第107話 亜人の集落をあとにして・・・
水の精霊アクアとの出会いから瞬く間に10日が経過し、愈々集落から離れる日が訪れた。
「ミコト、本当に行ってしまうのか?」
「お兄ちゃん」
最初の頃は物心がつくかつかないかという年齢とはいえ、その外見から『絶対に仲良くなれないだろう』と内心思っていた、牛魔族や幽鬼族の子供も見かけとは裏腹にとても人懐っこく、会話しても1時間はおろか数分で仲良くなれていた。
「こらこら、ミコトさんにはミコトさんの事情があるんだ。 あまり引き止めてはいけないよ」
「でも~~~~」
亜人達のリーダー的存在であるキイラさんがなんとか俺を行かせまいとしている亜人の子供達を柔らかな口調で制していた。
「分かった。 でもまた此処に来てね、約束だよ!お兄ちゃん」
「ああ約束だ。事が済めば此処に帰って来るさ・・・何日かかるか分からないけどな」
「絶対!約束だよ。信じてるからね」
「ああ」
子供達と約束したものの、世界を渡れば此処に帰ってくることは不可能だし俺が存在したという記憶も子供達の頭の中から消える事になるんだよな。
(マスター、お言葉ですが・・・)
(如何した?何か気になることでも?)
(マスターはお忘れかもしれませんが、この地はエルフの集落の時と同じ精霊に守護されし地です。 精霊の加護がある限り、記憶は無くなったりはしません)
(そういえばそうだったな。 すっかり忘れてたよ)
そして俺は今度こそ亜人達に出発する事を告げ、亜人達に見送られながら結界の淵に歩き出した。
来た時と同じ様に集落から外界の結界近くまで数時間掛けて歩き、もう少しで結界の外に出るという所で竜人族の長老に出会った。
「ミコト様、お疲れ様でございました」
「それほど疲れてはいないさ。 俺は不死身だからね」
「はははっ!そうでしたね。 されど、お気をつけ下され、人間達の街を偵察に向かわせた者達によりますと、かなりきな臭いことになっている様ですぞ?」
「分かった、気をつけるよ。 新たに張り直した結界があるから、誰も入ってこれないとは思うけど注意だけはしておいた方が良いでしょうね。 『絶対』という言葉は存在しないのですから」
「了解いたしました。 肝に銘じておきましょう」
「それじゃ、また今度逢いましょう」
「はい。貴方様の旅路に幸あらんことを」
長老と話し終えた俺は久しぶりの風の魔法で宙に浮かぶと結界を潜り抜け大陸の外へと足を踏み出した。
(主様、すぐに次の世界へと旅立ちますか?)
(いや、長老の言っていた『きな臭い事』という言葉が気になるから少し街の様子を見てからにするよ)
(分かりました)
俺は結界を通り抜けた足でザンカールの街の手前500mの場所に降り立つと歩いて街に入った。
此処で気になった事は長老が言っていた通り紛争があったのか、ところどころ壊れている建物の壁や地面に付着している夥しい血痕や火属性の魔法で焼かれたのか、地面に人型の焦げ後がついていた。
「此れは一体・・・俺が亜人達の集落に居た2ヶ月の間に何が起こっていたんだ?」
更に何があったのか調べようと以前宿泊していた宿屋や道具屋に向かうと、其処には必死に掃除している宿の主人や道具屋の店主さん達がいた。
「良かった。 建物の壁は亀裂が入ってるみたいだけど皆は無事だったようだ」
俺は一時期であったとはいえ、お世話になっていた宿屋の主人が無事だった事に安心していると此方に気づいた道具屋の主人が話しかけて来た。
「お兄さん、この前は助けて頂き有難うございます。 まだ復興途中で大した物はないですが、ゆっくりして行ってくださいね」
俺は感謝された事に一切の身に覚えが無いのにも拘らず、感謝されて戸惑っていると次から次へと人が俺の元へと集まりだした。
「おぅ兄ちゃん、身体は大丈夫か? 何なら泊まっていくかい?特製のスープを御馳走するぜ」
宿屋の主人や・・・
「あんた!? あんな不味いスープ飲ませて命の恩人を殺すつもりかい?」
腕っ節が強そうなオバちゃん・・・
「ねぇねぇお兄ちゃん、あの綺麗な鎧脱いじゃったの? 格好よかったのに、また見せてよ」
元気に走り回っている沢山の子供達など・・・全然身に覚えの無い感謝の言葉を俺に浴びせては街の掃除に戻っていく。
(マスター? 一体何があったのでしょうか?)
(俺に言われても困る。 2ヶ月もの間、ず~っと亜人達と一緒に居たのだからな)
(そうですよね~~~この方達がマスターを他の誰かと間違えているのでしょうか?)
(そうだとしても全員が全員、見間違えるとか有り得るのか?)
俺がルゥと会話しながら腕を胸の前で組みながら首を傾げて考えていると、具合が悪いと勘違いされたのか宿屋の主人に引っ張られるようにして宿の中へと連れ込まれた。
「やっぱり具合が悪いんじゃないですか!無理をしないで泊まって行ってください。 外見はボロですが、内部はアンタの御蔭で無事ですから」
「いや、ちょっと・・・」
「心配なさらなくても命の恩人から金を取ろうだなんて、これっぽっちも思ってませんから」
「いや、そうじゃなくてですね」
「いえいえ、何も仰らなくても結構です。 何日でも休まれてください」
「話を・・・聞いて・・・」
「それでは後ほど、滋養強壮のスープをお持ちしますんで」
俺が何を言おうと聞いては貰えず、部屋に押し込まれるように足を踏み入れると宿の主人は何度も頷き『腕にヨリを掛けて御馳走を!』と意気込んで歩いて行ってしまった。
後には流されるまま、何があったか見当がつかずに立ち竦んでいる俺の姿があった。
(マスター? 取り敢えず休みましょう)
(主様、私も街の人達の声に耳を傾けましたが噂されている人物の特徴は主様に一致しているようです)
(それじゃあ2人は俺が亜人達と一緒に居ながら、この街と住人を何者かの手から救ったと?)
(住人達の話す内容から考えるに間違いないかと)
どういうことなんだ?
俺は何が起きているのか分からずに客室に足を踏み入れた状態のまま立ち竦み、特製の食事とやらを部屋に運んできた主人に発見され、更に大騒ぎとなってしまっていた。