第106話 聖域の祭典
亜人達の集落で生活しだしてからテュレイスとの決闘など色々な事があったが、漸く60日という日数が経過し年1回の祭りの日を迎えた。
アルフェクダの地へ情報収集のために向かわせていた風の精霊シルフと火の精霊フレイも水の精霊に逢わせる為、数日前に呼び戻してあった。
「それでは第329回目の聖域祭を始めようと思います!」
1人の竜人族の若者(実年齢はミコトの数十倍)が祭りの合図を宣言し、竜人族である最長老が巨大な銅鑼を鳴らすことで祭典が開始された。
祭典とは言っても、聖域の泉で身を清めるといったことから始まり、大陸を守ってくれている精霊に感謝しながら食を楽しむという至ってシンプルな祭りだった。
「ミコトはまだ聖域に入った事は無かったよな?」
「ああ、祭典時以外は立ち入り禁止だと聞いていたからな。 1ヶ月前に近寄って怒られはしたけどな」
「今夜は特別だ。 心行くまで聖域で身体を清めてくるが良い」
「ああ、そうさせてもらうよ。 ところでテュレイスの事なんだけど、その後進展はあった?」
「いや、何処で何をしているのか分からずじまいだ。 まったく心配ばかりかけやがって」
俺は親しくなった聖域の門番リュシオンと軽い挨拶を交わしながら聖域の奥深くへと足を進めた。
聖域の中へ入ってからも仲良くなった色々な亜人と顔を合わせたりをして中々一人になることは出来なかった。
「ミコトさんもいらしたのですね。 心行くまで祭りを楽しんでくださいね」
「うん。 ありがとう」
「では私は長老様のお食事などの御世話もありますので此れで失礼しますね」
そして周りに人の気配がしなくなったのを確かめると光の精霊王であるミラを通じて水の精霊へと呼びかけた。
(水の精霊よ、われらが主であるミコト様の呼びかけに応じ、姿を現しなさい)
ミラが念話にて聖域の泉に問いかけた瞬間、泉の水が粘土のように浮かび上がり、人型となって話しかけて来た。
(偉大なる神よ、お初にお目にかかります。 この地を守護せし水の精霊でございます)
(待たせてしまって済まなかったな)
(とんでも御座いません。 貴方様の事情は致し方ないことですから)
(それで契約の証となる精霊玉が欲しいんだが構わないか?)
(分かりました。 それでは精霊の腕輪を此方へ)
俺は水の精霊の指示通りに左手首に装着されている腕輪を泉に向けて差し出すと、柔らかい水色の光とともに新たに水色の宝玉が腕輪へと装着されていた。
(これにて全精霊のうちの半分が終了いたしました。 お疲れ様で御座います)
(此れで半分? まてよ? 此処までは光・火・風・水だろ。 残りは氷・土・雷・闇・・・そして時空。 全部で精霊は9体じゃないのか?)
(時空を司るのは私達精霊ではなく、時空神と呼ばれる御方です)
(神か!?)
俺が時空を司るのは精霊ではなく、神だと言うことに驚いているとミラが話しかけて来た。
(時空神様に逢うには私達精霊に出会ったという証である、8個の宝玉を集めねばなりません。 その時がくれば闇の精霊王から連絡がある事と思いますので、今しばらくお待ち願いますようお願い致します)
ミラに時空神のことを説明してもらっていると未だ人型をとっていた水の精霊がミラに話しかけて来た。
(ミラ様、お手数ではありますが御力をお貸し願えないでしょうか?)
(それは構いませんが、如何するつもり?)
(今は私の力のみで亜人達の大陸に結界を張り巡らせておりますが、いつ何時何者かの手によって破られるやもしれません。 そこでミラ様の御力と私の力で新たに強固な結界を張ろうと思います)
(なるほど、保険という訳ですか。 主様、許可を頂けますか?)
(亜人達の為なんだろ? 俺に許可を求める必要はないさ)
(分かりました)
光の精霊ミラは其れだけを言うと光で人型をとり、泉の中央で水の精霊と抱き合うようにして呪文のような物を紡ぎ始めた。
((♪~~~~~~~---ーーーーーーー))
それは呪文というよりも天使の歌声と比喩しても良いほどの神聖なる響きがあった。
暫くして声が止んだ直後、眼を開けていられないほどの強烈な光が2人の精霊から発せられ上空へと昇って行ったかと思えば、次の瞬間には空中で弾け飛んでいた。
(これにて結界の再構成は終了いたしました。 ミラ様の助力に感謝いたします)
(光の珠が上空で霧散したかのように見えたけど?)
(はい。 この泉を中心として既存の結界の上から新たに精霊王の結界が張り巡らされた事になります。 結界は二重になりましたが、亜人達の出入りに関しましては何の問題もありません)
(そうか。 分かった)
(それと、お話は変わりますが主様と決闘されていた竜人族ですが・・・)
(何か知っているのか?)
(如何やら結界の外に出たようですね。 ただ結界から出て直ぐに掻き消えたかのように気配がなくなりましたが)
(なら、直ぐにリュシオンに教えてやらないとな)
そう思い、聖域の門に居るリュシオンのところに行こうとすると・・・
(お待ち下さい。 如何説明するつもりですか?)
(それは精霊に聞いたと・・・あっ!)
(お気づきになられたようですね。 精霊と会話するという事は主様が神様であるという事を話してしまうという意味になりますよ?)
(そうだったな。 危なかった、リュシオン達には悪いが黙っておく事にしよう)
精霊は一頻り説明するとミラは姿を消し、水の精霊も泉へと戻った。
そしてまるで推し量ったかのように聖域の門番である竜人族が俺を呼びに来た。
「こんな所に居たのか、そろそろ祭典は終盤に差し掛かる。 悪いが聖域から退出してくれ」
「ああ分かった。 聞いていた通り、此処は気分が落ち着く場所だな」
「そうだろう?精霊様に守られし聖域だからな。 だからこそ年一回の祭りのみ立ち入りを許可されている場所なんだ」
竜人族の顔見知りとなった門番とともに聖域から退出すると、同時に最長老の手によって聖域を守るための結界が張り巡らされた。
以前、門番に上空から聖域に侵入する事は出来ないのかと聞いてみたが、絶対に無理だと返されていた。
その事を長老達に聞いてみたところ、最長老が渾身の力を込めて聖域全体に結界を張るので余程の力を持つ者以外は立ち入れないと説明を受けた。
「じゃあ俺の場合は?」と聞いてみたところ『貴方様ほどの御力があれば一瞬で破られるでしょう』と4人が4人とも顔を青くしながら受け応えしてくれた。
こうして水の精霊に逢うという目的が達成できたが、祭典が終了して直ぐに居なくなっては流石に不審がられるので、あと10日だけ集落でお世話になることにした。
ちなみに水の精霊の呼び名として『アクア』と名付ける事にした。