Op.36「光の余波」
「おぉ…… すげぇな」
魔導戦艦と呼ばれる巨大な船に足を踏み入れた瞬間、思わずそんな声が漏れた。
感嘆というより、圧倒されたと言うべきかもしれない。
目の前に広がっていたのは、豪華客船のロビーを思わせる壮麗な空間だった。
床一面には、深い紺碧色の絨毯が海のように広がっている。
中央には、大きな噴水を模したオブジェと巨大なモニター。
その両脇には左右対称の螺旋階段が伸び、上階へと弧を描いている。
天井はガラス張りの天窓になっていて、青空の光がふんわりと差し込んでいる。
全体的に、クラシカルな装飾と近未来的な質感が絶妙に混じり合い、上質で華麗な内装といえるだろう。
さらに、この空間を多くの人々が行き交っていた。
「負傷された方はメディカルルームへご案内しますので、乗務員までお知らせくださーい!」
「大丈夫、大丈夫。父さんは無事だからね。今から帰るよ」
「うん、僕は平気だよ! ちょっと怖かったけど怪我してないよ!」
「それでね、ピカッて光ってドーン! ってなったんだ!」
「おい! 聞いたかよ? 食堂が無料開放されてるんだってよ!」
制服姿の乗務員、はしゃぐ子供、安堵したように笑う大人たち。
そして多くの人が、手にしたスマホのような小型デバイスで通話している。
(この世界にも、テレビとか携帯があるんだな……)
見慣れたものの存在に安堵しつつ、まだ見慣れない人種や船の内装に胸が高鳴る。
そんな俺の傍らでは、ルナとシアがなにやら話し込んでいた。
「とりあえず、私たちもメディカルルームに行った方がいい感じ?」
「だね。二人とも体もボロボロだし、着替えもしないとだもん」
「おっけー♪」
二人の間でなにか話がまとまったらしい。
肩口までの金髪を揺らしたルナが、くるりとこちらへ振り返る。
「ってことで、行くよ!」
「いや、もうちょい説明を……」
「ほらほら、つべこべ言わずに!」
どうやら、ちゃんと説明してくれる気はないらしい。
ルナに手首をぎゅっと掴まれ、俺は引っ張られるままにこの場を後にした。
♪―♪―♪
案内された先の部屋は、ロビーの温かな豪華さとはまるで別世界だった。
白を基調としたフロアは金属光沢を帯び、空調の低い唸りと機械の稼働音が、静かで無機質なリズムを刻んでいる。
「なんだこれ……」
そして、この空間にずらりと並ぶ青緑の液体で満たされたカプセル型の機械。
人ひとりがすっぽり入りそうな大きさの透明ドーム。
内部には呼吸用のマスク、そして身体を固定するベルトがふわりと浮いている。
(この世界の風呂みたいなものか? ちょっと研究施設っぽくも見えるけど……)
思わず目の前の光景に見入ってしまう俺の横で、ルナがふっと口を開いた。
「んじゃ、私はあっちだからさ♪」
軽い調子で言いながら、彼女は別方向の扉を指差す。
どうやら男女で部屋が分かれているらしい。
一歩前に出たルナは肩に触れそうな金髪を揺らしつつ、にやりと笑った。
「私がいなくて心細いかもだけど、ちゃんとシアの言うこと聞くように!」
「それは、むしろ安心……」
「あぁ゛んっ!?」
軽快な口調から一転、低く太い声に変わった金髪少女にギロリと睨まれた俺は、そのまま駆け込むように目の前の部屋へ逃げ込んだ。
♪―♪―♪
「では、このカプセルの中に入ってくださいね」
金髪の誰かさんと違って、シアはこの部屋について丁寧に説明してくれた。
ここにずらりと並んでいるのは回復治療用カプセルと呼ばれる装置で、内部で培養された回復液に浸かることで、損傷や痛みが急速に癒えるらしい。
確かに、俺の身体は魔海の巨大鮫との激戦でボロボロ。
ここまで怒涛の展開が続いていて忘れつつあったが、今も節々が痛んで細かい擦過傷も多い。
それがこのカプセル装置に入ることで治るというなら、是非とも試してみたい。
「シアちゃん、これって服は脱がなくていいの?」
「そのままで大丈夫ですよー。ついでに、衣服もまとめて綺麗にしちゃうので」
なんとこの装置には、洗濯機のような機能もあるらしい。
肉体を治癒しながら衣服の洗浄も可能とは、さすが魔法が存在する世界。
俺の常識では到底理解できない技術が平然と実用化されている。
そして、俺がカプセルの中に身を滑り込ませたところで、シアが手際よくこの装置に取り付けられたタッチパネルを操作した。
「これから回復液を注入していくので、そこのマスクもつけておいてくださいね」
言われた通りに、近くに備え付けられていた呼吸マスクを装着する。
その瞬間、滑らかな青緑色の液体が勢いよく足元から流れ込み、みるみるうちにカプセル内部を満たしていった。
全身が沈み、頭まで液体に包まれるのに、たったの10秒ほどだった。
(……なんだろう、この感じ)
カプセルの中で青緑の液体に漬け込まれ、まるで実験動物にでもなった気分だったが、不思議と不快さはなく、むしろ心地よい。
冷たさも熱さもない適温が、皮膚の表面から内側へじんわりと広がっていく。
痛みや疲れさえも吸い取られていくような初めての感覚だった。
(この世界の医療技術、すげぇな……。どうなってんだ、これ)
