Op.5「最果ての英雄」
かなりボリュームありますが、作品の根幹になる部分なのでじっくりお楽しみください。
【最果ての英雄】
●第一部「誕生」
世界が劇的な『終わり』と『始まり』を迎えた終末の日。
人々は、十二回に渡る大きな鐘の音と神聖な音色を耳にしました。
そして天地を繋ぐ十三本もの光の柱を目にした後、神託を授かったのです。
「現刻、此処に終わりと始まりの時は来た」
「約定に従い、愛おしき世界へ神秘の試練を与える」
「踏破せよ、看破せよ、到達せよ」
「世界の完成を最果ての地より願う」
この神託の後、光の柱が一つに収束し巨大な爆発が発生したのです。
神々しい光が全てを飲み込み、天変地異を巻き起こしました。
天地が割れ、空から星が降り注ぎ、地上は嵐と大洪水。
そして十三日に及ぶ破滅の後、空に八つの天体迷宮が誕生したのです。
➀第一迷宮『水星迷宮』
②第二迷宮『金星迷宮』
③第三迷宮『地星迷宮』
④第四迷宮『火星迷宮』
⑤第五迷宮『木星迷宮』
⑥第六迷宮『土星迷宮』
⑦第七迷宮『天王星迷宮』
⑧第八迷宮『海王星迷宮』
各大陸の遥か上空に創出されたこれら八つ天体迷宮。
これこそが『神』より世界に与えられし試練、『惑星迷宮』だったのです。
では、この惑星迷宮が担う役割とは何だったのでしょうか。
八つの天体迷宮は何のために創出されたのでしょうか。
人々は後に理解することになったのです。
それは『選別』であり『浄化』のためであると――
●第二部「進化」
惑星迷宮の誕生により、地上の生態系も大きく様変わりしていきました。
巨大爆発の後、生き残った生物は大きく進化を果たしたのです。
・魔力という神秘の力を身に宿した新人類。
・獣から人へと進化した新たな人種の誕生。
・魔法や魔術といった人智を超えた技術の獲得。
こうした人類の進化と共に野生動物や自然植物にも突然変異が起こりました。
・小さな蜥蜴や蛇が竜やドラゴンへと変貌。
・火を吹く鳥、空を泳ぐ魚、巨大化した昆虫の誕生。
・異様な成長を果たした植物の数々。
他にも数多の生物が進化を遂げ、新たな生態系が構築されていきました。
しかし、この進化を果たした未知の生物の多くが人々の脅威となる存在でした。
何故なら、これらの生物は人の血肉を喰らい糧とする獣『魔獣』だったのです。
新人類と同様に体内に魔力を宿し、人知を超えた特性や力を持つ凶暴な怪物。
そんな魔獣が餌となる血肉を求めて人々に襲いかかったのです。
こうして『新人類』と『魔獣』の生存を懸けた戦いが幕を開けました。
魔獣は、その圧倒的な大きさと獣としての特性を駆使し人々を襲撃。
それに対して人々は、天より授かりし魔法と魔術で対抗。
さらに、人ならではの知恵や技術で武器を作り、罠を張り、作戦を立て魔獣と戦いました。
魔獣が人を喰らい、人も魔獣を喰らう。
捕食者同士の生存競争。喰って喰われての繰り返し。
敗北すれば『人』という種が地上から絶滅する争いの中で人々は抗いました。
しかし、いくら倒しても絶え間なく天から襲来する魔獣。
そんな終わりの見えない戦いの日々に人々は疲弊し、悲観し、絶望し、いつしか安息の地を求めるようになりました。
●第三部「壁と試練」
惑星迷宮の誕生により、生態系だけでなく地形も大きく様変わりしました。
巨大爆発の後、地形は大きく変動し、世界は八つの大陸と三つの『層』に分断されたのです。
まず、八つの大陸にはその上空に位置する迷宮と同様の名称がつけられました。
第一迷宮『水星迷宮』の下部に位置するマーキュリー大陸。
第二迷宮『金星迷宮』の下部に位置するヴィーナス大陸。
第三迷宮『地星迷宮』の下部に位置するアース大陸。
第四迷宮『火星迷宮』の下部に位置するマーズ大陸。
第五迷宮『木星迷宮』の下部に位置するジュピター大陸。
第六迷宮『土星迷宮』の下部に位置するサターン大陸。
第七迷宮『天王星迷宮』の下部に位置するウラヌス大陸。
第八迷宮『海王星迷宮』の下部に位置するネプチューン大陸。
これら八つの大陸は、ある一つの場所を囲うように地形変動していました。
その場所こそ『最果ての地』と呼ばれる世界の中心地。
この場所を起点として『輪』を描くように三つの層が形成されていたのです。
➀神秘のベールに包まれた世界の中心『聖域』。
何人も辿り着くことができない『最果ての地』が眠る未開の領域。
②聖域の四方を囲う大陸で構成される『近界』。
上空に第一~第四の天体迷宮が位置する四つの大陸から成る領域。
③近界の外側に位置する四つの大陸で構成される『外界』。
上空に第五~第八の天体迷宮が位置する四つの大陸で構成される領域。
これら三つの層に区分された世界で人類の生存圏は『外界』のみとなりました。
それ故に、人々は魔獣の脅威から安息の地を求めて内側を目指します。
しかし、何人も『近界』や『聖域』に立ち入ることは叶いませんでした。
何故なら、三つの領域を隔絶する『神秘の壁』が誕生していたのです。
それは天から垂れ下がる光の帳のように美しく、虹色の輝きを纏っていました。
何人の侵入も許さず、傷の一つもつけられないその聖なる壁。
