Op.14「英雄の軌跡」
ここのお話を読む前に第5話(Op.5「最果ての英雄」)を再度読んでおくのがおススメです。
魔導列車の個室座席にて『最果ての英雄』を読み終えたルナは、手元のドリンクを一気に飲み干した。
「ぷはぁ~! やっぱ何回読んだってワクワクするよね! 前人未踏の最果ての地! 英雄たちの未完成の夢! ワールドクエストとその謎に満ちた報酬! そんで極めつけは、世界の中心に眠る神秘のお宝――『未完成の大秘宝』! もうロマンの塊でしょっ!」
堰を切ったように語り出したルナ。
心躍る英雄譚に触発され、彼女のテンションは最高潮に達していた。
茜色の瞳をきらきら輝かせながら、正面に座るシアへと身を乗り出す。
「やっぱさ! お宝って金銀財宝的なやつかな? 私としてはさ、もっと想像を遥かに超えたものだと思うんだよね! あとあと、未完成の夢ってのも気になるんだよなぁ。地位もお金も名誉も全部持ってたはずだしさ、誰も辿り着けない世界の中心にまで到達したんだよ? それでも叶えられなかった夢とか気になりすぎるでしょ! あとワールドクエストの報酬ってのも……」
これから観劇へ向かうテンションも相まっていつも以上に熱くなっているルナ。
その一方で、シアは幼い頃からこのやり取りを何度も繰り返してきている。
なので、食後のコーヒーを味わいながら慣れたように『うんうん』と相槌を打つ。
そして時折、自分の意見を交えて話に花を咲かせていく。
「そうだね。私はさ、三英雄の発想が凄いなって思うよ。だって今、私たちが乗ってる魔導列車とか車、二輪車まで開発して人の暮らしを豊かにしてる。単純に力が強いだけじゃないところも素敵だと思うなぁ」
「分かる! あとさ、サンドイッチとかハンバーガーもだよね?」
「うん。交通インフラだけじゃなくて食文化の革命もすごいんだよ」
二人の話題は、最果ての地に眠るお宝から、三英雄による文化的偉業へと移行した。
それは今よりちょうど千年前に起きたあらゆる文化の革命。
三英雄が設立した世界調和機構を起点に、経済・通信・交通・食・教育・娯楽といったあらゆる分野が革新されたことを示すもの。
その中でも食べることが好きなルナ、料理好きのシアの話題は、自然と『食』へと流れていくのは必然であった。
「おにぎり、パスタ、ラーメン、カレー、ケーキ、お寿司にピザとか、他にも色んな料理を考案して世界中に広げていったんだよ」
「うわぁ、おにぎりとかピザがなかったと思うとマジで感謝でしかない」
と言いつつ、ルナは胸元で両手を合わせて祈るような形で先人へ感謝を捧げた。
三英雄による食文化の改革は、千年前の文化革命の一つであり、現存の料理のほとんどがそのレシピの派生といえる。もはやこの世界における食文化そのものを築き上げたといっても過言ではないのだ。
「他には~、これもだね」
シアが机の上に置いたのは、縦15センチ×横7センチほどの長方形の金属板。
その表面に電子的なディスプレイが施され、触れることで自在に操作できる。
これこそ、世界で最も普及している通信用デバイス『テレパスフォン』だ。
「えっ、これもだっけ?」
「そうだよ。このテレパスフォン、というかこれを使った通信網の確立だって三英雄の偉業の一つなんだよ。ってこれは学院の授業で習ったでしょ?」
「アッハハ……ど忘れど忘れ……」
食文化に次いで話題に上がったのは、通信用デバイスのテレパスフォン。
それは念話魔術を応用した通信用アーティファクトのことを指し示す。
内部に組み込まれた念話術式を介して特殊な念波を発信し、通話やメッセージを送付することを可能とした魔道具の一種。しかし、本来は100メートルにも満たない短い範囲内の相手にしか繋がらないという致命的な欠点を抱えていた。
それを各地に『念波塔』や『念波衛星』という中継地点を設置することで、テレパスフォンの通信可能距離を飛躍的に上昇させ、通信インフラの基盤を築いた。
――というのが、二人が魔導学院で学んだ内容であった。
「ちなみに私たちが通う魔導学院だって教育改革の一環として三英雄によって設立されたものだからね」
「ふふんっ、それは知ってまーす♪」
最上級のドヤ顔のルナに対し、碧眼の瞳でじっとりとした視線を向けるシア。
この二人が通う学院――正式名称は、アステリズム魔導学院。
世界調和機構に加盟する同調国に導入された教育機関であり、それまで一元的だった教育方針を見直すための三英雄による教育政策。一般科目だけでなく専門科目制を導入し、冒険者およびサポーターの育成、魔導工学、魔導科学など専門性の高い特定分野で活躍する人材を育成することを目的とした学びの園。
