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神秘解戦~オルゴールプラネット~  作者: 白石誠吾
一章-後編「邂逅前夜」
13/23

Op.12「ルナ・トワイライト」

一章後編のヒロイン回スタートです。

 新星暦2007年


 白昼にカラフルな星屑が舞い落ちる初夏のとある日。

 金髪の少女ことルナ・トワイライトは運命の出会いを果たす。

 決して重なり合うことのない二つの影が交錯する。

 そんな奇跡が起こるより少し前、彼女は悪夢にうなされていた。


 『馬鹿げた夢を一人で追ってろよ』

 『落ちこぼれのはぐれ者のくせに』

 『そんなんだから親に捨てられたんだよ』

 『穢れた血め』

 『そんな夢、叶えられるわけないじゃん』


 ここは世界調和機構(せかいちょうわきこう)に加盟する同調国の一つアルタイル共和国。

 世界の北側に位置するネプチューン大陸の中でも指折りの他人種共生国家。

 冒険の足音が鳴り止まず、聖なる愚者の逸話が残るロマン溢れる国。

 その第二都市ベガにある小さな喫茶店の自室にて、ルナは悪夢から目を覚ました。


「うげっ、こんな日に嫌な夢みちゃったなぁ」


 ルナはベッドに寝そべったまま茜色の瞳を瞬かせ、天井を見上げてつぶやく。

 今日は18歳の誕生日。

 昨夜は好きな物語を読み込んで最高の気分で眠りについた。

 というのに寝起きは最悪。せっかくの誕生日を悪夢で迎えてしまった。


「はぁ~あ、せっかくならもっと心が躍るような夢を見させてよね」


 軽くため息をついて起き上がり、枕元にある七冊の本へ手を伸ばす。

 一つ一つを手に取り、タイトルを確認してベッド脇のテーブル上に積み上げていく。上から『愚者と約束の木』『最果ての英雄』『世界七大神秘』『惑星迷宮(ダンジョン)の歴史』『黒の魔法使いの旅』『海王星迷宮(ネプチューン)探索記』『黄昏の魔女』のタイトルがずらりと並ぶ。