後に『聖壁』と呼ばれる近界を囲う壁の四方には、異なる紋様の巨大な扉があったのです。
「最果てを目指す者よ、踏破の証を示せ」
扉の前には大きな獣の門番が鎮座し、訪れる者たちに問い掛けました。
しかし、誰も『踏破の証』を示すことは叶わずその扉を開くことはできません。
では、その証は一体何処にあり、どのように手にできるのでしょうか。
その答えは天から舞い降りてきました。
「試練に挑む勇気ある者よ。この船に乗りなさい」
神の遣いとされる白い鯨がその背に箱舟を曳いて天より舞い降りてきたのです。
外界の遥か上空に浮かぶ四つの天体迷宮より降臨した巨大な鯨と箱舟。
その神の遣いたる鯨は、地上にて試練に挑む者を集いました。
『村一番の力持ち』『剛腕の槍使い』『神速の剣士』など腕に自信のある者たちが続々と名乗りを上げました。
そんな彼らを箱舟に乗せ、神の遣いは再び天高く昇り去っていきました。
「試練に挑む勇気ある者よ。この船に乗りなさい」
そして再び地上へ神の遣いたる鯨が舞い戻って来たのです。
しかし、その背の箱舟には誰も乗っておらず戻って来る者はいませんでした。
続いて、正義の魔法使いとその仲間たち百人が名乗りを上げました。
地上で数多の魔獣を倒し、勇者と評される彼らの挑戦に人々は吉報を待ち望んでいました。
「試練に挑む勇気ある者よ。この船に乗りなさい」
それでも再び地上に戻ってきたのは、無人の箱舟と神の遣いたる鯨のみ。
多くの落胆の溜息が渦巻く中、次なる挑戦者が現れました。
地上でドラゴンを討伐した赤の魔法使いと青の魔法使いの兄弟。
その二人が試練に挑むため箱舟に乗り込みました。
「試練に挑む勇気ある者よ。この船に乗りなさい」
天上より地上に戻って来た箱舟には、人影がありました。
試練に挑んだ兄弟のうち弟だけが帰還を果たしたのです。
しかし、彼は箱舟の中で既に息絶えた後でした。
「試練に挑む勇気ある者よ。この船に乗りなさい」
それからも多くの者が試練に挑み続けましたが生きて帰る者はいませんでした。
この間も地上では、魔獣の襲撃が続きたくさんの命が散っていきました。
絶望に次ぐ絶望。それでも、人々は希望を捨てず戦い続けたのです。
「試練に挑む勇気ある者よ。この船に乗りなさい」
そして、ようやく人類が一歩前へ進む時がやってきました。
四人の精霊使いが試練に挑み一人が帰還を果たしたのです。
その男は満身創痍の状態で地上へ戻り、最後に一枚の紙切れを人々に託し安らかに眠りました。
彼が命を賭して地上へ届けた紙には、六つの重要な情報が記載されていました。
➀惑星迷宮の役割は『選別』と『浄化』である。
②魔獣は惑星迷宮の内部で誕生している。
③惑星迷宮を攻略すれば魔獣が発生しなくなる。
④世界の中心地へ到達することが人類に与えられた試練である。
⑤世界の中心に辿り着く道は、四つ存在する。
⑥試練を攻略しなければ更なる厄災が起こる。
真偽は定かでないもののこれらの情報は、人々に大きな懸念と希望を与えるものでした。これまで終わりの見えなかった迷路の終着点が示され、ようやく進むべき方向が示されたのです。
こうして人類の惑星迷宮攻略への歩みが始まりました。
「試練に挑む勇気ある者よ。この船に乗りなさい」
それから100年、200年と人類は何度も挑戦と失敗を繰り返しました。
多くの者が試練に挑み、血を流し、命を散らし、それでも次に託そうと少しずつ前へ進みました。しかし、惑星迷宮の攻略は、人々の想像を遥かに超え極めて困難なものだったのです。
「試練に挑む勇気ある者よ。この船に乗りなさい」
誰もが人々の希望の光となる英雄の誕生を待ち望みました。
試練に挑み続ける勇者の中から真の英雄が誕生する日を待ち続けました。
「試練に挑む勇気ある者よ。この船に乗りなさい」
しかし、惑星迷宮の誕生から300年が経過してもなお英雄は現れません。
積み重なっていくのは、尊い犠牲と負の感情を孕んだ溜息の数ばかり。
いつしか地上では安全な場所を求めて人同士が争う始末。
『恐怖』『失望』『憎悪』『絶望』あらゆる負の感情が渦巻く暗黒の時代。
そんな暗闇の中でも力ある者は挑み続け、力なき者は祈り続けるしかありませんでした。
「試練に挑む勇気ある者よ。この船に乗りなさい」
そして長い時間と多大な犠牲を払ってようやく人々は理解しました。
惑星迷宮の役割の一つである『選別』の意味。
それは人々の希望の光となる英雄の誕生。
試練に挑む数多の勇者の中から真なる英雄の選別。
そして世界の中心たる『最果ての地』へ至る者を篩に掛けることであると――
●第四部「歩み」
時は進んで、惑星迷宮の誕生より400年。
暦は『新星暦』と制定され、新星暦400年を迎えた新たな世界。
一度は滅亡した世界も生まれ変わり、少しずつ復興と繁栄を果たした時代。
しかし、未だ惑星迷宮は一つも攻略されることなく難攻不落。
天から襲来する魔獣の勢いはさらに増していき、争いの絶えない戦乱の世。
そして試練を突破し、人類の希望の光となる英雄も未だ現れず。
では、なぜこれほどの長い時をかけても攻略できないのか?