その中でルナは冒険者学科、シアはサポート科に籍を置いて日々の勉学や鍛錬に励んでいる。
「それじゃあ問題です。あと二つ、文化革命によって誕生したものを答えなさい」
そして唐突なシアからの出題。
ドヤ顔を決め込んでいたルナは、慌てふためくこととなった。
「ちょっ、そんな急に!? えーっとね、アレだよアレ! 天上の防壁とか?」
「ブー! それは文化革命の定義には含まれてないからテストなら不正解だよ~」
「待って! 待って! もうちょい考えれば思い出せるはずだから」
「次の世界史のテストは赤点かもね~、っはい! 時間切れ~」
「ちょっ! 早すぎでしょ!」
「このくらいは即答しないとね。停学中だからって勉強サボっちゃダメだよ」
「むぅ。別にサボってないし……そんで正解は?」
痛いところを突かれ、少し不満そうにむくれた表情で解答を求めるルナ。
一方でシアはニッコリとした笑みを浮かべ、白狼種特有の獣耳をピクピクと動かしながら軽めの授業を始めるのであった。
「まず一つ目は、アーティファクトだね。ルナが使ってるブレードもそうだし、生活面ならテレビ、パソコン、冷蔵庫に掃除機だってそうだよ? 私たちの身近に溢れている道具のほとんどが千年前の文化革命の産物ってことだね」
アーティファクトとは、魔法または魔術の術式が付与された道具を指し示す。
その用途は、戦闘面から生活面と幅広く、魔力を動力として刃を形成するブレードなどの戦闘用アーティファクトからテレビや冷蔵庫といった生活用アーティファクトと多種多様なものとなっている。
また、二人が現在乗車している魔導列車やこれから向かう移動型劇場戦艦についても移動用の大型アーティファクトに分類される。
「そもそも三英雄によるアーティファクトの発明以前は、ただの剣や盾で魔獣と戦わないとダメだったし、主な移動手段は馬車。それに今みたいにテレビとか冷蔵庫とかもないから色々な面で大変な時代だったみたいだね」
「なるほどねぇ。アーティファクトかぁ。今じゃ当たり前すぎてさ、ない生活が考えられないや。んで、あと一つは?」
最後の答えを急かすルナに、少し解答を焦らすようにしてシアが口を開いた。
「最後はね~、娯楽だよ!」
「娯楽? ゲームとか漫画ってこと?」
「そっ! 他にも音楽のライブ、映画、野球とかサッカーのスポーツもだね」
「マジかー。もうほとんどこの世界の全てじゃん」
娯楽がこの世の全てはさておき、三英雄による文化革命の中でも最も力が入っていたのは娯楽であった。大昔の剣闘士を戦わせる武闘大会やそれに伴った賭け事が主流の時代から、チェスやオセロといったボードゲームに始まり、野球やサッカーといったスポーツを娯楽として世界中に広めていったのである。
こうして『危険性が低く、特別な力を持たずとも誰もが楽しめる遊び』という理念のもとに、多くの娯楽が誕生したのであった。
「あっ、もう一つ大事なの忘れてた」
これにてシアによる文化革命の授業は終了、かと思われたのだが当人は突然に何かを思い出したように目の前のテーブルに身を乗り出した。
「そ・れ・は・ねぇ~、コレだよ!」
そしてニンマリとした笑みを浮かべ、正面に座るルナの胸をガッシリと鷲掴み、遠慮なく揉みしだき始めた。
「はぇ!?……っちょ! シア! いきなりなにすんの!?」
「三英雄の紅一点であるクイーン・エス・アルデバランはね、女性特有の視点でブラジャーとか美容品をね……」
「アホかっ! んで、揉みながら解説せんでいい!」
頬を赤く染めたルナの強烈なデコピンが、シアのおでこに炸裂。
パチンっという乾いた音と共に彼女を元の座席へ押し戻した。
ちなみに、少しおふざけが入っていたものの千年前の文化革命により、女性物の下着も大きく機能改善し、現代風のデザインへ革新されていたのは紛れもない事実なのであった。
「痛てて……あ、そういえば『週刊ダンジョン』発売されてたから買っといたよ」
片手で額を押さえつつシアがリュックから取り出したのは、一冊の雑誌。
その表紙に大きく記されたタイトルは、『週刊ダンジョン』。
冒険者を管理する組織である『自由組合』から出版されている週刊誌だ。
主な内容として惑星迷宮の攻略状況および探索情報、魔獣の討伐情報や高ランク冒険者のインタビュー記事などが掲載されている。
冒険者としても活動するルナは、毎週この雑誌のチェックだけは欠かさない。
「ありがと。さてさて、どっかのギルドが階層攻略してたりするのかなーっと」
雑誌を受け取ったルナはお目当ての情報を探すようにページを捲っていく。
ちなみに、ルナの言うギルドとは冒険者の『派閥』を指し示すものである。
そのギルドの成り立ちについては、時を千年前まで遡る。
