Op.31「種族と人種」
到着した場所は、森の中にぽっかりと開けた空間だった。
いや、正確に言えば、俺の魔法で一帯を吹き飛ばした結果できた『更地』だ。
「なんつーか……すごい状態だな……」
「だね。私もまさかここまでとは思わなかった……」
車から降りた俺とルナは、目の前の光景に言葉を失って立ち尽くしていた。
焦げくさい匂いと、生臭い血の臭いが混じり合って鼻を刺す。
だが、それすらも気にならないほど、目に飛び込むすべてが現実離れしていた。
(……やべぇ。これ。俺がやったのか……)
一直線に抉れた地面の先に広がるのは、巨大なクレーター。
その傍らには、絶命していると思われる漆黒の巨鯨と装甲が焼け焦げた列車。
周囲にはいくつものテントが立ち並び、救助活動が慌ただしく続けられている。
他にも、別の魔獣と思われる生物を解体している作業服の集団や機材を運搬している車両も目立つ。
さらにその奥では、数隻の戦艦が停泊し、人々が慌ただしく乗り降りしていた。
「コイツ、体表が硬すぎる! ヒートブレード持ってこい!」
「巡回警備のパーティを一組、こっちに戻してくれ!」
「移送車両の再配置を急げ! こっちはもうパンク寸前だ!」
「救急キットが足りないわよ! 三番のテントから持ってきて!」
「順次お送りするので、六番から十番のテントでお待ちくださーい!」
怒号と指示が飛び交い、鉄と血と煙の匂いが混じり合う。
その中を多くの人が忙しなく行き来していた。
見渡す限りの喧騒と焼き焦げた大地、そこに横たわる魔獣の死骸や列車の残骸。
すべてが初めて見る光景で、興奮と戸惑いが入り混じる。
恐らくここは災害現場のような場所だろう。
そんな場所で胸を高鳴らせる俺は不謹慎極まりないのかもしれない。
それでも、視界いっぱいに広がる『未知』からどうしても目を離せなかった。
「あれって、魔獣?」
興奮を抑えつつ俺が指差した先には、岩盤のように硬い体表を持つ黒い巨鯨がいた。
少し前に戦ったメガロドンが可愛く思えるほどの巨体だ。
それが円形に焼き焦げた地面の上で、半身を吹き飛ばされたまま横たわり、大量の臓物や血を垂れ流して沈黙している。
俺と同じくらいの大きさの深紅の瞳もすでに光を失い、絶命しているのは一目瞭然。
それでもなお、目の前の死骸からは圧倒的な威圧感が放たれていた。
「そうですよ。あれは二層鎧の岩盤鯨っていう、脅威度C3の魔獣です」
横から静かな声で答えてくれたのは、シアだった。
彼女の碧眼がわずかに震え、何かを思い返すように遠くを見つめている。
左手で右腕を強く押さえた仕草が、恐怖の残滓を物語っていた。
「私たち……もう少しで列車ごと、あの魔獣に食べられちゃうところでした」
彼女は無理に微笑みながらそう言ったが、その言葉の端に滲む怯えは隠しきれていない。
余程、怖い想いをしたのだろう。
「ってか、あのロックスホエールを一撃って……、どこの誰か知んないけど化物すぎるでしょ」
ルナが焼け焦げた大地を見渡しながら、呆れたように呟く。
はい、その化物はあなたの隣にいますけどね。
というか、普通に失礼だなコイツ。
俺にデリカシーがどうこう言えたもんじゃないだろ。
まぁ、たしかに自分でも化物じみた力だとは思ってるけどさ。
様々な考えを巡らせながら、ふと隣の金髪少女へ視線を傾ける。
(いずれ、ルナもこんな規模の魔法を扱えるようになるってことか?)
(そもそも、原譜の能力者はみんなこんなことができるのか?)
(それとも、原譜を三枚も獲得した俺が特別なのか?)
