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神秘解戦~ダンジョンプラネット~  作者: 白石誠吾
第二章 - 「新生始動」
36/43

Op.30「小競合い」

「……えぇえええええええええええええええ!?」

 

 森の静寂を突き破るような叫び声が大きく反響した。

 制服姿のケモ耳少女シアが目をまん丸に見開き、白く柔らかそうな耳をぴんと立てる。

 その耳の動きが面白いくらいに感情を物語っていた。

 おっとりとした雰囲気からは想像もできないほどの驚愕の声量。

 おかげで俺の鼓膜は、本日二度目の耳鳴りの被害を受けている。

 

「えっ、ちょっと待って。なんでルナが能力者になっちゃってるの!? 本当なんだよね!? 冗談とかじゃなくて!?」

「だよねぇ。普通、そう思うよね」

 

 シアに両肩を掴まれ、ブンブンと揺さぶられるルナ。

 体全体が小刻みに揺れて、ショートボブの金髪がばさばさと跳ねる。

 その困り顔には、『どう説明したものか』という疲労が浮かんでいた。


 それから彼女はしばし黙り込み、眉を寄せ、重たげに息を吐いてから諦めたように口を開く。

 

「でも、マジなんだって。コイツが持ってた神秘のオルゴールを私が開いちゃってさ……、ってなんで君は他人事みたいに呑気にくつろいでんのよ」

 

 その鋭い一言と同時に、ルナの茜色の瞳がじろりと俺を射抜いた。

 彼女がシアへ説明していた時の困り顔はどこへやら。

 俺はただ、地面に横になって寛ぎながら二人の会話に耳を澄ませていただけなのに。

 空を見上げ、木漏れ日をぼんやりと眺めながら、美少女たちの会話を静かに聞いていただけなのに。

 

「だって、他人事ひとごとだし……じゃなくて、二人の会話の邪魔にならないよう配慮をね」

「おいコラ。本音がだだ漏れてんぞ」

 

 思わず口が滑ってしまった。

 再びヘッドロックを決められる前に俺は地面に座り直す。

 念のため正座しておこう。

 

 そんな俺の動きを尻目に、シアがルナの袖をそっと引いた。

 彼女は顔を近づけ、耳打ちするような声で囁く。

 

「ねえ、この人は何者なの?」

 

 目の前でひそひそ話をされ、しかも内容が丸聞こえ。

 こういう時はどんな表情をしてればいいのだろうか。

 とりあえず、さっきのルナと同じような困り顔でもしておこう。

 

「それが分かんないんだよね。記憶もないみたいでさ」

「えっ!? 記憶喪失? ……『記憶喰らい』の被害者なの?」

「それも分かんないけど、気づいたらこの森にいて、魔導災害に巻き込まれたっぽいんだよね」

 

 記憶を食らう魔獣。その言葉が耳に残る。

 碧眼の少女が何気なく口にした単語なのに、背筋を冷たいものが撫でた。

 

(そんな魔獣もいるのかよ。この世界は面白そうだけど物騒なんだよなぁ)

 

 でも、今回に限っては都合が良い。

 記憶喪失というぶっ飛んだ設定に予想外の信憑性ブーストがかかったということだ。

 

 その後もルナとシアの会話は続き、俺は静かに耳を傾ける。

 木々の隙間を渡る風が、落ち葉をさらさらと揺らしていた。

 少し暑い気温の中で、俺の頭の中は冷静に二人の会話から得る情報を整理していく。

 

「とにかく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「ってことになっちゃうかな。どうやりゃ魔法が使えるかも分かんないけど」

「そっかぁ。まだ夢みたいな話で実感が湧かないよ」

「私も同じだって。まさか誕生日に自分が原譜の能力者になるとか夢にも思わんかったわ」

 

 そして二人の会話に耳を傾けて分かったことは、大きく三つ。

 一つ、ルナがこのアルタイル共和国で六番目の能力者になったこと。

 二つ、原譜の能力者は彼女を除いて国内に五人存在するということ。

 三つ、一人で三枚の原譜を持つ俺がしっかりと異端な存在であること。

 

 小鳥の声が遠くで響き、俺はそっと天を仰いだ。

 青空に浮かぶ薄い雲が光を受けて淡く滲む。

 

(……俺が原譜の能力者だってことは、誰にも悟られないようにしないとだな)

 

 胸の内でだけ静かに呟き、苦笑が漏れる。

 新しい世界での最初の一歩が、よりにもよって嘘と隠し事から始まるなんて笑えない話だ。


 ――それでも、立ち止まるつもりはない。


 真実を隠し通し、誰にも悟られずにこの世界を生き抜いてみせる。

 上等だ。この状況すら、楽しんで乗り越えてやるさ。

 

「じゃあ、とりあえずフィオネさんのところに戻ろっか」

「だね。色々と説明しないとだし。ほら、君も行くよ」

 

