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神秘解戦~オルゴールプラネット~  作者: 白石誠吾
一章-後編「邂逅前夜」
14/23

Op.13「旅の始まり」

「46番線デネブ東部行き魔導列車アポロ、まもなく発車しまーす!」

「自由組合56番支部へご出発のお客様は、一号車から五号車へご乗車ください」

「まもなく34番線に列車が到着いたします。白線の内側までお下がりください」


 アナウンスが次々と重なり、警笛や走行音、発車メロディが入り混じる。

 まるで『音の洪水』のような駅構内。

 アルタイル共和国第二都市ベガの中央駅は、今日も多くの人でにぎわっていた。


 そんな喧騒の中、制服姿の少女がホームの端で心配そうに立ち尽くしている。


「ルナ、間に合うかなぁ……」


 白狼種(ウルフェ)特有の白髪と獣耳をへたらせ、碧眼の瞳で周囲を何度も見回す少女。

 彼女の名は、シア・トワイライト。

 ルナと同じ施設で育ち、共にアークレイ夫妻に引き取られた家族であり、親友。

 そして今日はルナの誕生日。

 彼女の大好きな物語を題材にした舞台のチケットを入手し、シアも張り切ってこの日を迎えたのだが……


「96番線北部スレイベル港行き魔導列車ギンガまもなく発車しまーす! 移動型劇場戦艦シアターシップへご出発のお客様は、六号車から九号車へご乗車ください。車両警備依頼の冒険者様につきましては先頭車両へご乗車ください」


 二人が乗車予定の列車の案内が流れ始めた。

 しかし、周囲を見回しても本日の主役の姿はまだ見当たらない。


「もぉ~、だから早く寝なよって言っといたのに~」


 軽く頬を膨らませたシアは、夜更かし常習犯である親友への愚痴をこぼす。

 既に他の乗客は続々と列車内に乗り込み始めている。

 いつ乗車口の扉が閉まってもおかしくない。

 シアは先に劇場に向かい一つ後の公演チケットを予約し直すことを考え、魔導列車ギンガの乗車口に足をかけて乗り込んだ時だった――


「ちょっと待ってぇぇぇええええええええ!!」


 駅のホームに響き渡る聞き慣れた声。

 シアが声の方へ視線を向けると、連絡路の階段を爆速で駆け下りる少女がいた。

 彼女は、肩口までの眩い金髪を翻し、颯爽と人混みを抜けていく。

 すかさずシアは、扉から身を乗り出して大きく手を振りながら合図を送った。


「ルナ! こっちだよ~!」

「いたっ!」


 茜色の瞳と碧眼の視線が交錯。

 だが、次の瞬間には乗車口の扉がプシューッと音を立て、ゆっくり閉まり始める。

 二人の距離は未だ15メートルほど開いており、周囲の人間は『間に合わないだろうな』という表情を浮かべた。


 しかし、ルナは鬼人種(オグレス)という身体能力の高い人種。

 加えて、彼女は一般人よりも多い魔力を肉体に宿す。

 そして、その魔力を体内で循環させる身体強化により爆発的に加速。

 地を蹴り、風を裂き、閉まりゆくドアの隙間へ身体をひねり込んだ。


「おりゃっ!」


 扉が完全に閉まる寸前のところで、どうにか乗車に成功。

 息を切らせながらもルナは笑い、両手を腰に当てて胸を張った。


「ふぅ~、ギリギリセーフ」


 周囲の乗客は、ルナの一連のアクロバティックな動きに『すげぇ』『おぉ』『お見事!』などと感嘆の声を漏らしていた。


「駆け込み乗車はご遠慮ください。それでは発車しまーす!」

「ごめんなさーい」


 ルナは明らかに自分のことだと自覚があるので、両手を前で合わせて謝罪のポーズを取る。そして目の前でプクーっと頬を膨らませ、可愛らしい顔で怒りを表すシアの方へと向き直った。


