Op.29「制服姿のケモ耳少女」
役目を果たし終えたように、その小さな黒い箱は光の粒となり消滅した。
呆然とその光景を見届けたのは、俺と金髪の少女ルナ・トワイライト。
そして刹那、星屑の森に響き渡ったのは、彼女の大絶叫だった。
「えぇえええええええぇぇぇ!?!? ねぇ! ちょっと! 今のって神秘のオルゴールだよね!? えっ!? ひ、開いちゃったんだけど!? ねぇ!!!!」
次の瞬間、俺は彼女に胸ぐらを掴まれ、ぐわんぐわんと全身を揺さぶられる。
周囲の木々まで揺れて見えるほどの勢いで、視界がグルグル回る。
さっきから思ってたけど、この少女はやたら力が強い。
この世界の女の子は、みんなこの子みたいにパワフルなんだろうか。
(でもまぁ、この子の体に異常もなさそうで良かった)
思わず俺は胸を撫で下ろしつつ、落ち着いた声を返す。
「……あぁ開いちゃったな。体、大丈夫か?」
「うん、特に何とも……ってそうじゃない! そうじゃないよっ! 呑気すぎだって! 神秘のオルゴールだよ!? 迷宮の秘宝なんだよ!?」
「って言われてもな。俺はアレが何なのかよく分かってないし……やっぱ、希少なものだったのか?」
「んなっ!? そんなレベルの話じゃないんだって! 一度開けば魔法使いになれる迷宮の秘宝なんだよ!? 誰もが喉から手が出るほど欲しいお宝なんだよ!?」
涙目で半ば叫ぶように捲し立てるルナ。
再び俺の肩を前後に揺さぶり、視界の景色が激しく入れ替わる。
ちょっと酔いそうだからやめてほしい。
っと、思いながらも俺は脳裏でこの後の立ち回り方について考えを巡らせていた。
(やっぱ神秘のオルゴールはかなり希少なものだったんだな)
秘宝と呼ばれる時点である程度の想像はしていたが、実際は俺の想像を遥かに超えていたようだ。
だが、問題はない。
俺がもう一度あの箱を開くことは不可能。
いや、できるのかもしれないが絶対にお断りだ。
となると、どうせ宝の持ち腐れになってしまうだけだったので売れれば良かった。
しかし、今の俺にそんな伝手も知識もあるはずもない。
(となると、現状で俺がすべきことは……)
まず、原譜の能力者という存在がこの世界でどんな立場にあるのかを理解すること。
そして、俺自身が原譜の能力者であることに加えて、三つも原譜を所持している異端な存在であることを誰にも悟らせないこと。
そのうえで、目の前の少女に上手く恩を売り、この世界の常識や生きる術を引き出す。
「ってか、ごめん! ホントにごめん! わざとじゃないけど私が落としちゃったし、あの譜面まで私の中に……」
ルナは自分の胸元に手を当て、ちらりと視線を落とす。
戸惑いに罪悪感が混じり、彼女の茜色の瞳が揺れていた。
気が強そうに見えても、内心は混乱しているのが一目で分かる。
だから俺は、できるだけ真剣に、言葉を選んで告げた。
「なら、アレのお礼代わりに色々と教えてくんない? この世界の常識、魔法や魔術のこと、惑星迷宮のこと……、他にも俺の知らないことを色々とさ」
「……そんなことでいいの?」
「今の俺にとっては、一番大事なことだから」
我ながら真剣すぎる口調に、言葉の重みを自分自身でも感じた。
ルナは一瞬ぽかんとした顔を見せたが、すぐに元気を取り戻し、にかっと笑う。
「そっか、わかった! 任せといて! このルナさんがビシバシ教えてあげるから! 覚悟しといてよね!」
「ちょっと待て! そのビシバシって言葉、すげぇ嫌な予感しかしないんだが!?」
前時代的な教育方針を掲げていそうな少女に、俺は断固抗議しようとした。
だが、次の言葉は背後から飛んできた柔らかな声にあっさりと遮られる。
「ルナー! すごい声したけど、どうしたのー!?」
木漏れ日を背に、森を駆けてくる人影。
木々の間から駆け寄ってきたのは、ブレザー風の制服を纏った白髪の少女だった。
セミロングの髪を揺らしながら軽やかに歩み寄り、俺の目の前で小さく一礼する。
「目覚められていたんですね。私は、シア・トワイライトです。ルナを……、私の親友を助けていただいて本当にありがとうございました」
白髪の前髪に添えられた水色のヘアピンが木漏れ日の中で淡く輝く。
礼儀正しく、丁寧で柔らかな口調。
だが俺の意識は、その頭にちょこんと生えた獣耳に釘付けだった。
(すげぇ。制服姿のケモ耳美少女だ!)
