Op.7「未知の世界」
「クロ。一人の人間が複数の原譜を獲得することは可能なのか?」
「不可能デス。原譜の能力者が神秘のオルゴールを開いた場合、死に至りマス」
当たりだ。アイツらの俺を使った実験の目的が見えた。
あの謎の集団の実験の目的は、本来は不可能とされる原譜の複数獲得。
つまり、俺が死ぬ前提で実験を行っていたということだ。
では、なぜ本来は不可能とされる複数の原譜を俺が獲得できているのか?
ここで恩人である仮面のお姉さんの残したメッセージが脳裏に浮かぶ。
『この世界において君は異端の存在。目立たぬよう生きなさい』
「俺がこの世界の人間ではないから?」
自分の口から出た言葉だが、素直に納得できるというものではない。
少しこじつけ過ぎている感も否めない。
そもそも別の世界にいるというのが現実味がなく、未だ確信を持てない。
物証と状況証拠だけは色々と積み重なってきているが決め手に欠ける。
ただ、その答えもすぐに手に入りそうだ。
「ようやくか」
視線の先の木々が途絶え、その隙間からチラチラと青空が顔を覗かせている。
地面の緩やかな傾斜から予想していたが、ここは丘のような地形なのだろう。
それも悪くない。この先の景色を一望すれば全てが分かるのだから。
「うぉっ、風が強いな」
木々の間を吹き抜ける風が一段と強くなった。
正面から俺を押し返すようにビュービューと音を立てて吹き付ける風。
その風の中を切り裂くように進んでいく。
この先の光景がどうなっているのか知りたいという想いが足早にさせる。
想像できないものに心を躍らせ、徐々に小走りになっていく。
いつしか俺は子どものように走り出していた。
「ハァ、ハァ」
木々の間を疾風のごとく駆け抜けていく。
自分でも驚くほどに体が軽い。想像以上に速く走れる。
さらに強く地面を蹴り速度を上げていく。
瞬く間に目先の木々の数も残りわずかなものとなっていく。
そして辿り着く。
もう俺の視界を遮るものは何もない。
「ハァハァ……ははっ!」
目の前に広がる壮大な光景に言葉を失ってしまった。
息切れが混じった乾いた笑いが零れてしまう。
走った影響と興奮が相まって異様に鼓動が早くなっている。
それほどまでの衝撃。
もう何も考える必要もない。
一瞬にして、自分が別の世界にいると確信した。
「すげぇ……すげぇーな!」
視線の遥か先に広がるのは、未知の世界。
一番先に目に入ったのは、近未来的な都市の中央にそびえ立つ一本の巨大樹。
高層ビルのような現代的な建築物に囲まれているせいか一際異様に映る大木。
目算だが恐らく1000メートルは優に超えているだろう。
その巨大樹の周囲には、巨大な運河、高層建築物や浮遊する建造物、アーチ状の鉄橋などがいくつも並び立体的な街並みを形成している。
「あれは……」
そして、都市の上空を飛行するバイクや車に似た乗り物。
その更に上を飛行する戦艦や遊覧船のような巨大な飛行体。
宇宙船のような航空機が当然のように上空を進んでいる。
おまけに都市を周回するように浮遊している人工衛星のような飛行物体も確認できる。
「ハァ……」
感嘆の溜息がこぼれ、視界から入って来る情報に圧倒され力なく座り込む。
『別の世界にいるのでは?』という疑念が消し飛んで最高に気持ち良い。
ようやく自分が別の世界にいると実感し、不思議と解放感を感じている。
そしてこの世界は文明レベルが高そうなことも救いだ。
「さて、これからどうしたもんかな」
まだまだ興奮が収まらないが、別の世界にいることは理解した。
では、次にどう動くべきか考え始めたところでもはやお馴染みの機械音が響く。
ピーピッピピピピ
「現在地は、アルタイル共和国中央より北東の『双星の丘』デス」
「アルタイル共和国? 双星の丘?」
「現在地に関する情報を表示しマス」
腕に抱えるクロの目元のディスプレイが青白く光り始めた。
かと思えば、空中に立体的な画像が投影された。