それは惑星迷宮の構造に起因していたのです。
終末の日、世界の滅びと共に天に創出された八つの天体迷宮。
その構造は、単純明快でありながらも人智を遥かに超えるものでした。
『球状の層が100層も積み重なった巨大な球体』
『玉ねぎのように百層の皮に包まれた構造』
『百の世界が凝縮された厄災の玉』
学者によって表現方法は様々でしたが、百層におよぶ球状の層が積み重なっている構造であることから、天体迷宮は『百層構造の球体』と定義されるようになりました。
問題だったのは、百層を形成する一つ一つの層に広大な異空間が広がり、一つの世界を形成していたことでした。魔獣や未知の植物や鉱石、地上とは比較にならない特殊な環境が広がるまさに魔界。それが百層も重なっていることから『百重の世界』『百異空間』と呼ばれるようになりました。また、各層は『階層』と称され、その危険度は大きく六つに分類されていたのです。
『表層』第1階層~第19階層:球体の最も外側に位置する層。
『上層』第20階層~第39階層:表層の内側に位置する層。
『中層』第40階層~第59階層:上層の内側に位置する層。
『下層』第60階層~第79階層:中層の内側に位置する層。
『深層』第80階層~第99階層:下層の内側に位置する層。
『最深層』第100階層:深層の内側に位置する最深部にして迷宮の中核部。
内側に深く進むほど、凶悪な魔獣や過酷な環境が待ち受ける惑星迷宮の構造。
攻略に挑む者は、魔獣が闊歩する階層内で十三個の鍵を探し出し、階層神殿にて階層主に挑戦。階層主を倒すことで次の層に繋がる鍵を獲得し、再び新たな層で十三個の鍵を探して階層主に挑戦。
この過程を百度繰り返し、全ての階層を攻略。
最後に世界の中心に至るための『証』を手に入れる。
これが各大陸の遥か上空に誕生した八つの天体迷宮にて課せられる試練の全容だったのです。
そして惑星迷宮の誕生より500年。
外界の空に浮かぶ四つの天体迷宮は未だ難攻不落。
それでも人類は惑星迷宮の攻略に向けて少しずつ歩みを進めていました。
「試練に挑む勇気ある者よ。この船に乗りなさい」
【新星暦500年次における階層到達記録】
第五迷宮『木星迷宮』:18階層到達。
第六迷宮『土星迷宮』:17階層到達。
第七迷宮『天王星迷宮』:19階層到達。
第八迷宮『海王星迷宮』:16階層到達。
「試練に挑む勇気ある者よ。この船に乗りなさい」
惑星迷宮の誕生より600年が経過。
【新星暦600年次における階層到達記録】
第五迷宮『木星迷宮』:27階層到達。
第六迷宮『土星迷宮』:28階層到達。
第七迷宮『天王星迷宮』:26階層到達。
第八迷宮『海王星迷宮』:25階層到達。
「試練に挑む勇気ある者よ。この船に乗りなさい」
惑星迷宮の誕生より700年が経過。
【新星暦700年次における階層到達記録】
第五迷宮『木星迷宮』:37階層到達。
第六迷宮『土星迷宮』:38階層到達。
第七迷宮『天王星迷宮』:39階層到達。
第八迷宮『海王星迷宮』:36階層到達。
大きな犠牲を払い小さな一歩を進む繰り返し。
決して止まることは許されない修羅の道。
人類がその血塗られた歩みを進み続けること800年。
「試練に挑む勇気ある者よ。この船に乗りなさい」
【新星暦800年次における階層到達記録】
第五迷宮『木星迷宮』:48階層到達。
第六迷宮『土星迷宮』:46階層到達。
第七迷宮『天王星迷宮』:47階層到達。
第八迷宮『海王星迷宮』:43階層到達。
この新星暦800年を迎えた世界は、また一つ恐ろしい真実に辿り着いたのです。
それこそが、もう一つの惑星迷宮の役割。
『選別』とは異なる『浄化』の意味。
それは小さな希望と大きな絶望を孕んだものでした。
『人が抱く負の感情から魔獣は誕生する』
迷宮学者ホーキンス博士が提唱した『負の円環理論』の一説。
『怒り』『憎しみ』『悲しみ』『嫌悪』『恐怖』『後悔』『恥辱』『絶望』など人が負の感情を抱く時、目に見えないほどの黒い粒子が体内から排出されることが発見されたのです。
その物質の名は、『暗黒粒子』。
『負の結晶』『悪意の塊』と表されるこの物質は、負の感情を抱く人体から放出され大気中を漂い、最終的に天に浮かぶ惑星迷宮へと吸収されていくことが解明されました。
そして惑星迷宮は、取り込んだ暗黒粒子をエネルギー源として内部で魔獣を生み出す。これこそが魔獣が発生するメカニズムであり、迷宮学者ホーキンス博士はこのように結論付けました。
『私たちが人である限り、魔獣の発生を完全に抑制することは不可能である』
人は感情に溢れた生物であり、人から感情を切り離すことはできない。
同時に、負の感情を抱くことも人の本質であり抑制することはできない。
魔獣が人を襲い、傷ついた人々が『怒り』『憎しみ』といった負の感情を抱く。
そしてまた負の感情から魔獣が誕生し、また人が傷つき負の感情を抱く。
人が存在する限り魔獣は永遠に発生し続ける。終わりのない悪意の循環。
永久に続く負の連鎖。
魔獣が生まれない世界には、もはや人は存在しない。
『惑星迷宮とは、人類を絶滅させるまで廻り続ける浄化装置である』
これこそが迷宮学者ホーキンス博士が提唱した『負の円環理論』だったのです。
こうして人類は長らく謎に満ちていた『神意』と『真実』に辿り着きました。