 そして、ルナはその積み重ねられた本の中から特にお気に入りのタイトルを二つ手に取った。


「ふふっ、やーっぱこの二冊だよね」


 見比べるのは、『愚者と約束の木』と『最果ての英雄』の二冊。

 この二つの物語には特に思い入れが強く、幼い頃から何度も読み返し、心を躍らせ、憧れ続け、彼女自身が『夢』を抱くきっかけとなった物語。


 また、今日という日を迎えるに当たって昨日から何度も読み返した作品。

 ルナは両手に持つ本を交互に見比べて自然と笑みをこぼし、先程までの憂鬱な気分などいつの間にか吹き飛んでいた。


 ピーピッピピピピ


 そんな陽気な彼女に冷や水を浴びせるかのような機械音が足元から響く。


「うわっ、ビックリしたぁ」


 ルナは、ビクッと身を震わせ、地面に無造作に転がる全長20センチほどの小さな人型ロボットを拾い上げる。  

 これはサポート型アンドロイドSP-V46。通称シロ。

 日常生活から戦闘など多岐にわたってサポートしてくれる便利なアイテム。

 だというのに、ルナからは目覚ましの役割しか与えられぬ悲しきアイテム。


 そんな悲しき目覚ましロボより、無機質な音声で非情な宣告が告げられた。


「既に起床予定時刻を30分超過していマス」

「……は? えっ、えぇええええええ!?」

「また、シア様より三件メッセージが届いておりマス」


 ルナは頭が真っ白になった。

 今日は小さい頃から同じ施設で育ち、同じ家に引き取られた家族であり、親友のシアが自分の誕生日のために好きな物語の舞台チケットを用意してくれた特別な日。

 昨日から物語の予習は完璧。

 就寝前には13個のアラームをセットし、万全の状態で眠りについた。


「シロ。私さ、アラーム13個くらいかけてたよね?」

「13回すべてご自身の手で停止されまシタ」

「マジか!? なにやってんだ私っ!?」

「新記録デス。おめでとうございマス」

「そんなこと祝わんでええわ!」

「お誕生日もおめでとうございマス」

「私の誕生日はついでかよ、ってこんな言い合いしてる場合じゃない!」


 ルナはベッドから跳ねるように勢いよく飛び降り、パジャマを脱ぎ捨てていく。

 今日の観劇にはドレスコードが必要で、その衣装は会場で借りられる。

 なので、顔を洗い、歯を磨き、服を着替え、お気に入りの三日月のネックレスを首に通し、荷物をまとめ最低限の身支度を素早く済ませていく。


 そしてシアとの待ち合わせの時間まで残り30分ほど。

 『ギリギリ間に合うかな?』と、ルナが考え始めた時だった――


 机の上に置き直したサポート型アンドロイドから追い撃ちのお知らせが届く。


「シア様より通話要請が入っております。お繋ぎしまスカ?」


 普段はフワフワとした雰囲気で優しいが、怒らせると怖い親友からの連絡。

 ルナは自分の胸からギクッという音が聞こえ、顔を引き攣らせつつも応答せざるを得なかった。


「……うん、繋いで」

「かしこまりまシタ。少々お待ちくだサイ」


 一拍の間を置いて、室内に棘をたっぷりと含んだ柔らかい声が響く。


「お誕生日おめでと~。18歳で大人になったルナちゃんは~、まさかお寝坊なんてしてないよね?」

「うぐっ」


 シアは人生の半分以上を同じ家で過ごしてきた家族であり、親友。

 ルナは既に自分が寝坊したことなどシアに見抜かれていると確信した。

 もはや下手な誤魔化しなど時間の無駄。

 正直に白状し、謝罪する以外の選択肢はなかった。


「ごめんっ! ちょっと寝坊したぁあ! 今から猛ダッシュで行くから!」

「ふふっ、メッセージ送っても反応ないからそんなことだと思ったよ~」


 着替えながらシアとの会話も済ませ、ルナはウェストポーチ型のアイテムバッグに持ち物を詰め込んでいく。ハンカチ、ティッシュ、財布、通信用デバイス、携帯用のブレードに本日の舞台の演目となるお気に入りの二冊の本を入れて準備は万端。


 最後に、肩口まで伸びた少し色素の薄い金色の髪に鮮やかな差し色を添えるように、左耳の上へ赤いヘアピンを留めた。


「よーしっ! 準備完了っと!」


 悪夢にうなされ、アラーム13回突破の不名誉な記録付きの寝坊から始まった誕生日。気持ちを切り替えるために自分の頬を両手でパンっと叩き、ルナは勢いよく部屋を出た。


 ダンダンダンダンダンダン


 二階の自室から飛び出し、一階の喫茶店へ続く階段を勢いよく駆け下りる。

 一段下るごとに漂うコーヒーの香りが強くなり、香ばしいパンの匂いと相まって食欲を刺激される。


 ルナとしては、早起きして開店前の静かな喫茶店で優雅に朝食を済ませ、余裕を持ってシアと合流する予定だった。

 しかし、既にそのプランは自分自身の手で粉砕してしまった。

 今はただ、待ち合わせの場所へと急ぐのみ。


「ヤバい! ヤバい! ヤバーい! 遅刻するー!」


 ルナは、これ以上ないほど騒がしく階段を駆け下りていった。

 そして一階へ到着し、勢いそのままにバタンっと豪快に扉を開く。

 その先は、まるで別の世界。

 彼女にとっては、日常の世界が広がっている。


 まず、こぢんまりとした空間を満たすコーヒーの香りとパンを焼く匂い。

 加えて、心が落ち着くようなオルゴールの音色が店内に小さく響く。

 レトロな雰囲気のテーブルと椅子、棚に陳列されたお洒落なパンやケーキ。

 本棚には冒険譚や英雄譚、惑星迷宮(ダンジョン)に関する本が敷き詰められている。

 店内の全ての要素が調和し、幻想的な小さな別世界が形成されている。

 ここは『幻想喫茶キラキラ』。ルナが日常生活を送る家にして第二の職場。


 そんな幻想的な世界の中心から鬼の形相でルナを睨む人物がいた。


「このバカ娘っ! 朝っぱらから騒がしい! もっと静かに降りてきな!」


 赤茶色の髪を後ろで束ね、黒いエプロンを身に着けて力強くフライパンを掲げる初老の女性。その額からは鬼人種(オグレス)の特徴的な白い角が顔を出し、威圧感を増幅させている。この人物こそ、ルナの育ての母にして幻想喫茶キラキラの女将であるロアナ・アークレイだ。