「私にもごめんなさいしないとだと思うんだけど、どうかな?」

「ごめんって。ワクワクしてたら眠れなくってさ」

「だから早めに寝なよって言ったのにー」

「へへっ、おかげで予習はバッチリだぜ♪」

「もー、反省してよね」


 いつもの調子で軽く会話を交わし、二人は自分たちの座席へ向かう。

 今日はルナの誕生日なので、シアが少し奮発して個室の座席を予約済み。

 その個室へ到着した二人は、中央の机を挟んで向かい合う形で着席。

 シアも腰を下ろしたところで、目の前に座るルナの服装に疑問を抱いた。


「ところで、なんで迷宮用の探索装束(ダンジョンウェア)なの?」

「あー、これね。めっちゃ急いでたし、身軽に動けるからね。むしろこれじゃなかったら間に合わなかったよ」


 そう言いつつ座席の背もたれに身を預けたルナは、上着のファスナーに手をかける。


 迷宮用の探索装束(ダンジョンウェア)とは、惑星迷宮(ダンジョン)を探索する際に着用する装備の一種だ。

 魔獣との戦闘や特殊な環境を想定したもので、魔術により様々な効果が付与された戦闘服。戦闘スタイルや適性によって、デザインも付与する術式も異なるが冒険者にとっての必需品。


 そんなルナの迷宮用探索装束ダンジョンウェアは、白地に赤のラインが走るフード付きのジャケット。魔獣の特殊素材で仕立てられており、軽量なうえに『再生』の術式が付与されているため、破損しても魔力を通せば修復可能な優れものだ。また、ジャケットの下に着込む黒のインナーには『硬化』の術式が刻まれており、魔力を流せば軽い斬撃や銃弾程度なら防ぐことができる。

 下半身は動きやすい黒のショートパンツに、アイテムポーチと銃やブレードを収めるホルスター付きのベルト。一見すると軽装な冒険者といった感じの装いになっている。


「シアだって学院の制服じゃん。お気に入りのワンピースで来ると思ったんだけどな」


 ルナの軽装冒険者ファッションに対し、シアは青と黒の格子柄のネクタイと紺色を基調としたブレザー制服姿で茶色のリュックを背負っている。この制服は二人が通うアステリズム魔導学院の制服であり、シアは所属するサポート科で早朝から実習があったためそのまま合流したという経緯。


 本来は、同じ家に住む二人だがシアは学院の寮に泊まり込み、()()()()()()()()()()()()()()()駅での合流となった。


「私も劇場で借りられるドレス着てみたくてさ。種類もいっぱいあるかなって」

「わかる! でもなー、シアの服選びは長いからな~」

「もぉ! 私だってルナが遅刻してきたからヒヤヒヤしながら待ってたんだからね!」

「はは、冗談だって。ごめんごめん」


 そんな二人がこれから向かうのは、移動型劇場戦艦シアターシップ。

 舞台装置を備えた飛空船で世界中を飛び回り、各地で公演を開く特殊な劇場。

 現在は、アルタイル共和国の玄関とも呼ばれるスレイベル港に停泊し、定期公演を開催している。このシアターシップでの公演は少し特殊な形式で、当日席に着くまで演目が分からない。


 厳密には、事前に発表されている二つの演目のうちどちらか一つが上演される形式となっている。そして今回の演目は、『最果ての英雄』と『愚者と約束の木』の二作品なのであった。


「ルナ的には、二つの演目どっちの物語が好きなの?」


 何気ないシアからの質問に対し、ルナは自分のバッグからお気に入りの二冊の本を取り出し机の上に置く。そして両方を見比べ、下顎に人差し指を添えて唸るように悩み始めた。


「うっわ、それ究極の質問じゃん! 三日くらい考えさせて!」

「長すぎだよ。今日の公演終わっちゃうよ」

「どっちも好きなんだけどなー、ワクワクの種類が違うんだよね。どっちも甲乙つけがたい」

「私は『最果ての英雄』の方が好きかな。愚者のお話は悲しくなっちゃうもん」

「分かるっ! 分かるけど、あの儚さも良いんだよ。あの一途な感じが……」


 コンコン


 魔導列車に揺られつつ、話に花を咲かせていると二人の個室のドアが軽く二回ノックされた。そのノック音に対しルナは、『待ってました!』と言わんばかりに即座に反応して扉を開く。