惑星迷宮のもう一つの役割である『浄化』の意味。
それは地上から『人』という種の根絶。
負の感情を抱き、害悪な暗黒粒子を放出する生物の駆逐。
世界を汚染する人類を駆除するための『浄化』であると――
●第五部「厄災」
惑星迷宮の誕生より900年。
負の感情が魔獣を生み出すことが解明されても尚、人類がそれを制御することは叶いませんでした。
日々、天から襲い来る魔獣との戦いに加えて激化する人同士の争い。
加えて、『種族間の差別』『領土をめぐる戦争』『資源の奪い合い』。
小さな小競り合いから国家間の戦争に至るまで悪意の種は数知れず。
発生する魔獣の数も増加し、惑星迷宮の危険度はさらに上昇。
地上に襲来する魔獣の数も増加の一途を辿っていきました。
【新星暦900年次における階層到達記録】
第五迷宮『木星迷宮』:52階層到達。
第六迷宮『土星迷宮』:54階層到達。
第七迷宮『天王星迷宮』:51階層到達。
第八迷宮『海王星迷宮』:53階層到達。
人類はようやく折り返し地点となる50階層を突破しましたが、そこで足踏み。
そこから数十年もの間、一歩も前へ進むことはできませんでした。
この『停滞』を招いた要因はただ一つ。
新星暦900年を迎えた世界は大きな厄災に見舞われたのです。
厄災の名は、『終末の前厄祭』。
この災いの祭典は、時計の針が進む音から始まりました。
世界中に『カチッ』という不吉な音色が響いた直後のことです。
天を黒く塗り潰すような暗雲が勢いよく立ち込めていきました。
そして十三日をかけて地上を覆い尽くした黒い雲はその後一点に収束。
四角い箱の形となり、その上部の蓋が開かれた時――
『災い』が解き放たれたのです。
その光景を目にした多くの者が『綺麗だ』『美しい』などと口にしました。
黒い箱の形をした雲から爆ぜるように解き放たれたのは、小さな光の玉。
数千数万を優に超える無数の光球が世界中に降り注いだのです。
それはまるで夜に煌く星のように――
聖夜に舞い落ちる雪のように――
暗闇を彩る光の雨のように――
その神秘的な光景に多くの人が目を奪われました。
しかし、幻想的な光の正体は『厄災』そのもの。
何故なら、天から降り注ぐ光の玉を核として『魔獣』が誕生したのです。
・大地を焼き払う炎熱龍ヴォルフレア
・空を漆黒の雲で支配する黒雲龍ネロワール。
・全てを凍てつかせる氷雪龍ヘルフローヴァ。
・暴虐の風を巻き起こす壊風龍テンペスト
・あらゆるものを踏み潰す巨人兵ギガルニカ。
・人の魂を喰らう災厄の獣パンドラ。
その他にも空を泳ぐ巨大鮫。八つ首の大蛇。雷を纏う怪鳥。
数多の魔獣が地上に生まれ落ち『産声』が世界中に轟きました。
グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
それはこの世に生を受けた喜びの咆哮か。
餌となる人間の存在に興奮した絶頂の叫びか。
人類に対する宣戦布告の雄叫びか。
答えは誰にも分かりません。
ただし、そこから始まったのは惨劇そのものでした。
新星暦901年『シニストラ王国の崩壊』
新星暦902年『魔海大戦の敗北』
新星暦903年『アルゲニブ城の陥落』
新星暦904年『八聖勇者の死亡』
雪崩のような魔獣の軍勢による地上の蹂躙。
緑が豊かだった大地は生気を失い、無残な荒野へ変貌。
綺麗だった海の水は血で濁り、美しかった街並みも廃墟と化しました。
いくつもの国が成す術もなく滅びの道を辿っていったのです。
新星暦905年『コカブ公国の消滅』
新星暦906年『オリオンの悲劇』
新星暦907年『プレアデス騎士団の壊滅』
新星暦908年『メラク塔の倒壊』
日々、魔獣の叫びが奏でる破滅の旋律はより苛烈なものへと変貌。
地上は成す術もなく、惨劇の舞台と化していく一方でした。
このかつてない厄災に人類は、力の限り抗うも儚き命の音が消えゆく一途。
900年かけて築き上げた文明が崩れゆく音も日々絶えませんでした。
そんな絶望に打ちひしがれる人々へ、純白の衣を纏った聖女が一つの『教え』を説きました。
「これは愚かな人類に対する神の裁き。すなわち神罰。自らの行いを悔い改め、懺悔し、祈りを捧げるのです」
迫りくる厄災に抗う術を持たない人々は祈りを捧げる他ありませんでした。
魔獣のいない世界を想い――
家族や大切な人の無事を願い――
平穏な未来に幻想を抱き――
魔獣が存在しない聖域と呼ばれる『最果ての地』を夢見て――
来る日も来る日も祈りを捧げ続けました。
いつか世界を救う『英雄』の誕生を信じて――
ただひたすらに祈り続けました。
そして、漆黒の雲が空を支配する審判の日。
天に祈りを捧げる人々は暗闇の中に一筋の『光』を見たのです。
●第六部「人魔大戦」
終末の前厄祭より65年が経過した世界。
そこで地上に蠢く魔獣の軍勢と人類の戦いは、最終局面を迎えました。
新星暦965年『第一次人魔大戦』
人類最後の砦たるゼロバース荒原での運命の決戦。
この戦いの敗北が意味するのは、人類滅亡。
勝利しか許されない世界の命運を左右する戦い。
その最終決戦の舞台にて、三人の勇者が立ち上がったのです。
龍帝の勇者『キング・エフ・フォーマルハウト』
神鳥の勇者『クイーン・エス・アルデバラン』
