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神秘解戦~オルゴールプラネット~  作者: 白石誠吾
第一章-前編「邂逅前夜」
9/23

Op.8「虫喰い穴」

 まるで空間そのものに亀裂が入っているかのような異様な光景。

 前方300メートル先、地上から約20メートルの上空に起こった異変。

 それは、緑豊かな森の上に発生した縦30メートル級の巨大な裂け目だった。


 この不気味な現象に興味を惹かれつつも安易に近づくつもりはない。

 むしろ、今にも逃げ出した方が良さそうなほど不穏な気配が漂っている。

 それでも――常識を逸した光景から、なぜか目を離すことができない。

 足は地面に縫い付けられたように動かず、ただただ立ち尽くす。


(空間の亀裂……どういう原理だ? これから何が起こる? いや、とりあえず距離を……)


 気づけば、20秒近くも見惚れるように空を仰いでいた。

 ようやく我に返り、思考を切り替える。

 腕の中に抱えた有能なロボへ、この異常現象について問いかけようとするが、思わぬ形で一足先に答えが提示されてしまう。


魔導災害の脅威指標(ハザードレート)ステージ5の緊急信号を受信しまシタ」


 クロの後頭部あたりから、ビービーッと緊急地震速報を思わせる鋭い警報音が鳴り響いた。

 同時に、機械音声が発せられ、不穏な情報が無機質に告げられる。

 さらに目元のディスプレイが赤く点滅し、まるで危険を知らせる信号灯のように警戒を促している。


「続いて、推定レベル4の次元層の虫喰穴(ワームホール)の観測に伴い、現在地が魔導災害指定区域および緊急避難区域に指定されまシタ」

「は? 次元層の虫喰穴(ワームホール)? 魔導災害? もう訳わかんねぇな」

「速やかに避難用シェルターへ避難してくだサイ」

「いや、避難用シェルターってどこ!?」

「現在地から最も近い避難用シェルターを検索しマス。少々お待ちくだサイ」


 クロの目元がローディング中のゲームのようにぐるぐると回り始めた。

 避難用シェルターとやらの場所を検索しているのだろう。

 なぜ避難しなければ分からない状況だが、避難が必要なのは確かだろう。

 現状の説明を求めてフリーズとかされても困るので、ここは大人しく解答を待つ。

 避難用シェルターとやらの位置情報をもらって、その道中に色々聞けばいい。

 これが今できることと割り切り、何を聞くべきか頭の中を整理しようとするが……


 メキッ――


 上空にある空間の裂け目から、重々しい亀裂音が轟いた。

 先ほどまでの軽い『パキッ』という音は影を潜め、今や低く深みのある音へと変わっている。

 その不気味な響きに呼応するように、空間の裂け目はゆっくりと範囲を広げていく。

 最初は30メートルほどだった縦の亀裂は、40メートルを超えて拡大していく。

 その周囲からは蜘蛛の巣状のひび割れが走り、空そのものが砕け散ろうとしているかのようだ。


「どう見てもヤバそうだよな」


 クロが避難用シェルターの情報を検索中みたいだが、直感でこの場に留まるのはマズいと感じた。

 とりあえず、距離を取ろうと来た道を引き返そうとするが――


 ガシャンッ!


 分厚いガラスが粉々に砕け散るような轟音が響き渡った。

 空間の裂け目を中心に走っていたひび割れが、一斉に破裂するように崩れ落ちたのだ。


「なっ!?」


 振り返って視線を空へ戻すと、そこにはぽっかりと()()()が誕生していた。

 話の流れからして、あれが次元層の虫喰穴(ワームホール)なのだろう。

 ただ、それに対する解説はまだ貰っていないので何が起こるか分からない。


「ん? 何も起こらなっ……」


 俺の楽観的な考えは、獰猛な獣の雄叫びに吹き飛ばされた。


 グォオオオオオオオオオオオ


 体の芯に響くような重低音の咆哮を上げ、上空の黒い穴から顔を出したのは巨大な鮫だった。

 大きく裂けた口内には、獲物を噛み砕くための鋭利でギザギザとした歯が幾重にも並ぶ。

 体表は上部が漆黒、下部は青白く、色合いだけ見ればどこにでもいる鮫の印象を与える。

 だが、常軌を逸しているのはその規格外のサイズだった。

 まだ半身しか露出していない段階で、すでに10メートルを優に超えている。

 全貌を現せば、その倍、あるいはそれ以上に達するのは疑いようがなかった。


「マジかよ……」


 この巨大鮫を目にした瞬間、その存在と規模には驚愕せざるを得なかった。

 だが真っ先に頭をよぎったのは現実の恐怖ではなく、あの悪夢だった。

 森の中で眠っていた時に見た、巨大鮫に追いかけ回されて喰い殺される夢。

 それが現実になるのではないかという直感が、胸の奥で不気味にざわめいた。


「いやいや、さすがに……って違う。今はそんなこと考えてる場合じゃないし」


 どうにか自分の中の不安を払拭しよう試みる。

 しかし、目の前で続く超常の光景は思考をまともに働かせてはくれない。

 本能が『今すぐここを離れろ』と警鐘を鳴らすのに、脚は思うように動かない。

 

 そして次の瞬間――

 巨大鮫の赤く獰猛な瞳が、ゆっくりと俺を捉えた。

 背筋を氷でなぞられたかのような冷たさが走り、ようやく我に返った。


「やべぇ。バッチリ目が合っちゃったよ……」


 次の瞬間には、一目散に駆け出していた。

 さっきまでのんびり歩いて来た道を、今度は必死に逆走していく。

 だが、その中でふと思う。

 上空の黒い穴から鮫が現れたのは確かに衝撃だ。

 しかし、ここは海でも川でもない陸地。

 地面に落ちてピチピチ跳ねてりゃ可愛いものだな、と一瞬だけ後方を振り返り……

 そこには絶望的な光景が広がっていた。


「ふざけんなっ! ()()()()()()()()()()!」


 巨大な鮫が水中と同様に優雅に泳いでいる。

 どこをって? 空を! 宙を! 空中を!