「軽食とお飲み物いかがですか?」


 二人のもとにやってきたのはお菓子や軽食、飲み物をカートに乗せた車内販売。

 販売員の女性に声をかけられたルナは右手を元気よく上に挙げた。


「はいはいはーい! 買いまーす!」

「ありがとうございます。こちらがメニュー表になります」


 メニュー表を受け取り、二人で一緒に目を通していく。この魔導列車の車内販売は、軽食と飲み物、デザートの三つに分かれており、それぞれ商品の写真と価格が記載されていた。


【軽食メニュー】

 ➀海妖弁当:1800メリー

 ②ジュエルフィッシュバーガー:1000メリー

 ③闘魚肉サンド:890メリー

 ④クラーケンの串焼き:480メリー

 ⑤冒険者チップス:200メリー


【ドリンクメニュー】

 ➀オーカス茶:300メリー

 ②果汁結晶入りの蜜柑水(クリスタルオレンジ):400メリー

 ③炭酸結晶入りの蜜柑水(シュワシュワオレンジ):500メリー

 ④焙煎結晶入りの珈琲(クリスタルコーヒー):600メリー


【デザート】

 ➀月花樹の果実(ムーンベリー)のアイス:720メリー

 ②陽光樹の果実(サニーベリー)のフルーツサンド:860メリー

 ③海林檎(うみりんご)のアップルパイ(本日限定):980メリー


「うっはぁ~、どれもめっちゃ美味しそうじゃん!」


 ルナが目をキラキラと輝かせながら、メニュー表にかじりつく。


 この魔導列車は、行先が海に面した北部地方ということもあり、軽食は海妖系魔獣の素材を使用したメニューが多く取り揃えられている。また、車内販売のためドリンクに関しては、茶葉や果汁を魔術で結晶化して圧縮、それをカップ内で溶かして飲む保存結晶入り飲料(クリスタルドリンク)のものが多い。デザートについてもどれもお洒落な袋に個包装されてお手頃価格で販売されていた。


「んん~、どうしよっかなー、お弁当は確定として、串焼きとあとこれも……」

「そんなにいっぱい食べるの?」

「せっかく遠出するわけだし、ちゃんと『食』も楽しまないと勿体ないじゃん」

「そうだけど、あんまり食べ過ぎたらドレス着れなくなっちゃうよ」

「ん~」


 ルナは再び顎に手を添えて考え込むポーズを取り、シアの碧眼の瞳と手元のメニュー表を交互に見比べる。そして三秒ほど悩んだ末に真剣な表情で答えを出した。


「シア。ここで食べなきゃ明日の私はきっと後悔する。私はね、食欲に負けるんじゃない。未来の私を悲しませたくないんだよ。と、ゆーことで! お姉さん! 海妖弁当三つとジュエルフィッシュバーガー四つ! あとクラーケンの串焼き六本と冒険者チップスも二袋ください! ドリンクは炭酸結晶入りの蜜柑水(シュワシュワオレンジ)で、デザートに月花樹の果実(ムーンベリー)のアイスと陽光樹の果実(サニーベリー)のフルーツサンド! クリーム増し増しで!」


 食欲に完全敗北を喫したルナは、メニューを制覇する勢いで次から次へと注文していった。そんな怒涛の注文を受ける販売員のお姉さんは、少し驚きこの個室座席の予約人数をチラリと再確認。その様子を隣で見ていたシアは、肩を竦めつつ聞こえないくらいの声量でポツリと呟いた。


「未来のルナは、食べ過ぎた~って後悔すると思うけどなぁ」


 ちなみにシアは、本日限定の海林檎のアップルパイと焙煎結晶入りの珈琲(クリスタルコーヒー)を注文した。海林檎は、天上の魔境『宇宙(うちゅう)』の一層に存在する銀河海峡(ぎんがかいきょう)産のもので滅多に市場に出回らない果物。通常の林檎に比べて糖度が高く、果汁も多くて瑞々しいのが特徴。なにより希少な素材なので、シアとしても一度味わってみたかったのが注文の決め手となった。


