が出来ますが、決して人前では使わないで下さい。 今以上の騒ぎになることは目に見えて明らかですので)
(ああ、分かった)
光の精霊ミラとの会話が丁度終わった頃に部屋の扉をノックする音が聞えてきた。
何事があったのかと思い、部屋の扉を開けてみると・・・。
「ある・・・いえ、お客様。 お食事の御用意が整いましたので食堂の方までお越し願います」
「あっ、はい。 分かりました」
「それでは失礼致します」
カウンターにいた妙齢の女性とは違う、凄く丁寧な物言いをした小柄な女性は俺に対して軽く頭を下げた後、足音を立てずに廊下の奥へと消えていった。
こんな街の宿屋で、まるで貴族か何かに対する応対の仕草、部屋の綺麗さなどから高級な宿屋であると思われたので食事の時に軽く聞いてみると。
「うちの宿屋が高級かですって!? とんでもありませんよ。 うちは親切・丁寧・低額を売りにしている、至って普通の宿屋ですよ」
「そうなんですか。 女性店員の対応が凄く丁寧でしたので勘違いいたしました」
「女性店員ですか? 失礼ですが、誰の事を言っているのでしょうか。 この宿で働いているのは私と料理を担当する男性ともう1人の3人居るだけなのですが」
「それじゃあ、部屋に『食事の用意が整いました』と知らせに来てくれた女性は?」
「いえ? うちではそのような女性は雇ってはいませんが」
「寝ぼけていたのかな。 それはそうと此方の宿代は幾らなのですか?」
「えっと、6号室のお客様ですよね。 宿代はイノフェル様から既に頂いておりますが?」
「はい。 それは聞いていますが、この街には数日ほど滞在する事になると思いますので料金を聞いておこうかと思いまして」
「そうですか失礼致しました。 私共の宿では1泊2食付で銅板5枚となっております」
『銅板とは一体何だ?』と内心思ってしまったが此処で聞きなおしては不振がられると思い、黙って相槌を打つ事にした。
「分かりました。 明日は少し外出しますが、部屋はそのままにしておいて貰っても構いませんか?」
「はい、御利用ありがとうございます。 宿代は毎夜徴収する事になります」
「了解しました。 それでは、料理美味しかったです。ご馳走様でした」
そう言い残して俺は部屋へと戻り、ベッドでそのまま横になった。
明日の駐留所での心配事、部屋に呼びにきた女性は果たして何者なのか、これからの事などを考えていると何時の間にか夢の中に誘われてしまい、第5の世界最初の日は終わりを告げた。