どうやら森の中を抜けたことで電波も回復したようだ。
欲しいタイミングで情報が貰えるのはありがたい。
ポンコツって言ってごめん。
君は想像以上に技術力の高い有能なロボでした、と心の中で謝罪しようと思ったのだが……
「いや、分かるかい!」
表示されたのは世界地図。思わずツッコんでしまった。
ただ、その地図を見るとこの世界には八つの大陸が存在している。
森で読んだ『最果ての英雄』の作中に出てきた大陸の数と名前も同じ。
その中で、俺の現在地は北側の大陸を指し示している。
また、気になったのは地図の中央一帯にある不自然な空白。
この疑問をぶつけるか迷ったが、今は他に優先する情報があるので飲み込んだ。
「地図を拡大表示しマス。また、追加で現在地に関する資料を展開しマス」
現在地を示すマーカー部分が拡大され、詳細な位置が分かるようになっていく。
そして追加で表示された資料も、観光用ガイドブックのように写真と説明文がセットになっているので読みやすい。
今度こそ心の中でクロへの謝罪と称賛を終え、空中に表示された情報に目を通していく。
【現在地:双星の丘】
大陸:ネプチューン大陸
国名:アルタイル共和国
首都:アルタイル
通貨:メリー(mery)
面積:5,600,000 km2
人口:3億2000万人
アルタイル共和国は、ネプチューン大陸中央に位置する他種族共生国家になります。世界調和機構に加盟しており、北方大陸最大規模の同調国です。人口は3億2000万人、国土面積は約5,600,000 km2。首都はアルタイル。国の中心に位置する巨大樹を起点として東側に位置するのが、首都にして第一都市のアルタイル。西側に位置する第二都市ベガ、第三都市デネブを含めて巨大樹を囲う中央三大都市と呼ばれています。また、国を縦断するように流れるミルキー運河、国の中心に佇む全長1200メートルの巨大樹は世界調和機構によって守護対象遺産に登録されています。新星暦1840年には、北方大陸連合議会に加盟し、現在は世界調和機構の同調理事国となりました。そして第八の迷宮である海王星迷宮の攻略を悲願としており、多くの冒険者が集うことから迷宮由来の資源も多く産出されています。『愚者と約束の木』の舞台となった首都アルタイルでは年に一度の祭典『聖なる愚者への祝夜祭』が夏季に開催されます。また、東部地方には……
「冒険者……惑星迷宮、世界調和機構……」
空中に投影された資料画像を読み進めていく中で『冒険者』『惑星迷宮』『世界調和機構』という三つ単語に目を引かれ、無意識にポツリと呟いていた。
すると、俺の小さな呟きを拾ってしまったクロが脱線し、解説を始めてしまう。
「冒険者とは、惑星迷宮攻略に挑む者、または惑星迷宮内の資源を調達、魔獣の討伐を主とする職業と定義されていマス」
この世界には冒険者という職業があるらしい。
物騒な雰囲気もあるけど、ちょっとゲームみたいで面白そうな響きだ。
そして、またまた出てきた惑星迷宮という単語。
この世界に来てからの短い間に何度耳にしただろうか。
「続いて、惑星迷宮とはこの世界の遥か上空に存在する八つの天体迷宮『水星迷宮』『金星迷宮』『地星迷宮』『火星迷宮』『木星迷宮』『土星迷宮』『天王星迷宮』『海王星迷宮』の総称デス。また、古代の文献では惑星迷宮とは、神によって世界に与えられし試練と定義されていマス。一方で、現代における迷宮理論では、この世界で発生する暗黒物質を吸収する特異点とも定義されていマス」
多少の言い回しの違いはあれど、『最果ての英雄』の作中にあった説明と同じ。
これまでの色々な疑問が解消され、脳内でこの世界の輪郭が定まっていく。
しかし、そんな俺を突き放すようにクロが淡々と『世界調和機構』の解説へと進んでいく。
「最後に、世界調和機構とは『世界調和』の名のもとに170ヵ国が加盟する世界最大の組織にして最高峰の意思決定機関になりマス。三権調律の制度のもと、三つの調律機関『自由組合』『世界調律騎士団』『魔導結社』によって構成され、加盟する同調国への支援や発展を目的とした国際機関と定義されていマス」
