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神秘解戦~ダンジョンプラネット~  作者: 白石誠吾
一章-後編「邂逅前夜」
26/35

Op.25「光の奔流」

今回は、ルナ視点のお話になります。

 4体の魔海の巨大鮫(メガロドン)に追われながら、私は魔導列車へ向けて全力で駆け戻る。

 その最中、シアが走馬灯のように思い出を語り、優しい謝罪が重ねられていく。


『シアターシップの舞台、一緒に観に行けなくなって……ごめんね』

『最後まで、ちゃんとサポーターの仕事できなくて、ごめんね……』

『お誕生日も、ちゃんとお祝いしてあげられなくてごめんね』


 その一つ一つの言葉が、逃げ場のない痛みとなって胸の奥へ突き刺さった。 


 理解したくない。

 受け入れたくない。

 想像したくない。


 親友のいない明日の世界なんて――

 大切な家族が欠けた未来なんて――


 それでも、シアの声は止まってくれない。

 温かくて、優しくて、残酷な言葉が紡がれ続けていく。


『ダメだね……言いたいことも、言いたくないことも……言わなきゃいけないことも、いっぱいあるのに……全然、時間が足りないよ。もっと……もっと一緒にいたかった……』


 もっと一緒にいたい。

 そんなの——私だって同じだよ。

 いや、私の方が何倍も、何百倍もずっとそう思ってる。


 だけど、この気持ちは言葉にしたくない。

 だって、本当に別れの準備をしているみたいで嫌だから。

 私は諦めない。絶対に諦めたくない。

 そうだ。今やるべきことは、感傷に浸って別れを惜しむことなんかじゃない。


(絶対、私が助ける……!)


 私は、脳裏に過ぎる嫌なイメージを無理やり振り払い、地面を蹴ってさらに加速しようとした直後。


 ――ドンッ!!


 地響きのような衝撃が、耳の奥を殴りつけた。

 上空を泳ぐメガロドンが放った魔力砲撃(ブレス)が大地に着弾し、強烈な爆風が全身を叩きつけた。


「っ……!」


 直撃だけは、どうにか避けた。

 でも、次の瞬間には視界が跳ね上がり、大地が遠ざかる。

 私の身体は地面を何度も無様に転がり、背中も腕も容赦なく叩きつけられた。


 砂と枯れ葉と血の匂いが混ざった生々しい空気が、乱暴に顔へぶつかる。

 世界はめちゃくちゃに掻き回され、目の前でぐるぐると回転を続けた。


(さっさと立ち上がらなきゃ……早く……早くシアのところへ戻らないと……)


 心だけが必死に前へ走ろうとするのに、身体は鎖で繋がれたみたいに重い。

 右わき腹には、先ほど叩き込まれた衝撃の残響がまだへばりついている。

 体力も魔力もとっくに底をつき、指一本動かすのさえしんどい。


(なんでこんな時に……あとちょっとでいいから動いてよ……!)


 地面に手を突き、震える腕で身体を起こそうとする。

 けれど、力を込めた途端、膝がぐらりと揺れてまた崩れ落ちた。

 情けなく地面に伏したまま、悔しさがこみ上げ、大粒の涙が土へぽつぽつと落ちていく。

 

 そして、二度目の巨大な咆哮と共に無慈悲にもタイムリミットが訪れた。


『……ごめんね。そろそろ時間みたい』


 その言葉が耳に届いた瞬間、胸の奥がぎゅっと縮み、呼吸が止まった。

 頭の中で何かが軋むような音がして、世界の色がわずかに薄くなる。


(あぁ……私は、本当に……なんて無力なんだろう……)


 守りたい人を助けるどころか、こうして情けなく地面に倒れ込んでいるだけ。


 もっと私に力があれば……

 もっと魔力があれば……

 もっと魔術が使えれば……

 