感心しているうちに、15分ほどが経過し、カプセル内部の液体がゆっくりと排出されていく。
水位が肩のあたりまで下がったところで、外からシアの柔らかい声が届いた。
「体の具合はどうですか? まだ痛みが残っているところとかあります?」
白い獣耳をピクリと動かしながら、シアが優しく微笑んでいる。
その柔らかな碧眼に見つめられつつ、俺はマスクを外して答えた。
「んー、多分もう大丈夫だと思う」
「よかったです。あと15分くらい浸かったら乾燥に移るので、そのままリラックスしててくださいね」
「はーい」
軽く返事を返しつつ、俺は思う。
もしここにいるのがルナだったら、あらゆる説明を省かれ、騒がしくこのカプセルの中に力づくで沈められていたのではなかろうかと。
そんなことを思いつつ、暇つぶしに装置の仕組みについて質問しようと口を開きかけた、その時だった。
突如、正面に設置されている大きなモニターが光を放つ。
「続いては、魔導災害に関するニュースです。本日正午、アルファ地方『双星の丘』付近で発生したワームホールが、先ほど収束したと共和国政府が発表しました」
凛とした女性アナウンサーの声が空間に響き渡り、映像が流れ始めた。
その中で、『魔導災害』『双星の丘』『ワームホール』という聞き覚えのある単語。
俺とシアは、同時にモニター画面へ視線を向けた。
「政府および自由組合によりますと、現場では秋風ギルド、白銀ギルド、そして明星ギルドが共同で対応にあたり、発生した魔獣はすべて討伐されたということです。また、現場に居合わせた冒険者らの迅速な行動により、死傷者は確認されていません。一方で、ワームホール発生地点周辺の星屑の森は、依然として警戒区域に指定されており、今後およそ一か月間は立入りが制限される見通しです」
どこか聞き覚えのある内容なんてものじゃなかった。
まさに、先ほどまで俺たちがいた森の様子がモニターに映し出されている。
こんなニュースに取り上げられるほど大事になっているとは予想していなかった。
いや、前世の日本であんな魔獣が出現したら大パニックは必然。
むしろ、よくこの程度の騒ぎで収まっているといえるのかもしれない。
「シアちゃん、これって……」
「はい、まさに私たちが巻き込まれた事件についてのニュースですね」
「だよね……」
ここで終わってくれたら、まだ良かった。
だが、俺の心臓に悪いニュースは続き、モニター画面の映像が切り替わった。
新たに映し出されたのは、上空から撮影した星屑の森の姿。
巨大なクレーターのような円形状の焼け跡が残り、森を真っ二つに裂くように描かれた大きな一本線。
俺が土壇場で行使した『涙の魔法』によって木々が吹き飛び、地面が大きく抉られた信じがたい光景だった。
(改めて見ても、ヤバいな……)
想像以上の破壊痕に驚きつつ、魔獣のみを倒していたという事実に安堵した。
下手すれば、目の前のシアやルナも消し飛ばしていたと思うと血の気が引く。
それどころか、彼女たちを含めて列車には数百名の乗員乗客がいたらしい。
彼らも全員無事で大量殺人犯にならずに済んだことこそが、俺にとっての奇跡といえるだろう。
これで綺麗に話が収まってくれればありがたかったのだが、ニュースは追い撃ちのように続いた。
「また、今回の事案については依然として不明な点が多く、魔導列車の乗員・乗客からは、『奇跡の光を見た』『神聖な光が魔獣を包み込んだ』といった証言が相次いでいます。政府は自由組合と連携し、光の正体や発生の経緯について、今後詳しく調査を進める方針です」
俺は、このニュースの締め括りに絶句した。
(おいおい、勘弁してくれよ。調査ってなんだよ……)
一難去ってまた一難。
俺には心が安らぐ暇もないのだろうか。
結果的にだけど、みんな助かったんだからもういいじゃん。
誰も犠牲にならず、丸く収まったのだから調査とかやめてほしいんだけど。
と、心の中で愚痴をこぼしていると、シアが真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。
「あの、私からも一つ質問していいですか?」
その碧眼は、さっきまでの穏やかさをひそめ、わずかに緊張を帯びていた。
今の俺が質問されて答えられることなんて何もないはず。
だが、先ほどのニュースの途中から何度かシアが横目で俺の様子を窺っているような気配は感じていた。
これまでの流れ的に嫌な予感がしつつも、ここで拒否する選択肢はない。
「いいよ。と言っても……今の俺に答えられることなんて少ないと思うけど」
記憶喪失という設定をフルに活用し、念のため回答できない予防線を張っておく。
そして案の定、次に彼女の口から出た言葉は、俺の警戒心を二段階ほど引き上げるものだった。
「ルナや魔導列車を救った奇跡の光、その正体に心当たりはありませんか?」
液体の滴る音だけが、しばし無機質な空間に落ちた。
この一言で、これまでの未知の健康ランド気分は吹き飛んだ。
同時に、あまりに核心を突いた質問に心臓がドクンと大きく跳ねた。
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