銀狼の勇者『ジャック・エヌ・レグルス』
そして彼らの後ろに続くのは、世界調律騎士団。
鳥人族の戦士で構成される王翼十飛翔。
耳長族の魔法使いで構成される精霊魔導衆。
獣人族の戦士で構成される百獣兵士団。
その他の種族の戦士を含む他種族連合軍。
これまでいがみ合い、何度も衝突を重ねてきた種族や勢力が来る厄災に立ち向かうために手を取り合ったのです。
「現刻、ここに終わりと始まりの時は来た!」
「魔獣との長き戦いに終止符を! ここより始まるのは人類栄光の歴史!」
「勇気ある者たちよ! 声を上げろ! 鼓動を鳴らせ! 息の音を捧げよ!」
地平を埋め尽くす無数の魔獣を前に三人の勇者の声が荒野に轟きました。
その言葉に焚きつけられ闘志を燃やす人類の戦士たち。
その言葉を嘲笑うような笑みを浮かべる数多の魔獣。
曇天の空の下、両軍の雄叫びが開戦の狼煙となりました。
「「「ウォオオオオオオオオオ」」」
人の波と魔獣の雪崩の激しい衝突。
三人の勇者と相対するのは、長きに渡り地上を蹂躙し続けた四体の龍。
天にも届く大きさを誇る巨人を相手取るのは、世界調律騎士団。
八つ首の大蛇と対峙するのは、空を主戦場とする王翼十飛翔。
魑魅魍魎たる魔獣の数々を殲滅する精霊魔導衆と百獣兵士団。
戦場となったゼロバースの大地は、地形が変化するほどの激戦となりました。
「緑の曲技-第四番-木龍の螺旋舞」
「世界譜収録魔集-防御譜術-第六十四番-五線封陣」
「鬼人舞闘流-大天狗!」
「第三魔導大隊は後退し、双璧の陣を展開!」
自ら創作した術式を行使し、百千の魔獣を殲滅する魔法使い。
複数で詠唱を紡ぎ、大規模な魔術を展開して魔獣を蹴散らしていく魔術師。
磨き上げた剣技や槍術で次々に魔獣を斬り伏せていく戦士。
獣にはない知恵を巡らせ、連携し魔獣たちを翻弄する騎士団。
人類滅亡の瀬戸際で、戦場に立つ全ての人間が命を賭して戦い続けたのです。
しかし、常軌を逸した能力や特性を持つ魔獣に対し苦戦を強いられました。
そしてゆっくりと均衡は崩れていったのです。
「この世の終わりだ……」
開戦から十日が経過した時、満身創痍の騎士の呟きが戦場に木霊しました。
それが意味するのは『絶望』の二文字。
均衡が崩れたゼロバースの地は、惨劇の舞台と化していきました。
灼熱龍の吐息が、全てを灰燼に帰す勢いで吹き荒れ――
黒雲龍の放つ暗雲は、天を支配し漆黒の雷鳴を轟かせ――
氷雪龍の咆哮は、戦場の時間を止めるように全てを凍てつかせ――
壊風龍の引き起こす暴虐の竜巻は、戦場を縦横無尽に駆け回り――
無数の魔獣が地に伏せる戦士の亡骸を食い荒らす地獄絵図。
グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
いつしか獣の咆哮が戦場を支配し、闘志あふれる戦士の雄叫びや魔術師の詠唱は搔き消されていきました。
そうして段々と静かになっていく荒野に倒れ伏すのは半死半生の戦士たち。
剣や槍がへし折られ、心までも折れかけている騎士団の面々。
全ての魔力を使い果たし、必殺の魔法を行使できない魔法使い。
負傷し詠唱を紡ぐことすらままならない魔術師たち。
多くの者が血の涙を流し、悔しさや絶望を胸に抱き地面に倒れていったのです。
「もう……ダメだ……」
地面を這いつくばり、血と涙が滲んだ土を握りしめる者。
「こんなのどうしたら……」
恐怖で足が震え、立ち上がることすらままならない者。
「クソっ……こんなところで……」
失意の中で蹲り、戦意を喪失しかけている者。
「ここまで……か……」
敗戦の空気を感じ取り、起き上がる気力を失いかけている者。
各々が抱く負の感情が戦場に伝播し、敗戦の色を醸し出していきました。
そして戦う者たちの脳裏に『終焉』の二文字が過り始めた時――
「この大地に跪く戦士たちよ! 君たちの心に問おう!」
静けさを帯び始めた戦場に、再び勇ましく覇気のある声が轟きました。
その一言に下を向く戦士たちは顔を上げ、魔獣までもが一斉に動きを止め、時間が止まったような静寂が訪れたのです。
そこはまるで彼らの独壇場。彼らだけの独り舞台。
そして全ての視線が集う先には――
威風堂々たる立振る舞いで、天高く剣を掲げる三人の勇者の姿がありました。
「俺たちがこの場所にいる理由は、無様に地べたに寝そべるためか?」
「私たちがこの場所で戦う理由は、最悪の結末を迎えるためですか?」
「僕たちがこの場所で抗う理由は、自分自身を守るためだけなのか?」
勇者三人の中央に立ち、少し荒い口調で問い掛けるキング。
その左手から、透き通る可憐な声で丁寧な口調で問い掛けるクイーン。
その右手から、優しくも勇ましい口調で問い掛けるジャック。
三人から問い掛けは戦う者すべての『魂』に火を灯すものでした。
そして彼らはまだ小さな火種へ薪をくべるように言葉を紡いでいきました。
「思い出せ! ここでの敗北の意味を!」
「想起しなさい! 貴方たちが戦う理由を!」
「心に描け! なにより守るべき者の姿を!」
勇者たちの『魂』への問い掛けは、一瞬にして戦場を駆け巡りました。
それは絶望に掻き消されつつある闘志の炎を、再び業火へと変貌させる言葉の魔法だったのかもしれません。
何故なら、俯いていた戦士たちの瞳に光が宿り始めたのです。
大切な友のため――