 原譜の能力者みたいに『魔法』が使えたら――。

 そんな都合の良い『もしも』ばかりが、次々と脳裏によぎる。

 だけど、こんな状況でないものねだりしている自分が、いっそ嫌になるほど情けなかった。


 それでも――

 この絶望的な状況をひっくり返せる『奇跡』を起こせるとしたら……

 そんな現実味のない願いを、今だけは信じたかった。


「待って! お願いだから――!」


 ブレードを杖代わりにして、痙攣する足でどうにか立ち上がる。

 首元のチョーカー型の通信機に手を当て、すがるように声を絞り出す。


 どれだけ私がここで叫んでも、魔獣の動きが止まるわけがない。

 そんなこと分かってる。

 分かってるけど――もう他にできることがない。

 諦めたくなんかないのに、立っているだけで精一杯。

 あまつさえ、意識まで薄れ始めている。


 そんな狙うには格好の的となった私の元に迫る大きな4つの影。


「ほんっとに……しつこいんだよ……」


 ここまで散々、他の魔獣を使って私を追いこんできた4体のメガロドン。

 ようやく獲物を追い込んだと確信したんだろうね。

 獰猛な瞳がこっちを射抜き、ギザギザと並んだ刃のような歯をむき出しにしながら、大口を開けて突っ込んでくる。


「くそっ……」


 私にはもうブレードを振るう力は残っていない。

 身体もボロボロで逃げる体力もない。

 魔力も、欠片ほどしか残っていない。


 そして何より――

 抗う気力すらも、風前の灯火となりつつあった。


「誰か……助けて……」


 助けなきゃいけない立場の私の口から、情けない声が零れ落ちる。

 みっともなくてもいい。恥をかいてもいい。

 誰でもいいから――シアを、私を、助けてほしい。


 叶いっこない願いなのかもしれないけど、祈らずにはいられなかった。


 グォオオオオオオオオオオオオオ――!!


 やっと獲物を仕留められると確信したんだろうね。

 巨大な鮫たちは歓喜の咆哮を上げながら一斉に迫ってくる。

 鋭い影が私に覆いかぶさり、牙が光る――その瞬間。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……なに、これ……?」


 悪寒とともに鳥肌が一気に駆け上がる。

 その理由は、息が詰まるほどの濃密で膨大な魔力。

 まるで滝壺にでも放り込まれたかのように全身に叩きつけられる魔力の波動。


 足が竦み、呼吸が乱れる。

 魔力感知なんかしなくても肌身でヒリヒリと感じ取れるそのヤバさ。

 真後ろに巨大な獣でもいるんじゃないのか、と錯覚するほどの圧倒的な威圧感。


(なにこの魔力……敵? 味方? いや、これは……)


 全身に叩きつけられたのは、私の知らない魔力だった。

 魔獣っぽくはないけど、ちょっと()()な感じ。


 奇跡を信じて味方だと思いたいけど、その可能性は限りなく低そう。

 だって、魔獣ならともかくこんな魔力量を持つ人なんて、本当に一握り。

 

 一瞬、わずかに芽生えた希望が、再び絶望によってじわじわと枯れていく。


「ルナ! 今すぐそこから離れっ――!」


 切羽詰まったようなシアの叫び。

 もう聞けないかもしれないと怯えていた声が届き、胸の奥が少しだけ温かくなる。

 ……けれど、その安堵は一瞬で掻き消えた。


 ゴォォォオオオオオオオオオオオオオ!!


 地面の底から響くような重低音。

 背後から迫るそれは、青白く輝く巨大な魔力の奔流。

 空気が裂けるような音とともに、私の右脇すれすれを『光』そのものが駆け抜けた。


 刹那、風が爆ぜる。

 視界の端で、大地が一気に削り取られていく。


 青白い光の奔流は、一直線に走り抜け、森の地面を豪快に抉り取る。

 まるで、世界に一本の破壊の道を描くかのようだった。

 巻き上がる土砂、弾け飛ぶ木々。

 光の射線上にいたメガロドンたちは、跡形もなく消し飛んだ。


 その勢いのまま、光の奔流は魔導列車の方向へと伸びていく。

 刹那、鼓膜が張り裂けるような獣の断末魔と巨大な爆発音が重なった。


「ちょっ、マジか……!」


 その叫びが口を突いた直後、世界が爆ぜた。

 地鳴りのような爆音とともに、土煙が巨大な波となって押し寄せる。


 咄嗟に、私は残った魔力をかき集めて魔力障壁(シールド)を展開した。

 けれど、薄膜みたいな障壁なんか、爆風の前では殆ど意味を成さなかった。


 視界が歪み、反転する。

 身体がふわりと浮き、重力が消え失せる。


(ほんとに、なにがどうなってんのよ……)