「んん~、これめっちゃ美味しい! シアも食べてみ!」

「ホントだ。美味しいね。あっ、こっちのアップルパイも美味しいよ」

「どれどれ……んっ! これは! さすが銀河海峡産の海林檎は一味違うね」


 二人の、主にルナが買い込んだ大量の食糧が机いっぱいに広がり、車両の個室座席にて小さな宴が開催された。二人は注文した料理を互いに口にして感想を言い合い、時には車窓からの風景を楽しみ、これから向かうシアターシップでの公演の演目について語り合う。


 そんな素敵な旅路のひと時はあっという間に過ぎ去っていく。

 大量にあった食料は、いつのまにか誰かさんによってペロリと平らげられていた。


「ぷはぁ、食べた食べた~」

「食べ過ぎだよ。よくそんなにお腹に入るね」

「まだイケるぜ。闘魚肉サンドも頼めばよかったかも」

「ダメでーす。さすがにこれ以上は太っちゃうよ。それに……」


 少し意地悪そうな笑みを浮かべたシアは、ルナが持ってきていた二冊の本のうちの『愚者と約束の木』を手に取った。そして、その本の()()()を指差しながらルナに問いかける。


「こんな風に理想の王子様に出会って、お姫様抱っこされた時に重たいって思われたら嫌でしょ?」


 『愚者と約束の木』の表紙は、男女が巨大樹の前で見つめ合い手を重ね合わせる姿。裏表紙は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。シアとしては、ルナの大好きな物語を引き合いに出せば暴飲暴食に歯止めをかけられる、そう思ったのだが……


「私の運命の王子様はそんなこと思いません~、カッコよくて力持ちだからね!」


 まだ出会ってもいない、出会うかどうかも分からない理想の相手を想像しながら、ルナは得意げに語る。そんな乙女な表情を浮かべるルナに対し、シアは致命傷になる一撃をお見舞いする。


「そんな理想高いから、恋愛経験ゼロ……」

「うぐっ……もう意地悪だなー。夢は大きく、理想は高くが私のモットーなの。それに……」


 ルナは少しいじけた面持ちのまま、車窓から外の景色へ視線を移す。

 その茜色の瞳に映るのは、この国の中心に佇む巨大樹。

 『愚者と約束の木』の作中に登場する伝説の木。

 ルナはその巨大樹を見つめ、少しだけ物思いにふけるような表情を浮かべた。


「いつかきっと会える。そんな気がするんだよね」


 理想の王子様と運命的な出会いを果たす、小さな女の子が抱くような幻想。

 本来なら夢物語のような話なのだが、ルナの勘はよく当たる。

 それを誰よりも知っているシアは優しく微笑んだ。


「じゃあ、そんな未来の王子様のためにも暴飲暴食はやめとこうね」

「ん~、仕方ない。明日から気を付ける。だから、闘魚肉サンドは帰り道に食べよっと♪」

「そこは今日から気をつけようよ」


 旅路を楽しむ二人を乗せた魔導列車は着々と目的地へ進んでいく。

 既に乗車から一時間ほど経過し、残りの旅路もあとわずかとなっていく。


「次は双星の丘~、次は双星の丘に止まります。お出口は左側です。車内にお忘れ物がないようお降りください」


 この先の星屑の森にある『双星の丘』に到着すると、目的地まで残り約20分。

 魔導列車での旅を満喫し、空腹を満たし、軽く睡眠も取って準備は万端。

 あとは、本日の演目がどちらに転んでもいいように最後の準備に取り掛かる。

 ルナはニヤリと笑みを浮かべ、まずは『最果ての英雄』の本を手に取った。


「さてと、最後の予習といきますか!」

『最果ての英雄』については5話に掲載されているので、次の話に進む前に読んでおくのがおススメです!

来週も土曜12時頃に更新予定です。

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