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神秘解戦~オルゴールプラネット~  作者: 白石誠吾
一章-後編「邂逅前夜」
17/23

Op.16「混乱」

「大人しく座ってろって言ってんだろうがよ!」


 荒々しい男の怒声とともに、『ドンッ』という衝撃音が車内に轟いた。

 ルナとシアは顔を見合わせ、個室座席から飛び出して隣の一般車両へ向かう。


 扉を開けた先――そこに広がっていたのは、予想を超える混沌だった。


「どうなってんだ! ここは危険なんだろ!? 早く出発してくれよ!」

「通信ができないぞ! 虫喰穴の防衛隊(ホールドガード)には連絡したのか!?」

「なんでここに停まったままなんだよ! もう五分もこのままだぞ!」

「俺たちを見殺しにする気かよ! さっさとどうにかしてくれ!」

「いつになったら動くんですか! 続報はないんでしょうか!?」

「もぉ! いつになったら発車するのよ! こっちは急いでるのよ!」


 罵声と叫びが入り乱れ、車両内は混乱の渦と化していた。

 座席に不安げに身を縮める者もいれば、苛立ちを露わに立ち上がる者も多数。

 その騒ぎの中心――車両前方。

 乗務員と、短い白髪にダンジョンウェアを纏った熊のような大男のもとに乗客が押し寄せていた。

 その傍らの壁は大きく凹み、先ほど轟いた衝撃音の正体を雄弁に物語っている。


「これは……」

「マジか……」


 シアとルナは口をあんぐりとさせ絶句していた。

 多少の混乱は予想していたが、目の前に広がるのは想像を遥かに凌駕する騒乱だった。


「うるせぇって言ってんだろうが! さっさと後ろに下がれや!」


 怒号とともに前に出たのは、明星ギルド所属の冒険者パーティ『白亜の翼』の一人。

 熊人種ベアードの大男――ローガン・ムアヘッド。

 額には青筋が浮かび、分厚い拳を握りしめ、群がる乗客を力ずくで押し返そうとしていた。


「いつになったら動くか教えてくれよ!」

「だから、この状況を説明してくれって言ってんだ!」

「ウチの子が頭を怪我してしまって……」

「だから、うるせぇって言ってんだろがっ! んなこと俺が知るかよ!」


 ローガンの不満が爆発し、右腕が大きく振り抜かれた。

 それはただ、騒ぎ立てる群衆を振り払おうとしただけ。

 しかし、本人にそのつもりはなくとも、その一撃は凶器に等しい。

 魔力で強化された巨躯が生む腕力。

 普通の人間が当たれば、骨の一本など容易く砕ける。

 その剛腕が、今まさに最前列にいた女性の顔面へと迫っていた。


「あっ……」


 誰の声だったかは分からない。

 驚嘆と悲壮を帯びた一声は、次の瞬間に訪れるであろう惨劇を予感させた。


「「「えっ……」」」


 しかし、その悲惨な未来は訪れなかった。

 『パシッ』という乾いた音が響き、車内に広がったのは気の抜けたどよめきだけ。


 一体、何が起こったのか? それは一目瞭然。

 

 ローガンの剛腕は、女性に届く寸前で止まっていた。

 それを片手で受け止めていたのは、一人の金髪の少女。

 車内にざわめきが走る。息を呑む音、押し殺した悲鳴。

 その中で茜色の瞳が真っ向から茶色い瞳を射抜き、ローガンはようやく悟った。

 自分の拳を止めた相手が誰なのかを。


「なにやってんの。頭に血のぼり過ぎでしょ」

「あん? お前は……ルナ・トワイライト!? なんでテメェがここにいやがる!」

「さぁ? お誕生日パーティーの前哨戦に行く途中って感じかな? ……まあ、台無しになっちゃったけど」


 憎悪を滲ませた声をぶつけるローガンに対し、ルナは余裕の笑みを崩さない。

 そして、今や乗客たちの視線も呼吸も全てが自分たちに注がれているのを感じ取り、ルナはこれを好機と見て、すかさず声を張り上げた。


「はーい! みなさーん! 座って! 座って! 立ってても疲れちゃうだけですから。あ、あと出発が遅れちゃうので絶対に外に出ようとしちゃダメですよー! 情報はちゃんとお知らせしますからねー! はい、そこの皆さんも下がって! 下がって!」


 子どもを諭すように、明るく、笑顔で、余裕たっぷりに。

 ルナの声が車内に響き渡り、ざわめきが少しずつ収まっていく。

 立ち上がっていた者は渋々腰を下ろし、取り乱していた者もゆっくりと落ち着きを取り戻していった。


「ふぅ、これでしばらくは大丈夫そうかな」


 本来であれば、18歳を迎えたばかりの少女の言葉に冷静さを欠いた大人が従うはずはない。だが先ほどの一瞬でローガンの剛腕を止めた動き、そして身に纏うダンジョンウェアが、ルナを実力ある冒険者として印象づけ、混乱していた乗客たちに確かな安心感を与えていた。