脳裏に次々と疑問が浮かぶが、軽々しく尋ねる気にはなれなかった。
できれば自然な流れで、彼女たちから教えてもらいたい。
原譜の能力者の価値や立場、この世界のパワーバランスなども知っておきたい。
そんなことを考えていた時、突如としてルナに手を引かれた。
「ほら! 君も行くよ!」
「あ、あぁ」
彼女の声に引き戻され、慌てて歩き出す。
前方には、テントがいくつも立ち並び、人々が忙しなく行き交っていた。
血と煙の匂いが入り混じるその中へ、俺たちは足を踏み入れた。
♪―♪―♪
「うっ……結構、臭うな」
「さすがにここまで近づくとヤバいね」
爆発の跡地に近づくほどに、焦げた鉄の匂いと血生臭い香りが濃くなっていった。
鼻の奥が焼けるようで、空気そのものが重く濁っているのが肌で分かる。
俺とルナは、鼻を押さえながらもまだ会話する余裕があったが、シアはかなり苦しそうだった。
その小さな肩が上下し、顔は青ざめ、白い獣耳もペタンと倒れている。
「シア、大丈夫? これ獣人にはキツいでしょ」
「ん~~んんっ!」
シアは口と鼻を抑えたまま、可愛らしく身振り手振りで『大丈夫だよ』と訴えた。
彼女は獣人の白狼種という人種らしく、匂いや音に敏感で、この場所はかなりキツいらしい。
俺はこの世界独自の人種に感銘を受けながら、周囲を行き交う人々へ視線を向けた。
(あっちは狐みたいな尻尾が生えたオッサン、こっちは角が生えた女の子……)
他にも、手の甲にヒレのようなものがついた人、頭に小さな触角を持つ人。
全体的に見渡すと、体の一部に特徴的な部分を持つ人が多いが、チラホラと全身が毛に覆われた動物っぽい人もいる。
分かりやすく言うなら、『猫っぽい人』じゃなくて『人化した猫』だ。
そんな彼らを眺めていると、ここが本当に別の世界なんだと改めて実感させられる。
「そんなキョロキョロして何か珍しいものでもあった?」
隣から聞こえたルナの声にハッとし、我に返る。
この世界独自の人種に興味をそそられながら、周囲を見回すことに夢中になっていた俺に、彼女は不思議そうな顔を浮かべていた。
「いや、色んな人がいるんだなって」
「あー、そういうことね。この国は他人種共生国家だからね。そりゃ色んな人種の人がいるよ。そういう君はさ、原人種っぽいけど自分で分かったりする?」
ヒュームっぽいとは、どういう意味だろうか?
俺には獣耳や尻尾もない。つまり、あまり特徴がない人間ってことか?
まぁ、こればっかりはいくら考えても分かることではない。
素直に答えておけば問題ないだろう。
「いや、まったく」
「そっか。そこらへんも後で調べてみないとだなー。あっ、ちなみに私はC型の鬼人種だからね」
「鬼人種?」
聞き返すと、隣から鼻をつまんだ声で補足が入る。
「鬼人種は額の角が特徴的で、高い身体能力と気性が……感情豊かな人種なんですよ」
「なるほど。気性が荒いことは、心の底からこれ以上ないほどマジで途轍もなく実感してるけど……角は、ないよな?」
俺はシアの失言を拾い上げつつ、ルナの方へと視線を向けた。
だが、その色素の薄い金髪に覆われた額に角なんて見当たらない。
代わりに見えるのは、少し青筋が浮かんだこめかみと、鋭く睨み上げる茜色の瞳。
「それは私がC型だからだよ!」
次の瞬間、軽く尻を蹴り上げられた。
痛みが尻から背中へ巡り、脳裏には疑問が巡る。
「痛ってて……C型? なんだそれ」
「私が解説しますねー。まず、人種というのは……」
そこからシア先生による人種にまつわる授業タイムが始まった。
俺は一言一句聞き漏らさないように集中して耳を傾ける。
まず、この世界の人種は大きく十三種に分類されるらしい。
ただし、そこからさらに枝分かれしており、実際の数はもっと多いようだ。
そして重要なのが、種族血統率。
これは血の濃さによって現れる人種的特徴の差異を数値化したものだという。
同じ人種であっても血統率の高低によって見た目がまるで異なり、純血に近い者ほど明確な人種的特徴を持ち、混血が進むほどにその特徴を失う傾向がある。
