第103話 1ヶ月経過
あまり良い出来ではないですが・・・
亜人達の集落で生活し始めてから、あっという間に1ヶ月が経過した。
この頃には人間を嫌っていた亜人からも気軽に話しかけられるようになっていた。
「ようミコト、今日は何処に行くんだ? 暇なら畑仕事を手伝ってくれよ」
こう親しげに話しかけてくるのは、3m近い巨体をもつ牛魔人族のロイマスだ。
「どうした? ボーっとして」
「いや、最初の印象とは随分と変わったなぁ~と思ってね」
「そういやそうだったな。 ミコトが俺の嫌いな人間族とは何かが違うと分かってからは蟠りが解けたぜ」
「何故人間が嫌いだったんだ? 今更聞くのも何だけど・・・」
俺が理由を聞いた途端、ロイマスの表情が何処となく落ち込んだ。
「俺の古いご先祖様が人間族に討伐されたんだよ」
「それは・・・」
「見かけは凶暴に見えるかもしれないが、決して争いごとが好きだという訳ではないんだぜ。 俺の爺さんの爺さんのそのまた爺さんの爺さん・・・・・・平たく言えば先祖が山で狩りをしていたのを凶暴な魔物と勘違いした人間が数人がかりで討伐しやがったんだ」
「すまない。 辛い事を思い出させてしまって」
「いや構わんさ、この話は俺の一族では有名な話だ。 何れ俺以外の誰かから耳にすることだったんだ。 気にするな」
「畑仕事だったっけ? 俺でよければ手伝うよ」
「そう言ってくれると助かる。 いくら賭けで負けたとはいえ、俺一人で耕すには流石に広すぎてな」
人一倍大きな体格を持つミノタウロスが耕す広い畑って・・・。
俺は選択を誤ったかと思い、足音を立てずに逃げようとしたのだが。
「おっと逃がさねえぜ? 男なら一度言ったことは守ってもらわねえとな」
こうして俺はガハガハと笑うロイマスによって引き摺られ、広大な畑へと連れて行かれた。
幾ら俺が不死身で体力が無限とはいえ、奥行が見えないほど広大な畑の土起こしは流石に疲れる。
そして空が赤く染まる頃に漸く、畑の最終段階である水撒きが終了し帰宅する事となった。
ミノタウロスの体格に合わせたかのような大き目の鍬や如雨露などといった道具を片付け、帰路につこうとしたところで下半身が馬、上半身が人間という人馬族のフェロスが林の中から此方を見ていた。
「改めて思ったが、とてもミコトが人間だとは信じられないな。 体力だけが自慢のミノタウロスよりもスタミナが続くとは如何いう身体をしているんだ?」
丁度其処へ小屋に全ての道具を仕舞い終えたロイマスが訝しげな表情をして現れた。
「おいおいフェロス、『体力だけ』って酷すぎねえか? 流石に俺でも傷つくぞ」
「本当の事だろう? 逆に言えば数多くの亜人達の中でお前よりも体力のある奴がいるのか?」
「そう言われればその通りなんだが、他に言いようがあるってもんだろうが」
赤い顔をして文句を言っているロイマスを完全に無視してフェロスが話しかけて来た。
「そういえば、少し前にキイラの奴がミコトを探してたぞ。 何の用があるかは知らないが、急いで帰ったほうが良いんじゃないのか?」
「そうなんですか!? 分かりました。 知らせてくれて有難うございます」
俺は未だにロイマスが一方通行の言い争いをしている2人に手を振って帰宅した。
それから約10分後、俺が帰宅すると1ヶ月前に此処まで案内してくれた羽翼族の長老であるアリオトがキイラさんと会話しながら俺を待っていた。
「お帰りなさいミコトさん。 長老様から御用があるとの事で探していました」
「すいません、色々と歩き回っていたら遅くなってしまいまして・・・」
「キイラ、すまないが少しミコト殿と話があるのでな、席を外してくれぬか?」
「分かりました」
キイラは深深と長老に頭を下げ、家の中へと入って行った。
「さてミコト様、此処1ヶ月での集落での暮らしはどうですかな? 何か困った事は御ありでしょうか?」
「いえ特にありませんね。 最初は亜人達の中に人間である、俺が入ってどうなる事かと思いましたが、皆さんとても親切ですし、これと言って困っていることはないですね」
「それは何より。 あと1ヶ月ほどで聖なる泉で祭典が執り行われます。 此れを逃せば1年先まで聖域に近寄る事は出来ませんので御注意なさってください」
「分かりました、1ヶ月後ですね?」
「はい。 最長老様が鳴らす、銅鑼の音を合図として集落に住んでいる全ての種族が聖域に集まり、最長老様が読み上げる訓辞のあと聖域に繋がるゲートが開かれます。 その時に皆が聖域の泉の水を口に含み、此れからの生活に幸あることを願い解散するのです」
「では俺も皆と一緒に聖域に入り、水を口にする振りをして精霊に逢うということで」
「そのとおりです。 くれぐれも祭典が始まるまで不審な行動をせぬようお願い致しますぞ」
長老はそれだけ言うと俺に頭を下げ空高く飛び立っていった。
俺も長老を見送った後、家に入ると其処には夕飯の支度をして待っているキイラさん一家の姿があった。
「長老様との会話は終られたのですか?」
「はい、1ヶ月後に聖域で祭典が執り行われるとの事で祭りでの決まりごとを説明してくださいました」
「そうでしたか。 それはそうと明日、人間族の街であるザンカールに集落で作られた品々を売りに行くのですが、何か生活に足りない物はありませんか? 皆からも畑で使う道具や人間族の食べ物を欲しいという声がありましたから、纏めて買ってこようと思っているのですが」
「ほしい物は特にないのですが、生活の足しにでも受け取ってくれませんか? 少ししかありませんが」
そう言って俺は出発時にアルフェクダの女王から手渡されたお金をキイラに手渡そうとした。 ザンカールの宿屋での宿泊代や食料品の買い込み等で手元にはコインが2枚、200GLしか残っていなかったが。
「いえ滅相もない。 そんな沢山受け取れませんよ」
「よくよく考えてみれば、此処で暮らしていてキイラさんに何の恩返しもしていませんでしたから、生活費の足しとして受け取ってくれませんか?」
「恩だなんて。 ミコトさんは御客様として此処に居るのですよ? 長老様からもミコトさんが不自由ないようにと託されておりますし」
そして言葉の遣り取りを数回、数十回と繰り返しても埒があかなかった為、就寝時間になったと同時に御開きとなった。
結局、散々受け取りを拒否された200GLはキイラさんの子供が大事にしている貯金箱の中へとそっと入れておいた。