守りたい恋人のため――
共に戦う仲間のため――
愛する家族のため――
己の誇りのため――
平和な未来のため――
戦士たちは絶望を打ち払い、己の戦う理由を胸に力強く立ち上がったのです。
こうして風前の灯だった人類側の士気は烈火の如く燃え盛っていきました。
そして迎えるは、最終決戦。
「「「この剣を以って明日への道を切り拓く! 行くぞ!」」」
三人の勇者が最後の薪をくべ終え、再び先陣を切って走り出しました。
そんな彼らの背に続くように闘志を燃やす戦士たちも共に駆け抜けていきます。
「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」
そこから先は死闘が続く三日間でした。
意識を失ってなお戦い続ける者。
涙を流しながら剣を振る者。
地を這いつくばりながらも魔獣に喰らい付く者。
不格好などお構いなしの大立ち回り。
そんな血と泥に塗れた戦士たちの特攻。
鬼気迫る彼らの表情と気迫に魔獣たちが気圧されていきました。
『想い』それこそが魔獣にはない人であるからこその強さ。
それを証明するように戦場に立つ一人一人の想いの強さ、戦場に立てない者たちの祈りが『力』となり、徐々に戦況を覆していったのです。
そして、ついに世界の命運を懸けた戦いに終幕の時が訪れました。
この十三日間に渡る壮絶な戦いに幕を引いたのは、三人の勇者が放った一撃。
「「「世界魂心の一撃」」」
世界中の想いを乗せた光の斬撃は、数万の魔獣を薙ぎ払い、大地を割り、暗雲に覆われた空さえも一刀両断。
刹那、戦場から全ての音が消え、静寂が訪れたのです。
誰もが固唾を呑んで見守り、永久に感じるほど時がゆっくり流れていきました。
そして、斬り裂かれた漆黒の雲の切れ目から『光』が差し、戦場に立つ三人の勇者を煌々と照らしました。
「これは終わりじゃない!」
「ここから始まるのです!」
「我々人類の勝利だぁああああああああああああ!」
天より降り注ぐ光の中、勇者たちは手を大きく掲げ人類の勝利を宣言。
その姿はまさに人々が待ち焦がれた『英雄』そのものだったのです。
人類滅亡の舞台となりつつあったゼロバース荒原は、英雄誕生の地へ様変わり。
こうして第一次人魔大戦は『人類の勝利』という最高の形で幕を閉じました。
そして、ここより人類栄光の歴史が始まるのです。
●第七部「世界鎮魂曲」
世界の命運を懸けた第一次人魔大戦より五年。
新星暦970年を迎えた時代。
その世界の主人公は語るまでもなく三人の英雄。
彼らは、勇者パーティ『ブレーメン』として迷宮攻略に乗り出したのです。
「試練に挑む勇気ある者よ。この船に乗りなさい」
神の遣いたる大きな鯨の曳く箱船に乗り込み、天上の舞台へ。
八つの天体迷宮のうち彼らが挑むのは、第五迷宮『木星迷宮』。
【新星暦970年次における階層到達記録】
第五迷宮『木星迷宮』:70階層到達。
第六迷宮『土星迷宮』:56階層到達。
第七迷宮『天王星迷宮』:53階層到達。
第八迷宮『海王星迷宮』:55階層到達。
60年以上ずっと停滞していた惑星迷宮の攻略。
外界に浮かぶ四つの天体迷宮の探索が、ようやく再開の時を迎えたのです。
その中でも勇者パーティが挑む『木星迷宮』は、破竹の勢いで探索と攻略が進んでいきました。
【新星暦980年次における階層到達記録】
第五迷宮『木星迷宮』:86階層到達。
第六迷宮『土星迷宮』:58階層到達。
第七迷宮『天王星迷宮』:56階層到達。
第八迷宮『海王星迷宮』:57階層到達。
彼らの活躍は留まることを知らず、ついには80階層を超えた『深層』に到達。
この躍進の裏には、大きな厄災を乗り越えた故の強さがあったのです。
苦楽を共にした種族間の結びつき。
共に戦った仲間たちとの信頼と絆。
国家同士の協力関係と支援。
戦術幅の拡大、魔道具の開発。
さらに英雄の誕生によって、人々の心に拠り所が出来たことで負の感情を軽減し、魔獣発生の抑制にも繋がりました。
【新星暦990年次における階層到達記録】
第五迷宮『木星迷宮』:95階層到達。
第六迷宮『土星迷宮』:61階層到達。
第七迷宮『天王星迷宮』:60階層到達。
第八迷宮『海王星迷宮』:59階層到達。
勇者パーティ『ブレーメン』の快進撃は、勢いそのままに続いていきました。
そして遂には90階層を突破し、最深部の目前へと到達。
この歴史的な偉業の連続に人々の期待感も高まっていきました。
また、彼らの功績は迷宮探索や武勲だけではありませんでした。
・世界平和を目的とした国際組織『世界調和機構』の設立。
・天空からの魔獣の襲撃を防ぐための『天上の防壁』の構築。
・魔獣の脅威が少ない地下空間を利用した都市開発。
・生活を豊かにするための魔道具・アーティファクトの発明。
・食生活や生活基盤の文化革命。術式円盤の開発による技術革新。
奇想天外な彼らの発想と知識が、世界中の文化に革新をもたらしたのです。
人々の生活は格段に豊かになり、それが心の平穏にも繋がっていきました。
これも彼らにとっては、迷宮攻略の一環だったのかもしれません。
そして――そんな彼らを含む人類千年の歩みが一つの終着点に辿り着くのです。
新星暦1000年を迎えての初春。
火桜の蕾が開花を始めた頃、遂に待望の時がやってきました。