 気づけば、二人の話し合いはもう終わっていた。

 シアが背筋を伸ばし、ルナは俺に同行するように手を差し伸べる。

 俺は紺色のバッグを拾いつつ彼女の手を取り、ゆっくりと立ち上がった。


 風に混じる草の香りと、木々のざわめきが心地よく耳に届く。

 まるで、新しい旅立ちを祝福する調べのようだった。

 そんな幻想的な景色の中を、俺たちは再び歩き出した。

 

 ♪―♪―♪

 

「は~い、到着でーす」

 

 シアを先頭に辿り着いたのは、森の開けた場所にある川辺だった。

 そこに鎮座していたのは、一台の黒い車。

 いや、車というよりも軍用車両といった方がいいかもしれない。

 分厚い装甲に覆われた角ばった車体。

 屋根にはアンテナのような機材が突き出し、巨大なオフロードタイヤが地面をしっかりと踏みしめている。


 当然、見たこともないようなこの世界の車に俺の胸は高鳴った。

 

「すげぇ……これ、車だよな?」

 

 興奮を隠せず呟いた俺に、ルナがどこか誇らしげに胸を張って答える。

 

「おっ、分かるんだ。でも、これはねぇ~普通の車じゃなくてダンジョン探索用車両だよ。魔力探知機レーダーとか魔力障壁シールドの機能が搭載されためーっちゃ高性能な車なわけよ」

「そうなのか。すげぇカッコいいな」

「でしょっ! 分かってるじゃん! 他にも色んなモデルあるから今度教えてあげるよ」

 

 嬉しそうに語るルナの声を聞きながらも、俺の意識はすっかり車両に奪われていた。

 色々あり過ぎて忘れていたが、既に空を飛ぶ車らしきものも目にしている。

 なら当然、この世界に車があっても何もおかしくはない。

 改めて妙な親近感と安心感が込み上げる。

 

 そんな風に内心で興奮と安堵を味わっていると、運転席の方から柔らかな声が響いた。

 

「はーい、二人とも後ろ乗ってね~」

 

 振り向くと、運転席で白いケモ耳を揺らすシア。

 その言葉を合図に、ルナが俺の背中をグイグイと押してくる。

 

「ほらほら、乗った乗った~!」

「おいっ……、そんな押すなって」

 

 もう少しじっくり観察したかったのに、俺は半ば押し込まれるように後部座席へ。

 だが、すぐに視線は車内の光景に奪われた。

 

 車内はまるで飛行機のコックピットや、列車の運転室のようだった。

 円盤状のモニター、無数のボタン、光るパネルが搭載され、男心をくすぐる仕様になっている。

 だが、そんな高鳴る俺の胸に嫌な予感がよぎった。

 

 運転席にはシア。

 助手席……は機材で埋まっていて、俺とルナが後部座席に並ぶことになる。

 この距離感は途轍もなく危険なのだ。

 

「えっと、シアさん?」

「シアでいいですよ。どうしたんですか?」

「この座席はちょっとマズいというか……血生臭い獣の檻に放り込まれた子ウサギの気持ちになっちゃうというか……」

 

 シアは何も言わず、困ったように微笑みながら俺の隣を指差した。

 その瞬間、俺の頬に鋭い人差し指が突き刺さり、ぐりぐりと押し付けられる。

 

「誰が血生臭い獣で、誰が子ウサギか、私の目を見ながら言ってみなよ♪」

「ちょっ、待てって! この距離はマズいからやめよう」

「ほら、またデリカシーないこと言ってみなよ? ほ~ら♪」

 

 満面の笑みを浮かべる金髪の美少女が、容赦なく掴みかかってくる。

 どうせ美少女に迫られるなら、もっと甘酸っぱい展開にしてほしい。

 そう内心で嘆きながら、俺は慌ててルナの両腕を押さえ、抵抗を試みる。

 

 その最中、大きな車体が重低音を響かせて震えた。

 座席の真下からエンジン音の振動が伝わってくる。

 

「はーい、出発しますよー」

 

 シアの柔らかい声とは裏腹に、エンジンが轟音を上げて勢いよく発進。

 それと同時に、後部座席では尋問という名の拷問が始まった。

 

「痛い! 痛い! ちょっと待てって! 俺みたいな紳士がそんなこと言うわけないだろ」

「どの口が言ってんのよ。人を『臭いだの重いだの』めちゃくちゃ言ってたでしょうが!」

「だから、俺がそんなこと言うわけ……」

 

 『臭い』とは何度か言った気がするけど、『重い』なんて言ったか?