「ゴメン! ほんっとにマジで緊急事態だから許して!」

「トイレなら向こうだよ」

「違うから! そっちの緊急事態じゃないから!」


 ルナはあらぬ誤解を解きつつ、カウンター内で開店準備を進める養母の前を忙しく横切って出入口の扉へ向かう。ロアナは、自分が育てた娘の落ち着きのなさに少し呆れつつも、変わらぬ日常の光景に幸せを噛み締め、軽く息を吐いた。

 そして、寝坊して朝食を食べ損ねたであろう忙しない娘に小さな袋を投げ渡す。


「ったく、これ持ってきな」


 ルナはその小袋を軽やかにキャッチし、中身を確認して満面の笑みを浮かべた。


「おぉ! メガロドンのサンドイッチじゃん!」

「ルナ、誕生日おめでとう。今年はもう少し落ち着いて成長してほしいもんだね」

「へへっ、お任せあれ~♪ ロア(ママ)もいつもありがとね」

「ビスタが外で待ってるよ。さっさと行きな」

「うん! いってきまーす!」


 好物のメガロドンの肉を挟んだサンドイッチを受け取り、微笑ましい親子の会話を済ませたルナは、カランカランとドアベルの音色を響かせ家を出た。

 店内に残されたのは、小さな鐘の残響と我が子の背中を見送る母の姿だった。


「乗れ」


 忙しなく扉から出てきたルナに、声とヘルメットを投げかけた大柄な男。

 魔導二輪バイクに跨り店先で待機していた熊人種ベアードの男こそ、ビスタ・アークレイ。

 ロアナの夫にして、ルナとシアの育ての父。

 彼は事前にシアから連絡を受け、ルナを送り届けるためにスタンバイしていた。


「ごめん! お待たせしましたーっと」

「出すぞ」

「おねがい!」


 ルナは、投げ渡されたヘルメットを装着しながら後部座席に飛び乗った。

 それと同時にアクセル全開。豪快なエンジン音を轟かせて勢いよく走りだした。

 そして30メートルほど進んだところで宙へ浮かび始める。

 二人が乗るのはエアバイク、正式名称は魔導二輪車。

 陸空両用の移動手段であり、魔導車こと魔導四輪車と併せて一般的な移動手段だ。


「しっかり掴まっていろ」

「おぉー! 速い! 速い!」


 規定の高度と速度を守りつつ、約40メートルの上空をバイクで駆け抜けていく。

 ルナはビスタのガッシリとした大きな背中にしがみつく。

 幼い頃から何度も何度もよじ登り、しがみついてきた背中に安心感と感謝を覚えつつ、より強くその身を寄せる。


 こうして二人が空を走り始めて十分後のことだった。


 突如として、二人が乗るエアバイクからピーッっという警告音が鳴り響いた。

 続いて、エンジン音が次第に萎むように小さくなっていく。

 ビスタの背後でメガロドンのサンドイッチを頬張っていたルナは気付かない。

 一方で、寡黙なビスタは数秒の沈黙の後、少し申し訳なさそうに口を開いた。


「ルナ」

「ん? どうしたの?」

「……魔力切れだ」

「えっ、えぇえええええええええ!?」


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 日常生活から戦闘まで何をするにおいても欠かせないのがこの魔力。

 このエアバイクこと魔導二輪車も例外ではなく、魔力なしでは動かせない。


「すまん」

「大丈夫だよ。むしろここまで連れてきてくれただけでありがたいよ。こっからは走っていくね♪」


 ルナは笑顔でそう言い残し、後部座席から躊躇うことなく飛び降りた。

 そんな破天荒な娘を見送りつつ、寡黙な父が送る言葉は一言だけだった。


「誕生日ケーキ、用意しておく」

「ありがと! 楽しみにしとくね! んじゃっ、いってきまーす!」


 ルナは手を振りながら、空中で体勢を整えて建物の屋上へ軽やかに着地。

 そこから大好きな街並みと巨大樹を一瞥し、約束の場所を目指す。

 人混みを、時には狭路を、またある時には空中さえも颯爽と駆け抜ける。

 風を切り、風を感じ、眩い金色の髪をなびかせ閃光の如く突き進む。


 白昼にカラフルな星屑が降る日、ルナ・トワイライトは走り出した。

一章後編は16話構成となってます。

残り15話で衝撃的な出会いを迎えるのでお見逃しなく!

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