閑話⑥ 愚かなる守護者 【前編】
俺の名はテュレイス。
誇り高き、古より続く由緒正しき竜人族の戦士だ。
我が父でもある最長老様より命を受け、兄であるリュシオンとともに約200年もの間、聖域の守護者として任に就いている。
今日も今日とて何時もの様に何の問題もなく、兄者とともに聖域の守護に就いていたのだが目の前であってはならないことが起きようとしていた。
事もあろうに下賤な存在である人間が我等の方へと歩いてくるではないか・・・。
この地は遙か数万年もの間、人間や邪悪なる遺志を持つ魔物が侵入できぬよう、結界が張られている。
俺が此処に居る限り、結界を生み出す聖なる泉には誰一人として侵入する事は出来ないというのに。
言い忘れたが、俺は魔物よりも何よりも人間族が嫌いだ。
我等のような最低でも1000年の寿命を持つ選ばれし民とは違い、たった100年前後しか生きられぬ脆弱な生き物。
そんな中でも気にいらないのは人間相手に愛想を振りまく、羽翼族のキイラの存在だ。
色々と話は逸れたが目の前の人間は事もあろうに我等が守る聖域に悠然と近寄ってきていた。
「貴様は人間か? 何故このような場所に人間が居る!?」
「まあ待て」
俺は結界内の侵入者を排除しようと腰の剣に手を携えながら人間に近寄るのだが・・・。
「兄者、何故止める? 人間がこの集落に居る事自体、不審極まりない事だぞ?」
「最長老様が仰られていた事を忘れたのか? 特別な精霊の加護を受けた人間が集落に住んでいると言っていただろう?」
「だが、薄汚い人間が此処に居るのだぞ!?」
「話しにならん、お前は聖域の守護に戻れ。 人間への話は俺がする」
「・・・・・承知」
実際は直ぐにでも切り刻みたい思いに駆られていたが、聖域を下賤な人間の血で汚すわけには行かないと思い、兄者に人間を委ねることにした。
そして、その日から俺にとって耐えがたき日常が始まった。
聞くところによると、この人間は俺の住む家の目と鼻の先にあるキイラの家で過ごしているようだ。
当然、家が近いと成れば頻繁にこの人間と顔を合わす事になるのが俺としては我慢ならなかった。
「おはようございます」
「・・・・・・」
「おはよう」
あの人間は俺が困っているのを見て嘲笑っているのだろう・・・毎朝毎朝、厭きもせずに気持ちの悪い笑みを浮かべて挨拶をしてくる。
俺は当然無視しているのだが、兄者は初めて見る人間に多大な興味があるようで聖域の守護に就かない休日には決まって人間と和気藹々と話をしている。
そんなこんなで人間が来てから約1ヶ月が経過した。
一体どのような卑怯な手を使ったのか、俺以外の亜人全てと仲良くなっていた。
俺と同じ様に人間を嫌う、牛魔族のロイマスまでもが仲良く畑仕事をしている始末だった。
そんな中、事もあろうにキイラの奴が俺と人間を仲良くさせようと食事会を提案してきたのだ。
俺は人間と顔を合わすのも声を聞くのも嫌なので当然のように断り続けていたのだが、何時の間にか最長老様の命令で強制的に参加させられる事になってしまった。
おのれぇ~キイラめ! 偉大なる父である最長老様をダシに使うとは・・・今に見ていろ
「兄者も最長老様もどうかしている。 脆弱で下賤な人間など我等と肩を並べる資格すらないというのに」
「お前はまだそのような事を言っているのか!? しかも事もあろうに最長老様をも侮辱するとは!」
「いや何回でも言わせてもらう。 たかだか100年前後しか生きられぬ人間と最低でも1000年以上もの寿命をもつ、我等竜人族が同じ高さの場所で飯を食うとは許し難い行為だ」
「そのような事を仰らずに此処は私の顔を立てて、どうか穏便に」
キイラよ、お前の顔に一体どれほどの価値があるというのだ?
事がすめば貴様も同罪として罪を償ってもらう。 覚悟しておけ!
「ミコト、すまぬな。 弟に代わって失礼を詫びよう」
「兄者! 下賎な者に頭を下げるとは・・・竜人族のプライドをも捨て去ったのか!?」
「貴様はまだそのような愚かな事を」
兄者が何と言おうが俺の気持ちは変わらぬ。
そう考えているとキイラと会話をしていた人間が事もあろうに俺を睨みつけてきた。
「如何すれば俺のことを認めてもらえるのですか? 力を示せば良いのですか?」
力を示すだと!? 人間が何を思い上がったことを・・・。
いや待てよ? 此れは好機ではないか。 なにせ合理的に痛めつける事が出来るのだからな。 決闘に託けて殺してしまうのも良いかもしれんな。
そうと決まれば精々此方に歯向かって来るようにしかけるとするか。
「ふんっ、ひ弱な人間如きが強靭な肉体を持つ我等と互角であるとでも?面白い。 その考え、真っ向から粉々に打ち砕いてくれるわ!」
「ミコトさん!? なんてことを・・・今からでも遅くはありません。発言を撤回してください」
「そうだ。 いかに弟が愚か者とはいえ、竜鱗に守られた我等が身体はおいそれと傷つける事はできん。 悪い事は言わん、発言を撤回するのだ」
兄者にキイラよ、人間に味方するだけでなく、このような楽しげな事を止めるとは・・・心まで人間に染まったのか?
「くくくっ臆病風に吹かれて逃げ出すのか? やはり人間はその程度の生き物なのだな」
「いえ撤回はしません。 その伸びきった天狗の鼻を圧し折ってあげましょう」
「ほう?面白い。 場所と日時は貴様に決めさせてやろう。 好きな日を選択するが良い」
「では日時は明日の昼、竜人族の修練所で」
「態々、竜人の里でやり合うと? 皆の前で醜態を晒すと良いわ!」
よし! 此方の思う壷だ。
しかも竜人族の闘技場を指定してくるとは、まさに願ったり敵ったりだ。
俺は翌日の決闘を楽しみに上機嫌で笑いながら家へと戻り、子供のように期待に胸を膨らませながら眠りにつく事にした。
翌朝、飛び跳ねたい気持ちを抑えながら闘技場に向かうと舞台の上に最長老様や仲間である竜人族の姿があった。
少し長くなってしまったので、前編・後編に分けることにします。