 記憶を巻き戻すようにルナとのやりとりを思い返す。

 そして彼女と出会った瞬間にまで遡り、殴られる前に反射的にそれっぽい発言をしたことを思い出した。

 

「あっ……、あー、ははは……」

「ほれ見ろ! やーっぱ言ってんじゃんか!」

「記憶にございません」

「じゃあ、思い出させてあげよっかな」

「もう言わないから勘弁してくれ」

 

 後部座席での小競り合いをよそに、車両は森の中を滑るように突き進んでいく。

 本当なら外の景色を楽しみたいところだが、そんな余裕はなかった。

 それでも、ルナと出会った瞬間を思い出したことで、ある疑問が浮かぶ。

 

「そもそもな話さ、なんでルナは空から降ってきたんだ?」

「あー、それはね……」

 

 そこから語られた内容は、想像以上に衝撃的なものだった。

 なんとルナやシアを含む乗客たちが乗っていた列車が、魔獣の群れに襲撃されたというのだ。

 だが、この話を聞いて俺にも心当たりがあった。

 

(そういや、あの黒穴から湧き出た魔獣の大半が別方向に向かっていたか)

 

 俺は空飛ぶ巨大鮫ことメガロドンに追い回されたが、厄災の虫喰穴(ワームホール)と呼ばれる黒穴からは何十体もの魔獣が溢れ出ていた。


 どうやらあの魔獣たちは、ルナたちを乗せた列車を目指していたらしい。

 そして俺があの巨大鮫たちを追い払うために放った魔法が、射線上で列車を襲撃していた魔獣やルナに襲い掛かっていた魔獣さえも一掃したようだ。


 ルナはその爆風に煽られて遥か上空へ吹き飛び、俺の元へ降ってきた。

 こうして結果的に、ルナとシアを含む乗客は間一髪のところで助かったらしい。

 誰も犠牲になることなく、奇跡のような出来事として語られている。


 しかし、俺は内心で蒼褪めていた。

 

(あっぶねぇ。もうちょいで大量殺人犯になるとこだったのか……)

 

 あの魔法の軌道が少し逸れていれば、列車ごと吹き飛ばしていたかもしれない。

 つまり、目の前の二人の少女どころか列車の乗員乗客も含めて全てを消し飛ばしていた可能性もあった。


 自分の身を護るために必死だったとはいえ危なかった。

 今後は魔法の使いどころにも、かなり注意しなければいけないようだ。

 

「あの攻撃がなかったら、私は今頃、鯨のお腹の中だったんですよ」

「ってか、ホントあの凄い攻撃なんだったんだろ? 君は身に覚えないの?」

 

 どうやら、あれが俺の魔法であることには気付かれていないらしい。

 なら、言う必要はない。というか、言えるわけもない。

 話せば、俺が魔法を使える原譜の能力者であることがバレてしまう。

 ここは適当に知らぬ顔をしておいて、話題転換すべきだろう。

 

「いや、分かんない。それより気になってたんだけど、俺はなんで出会い頭に殴られたんだ?」

 

 俺は空から降って来たルナを華麗に抱き留めた云わば命の恩人。

 まぁ、彼女が吹っ飛んだ理由も俺にあるわけだが、それは置いておこう。

 とにかく、助けた拍子に尻を触ったわけでもないし、反射的にちょっと心の声が漏れただけ。

 悪意はなかったし、殴られるほどのことではないと思うんだよな。

 そこら辺の感覚の違いも埋めておきたい、と思っての質問でもあった。


 しかし、俺の質問にルナの眉根が寄り、なにか渋いものでも食べたような顔になる。

 

「ん~思い出したら、もう一回殴っちゃいそうなんだけど、聞きたい?」

 

 声のトーンが絶妙に高く、凄まじい聞くなオーラが滲んでいる。

 さらにルナの茜色の瞳が、より深紅に染まって見える。

 尋ねても答える気はなさそうだし、こんなの答えは一択しかない。

 

「……やめとく」

「よろしい♪」

 

 ルナの表情が和らぎ、声のトーンも戻ったことに安堵したその瞬間。

 

 車体が横滑り気味にドリフトを起こし、俺たちはバランスを崩した。

 ルナの体がふわりと浮き、俺の胸の上に倒れ込む。

 

「おわっ!」

「んぐっ!?」

 

 柔らかい感触が全身に広がる。

 だが、その余韻を味わう間もなく、運転席から呑気な声が響いた。

 

「はーい、到着だよ~」

 

 ルナが俺の胸の上にのしかかったまま運転席へ向けて声を上げる。

 

「ちょっ! シア! いっつも運転荒いんだって!」

「え~、そうかな? 今のは綺麗に停まれたと思うんだけどなぁ」

「もっとゆっくり、丁寧にでいいから!」

 

 二人のやりとりを聞きながら、俺は呟いた。

 いや、呟いてしまった。

 

「うぐっ……お、()()……」


 ――ゴチン!

 

 刹那、速攻で約束を破ったことによる制裁の拳骨が後頭部に叩き込まれた。

 鈍い痛みとともに、車内に小さな悲鳴と笑い声が混じり合う。

 こうして車内から新しい世界の景色を楽しむ余裕もなく、目的地へと到着した。

 

「これは……」

 

 そして、ドアの向こうに広がる衝撃的な光景に俺は思わず息を呑んだ。

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