「あ、あの……ありがとうございました」


 騒ぎ立てていた人たちが自席へ戻っていく中、ただ一人、ローガンの拳が目前に迫っていた女性だけは立ち尽くし、恐る恐るルナへ声をかけた。

 その手は小さく震え、視線は何度も後方の席へと向けられている。


「いえいえ、それより大丈夫ですか? すごい顔が真っ青ですよ」

「わ、私は大丈夫です! でも……ウチの息子が、さっきの急停車の時に頭をぶつけてしまって……血が、止まらなくて……」


 ルナは女性の視線を追い、座席にうずくまる小さな少年を目にした。

 額から流れる血が布を赤く染め、母親の焦りが嘘ではないことを示していた。

 そりゃ引き下がれないわけだよね、とルナは納得し後方座席で待機中のシアへ呼びかけた。


「ちょっと待っててくださいね。シア! 救急キット持ってるー?」

「あるよー!」

「この人の息子さんがケガしちゃったみたいだから見てあげてー! 私は先頭車両で状況の確認してくるからー!」

「分かったー! 無茶しちゃダメだからねー!」

「はいはーい! ってことで案内よろしく」


 シアに治療を任せ、ルナは肩口までの金髪を揺らしながらくるりと反転。

 憎々しげな視線を送るローガンへ向き直り、先頭車両まで案内するように促した。


「あぁ!? ふざけんなよ! なんで俺がお前なんかに……」

「ふざけてないから。早くして」


 さっきまでの笑顔は幻のように消え、残ったのは鋭い光を帯びた双眸だけ。

 その圧に呑まれ、ローガンは反射的に一歩退いていた。


「ッチ……クソが。女のくせに俺に指図しやがって……」


 体格に似合わずブツブツと文句をこぼしながら先頭車両へ向かう大きな背中。

 それに付き従う形でルナも目的の場所へと向かうのであった。


♪ー♪ー♪


虫喰穴の防衛隊(ホールドガード)と連絡は取れたか!?」

「いえ。依然として……恐らくワームホール発生の余波で、この周辺一帯に念波障害が発生しているものかと思われます」

「クソっ! ()()()()()()()()()()()()、俺たちにどうしろってんだ!」


 ルナが到着した先は、先頭車両にある運転室だった。

 いくつものボタンや音形構成符号(メロディグリフ)が刻まれた操作パネル、車両内外を監視する複数台のモニター、そして周囲の魔力反応を探知する魔力探知機(レーダー)が設置された魔導列車の頭脳とも呼べる場所である。


 その空間の中で、声を荒げ、落ち着きなく言葉を交わしていたのは、駅員の制服を纏った魔導列車ギンガの運転士と車掌の二人だった。

 額に浮かんだ汗を拭う暇もなく、操作パネルに視線を泳がせている。


「動かせないってどういうことですか?」


 彼らはルナが運転室へやって来たことにも気づかないほど切迫していたのだろう。背後からの聞き慣れぬ声に、肩を震わせるようにして振り返り、困惑気味に声を上げた。


「えっと、君は………」


 ルナは冒険者カードを取り出し、自己紹介をしようとした。

 だが、その瞬間――予想通りの横やりが飛んでくる。

 運転室入口脇に待機していた男女が、椅子を軋ませ勢いよく立ち上がり、目を吊り上げてルナの前に立ち塞がった。


「なんでアンタがここにいるのよ!」


 甲高い声でルナに噛みついたのは、薔薇色の髪に金色の瞳を持つ女。

 『白亜の翼』のリーダー、ミランダ・トレーボルだった。

 背丈はルナと同じほどの160センチ。

 目を鋭く吊り上げ、唇をわななかせながら睨みつける。


「そうだ! これは僕たちの依頼だ! 邪魔するな!」


 続けざまに声を張り上げたのは、小人種ミゼットの男、サム・ブラウン。

 茶髪に黒茶の瞳、身長は人種ならではの140センチほど。

 その分、わずかに見上げる角度でルナを睨みつけていた。


「邪魔なんかしないし……それに、言い争いしてる場合じゃないでしょ」


 低く冷えた声音とともに、ルナの茜色の瞳が鋭く光る。

 その一瞬に宿った圧に、ミランダもサムも言葉を詰まらせ、喉を鳴らすしかなかった。

 そしてルナは、二人の間を何事もないかのように通り抜け、改めて車掌と運転士に向き直った。


「D2ランク冒険者のルナ・トワイライトです。偶然、私とサポーターの子が乗り合わせていたのでお手伝いさせてください」

「おぉ! それは助かります」


 胸ポケットから冒険者カードを差し出すルナ。

 その刻印を確認した運転士と車掌は、思わず目を見開き、安堵の笑みを浮かべた。

 何故なら、ルナの冒険者ランクはD2。

 これは、この列車の警備を担う『白亜の翼』のパーティランクD1よりも上位。

 すなわち彼女一人の方が、三人組のパーティ全体よりも格上の実力者であることを意味していたからだ。


 この事実に、ミランダは唇を噛みしめ、サムは小さな拳を固く握る。

 背後のローガンも顔を歪め、忌々しげに鼻を鳴らした。


「それで、さっき話されていた……この列車を動かせないというのは?」

「……脱線です。緊急停車の衝撃で車輪が線路から外れてしまったようで……」

「マジか……」


 丁寧に言葉を選んでいたルナだったが、思わず素の声が漏れた。


(――いつまで経っても動かないと思ったら、まさかの脱線って……。すぐに線路に戻すなんて、こんな状況でできるわけないし……)