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
突如として世界中に鐘の音が十三回に渡って鳴り響いたのです。
それはまるで千年前の『終末の日』の再現。
始まりの十三天鐘と呼ばれるその鐘は、一つの『終わり』を示すものでした。
続いて、伝承にあるように神聖な音色の旋律が紡がれていきました。
『世界鎮魂曲』と名付けられたその曲。
とても儚く、何かを憂い、どこか憤っているような旋律。
この音色を耳にした人々は、この曲が何を示すのかすぐさま理解しました。
「まさか、ついに彼らが成し遂げたのか……」
「あぁ……ようやくこの時が来たんだ……」
「世界はずっと待ってたんだこの時を……」
「あぁ……やっとこの日を迎えられたのね……」
勇者パーティ『ブレーメン』による第五迷宮の攻略。
歴史上初の惑星迷宮の一角を踏破するという快挙。
彼らは、第五迷宮『木星迷宮』の完全踏破を成し遂げたのです。
【新星暦1000年次における階層到達記録】
第五迷宮『木星迷宮』:100階層到達。
第六迷宮『土星迷宮』:63階層到達。
第七迷宮『天王星迷宮』:61階層到達。
第八迷宮『海王星迷宮』:60階層到達。
そして三人の英雄は、天上より世界中の人々に声を届けました。
「惑星迷宮の誕生より千年……数えきれないほどの者が試練に挑み続けてきた。その勇気ある者たちが命を賭して次に繋げ続けてきた結果が『今』だ!」
「そして今を生きる私たちもまた未来へ託し続けていく責務があります」
「過去の英霊たちに感謝を。そして先を生きる者たちへ希望を」
彼らの決意の言葉が木霊した後、静寂が訪れました。
人々はそっと目を閉じ、祈りを捧げるように両手を胸元で合わせ黙祷。
千年前から未来へ託し続けた者たちへの感謝を。
これから自分たちが未来へ新たな希望を託し続けていく誓いを。
それぞれの決意を胸に再び世界の時間が動き始めました。
そして、彼らの冒険も次の舞台へ。
前人未到の『最果ての地』へ向けて新たな旅路が始まるのです。
●第八部「最果てへの星の旅路」
新たな冒険の始まりは、一つの冒険の終わりから。
勇者パーティ『ブレーメン』による第五迷宮『木星迷宮』の攻略。
彼らは最深部に到達し、その最奥にある広間にて『導き』を目にしたのです。
それは大聖堂のような空間を囲う外壁に刻まれた巨大な壁画。
その作品の名は、『最果てへの星の旅路』。
惑星迷宮を構成する八つの天体迷宮と地上を示し、一つの終着点への導きを描いた図。すなわち、世界の中心『最果ての地』へ至る四つの経路を暗示していました。
➀第一迷宮と第五迷宮を経由するダイヤの経路。
②第二迷宮と第六迷宮を経由するスペードの経路。
③第三迷宮と第七迷宮を経由するクローバーの経路。
④第四迷宮と第八迷宮を経由するハートの経路。
そしてこの荘厳な壁画に囲まれた空間の中心に聳え立つ大きな木。
生い茂る緑葉の中に小さな『鍵』をいくつも実らせた宝樹。
これこそ、何人も立ち入ることが許されなかった近界へ続く扉の鍵だったのです。
この未踏の領域への鍵を手に、ダイヤの経路を進む勇者パーティ一行。
次に目指すは、第一迷宮『水星迷宮』。
彼らは、その新しい冒険の切符を手に未開の地へと旅立ったのです。
「最果てを目指す者よ、踏破の証を示せ」
千年前より近界に続く扉を守る大きな獣が、勇者一行に問い掛けました。
そして彼らが獲得した『鍵』を示した時、ダイヤの紋様が刻まれた扉がゆっくりと開き始めました。この瞬間こそ、人類が初めて『聖壁』を超え、近界の大陸へと足を踏み入れた瞬間だったのです。
「勇気ある者たちの旅路に祝福があらんことを」
獣の門番に見送られ、勇者一行は近界四大陸が1つマーキュリー大陸へ上陸。
そこに広がるのは誰も立ち入ったことのない未踏の領域。
千年もの間、何人にも知られることのなかった幻の秘境。
勇者パーティ『ブレーメン』は、その『未知』の最初の目撃者となりました。
同時に、彼らは目の前に広がる神秘の光景に圧倒されたのです。
「これは……どこまで続いてるんだ……」
「凄い……島が浮いてる……」
「何かが歌っている……」
広大な自然が広がる未踏の大地。
青々しい山が連なる絵画のような山脈。
外敵の少ない環境で独自の進化を遂げた動植物の数々。
中でも一際目を引いたのは大空に浮かぶ無数の島々。
雲の上に浮かびゆっくりと宙を移動する巨大な浮遊島。
他にも歌う石像、純白の砂漠、紅の湖畔、蒼く燃え盛る山々、光の花畑。
勇者一行は未知との遭遇に心を躍らせ、大陸全土の探索を始めました。
そして大陸の中心部にて『塔』を発見したのです。
「これか……」
「ようやく見つけたのね」
「どうりであのクジラがいないはずだよ」
それは天地を結ぶ巨大な塔。
まるで世界を支えているかのような大きな柱。
そして果てしなく『上』へと続く一本道。
勇者一行は、直感的にそれがどこに続いているのかを確信しました。
「試練に挑む勇気ある者よ。この塔を登れ」
塔の入口に佇む騎士の石像が三人へ語りかけました。
それは彼らがこの地に足を踏み入れた時より予期していた言葉。
三人は、既に固めていた決意と覚悟を胸に塔の中へ進んでいきます。
「さぁ、行くぞ!」
「まずは、第一迷宮『水星迷宮』の踏破!」
