Op.33「双星の世代」
(あの子が……)
俺はもう一度、こちらへ向かってくる少女に視線を据えた。
さっきまでと同じ顔、同じ足取り、同じ笑み。
だが、一つの大きな情報が添えられただけで、見え方がまるで違う。
ここでまさかの原譜の能力者様の登場とは。
俺なんて、この世界でまともに会話した相手がまだ十人もいないのに。
(……でも、これはチャンスだな)
余計な口は挟まない。
慎重に観察して、拾える情報はすべて拾う。
俺が腹を決めたところで、隣のシアが続けた。
「それも、彼女は世界に四人しかいない四季の名前を持つ能力者なんですよ」
「四季……じゃあ、あの子が持つタイトルって――」
ここまでヒントが多く並べば、誰だって察するだろう。
彼女から漂うほのかに甘い金木犀の香り。
十月の空気のような、少しひやりと澄んだ季節の気配。
栗色の髪。淡い菊色の装いに施された紅葉柄の刺繍。
目の前の少女は、先ほどからその答えをずっと漂わせていたということだ。
(いや、彼女の存在そのものが答えなのかもしれないな)
脳裏にサポート型アンドロイドのクロから聞いた説明が反芻される。
神秘のオルゴールには天使系と悪魔系の二つの種類があり、その箱の中の原譜には三つの系統が存在する。
(たしか……題名の解釈から術式を創作する解釈譜。題名である色の連想から術式を創作する色想譜。題名に宿る命と共鳴して術式を創作する幻命譜の三つだったはず)
そして俺は、その三種すべてを持つ異端な能力者。
しかし、本来は一つしか獲得できないとされる魔法の譜面。
だとすれば、彼女が持つ原譜の系統とタイトルは――
「天使系-解釈譜-タイトル『秋』。彼女が、豊穣の紅葉乙女の二つ名を持つ秋の魔法使いです」
俺の脳裏に浮かんだ疑問の答えは、シアの言葉に引き継がれた。
「秋の魔法使い……」
俺は自然と、こちらに駆け寄って来る少女を観察するように眺めていた。
一見すると、陽気な雰囲気で明らかに食欲旺盛な女の子。
だが、実際は俺と同じように魔法を行使できる秋の魔法使い。
個人的には、秋の魔法というものがどんなものか気になるところだ。
「ただ、ちょっと困ったこともあってですね……」
「困ったこと?」
シアは眉をきゅっと寄せ、少しのあいだ考え込むように視線を落とした。
秋の香りがふわりと漂う中、言葉を選ぶように小さく息を吸う。
「まず、私やルナの世代って、『双星の世代』って呼ばれているんです」
双星の世代。
ロマンのある響きだが、続いた説明は波乱の予感に満ちていた。
ルナとシアと同学年、つまり同世代に原譜の能力者が二人。
一人は、まさに目の前で焼き魚を片手にこっちに駆け寄ってくる少女フォルン。
もう一人は、シャーロット・セレンティアという名の少女。
両者とも生まれつき原譜の力を授かった先天的な能力者らしい。
先天的な能力者が誕生する確率はかなり低く、一億人に一人くらいとのことだ。
そんな奇跡ともいえる存在が同世代に二人。
「彼女たちは、この国の未来を照らす二人として『双星の世代』って呼ばれるようになったんです」
「えっと、それの何が問題なの?」
俺の問いに、シアは困ったように眉を寄せながら答えた。
「ライバル関係バチバチなんですよねぇ」
「あー、そういうことか」
言われてみれば当然だろう。
同じ世代に生まれ落ちた、稀有な才能。
幼い頃から国中から注目され、期待され、比較される。
その結果、二人を中心にギルドという組織単位で長く競い合っているらしい。
「そんで、その世代に新たな能力者が誕生しちゃったわけだ」
「そういうことです……」
シアの声がわずかに沈む。
最大の問題は、二人の魔法使いと同世代であるルナが能力者になったことだ。
『双星の世代』に新たに爆誕した超新星。
突然に現れた三番目の光。
それは当然、話題になり、より注目され、比較の対象となっていく。
やがて二人の争いに巻き込まれていくのではないかと、シアは危惧しているようだ。
「フォルンさんはともかく、もう一人の子とルナが相性悪くてですね……もしバレたら色々と大変かなって……」
「じゃあ、黙っておけばいいんじゃないの?」
これはルナを心配してというよりは、俺が欲しい情報だった。
原譜の能力者であることを秘匿にしておくことに何かしら罰則があるのか。
その内容次第では、今後の立ち回り方も変わってくる。
と思っての質問だったが、シアは顎に指を添え、少し考えてから答えた。
「んー、自由組合や国への報告義務みたいなものがあったと思うんですけど……能力者が誕生すること自体が本当に稀なことなので私にもちょっと分からないです」
「へぇ、そうなんだ」
厳格な罰則や報告義務は、曖昧なものと考えていいだろう。
ただ、これまでの話を踏まえるとより慎重な行動が求められることは確かだ。
『双星の世代』にルナという新たな能力者が誕生して波乱の予感があるのに、そこに原譜三枚持ちの俺の存在が明らかになれば、もはや混沌。
目立つどころか、一躍有名人にでもなってしまいそうだ。
(とりあえず、原譜の能力者が悪い存在として認識されていないだけでも喜ぶべきか)