三英雄の時代が幕を閉じ、新たに冒険者の時代が開幕。
そこから未完成の大秘宝やワールドクエスト達成に向けて多くの冒険者が台頭。
そんな冒険者たちが我先にと徒党を組んで、組織化したものこそが『ギルド』。
現在に至っては、星の数ほどギルドが誕生し、多くの冒険者派閥が競い合う形で最果ての地を目指している。
「おっ、あったあった!」
お目当てのページを見つけたルナは食い入るように目を通していく。
【到達階層の順位表】
・第五迷宮『木星迷宮』の階層到達記録
第一位:90階層到達『大和ギルド』『青龍ギルド』『夜桜ギルド』『明王ギルド』
第二位:89階層到達『武神ギルド』『村雨ギルド』『剣薙ギルド』『犬神ギルド』
第三位:88階層到達『東雲ギルド』『渦巻ギルド』『天狗ギルド』『春色ギルド』
第四位:87階層到達『月詠ギルド』『風神ギルド』『雷神ギルド』『忍ギルド』
第五位:86階層到達『侍ギルド』『騎士団ギルド』『殿様ギルド』『緑王ギルド』
・第六迷宮『土星迷宮』の階層到達記録
第一位:89階層到達『聖騎士ギルド』『魔女ギルド』『純血の戦乙女ギルド』
第二位:88階層到達『白虎ギルド』『剣聖ギルド』『戦王ギルド』
第三位:87階層到達『聖人ギルド』『鉄腕ギルド』『蟒蛇ギルド』『白羽ギルド』
第四位:86階層到達『金剛ギルド』『騎士団ギルド』『土蜘蛛ギルド』
第五位:85階層到達『白馬ギルド』『琥珀ギルド』『紅ギルド』『冬空ギルド』
・第七迷宮『天王星迷宮』の階層到達記録
第一位:91階層到達『剛翼ギルド』『疾風ギルド』『花園ギルド』
第二位:90階層到達『大空ギルド』『食王ギルド』『艦隊ギルド』『金色ギルド』
第三位:89階層到達『朱雀ギルド』『大剣ギルド』『稲妻ギルド』『常夏ギルド』
第四位:88階層到達『騎士団ギルド』『炎帝ギルド』『鉄人ギルド』
第五位:87階層到達『蒼穹ギルド』『四葉ギルド』『孔雀ギルド』『巨兵ギルド』
・第八迷宮『海王星迷宮』の階層到達記録
第一位:82階層到達『王将ギルド』『百獣ギルド』『海神ギルド』
第二位:81階層到達『白銀ギルド』『竜巻ギルド』『隻眼ギルド』『豪傑ギルド』
第三位:80階層到達『鬼灯ギルド』『剣王ギルド』『騎士団ギルド』
第四位:79階層到達『秋風ギルド』『鬼兵ギルド』『黒猫ギルド』『玄武ギルド』
第五位:78階層到達『明星ギルド』『美食ギルド』『白猫ギルド』『氷帝ギルド』
ルナが毎週欠かさずチェックしているページとは、『到達階層の順位表』だ。
それは外界の天体迷宮における各ギルドの到達階層に関するランキング。
特にルナやシアたちの住むアルタイル共和国は、ネプチューン大陸に属しているのでその上空に浮かぶ第八迷宮『海王星迷宮』の攻略状況からは目が離せない。
また、その中でも自国に所属するギルドの動向などは気になるところなのだ。
「うわっ、秋風ギルドが先週まで78階層だったのにもう上がってんじゃん」
「それを言うなら白銀のお姫様のとこもだよ?」
「あの嫌味女のことはいいから。ってか、やっぱ先生のとこのギルドは凄いなぁ」
「そうだね。学院で先生もしつつ、第一線でも戦ってるんだもんね」
自分たちに身近なギルドや冒険者について話が盛り上がる中、ルナの表情はゆっくりと真剣なものに変わっていく。そして雑誌の到達階層の順位表を見つめ、願望をこぼすようにポツリと呟いた。
「いつか私も……」
しかし、ルナの口から溢れ出た小さな声は、魔導列車の車内アナウンスに掻き消されることとなった。
「魔導列車ギンガにご乗車の皆様。まもなく『双星の丘』に到着いたします。お出口は左側です。車内にお忘れ物がないようお降りください」
現在走行中の星屑の森にある『双星の丘』に到着すると、目的地まで残りは四駅。
約20分ほどで到着する予定となっている。
こうして二人の賑やかな旅路も残りわずかとなっていく。
「ルナ、さっき何か言った?」
「ん? あー、到着前に『愚者と約束の木』も予習しとかないとなってね」
先ほどと一転し、ルナは明るく笑みを浮かべて自分のバッグへと手を伸ばす。
既に『最果ての英雄』については予習完了。
これから向かうシアターシップにて、もう一つの演目になるかもしれない物語『愚者と約束の木』の本を取り出そうとした時のことだった――
ビービービービービービー
突然の警報音。
二人の持つテレパスフォンが大音量で緊急用アラートを鳴らし始めた。
それに続くように、機械音声で不穏な内容が淡々と読み上げられていく。
「魔導災害の脅威指標ステージ5の緊急信号を受信しまシタ」
最後の一文は、どこか(8話)で見覚えのあるような……
来週も土曜12時頃に更新予定です!