例えば、シアのような獣人種であれば、血統率が高い者は常に体毛や獣耳、尻尾、鋭い爪を持ち、逆に低い者は外見上ほとんど獣人的な特徴を持たない。また、血統率は身体的な特徴だけでなく、魔力量や魔術適性にも影響を及ぼすという。
この血統率を基準に、身体的特徴の現れ方は次の四つに分類されている。
①A型……常態的に肉体の大部分が人種的特徴を持つ。
②B型……常態的に肉体の一部分のみが人種的特徴を持つ。
③C型……興奮や外的要因によって、一時的に身体の一部が変化する。
④D型……混血でありながら、人種的特徴を外見に持たない。
「なるほどな。ルナはC型の鬼人種。じゃあ、シアちゃんはB型の獣人?」
「そうですよー、でも獣人というのは大きな括りになるので、正確にはB型の白狼種ですね」
シアは、白くふわふわの耳をピクピクと動かしてみせた。
その仕草に一瞬見惚れつつ、俺の中でこの世界の構造が少しずつ整理されていく。
同時に、異様に力が強いと思っていた金髪怪力少女の謎も解けた。
知識があるだけで、周囲の光景すらも変わって見えてくるのだから面白いものだ。
「ちなみにですね、人種というのは数百年前までは『種族』と表現されていて、その名残が今も少し残ってるんですよ」
「あー、確かにそうだったかも。おじいちゃんおばあちゃんは『種族』って言う人多い気がするわ」
シアの授業にルナも耳を傾けており、その内容に深く頷いていた。
また、現在は世代交代や人種の多様化が進んだことで、A型やB型が減少し、C型とD型が主流になってきたとのことだ。
話を聞きながら、俺は少し前に読んだ『最果ての英雄』の物語を思い出していた。
あの物語も『種族』の誕生やその変遷について描かれていた気がする。
これまでに得た知識と新たな知識が紐づき、よりこの世界の輪郭が鮮明になっていった。
こうしてシア先生の授業も一旦は幕を閉じた。
だが、俺の疑問は尽きないので、しばらく歩きながら雑談が続いた。
「そういえばさ、ルナはC型の鬼人種だから興奮すると角が生えるのか?」
「まぁね。あんま可愛くないから好きじゃないんだけどさ」
「興奮って、エロいこと考えて欲情すると角が生えるってこと?」
「んなっ!? ちゃうわ! ガチで怒ったり、本気で気が荒ぶった時の話だよ!」
「そうなのか……」
「なんでちょっと残念そうなのよ。ったく、君はちょくちょくとんでもないこと言ってくるから驚きっぱなしだよ」
ルナはじとっと俺を睨みつけ、やがて疲れたように深く息を吐いた。
その隣では、シアが鼻と口を押さえたまま、お腹を押さえて笑いを堪えている。
もしエロいことを考えて興奮状態で額に角が立つなら、それはもはや――いや、やめておこう。
さすがにこれを口にすると、本当にルナの逆鱗に触れてその角を拝むことになりそうだ。
(……それはそれでちょっと見てみたい気もするけど)
そんなことを思っていると、いつしかルナの表情は真剣なものに変わっていた。
真っ直ぐに俺を見つめている。
「これだけは覚えておいてほしいんだけどさ、人種だけで人を判断するようになっちゃダメだよ。先入観で決めつけず、目の前の相手をちゃんと見て、話して、知ろうとすること。それが一番大事だからね」
その声はとても優しく、言葉の奥に彼女が何かを背負ってきた重みを感じた。
ルナの眩い金髪が日差しに照らされ、より輝いて見える。
その茜色の瞳から送られる視線は、どこまでも実直で少し切なさを宿していた。
「あぁ、分かってるよ。ルナは鬼人種だから気性が荒いわけじゃない。ルナだから気性が荒いってことだよな」
「ちゃうわ! アホ! せっかく私が良いこと言ったのに台無しにすんなー!」
そう言って彼女が頬を膨らませ、さきほどまでの元気な雰囲気が戻った。
同時に、後ろから新鮮な風がゆっくりと吹き抜ける。
血と煙の匂いが遠ざかり、空気が少しだけ澄んでいく。
こうして俺はまた一つ、この世界について学び大切な教訓を得たのだった。
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