「そして目指すは、最果ての地!」
こうして勇者パーティ『ブレーメン』は天上に浮かぶ試練の地へ。
満を持して挑むは、第一迷宮『水星迷宮』。
世界中の期待を背に彼らの新たな戦いが幕を開けたのです。
第一迷宮『水星迷宮』。
そこは幾重にも重なる水明の世界。
地面より泡沫が浮かび、空には水玉の雲が並ぶ神秘の魔境。
その地での勇者パーティ『ブレーメン』の戦いを知る者は彼ら自身のみ。
未知の光景、未知の環境、未知の魔獣。
あらゆる『未知』を『既知』に変え、彼らは勇猛果敢に進み続けたのです。
世界中の人々の未来を守るために――
英雄としての役目を果たすために――
最果ての地を目指すために――
そして自分たちの『夢』を叶えるために――
彼らは何度も戦い、何度も倒れ、何度も立ち上がり歩み続けました。
未踏の領域に足跡を、白紙の歴史にその存在を刻み続けました。
故に彼らがもたらす『福音』は奇跡ではなく必然だったのかもしれません。
そして、勇者パーティ『ブレーメン』が第一迷宮に挑み始めて七年目の冬。
人類待望の時は誰の予想よりも早くやって来たのです。
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
七年ぶりに世界に轟く十三回の鐘の音。
続けて、偉業達成を報せる祝福の音色『世界鎮魂曲』が奏でられていきました。
またもや人々は驚愕し、すぐさま理解し、確信しました。
遠い空の下で私たちの英雄がまたも偉業を成し遂げたのだと――
同時に彼らが世界の中心に繋がる『聖域』の扉を開くのだと――
そして――
第一迷宮『水星迷宮』攻略より半月。
勇者パーティ『ブレーメン』は、ついに辿り着いたのです。
世界の中心にして長き旅の終着点『最果ての地』へと――
●第九部「英雄の最期」
「最果ての地には神秘の宝が眠る」
前人未到の世界の中心地へ到達した伝説の勇者パーティ『ブレーメン』。
彼らはその最果ての地より、全世界の人々へ声を届けました。
「次代の冒険者たちよ! 惑星迷宮の試練を乗り越えこの地に到達せよ!」
「そして私たちの未完成の夢を完成させてほしい」
「莫大な報酬と共にこの地にて待つ!」
勇ましく、また威風堂々と世界中へ轟いた彼らの切実な願い。
しかし、これが彼らの遺した最後の言葉だったのです。
何故なら、彼らは最果ての地より戻ってくることはありませんでした。
そして忽然と姿を消した英雄とその遺言に、人々の反応は様々なものでした。
――彼らの歴史的な偉業を讃えて唄う者――
――最果ての地に眠る秘宝の存在に心躍らせる者――
――理解が追い付かず立ち尽くす者――
――希望の光たる存在の消失に嘆き悲しむ者――
――彼らから意思を託されたと闘志を燃やす者――
ただ一つ、全ての人に共通していたことがあります。
それは疑問。人々は『疑問』を抱かずにはいられませんでした。
「勇者パーティ『ブレーメン』の三人は、本当に死んだのか?」
「彼らは最果ての地で何を目にしたのか?」
「彼らは最果ての地で何を知ったのか?」
「その聖域の中で彼らの身に何が起こったのか?」
「彼らの遺言たる願いの真意とは?」
「彼らが語った『未完成の夢』とは?」
「彼らが用意したとされる『莫大な報酬』とは?」
「最果ての地に眠る『神秘の宝』とは?」
全ての答えは、彼らと共に世界の中心に眠ったまま。
その真実を知る方法はたった一つ。
彼らの依頼通り、試練を乗り越え『最果ての地』へ辿り着くのみ。
こうして後の世で『ワールドクエスト』と呼ばれる彼らの最後の願いは、世界中の人々を冒険へと駆り立てたのです。
そして新たな時代へ――
惑星迷宮の試練に挑む勇者の時代から冒険者の時代へ。
真実を求め、宝を求め、まだ見ぬ景色を求める冒険の時代。
英雄の最期の言葉をきっかけに、世界は大きな転換を迎えることとなりました。
これもまた彼らの思惑か。もしくは定められし運命か。
真実を求め、今日もまた『最果ての地』を目指す者が現れるかもしれません。
神秘に満ちた宝を求めて惑星迷宮に挑み続ける者が現れるかもしれません。
彼らの意思を受け継ぎ、新たな英雄が誕生する日も遠くないのかもしれません。
彼らが最後に遺した言葉は、まさに魔法。
人を焚きつけ、国を動かし、時代すらも超越した英雄の御業。
世界に消えない足跡を刻み、人々の心に『希望』を灯す不滅の光。
故に、今もなお時代を超えて彼らの意思は生き続けているといえるでしょう。
では、彼らは何のために最後の言葉を遺したのか?
何故、ワールドクエストという形で世界へ声を届けたのか?
それは『託すため』だったのではないでしょうか。
千年前より脈々と受け継がれてきた歴史の襷を――
惑星迷宮の誕生より戦い続けた先人たちの悲願を――
彼らが叶えることができなかった果てなき夢を――
決して途絶えさせてはならない希望の光を――
その全てを未来へ繋ぎ、託したことこそ彼らの最大の功績かもしれません。
こうして多大な偉業とその名を歴史に深く刻み、勇者パーティ『ブレーメン』の物語は幕を閉じました。
いえ、今もなお彼らの物語はどこかで続いているのかもしれません。
そして最後に――
後の世で、最果ての地に眠る神秘の宝はこう呼ばれるようになりました。
『未完成の大秘宝』