頭の中で呟くと同時に、別の世界にいる実感が改めて押し寄せてきた。
同時に、感動めいたものが胸に広がる。
それにこのシアという少女は、柔らかな雰囲気で口調も丁寧。
どこかの金髪怪力少女みたいに出会い頭に殴ってこない。
「ちゃ、ちゃんとしてる……」
「どういう意味だコラ」
ルナをチラ見しつつ漏れた本音は即座に拾われ、蹴りが飛んできた。
だが、今の俺には目の前のケモ耳少女の存在という衝撃の方が強かった。
「しかも、可愛い」
「ねぇ、ちょっと私の時と反応違いすぎじゃない!?」
「そりゃ出会い頭に殴りかかってこないし、丁寧で話が通じそうだし、雰囲気も柔らかくて優しそう、あと臭くない」
「よーしっ、その喧嘩買ってやんよ! っおりゃ!」
「ちょっ、待てって……ぐふっ」
ルナの動きは鋭く速かった。
俺の首はいつの間にか彼女の右腕に絡め取られ、強烈なヘッドロックが決まる。
さらに、左拳が頭部にぐりぐりと押し付けられる。
マジで抜け出せる気がしない。ほんとどうなってんだよ、この怪力娘。
「痛い痛い痛い! 暴力反対! 命の恩人だぞ! もっと丁重に……」
「まずは、私にごめんなさいが先でしょ?」
「ぐぁあああ! ちょっ……マジで力強い……」
こめかみにめり込むルナの拳。
悶絶する俺の声が森に響く。
その光景を見ていたシアは一瞬呆然としたあと、慌てて制止の声を上げた。
「ちょ、ちょっとルナ! なにしてるの!?」
「シア、大丈夫だよ。コイツには、ビシバシいくってさっき約束したから」
「してない! ビシバシのところに関してはこれっぽちも同意してない!」
ルナが涼しい顔で約束を塗り替えたことに、俺は思わず抗議の声を上げた。
その直後、見かねたシアがため息をつきながら、やれやれといった表情で口を開く。
「もぅ…、ルナも助けてもらった人にそんなことしちゃダメでしょ」
「いや、だってコイツがさぁ」
「それにちゃんと助けてもらったお礼、言ったの?」
「あ~~~~」
ルナは何かを思い返すように少し上を見上げ、気の抜けた声を漏らした。
刹那、ようやく俺の首に巻き付いていた腕の力が抜ける。
その瞬間、圧迫から解放された喉が一気に空気を求め、肺いっぱいに息を吸い込んだ。
――あぁ、空気が美味い。
ったく、冗談抜きで死ぬかと思った。
荒くなった呼吸を落ち着かせながら、俺は静かに息を整える。
一方のルナも同様に軽く息を吐き、さっきまでのじゃれ合いのような笑顔を消す。
そして、ほんの少しだけ居住まいを正し、表情を引き締めた。
「ちゃんと言えてなかったけど、助けてくれたことは本当にありがとう。あと、殴っちゃってごめん」
そう言って、ルナは深々と頭を下げた。
その動きに合わせて、ショートボブの金髪がふわりと揺れ、木漏れ日の光を反射して煌めく。
思わず息を呑むほど綺麗だった。
……が、そこで俺の視線は、ふと彼女の服装へと移った。
(なんでこんなボロボロなんだろ……?)
よくよく見るとルナの服装は、かなり酷い有り様だった。
白地に赤いラインが走るフード付きの上着はマウンテンパーカーのようなデザインだが、袖や裾は裂け、泥汚れと血の跡が目立つ。
下に穿いている黒のショートパンツも焦げ跡やほつれが残り、膝や太ももには細かい擦り傷や青あざが散見される。
(俺と同じように、魔獣とでも戦ってたのか?)