 そして猛スピードで俺の方へと向かってきている。

 これだけでもヤバい状況だというのに、さらなる絶望が後方に広がっていた。


「マジかよ……何匹いるんだよ」


 俺を猛追する巨大鮫の後方では今もなお、上空の黒穴から続々と未知の生物が溢れ出る。同種の巨大鮫、キラキラした鱗の魚、槍を持った半魚人のようなモンスターが次から次へと顔を出す。


「あの穴、どこと繋がってるんだよ。ヤバすぎるだろ」


 そして、黒穴から飛び出してきた魚型のモンスターたちは二手に分かれていた。

 まずは、非常に残念なことに俺が標的とされている。

 先行して俺を追う巨大鮫に追従し、同種であろう鮫たちが6体ほど後方から迫る。

 その他の魚型の怪物たちは、30体ほど群れを形成して()()()()()()()()()

 これで大半の怪物たちは別の方向に飛んで行ったが、喜んでいる余裕はない。

 むしろ状況は悪化している。

 結局のところ、計7体の巨大鮫に追われる状況となってしまったのだから。


「ハァ……ハァ……っ」


 額に汗を浮かべ、荒い息を吐きながら必死に森を駆け抜ける。

 後方では、巨大鮫たちが木々を()(くぐ)り、ときには幹にぶつかって薙ぎ倒しながら、轟音とともに迫ってくる。


 つい先ほどまでは、未知に心を躍らせ、この森の中を気分よく走っていた。

 だというのに今は、未知なる存在に追われてただ逃げ惑うばかり。

 相手は明らかに俺より速く、しかも空から襲いかかってくる危険すらある。

 このまま走り続けても、喰われるのは時間の問題だ。


 どこかに身を隠さなければ死ぬ! そう必死に思案する俺の耳に、さらに絶望を煽る報せが届く。


 ピーピッピピピピ


「念波障害のため避難用シェルターの位置を確認できまセン。移動を推奨しマス」

「ハァ、ハァ……クソっ……そりゃそうなるよな!」


 さっきまで森の中にいたからクロは現在地に関する情報を受信できなかった。

 来た道を戻ってしまえば、また同じ状態になるのは明白。

 超常的な存在を前にして気が動転し、冷静さを欠いた自分の判断ミス。


(いやっ、いきなり空が割れてそこから空を泳ぐ巨大鮫が出てきて追いかけられるなんて誰が想像できるんだよ!)


 内心で悪態をつきながら走る。

 ただ、ひたすらに走る。

 既に後方を泳ぐ巨大鮫との距離は、約80メートル。

 この距離は俺の残りの寿命と同じだ。

 ゼロ距離になった瞬間に死が確定する。

 今はまだあの巨体で木々の間をすり抜けられず、衝突したり、迂回してくれているので運良く少しの時間を稼げている。

 

 これが何もない平地なら既に追いつかれ、噛み殺されて丸呑みにされていただろう。

 そんな最悪の未来を避けるため、俺は木々が密集している方へと逃げ込んでいく。

 どこか安全地帯でもないかと周囲に目をやりながら懸命に足を動かす。

 すると、前方に急な傾斜が現れる。

 これなら後方から迫る鮫たちの視線を切れる、そう直感した俺は勢いのまま斜面を駆け下りた。


 その先には――


「……線路?」


 地面に走る二本の鉄のレール。

 その下には枕木と路盤がしっかりと組まれている。

 森の中を切り裂くように延びている線路だった。

 線路があるということは、この世界にも列車が走っているのだろう。

 もしドラマや映画なら、ここで列車が現れて飛び乗って逃げ切るお約束の展開。

 しかし、現実はどうやらそこまで甘くはなさそうだ。


 ――何の気配もない。


 まぁ、この状況で列車が来れば俺にとっては助かるかもしれない。

 だが、もし乗客がいたら間違いなく大惨事だ。

 助かりたいけど、周りを巻き込みたくはない。

 そんな矛盾した思いを抱えながら、俺は線路を跨ぎ、向かい側の草木が密集した茂みに身を投げ込んだ。


「ハァハァ……クロ! あの鮫たちどうにかする方法とかねぇの?」


 息も整わぬまま、飛び込んだ茂みの中でクロに問いかける。

 そんな都合の良い答えが返ってくるはずもないだろうが、こちらも藁にも縋る思いなのだ。

 ここで『戦闘モードの機能があるので任せてください』とか言ってくれたら一生感謝する。


「解析鑑定中……解析鑑定中……」


 予想外の返答とともに、クロの目元に埋め込まれたレンズがかちりと音を立てて動き出す。

 その焦点は、俺の後方上空を泳ぐ巨大鮫へと向けられていた。

 解析鑑定中という音声からして、何らかの情報を探っているのか?

 俺にあの鮫たちに関するデータでも提供してくれるのだろうか。


 ……いや、生態とか弱点を教えてもらってもこの身一つで武器もないんだぞ。

 あんな巨大鮫を素手でどうにかしろって? 無理ゲーにもほどがあるだろ。

 一瞬で噛み砕かれて、丸呑みにされる未来しか見えないんですけど……


「解析完了。対象を確認しまシタ。対象魔獣は、魔海の巨大鮫(メガロドン)。生体情報および能力値指標(パラメーター)を展開しマス」

一章前編の終了まで残り3話!

毎週、土曜日12時頃に更新中です!

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