Op.23「攻勢」
前回に引き続き、ルナ視点のお話になります。
2体の宝石鱗の魔獣魚による凶悪な突進が、右脇腹に突き刺さった。
空気が肺から強制的に吐き出され、身体が弾かれたように宙へ跳ね上がる。
私の身体はそのまま物凄い勢いで吹っ飛ばされ、地面を何度か転がった末に背後の木に叩きつけられた。
「ぅぐっ……クッソ。さすがに捌き切れなかったか……。これ迷宮用の探索装束じゃなかったら、あばら何本かやられてたかも……」
右脇腹に鈍く重たい痛みが走り、呼吸がうまく整わない。
それでも私は歯を食いしばって立ち上がる。
口元から垂れた血を親指で拭うと、鉄の味がじわりと舌に広がった。
衝撃を緩和する術式が組み込まれた上着を着てきたのは、本当に運が良かった。
さっきの突進は、マジで致命傷になりかねなかった。
「痛ってて……シア! 聞こえてる!? シア、応答して!」
私は痛みを押し殺しながらブレードを構え直し、魔力感知を全開にする。
周囲の魔力反応を警戒しながら、再びシアへ呼びかけ続けた。
「シア! お願いだから返事してよ!」
……返答はない。
周囲の木々がざわめく中で、嫌な静寂が続く。
鼻の奥を刺すような血の匂いと魔獣たちの殺気がより濃くなっていく。
嫌な想像ばかりが膨らんで、胸の奥がざわざわと騒ぎ立つ。
私はそれを振り払うように呼びかけ続けた。
「シア! さっさと返事してってば!」
胸の内の焦りを体現するように自然と語気が強くなっていった。
――そして、何度も呼びかけた末にようやく声が返って来た。
「……ごめん! 魔力を抑えてこっちに来てた魔獣がいたみたいでビックリしちゃっただけ! 私は大丈夫だからルナは自分の方に集中して!」
「……わかった」
とりあえず、シアの無事を確認できて安心した。
でも、声が少し震えていて弱弱しい感じなのが気がかりだ。
返答の内容からして、潜伏状態の魔獣に奇襲を受けたってとこかな。
魔導列車には、強力な魔力障壁があるから、余程のことがない限り問題はないはず……
でも、あのバカ三人パーティが上手く対処できるとは思えないし、色々と不安すぎる。出来ればもうちょい色々と確認したかったけど、私に夢中の魔獣さんたちはそんな暇をくれないみたい。
キシャァアア!
先行して、白い槍を構えた魚人型の魔獣戦士兵の残党が、地面を蹴り上げて距離を詰めてくる。
ヒレが目立つ掌で握る槍を突き立てる勢いで、私へ向けて一直線。
一瞬逃げようかと思ったけど、さっき右脇腹に直撃した攻撃のせいで身体が重い。
まだズキズキとした痛みがあるし、全力でダッシュするのは難しそうだ。
(ってなると、撃退するしかないよね)
私は覚悟を決めて、軽く息を吐きながら腰の位置を低く落とす。
そして、右手に握るブレードを水平に構えた。
「鬼人舞踏流――『碧落一閃』」
魔力を込めた踏み込みは、まるで地面を弾いたような鋭い音を立てた。
気配と気配の隙間を裂くように、紅に輝く刀身が水平に閃く。
「ガガッ!?」
次の瞬間、魚人の上半身が傾き、後方へゆっくりと落ちていく。
切断面からは、緑青色の鱗と鮮血が花びらみたいに舞う。
下半身は、まだ何が起きたのか理解できていないように一歩だけ前へ進んで、ようやく崩れ落ちた。
この技は、斬られた相手が最後に目にするのが頭上の青空、すなわち碧落。
それが技名の由来なんだって、あの酔いどれクソ師匠が言ってた気がする。
(……酔ってたから、ほんとにそういう由来なのかは知らないけどね)
とにかく、これで魚人型の魔獣戦士兵は全部討伐できた。
やっぱ相性って大事だね。
脅威度だけなら、宝石鱗の魔獣魚の方が低いのに戦いづらい。
っと、そんなことを考えてたら、背後からその相性最悪の相手が旋回しながらこちらへ突進してくる。
シャァアア!!