これまでの話の流れから、原譜の能力者は『才能ある者』『人々の希望』として認識されているようだ。たしかに、魔獣というモンスターが跋扈するこの世界においては貴重な戦力なのかもしれない。
ひとまず、人々から忌み嫌われる存在でないことが分かっただけでも今の俺にとっては十分な収穫だ。
(そうなると今後の動きとしては……)
まずは、悪目立ちしないこと。
そして、ルナの状況と環境の変化を観察すること。
新たに原譜の能力者と彼女がどう扱われ、どう立ち回っていくのか。
それを理解することが、俺にとっても重要であり今後の行動指針となりそうだ。
「ルナっち。すんごい大変だったみたいやね~」
「ホントにね。マジで死ぬかと思ったわ」
っと、俺が頭の中で様々な考えを巡らせ、情報整理が完了した頃にはこちらに駆け寄ってきたフォルンがルナと話し始めていた。
「あのロックスホエールは、ルナっちが倒したん?」
「まさか。アンタじゃないんだから、さすがにアレは無理だっての」
二人は、目の前で横たわる巨大な黒鯨の亡骸を話題にして、和やかな雰囲気で会話を続けている。
こうして見ると、高校生くらいの美少女二人が談笑している何気ない光景だが、実際は魔法使いという超常的な存在。色々と聞いてみたいことは多いが、今は静観しなければと胸の内に燻る衝動を抑えて、俺は目の前の二人の会話に耳を傾けた。
「ふ~ん。そっか、でもルナっちは頑張った! 褒美にこれを授けよう!」
フォルンが握っていた串焼きの魚を、えいっとルナの口へ放り込む。
ルナは頬をふくらませ、驚きつつも美味しそうに咀嚼した。
「んぐっ……めっちゃうまい!」
「でしょ~、やっぱ宝石鱗の魔獣魚は塩焼きに限るんよ! ……あっ!」
ここで何か思い出したように栗色の髪の少女がこちらへ振り向いた。
そして、鮮やかな橙色の瞳の視線が俺の隣にいるシアを捉える。
「シアっちも食べん~? まだいっぱいあるから持って来てあげよっか?」
「ううん、私は食欲ないから大丈夫だよ」
シアは軽く微笑みながら首を横に振る。
灰色にも届かない淡い白髪がふわりと揺らめく。
さっきまで嘔吐寸前だった彼女は、当然だが食欲がないようだった。
と、ここで橙色に輝く瞳がシアの隣にいる俺の姿を映した。
「こっちのお兄さんは初顔だね。しかも、イケメン! もしかして~、シアっちの恋人だったりぃ?」
「えっ、違うよ!」
「じゃあ、ルナっちか!」
「んなっ!? コイツとはそんなんじゃないわ!」
ルナとシアがフォルンにからかわれ、あたふたしている。
どうやら俺の顔は、イケメンと言われるくらいには整っているらしい。
前の世界でも容姿には恵まれていた自覚はあるが、この世界でも美醜的な感覚は以前とあまり変わりないのかもしれない。
容姿に限った話ではないが、これからあらゆる基準『普通』を理解していく必要がある。
(とりあえず、常識や感覚のズレとかも埋めていかないとだな)
っと、完全に自分の世界に入っていた俺をよそに、目の前では話題が変わっていた。
「とゆーかさ、ルナっち。なんか雰囲気変わった?」
そして、フォルンのこの何気ない一言に、俺を含めてルナとシアの三人の心臓が強く跳ね上がったのが分かった。
特に、張本人であるルナはどうにか普通を取り繕っているが目の奥が泳いでいた。
「……停学中にちょっと髪が伸びたからじゃない?」
「そっかなぁ? なーんかもっとこうさ、内から溢れる乙女な感じが強くなったような気が……」
「なんじゃそりゃ。アンタの気のせいでしょ」
「えぇ~! ぜーったい前と雰囲気が違う気がするんやけどなぁ」
フォルンがルナに顔を近づけてまじまじと観察するような視線を向ける。
少しふざけているような雰囲気だが、何かを感じ取っているのも確かなようだ。
(おい、これ大丈夫か……? さっそくバレそうだぞ……)
妙な緊張感が高まっていく。
張本人であるルナはどうにか平静を装っているが、少し顔が引き攣っている。
俺の隣ではシアが何度も瞬きを繰り返し、その可愛らしい獣耳をピクピクさせている。
かくいう俺も表には出さないが、心拍数がかなり上昇していた。
(やべぇ。これでルナが能力者だと見抜かれれば、同じく俺も見抜かれる可能性が高いってことだよな)
最悪の想定が脳裏に浮かび、背中に嫌な汗が滲む。
疑われているのはルナなのに俺までじっくりと観察されているような気分だ。
次に彼女の口から出てくる言葉がどんなものか想像できない。
そんな俺の胸中などお構いなしにフォルンがさらに一歩踏み込み、ルナの匂いを嗅ぐように顔を近づける。
(勘弁してくれよ……)
この気持ちは、確実に俺とシア、ルナの三人共通のものだっただろう。
「んん~~~、やっぱ……」
そして、フォルンが眉根を寄せ、何か言葉を紡ごうと口を開いた時だった――
「おやおや、こちらに名誉の停学中の方がいらっしゃるようですね」
突然に背後から届いた、涼やかで鈴の音のような声。
振り返ると、そこには上品な佇まいで日傘を差す銀髪の美少女がいた。
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