 停車したままの理由に納得すると同時に、背筋を冷たいものが這い上がる。

 指先までもじんわりと冷え、心臓が嫌な音を立てる。

 それでも表情には出さぬよう、ルナは唇を引き結び、冷静を装って話の続きを促した。


虫喰穴の防衛隊(ホールドガード)とも、やはり連絡は?」

「ダメです……元々この『星屑の森』周辺は念波障害が起きやすいんです。そこへワームホール発生が重なって……今は完全に外部との通信が遮断されています」

「そう、ですよね……」


 ルナも先ほど、自由組合のアドバイザーへ連絡を試みて失敗していた。

 その原因が明らかとなり、深く頷く。


「なので……ワームホール発生時のマニュアルに従い、列車の動力源である魔力を使って周囲に魔力障壁シールドを展開します。時間を稼ぎ、虫喰穴の防衛隊(ホールドガード)の到着を待ちますが……正直、どれほど持つかは……」


 運転士の男は、言葉を探しながら口を濁した。


 ちなみに、ワームホール発生時のマニュアルとは、虫喰穴の防衛隊(ホールドガード)が到着するまでの行動規範を定めたものだ。この虫喰穴の防衛隊(ホールドガード)は、世界調律騎士団に属する部隊のひとつであり、ワームホール災害の専門対応を担っている。彼らは首都の中央ターミナルに常駐し、発生と同時に緊急出動して鎮圧にあたる。


 また、各地域に小規模の支部も設置されているので、どんな場所でもどこかの部隊が急行できるシステムになっている。加えて、場所や規模によっては近くに拠点を構えるギルドに応援依頼という形式で、冒険者の派遣もしくは事態の鎮圧を依頼形式で要請する。だからこそ、緊急避難区域にいる人に求められるのは速やかな避難。それが難しい場合には、安全な場所で救助を待つことなのである。


「あと10分から15分が勝負、ってところですよね」


 運転士の男性の言葉は、背後から届いた柔らかい女性の声に引き継がれた。

 その聞き慣れない声にルナを除いた全員が反射的に振り返る。

 一瞬、『誰だ?』という緊迫した空気が漂ったが、そこはルナが素早くフォローに回った。


「あ、この子がさっき話した私のサポーターのシアです」


 紹介されたシアは、運転士と車掌の男性二人にペコリとお辞儀。

 そして彼女の意見を受け取った運転士の男は深く頷きつつ、重い口を開く。


「えぇ、その通りです。彼女が言ったように……早ければ10分、遅くとも15分が限界でしょう」


 その時間を耐え凌げば、虫喰穴の防衛隊(ホールドガード)もしくは、緊急依頼を受けたギルドの冒険者パーティが到着。

 窮地を脱する可能性は高い。

 しかし、大きな懸念点も存在していた。


「問題は……ワームホールの規模と、そこから出現する魔獣の数と脅威度ですね」

「その通りです。この魔導列車の動力源で魔力障壁シールドを展開しても……高ランクの魔獣にとってはガラス一枚に等しい。下手をすれば、一撃で粉砕されます。正直、10分も持たないでしょう」

「……そう、ですよね」


 シアと運転士の言葉が重く響く。

 ルナは黙って耳を傾けながらも、最悪の状況に備えて頭の中で可能性を巡らせていた。


(もしもの時はアレを使って私が……)


 少し汗ばんだ手で腰に携えているブレードの柄を強く握り、覚悟を決める。

 ルナは対個人の戦闘に特化し、多数を相手取る戦いを苦手としている。

 低ランクの魔獣なら数体、高ランクの魔獣なら一体くらいであれば時間稼ぎに徹すれば倒せずとも時間を稼ぐことができる。


(魔獣がこっちに気付かないでくれるのが、一番助かるんだけどね……)


 そんな切実な願いは、無情にも即座に打ち砕かれる。


 ピ――……ピッ……ピッピッピッピッピ――!


 甲高い電子音が運転室内に響き渡る。

 同時に、運転室に設置された大きな円盤型の魔力探知機レーダーに、不気味な赤い光点が浮かび上がった。最初は数個。それが瞬く間に数十へと増え、画面いっぱいに散らばっていく。


魔力探知機(レーダー)に複数の魔力反応を確認! 前方4キロ地点! その数……10、20、30!? こちらに向かってきます!」

次回もお楽しみに!

毎週、土曜12時頃に更新中です。

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