だが、そこでふと、別のことが気になった。
(いや、そんなことより……)
最も目を引いたのは、その緩んだ胸元だった。
俺の正面で深々と頭を下げたルナの上着の隙間から、柔らかな双丘が覗く。
その二つの大きな果実を包む淡い水色の布地。
(この世界にも、ちゃんとブラジャーとかあるんだなぁ)
何とも言えない感情が込み上げる。
残念なような、どこか安心したような、不思議な気分。
こういう丸見えじゃない胸チラが一番エロいんだよな。
おっと、あんまジロジロと見てるのはよくないか。
俺は紳士だからね。こういう時は……
「谷間、見えてるよ。こちらこそ、ありがとう」
見えていることやんわりとを指摘しつつ、お礼を忘れない誠実な対応。
完璧な紳士対応、のはずだった。
だが、次の瞬間――
「こんのっ……」
頭を下げたままルナがポツリと何か呟いた直後。
「見んなぁああ! このドスケベ変態クズ野郎!!」
屈んだ状態から、罵声と共に繰り出されたアッパー気味の拳が下から唸りを上げて迫る。
俺は咄嗟にアゴを庇うように両手でガード。
だが、その直後にドスンッという強い衝撃が鳩尾に直撃した。
「ぐふっ……まさかのボディかよ……」
身体がくの字に折れ、そのまま地面に倒れ込む。
そのまま蹲り呻く俺を見下ろし、ルナはスッキリしたような笑みを浮かべた。
「よしっ、ちょっとスッキリしたわ」
なんでだ。俺は紳士的に対応したのに……
これが別世界特有の倫理観の違いってやつなのか?
俺は腹を押さえながら、かすれた声で反論した。
「痛ってぇ……、俺は紳士的に対応したのに……」
「どこがよ。変態的に間違いでしょ」
「じゃあ、何も言わずじっと見てた方がよかった?」
「アホか! ダメに決まってんでしょうが」
「なら、『ご立派なものをお持ちですね』とか『絶景かな!』みたいな感想を伝えた方がよかったのか?」
「ちゃうわ! なんでそんな変な選択肢しかないのよ」
「あー、敬意を表して敬礼ってパターンもあるのか」
「ねぇわ! ってか、やっぱ頭にもう一発強めのいっとく? 記憶と一緒にデリカシーも戻って来るかもだしね」
ルナが拳を構え、ニヤリと笑う。
その表情には、もはや慈悲の欠片もない。
(いや、そんな壊れかけのテレビみたいに叩かれてもどうにもならないんだけど……)
そもそも記憶なんて失ってないし、ただの殴られ損だ。
断固拒否。断固反対。
ルナが再び距離を詰め、俺が必死に逃れようとしたその時、獣耳の制服少女シアが慌てて間に入った。
「ほら、ルナもとりあえず一旦落ち着いて。それと……」
シアは俺の方をちらりと見て、柔らかく、しかしどこか困ったような笑みを浮かべる。
「あの……ああいう時は、何も言わずに視線を逸らすのが正解だと思いますよ」
「……視線を逸らす? その選択肢だけは思い浮かばなかった……」
「普通、真っ先に思い浮かぶでしょうが!」
ルナにじっとりとした目で睨まれながら、軽い蹴りが脇腹に叩き込まれた。
その様子を見たシアは、やれやれと言いたげに小さくため息をつき、場を仕切り直すように穏やかな声を響かせた。
「それで、ルナは何を騒いでたの?」
柔らかな口調だったが、その声にはわずかに呆れと心配が滲んでいた。
シアの問いかけを受けた瞬間、ルナの肩がピクッと跳ねる。
そして次の瞬間、何か重大なことを思い出したようにぱっと顔を上げ、茜色の瞳が大きく見開かれた。
「あっ! そうだ!」
ルナは勢いそのままにシアに詰め寄り、彼女の両肩をがっしり掴む。
近距離で迫られたシアの獣耳がびくりと震えた。
「私さ、神秘のオルゴールを開いて原譜の能力者になっちゃった……」
その言葉に、シアの碧眼がぱちぱちと瞬きを繰り返す。
まるで『理解』と『混乱』の間で思考が空回りしているようだった。
「……え?」
木々の葉を揺らす風の音と、小川のせせらぎだけが静かに響く。
ルナとシアは言葉を失い、その場の空気ごと時が止まったようだった。
俺はその様子を何も言わず見守る。
一秒、二秒、三秒と静寂が続く。
そして、その静けさを切り裂いたのは――
「……えぇえええええええええええええええ!?」
本日二度目の大絶叫。
おっとりとした印象からは想像できないほどの叫び声。
シアの白い獣耳がピンと立ち、驚きで目を丸くする。
その叫び声は、鳥たちを一斉に飛び立たせ、星屑の森の木々を震わせるほどだった。
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