世界調和機構については国連のような組織とでも認識しておこう。
今、重要なのは現在地に関する情報であり、アルタイル共和国に関する情報だ。
「クロ。悪いけどさっきのアルタイル共和国について説明を続けてくれ」
「かしこまりまシタ」
再び先ほどまで表示されていたアルタイル共和国に関する資料画像が展開され、今度は話を脱線させないように声を殺して読み進めていく。
『東部地方には、広大なマリンバ草原とハープ大森林が広がっています。温暖な気候に加え、自然豊かな土地で希少な薬草、草花、樹木の産地として有名です。この地域では、特に回復薬の原材料となるヒルテ草やオーカス草、月花樹の果実を採取することができます』
(東は草原と森で自然豊か……なんか観光用のパンフレット読んでる気分だな)
『西部地方には、ヴィオラ山脈とフィドル山脈に囲まれた広大なレベック高原が広がっています。標高が高いことから夏季でも気温が低いため避暑地として有名なスポットです。また、高冷地で魔力濃度の高い野菜や魔力を含んだ果物の栽培が盛んに行われています。そして一番の名所である「幻想の湯」は、「最果ての英雄」の作中に登場する三英雄も愛したとされる名湯として世界的な観光名所となっています』
(西は山と温泉……三英雄は実際に存在した人物だったのは確定か)
『南部地方には、ダンジョン由来の迷宮資源が採掘できる鉱山地帯が広がっています。特にハイハット鉱山では、魔素結晶、マナニウム鉱石、ミスリル鉱石が採掘可能です。採掘された鉱石は、武具や魔道車などのアーティファクト製造に使用されるため工業区画が多くなっています』
(南は鉱山か……当然なんだろうけど、耳慣れない単語ばっかりだな)
『北部地方は、クラビネット海と面しておりスレイベル港は国内最大の貿易港として賑わっています。スレイベル港は「アルタイルの玄関」とも呼ばれ、製造・流通の起点となっています。現在は、移動型劇場戦艦シアターシップが停泊しており、定期公演を開催しています。また、クラビネット海は、外円魔海帯域と隣接し海妖型魔獣の出没が多いこともあり、魔海の巨大鮫や宝石鱗の魔獣魚などの討伐量が多くなります。そのため新鮮な魚や魔獣素材を使用した海妖料理が人気を博しています』
(北は海ね……シアターシップ?海妖系魔獣?海妖料理?)
『中央都市の首都アルタイルには、「愚者と約束の木」の物語の中に登場する巨大樹が聳え立ちます。世界でも屈指の高さを誇るこの大樹は「約束の木」「千年宝樹」「平和の象徴」と呼ばれ、国の象徴となっています。また、国を縦断するように流れるミルキー運河は、長さ2500km。流域面積150km2の国内最大の大河となります。かつては、国境として二つの国の境目の役割を果たしていましたが、ベガ帝国の併合と共にアルタイル共和国の領土となりました』
(首都には巨大樹っと。まぁこれはアレだよな……)
遥か先に佇みながら圧倒的な存在感を放つ大木。
巨大樹というのは目の前に答えがあるので考えるまでもない。
「ふぅー」
一通り資料を読み終えて、大きく息を吐きながら目を瞑った。
そして脳内に叩き込まれた膨大な量の情報を処理していく。
自分が別の世界にいることは理解したが、正直まだ海外にでもいる気分だ。
未知への楽しさ半分、怖さ半分といったところだろうか。
何はともあれ、ずっとクロと話をしているだけでは埒が明かない。
まずは街を目指しつつ、人を探さなければと腰を上げた。
その時—―
パキっというガラスに罅が入ったような不穏な音が周囲に響いた。
思わずその亀裂音がした方向に目を向けると――
「なんだアレ……」
目と鼻の先の上空に巨大な亀裂が生じていた。
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