 気づけば私は地面から遠く離れ、爆風に弄ばれるまま空へと舞い上がっていた。

 眼下には、星屑の森が広がっている。

 その美しい緑の海の中で、異様な光景が目に飛び込んできた。


 それは、黒く焼き焦げた円形の大地。

 巨大な隕石でも落ちたかのように、森の中にぽっかりと穴が空いていた。


(あれ……何が、起こったんだっけ……)


 意識が朦朧とする中、私はゆっくり記憶を手繰る。

 一瞬見えたのは、あの光が駆け巡ってロックスホエールに直撃した場面。

 あの分厚い外殻を貫いて、内側から膨張して爆散した。


 そして次の瞬間、私はこうして空の上。


(参ったな……魔力も全部使い切っちゃったし……指一本も動かないや……)


 ただ風に流されながら、私はぼんやりと自分の無力さを噛み締めていた。

 その最中、視界に車体が黒く焦げた魔導列車が映り込む。


(シア、大丈夫かな……無事だといいんだけど……)


 車体の外装は焦げ、黒煙が立ち昇っている。

 それでも車体の形はしっかり残っている。

 あの列車は装甲が分厚いし、きっと……生きてる。そう信じたい。


「ルナ! ルナ! 聞こえたら応答して!」


 ちょうどその時、私の願いに応えるみたいに、チョーカー型通信機からシアの声が弾けた。

 その声が聞こえた途端、力が抜けるほどの安堵が胸を満たす。


(無事でよかった……本当に……良かった……)


 私も返事をしようとして、喉に力を込める。

 けれど、息すらうまく出ない。


「ルナ! 返事してよ!」


 焦りと震えを帯びたシアの呼び声が、何度も耳に飛び込んでくる。

 早く返事しなきゃ。ちゃんと生きてることを伝えないと。

 頭では分かっているのに、声が出ない。

 腕も、指先も、ピクリとも動かない。

 意識だけがはっきりしているのに、身体は完全に切り離されてしまったみたいだ。


(せめて、指一本でも動かせたら……)


 首元の通信機に指を当てて、生きてるって伝えられるのに。

 今も必死に私を呼ぶシアの声に応えてあげられるはずなのに。


 それなのに、意識さえもどこか遠くなり始めた。

 空中を漂っているのに、暗い湖の底へ沈んでいくみたいで――。


(……死ぬときって、こんな感じなのかな……)


 シアの声は続いている。

 ずっと呼んでくれているのに、距離がどんどん遠ざかっていく。


(そういや……結局、さっきの光ってなんだったんだろ……?)


 意識がゆっくり沈んでいく中、さっき瞳に焼き付いた光景が脳裏に浮かぶ。

 ロックスホエールを一撃で貫き、シアや魔導列車の乗客を救った奇跡の光。

 私が『奇跡』を願ったから、それが叶っちゃったのかな。

 だとしたら、誕生日だしもう一回くらいおまけで助けてほしいな。


 って、さすがに二回は欲張り過ぎか。

 そう思った瞬間。


 ヒュゥゥウウウ――。


 空気が大きく揺れた。

 まるで、私の図々しい願いに応えるように風が吹いた。


 無気力に空を漂っていた身体は、強い風に煽られてくるりと回転し、視界がめまぐるしく切り替わる。


 雲ひとつない澄み切った青空。

 深緑が波打つ星屑の森。

 光を反射する眩しい太陽。

 黒く焼け焦げ、大きく抉れた大地の円。


 次々と風景が切り替わっていく。


(……あぁ、あれは……)


 そして、最後に視界へ映り込んだのは――

 この国の中心にそびえ立つ、一本の巨大樹。


 『愚者と約束の木』に登場するアルタイル共和国の歴史にして、平和の象徴。

 刹那、幼い頃から何度も読み返した物語が、走馬灯のように私の頭の中を駆け巡り始めた。

一章後編の完結まで残り2話!

次回は、『愚者と約束の木』の物語になるのでお楽しみに!

毎週、土曜12時頃に更新中です。

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