「また同じ攻撃食らってあげるわけないでしょ!」
さっきはちょっと油断して躱し切れなかったけど、同じ手が何度も通用すると思わないでほしいね。
それにいくら体表の鱗が硬くても弱点がないわけじゃないのは分かってる。
ジュエルフィッシュは基本的に突進しか能がないから、攻撃パターンは単調。
それから物理的な攻撃への耐性は高いけど魔術への耐性は低い。
特に雷系の魔術にめっぽう弱いのは有名な話。
「雷属性付与の弾丸とか雷属性付与の光剣があったら、もうちょい楽だったんだけど……」
今日の私は、演劇を観に行く途中の丸腰仕様。
事前に戦うって分かっていたら、戦闘用アーティファクトをしっかり準備してたけど、残念ながら今は手元にない。
(ってなると、魔術しかないかなぁ……)
ただ、私は魔術適性が全体的にかなり低い。
攻撃系魔術と支援系魔術の適性が10段階中の2で防御系魔術の適性が1。
他は見事なゼロ適性。
魔術は適性が高ければ高いほど、魔力消費が少なく効率的に発動できるけど残念ながら私にその才能はない。かといって、適性ガン無視で発動できるほどの膨大な魔力を持っているわけでもない。
(でも、全く使えないってわけじゃない)
増援が来るまで残りあと2分弱くらいだし、出し惜しみしなくていいよね。
それに、さっきの重い二発のお返しもしてあげないとだからさ。
と、自分に言い聞かせるように息を吐き、私はブレードを地面に突き立てた。
そして両手を胸の前で組み、祈りの掌印を結ぶ。
「熱界、大雲、稲のつるび、嘆きの空に光が満ちる」
体内で巡らせた魔力の出力を一気に引き上げながら、淡々と詠唱を紡ぐ。
言葉を重ねるたびに、空気にビリッとした静電気のような刺激が走った。
「世界譜収録魔術集-攻撃譜術-第六番『雷泡』」
最後に『系統』『収録番号』『魔術題名』を唱え終えた瞬間。
私の胸の前に、ポン、と小さな泡が生まれた。
直径15センチほどの透明な球体。
その内側では、青白い稲妻がパチパチと鋭い音を立て始める。
次第にその音は、より鋭さと大きさを増してバチバチと轟音を掻き鳴らす。
「よしっ、これで準備完了っと。あとは……」
本来なら、このまま直接相手に向けて撃ち出して、外側の膜が破裂することで内側に閉じ込められた雷撃が炸裂する技。
でも、この魔術には他にも使い道があるんだよね。
「これをこうしてっと……」
私は地面に突き刺していたブレードを引き抜き、そのまま迷いなく雷泡へと刀身を突き立てた。
パチンッ!
風船が弾けるような乾いた音とともに、雷泡が破裂。
次の瞬間、泡の内側に閉じ込められていた青白い稲妻がバチバチバチッと叫びながら紅色の刀身に巻き付いてくる。
赤と青がぶつかり合い、擦れ合う。
空気そのものがビリビリと震え始める。
そして――紫へと溶け合い、紫電が迸る刀身を形成した。
「ちょっと雑な付与だけど、即席の雷属性付与の光剣ってところかな」
通常のブレードの刀身は、魔力を圧縮して研ぎ澄ませた純粋な斬撃用の刃。
そこへ青白い雷の属性が絡みついたことで、刃はさらに研ぎ澄まされ、触れた瞬間に紫電が肉と鱗を焼き切る一撃必殺の凶器へと変貌した。
ただ、これはあくまで即席の付与。
無理やり色を足したようなものだから、持続時間は短くて一発限り。
すなわち一発勝負。
(望むところだね、腕が鳴るよ)
私は口角を上げ、腰を落としながら紫電を帯びた刃を構える。
再び足元に魔力を叩き込み、筋肉の奥底が熱を帯びた瞬間、地面を強く蹴り上げた。
「鬼人舞踏流――『紫電奏龍』」
世界が紫色の雷鳴に染まる。
私の身体は竜のようなうねりを描きながら滑るように前へ。
軽快なステップが舞踏のリズムを刻み、その軌跡に沿って紫電の尾が長く残光を引いた。
突進してくるジュエルフィッシュたちが躱そうとするがもう遅い。
紫電を帯びた刃が縦横無尽にうなり、色鮮やかで頑丈な宝石鱗を砕いていく。
「ギャシャッ!?」
その紫色に輝く斬撃は、巻き付くようにして鱗や肉を焼き焦がす。
1体、2体、3体と次々に短い断末魔とともに地面に沈んでいく。
手元の紫光が消えた時、10体のジュエルフィッシュの瞳も同じく光を失っていた。
「ハァハァ、よしっ。これで残るはあの鮫たちだけだね」
ブレードの重さがどっと手に戻り、掌にはジーンとした痺れが残っていた。
私は肩で息をして乱れた呼吸を整えつつ、視線で上空を泳ぐ鮫たちを牽制。
増援の魔導戦艦と救援部隊の到着予定まで、残り2分ちょい。
残る魔獣は、メガロドン4体。
既に私もズタボロで体力も魔力もほぼ限界。
だから、あのデカ鮫たちを討伐するのはかなり難しいけど、その必要はない。
あとは、魔導列車の方へ向かわないようにある程度引きつけておけばいい。
「うっし。やーっと終わりが見えてきた!」
ほんの一瞬、胸の奥の緊張がふっと緩む。
長いようで短かった戦いが、ようやく終わりに向かって転がり始めた。
これで誰も傷つかず、シアと一緒に気持ちよく家に帰れる。
そう思うと、自然と安堵の息が漏れた。
(あっ、討伐したのシアに報告しないとだな)
私がジュエルフィッシュとフィッシャーウォリアの討伐報告のため、首元の通信機へ手を伸ばしたその時――
グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
地面ごと震わせるような獣の咆哮が、森を丸ごと揺らした。
今まで私が相手をしていた魔獣とは、一線を画す威圧感。
空から私を狙っていたメガロドンたちも動きを止め、ある方向へ視線を向けた。
(待ってよ……そっちは……)
その方向に何があるのかは確認するまでもない。
背筋がヒヤリとする感覚と共にとてつもなく嫌な予感がした。
どうか間違いであってほしいという願いも虚しく、私の勘は最悪の形で的中する。
「ルナ、ごめん……こっちはもうダメみたい……」
首元の通信機から弱弱しく何かを諦めたようなシアの声が私の耳に届いた。
次回もお楽しみに!
毎週、土曜12時頃に更新中です。




