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神秘解戦~オルゴールプラネット~  作者: 白石誠吾
第一章-前編「邂逅前夜」
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Op.10「希望」

 本来なら恐怖に呑まれ、絶望し、泣き喚いてもおかしくない。

 なのに、不思議なほど心は穏やかだった。

 命を諦めたわけでも、自暴自棄になったわけでもない。

 ただ、『この状況をどうにかできる』そんな万能感に近い感覚がある。


(……本当に、不思議だ)


 その要因は明白だった。

 俺の手に握られた、一振りの剣。

 ただそれだけで、恐怖も絶望も遠のいていく。

 理由は分からない。むしろ俺が知りたいくらいだ。

 当然、日本育ちの現代っ子な俺は剣など握ったこともない。

 それなのに何故か妙に手にしっくりと馴染む。

 まるで昔から共にあったかのように、確かな勇気と自信を与えてくれるのだ。


「さて、と……」


 手元の感覚に身を任せるように、俺はブレードを構えた。

 そして迫りくる巨大鮫を薙ぎ払うように一閃。


 ガッ――。


 短い断末魔と共に、鮮血が噴き上がる。

 赤い雨となって降り注ぎ、生臭さが空気を満たす。


 ――決着は一瞬だった。


 鮫の巨体は抵抗する間もなく両断され、鈍い音を立てて地面へと崩れ落ちる。

 血で深紅に染まる大地。

 対照的に、その瞳からは色が抜け落ちていく。

 命が消えていく、そんな残酷でどこか神秘的な光景。

 地に転がる獰猛な瞳はなお、俺を睨みつけているかのようだった。


「お前も俺を喰おうとしたんだから恨んでくれるなよ」


 一歩間違えば、地に伏して命を散らしていたのは俺の方だった。

 このブレード――光剣の存在がなければ、確実に喰い殺されていた。

 森で眠っていた時に見た悪夢が、そのまま現実になっていたに違いない。

 ここは仮面のお姉さんに感謝しないとな。

 まぁ、もうちょい色々と説明とかしてもらえていたらこんな状況になっていないわけだが……


 大きな感謝と小さな不満を抱きつつ、俺はブレードを地面に振り払う。

 青白い光を放つ刀身にこびりついた血が飛び散り、赤黒い雫が大地に散った。

 そしてその光の刃を肩に乗せ、海のように蒼い空を仰ぐ。


(鮫の水槽にでも放り込まれた気分だな)

 

 上空では、6体の巨大鮫がゆるりと旋回しながら、獲物を狙うようにこちらを窺っている。

 天地が逆転し、海が上にあるような光景にまだ目が慣れない。


(このまま諦めてどっか行ってくれると助かるんだけど……)


 お互いにおよそ30メートルの距離を隔てたまま、緊迫した沈黙が続く。

 数十秒が何倍にも引き伸ばされたように感じられる。

 息を呑むほどの睨み合い。

 そして――まるで合図を受けたかのように、残る6体のうち2体が動き出した。


「まぁ、そうなるよな」

 

 当然のように左右二手に分かれての挟撃。

 俺を囲い込むように連携していることからして、単なる獣とは思えない。

 そういや、さっき目を通した能力値指標(パラメーター)に『知能3』とか記載されていた。

 それが人間で言うどの程度の水準なのかは分からない。

 だが、油断できないことだけは確かだ。


「さて、鮫の解体ショーといきますか」


 完全に挟まれぬよう、常に背後に木や遮蔽物を背負うように立ち回る。

 先行して迫るのは2体。だが上空の4体の動きも一瞬たりとも見逃せない。

 加えて、今も次元層の虫喰穴(ワームホール)と呼ばれる黒穴から、魔獣という怪物が際限なく溢れ出しているはずだ。

 これ以上、数が膨れ上がる前にさっさと決着をつけなければならない。


「逃げてくりゃ、お互いに良い結果だったのになっ! っと!」


 右正面から突進してきたメガロドンの影が、俺に覆いかぶさる。

 その巨体に怯むことなく、容赦なくブレードを振り下ろした。

 脳天から顎までを真っ二つに裂くような一撃が、鮫の体を寸断する。


 ガッ――!


 鮫の断末魔が響くと同時に、背後から風を裂く鋭い気配。

 左後方から回り込んでいた別の個体が、巨体をくねらせ襲いかかってきた。

 俺は即座に体をひねり、振り下ろした勢いをそのままにブレードを振り上げる。

 弧を描く青白い光が空を切り裂き、襲い掛かった2体目の鮫をも斬り伏せた。


 ズゥン――


 鮫の巨体が鈍重な音を立てて地に崩れ落ち、血の飛沫が頬を濡らす。

 俺はその刺激的な余韻よりも今の一連の動きに驚いていた。


「……ふぅ。今の剣捌き、マジで俺か? どうなってんだこれ」


 他に誰もいないので、自画自賛するしかないが今の動きは我ながら見事だったと思う。

 それほどのキレのある動きと剣捌き。

 なぜこんな芸当ができるのかは分からない。

 ただ『できる』としか言いようのない感覚。

 新しい世界に来て俺の体も新世界仕様にバージョンアップされているとか?

 まぁ、そんな可能性を考え始めたらキリがない。

 今の俺は剣が扱える、その事実だけで十分だ。


「残るは4体か……」


 ここまでに3体を斬り伏せた。だが達成感に浸る暇などない。

 残りの4体は上空を悠々と漂いながらも、深紅の瞳だけは獲物を射抜くように俺を捉えている。

 逃げる気配など皆無。

 むしろ、狩りの時間を愉しんでいるかのようだ。


(簡単には狩られてやらねぇよ)


 内心で言葉を吐き捨てながら俺はクロの元へ戻ろうと、一歩ずつゆっくりと後退する。

 もちろん視線は切らさない。

 だが、その時だったーー


「なんだ……?」


 俺から距離を保っていた4体が、上空で同時に口を大きく開いたのだ。

 まるで合図でもあったかのように。


「そんなところで口を開いて何を……ただの威嚇行動か?」


 刹那、上空から漂う気配が一変した。

 鳥肌が立つ。背筋が冷える。


「……やべぇ。何か来るな、これ」


 当然、メガロドンたちがその行動の意味を教えてくれるわけはない。

 代わりに、ヒントを与えてくれたのは足元に転がるクロだった。


 ピーピッピピピピ


「高出力の魔力反応を探知しまシタ。周囲を警戒してくだサイ」


 もはや聞き慣れた機械音声で発せられた警告。


「高出力の魔力反応……? クロ! それって一体どういう――」


 問いを投げかけるよりも早く、その答えは最悪の形で突きつけられた。

 

「なっ――!?」 


 上空を旋回していた巨大鮫たちの口内に、血のように濃い紅蓮の光が渦巻き始めたのだ。

 距離があるにもかかわらず、肌を焼くような熱と圧迫感が伝わってくる。

 空気がビリビリと震え、全身の毛穴が総立ちになる。

 

「これは、さすがにヤバすぎるだろ」


 圧倒的なエネルギーを孕んだ紅蓮の輝きが、鮫たちの口腔に収束していく。

 しかも1体ではない。4体すべてが同時に紅蓮の光を灯していた。


「マジかよ!? クソっ――!」


 次の瞬間、四つの紅蓮の光球が一斉に吐き出された。

 それは殺意の雨のように降り注ぎ、着弾と同時に大地を抉る轟音と衝撃が奔る。

 荒れ狂う爆風が周囲の木々を薙ぎ倒し、俺の体を容赦なく吹き飛ばした。

 直撃こそ避けたものの、地面を転がりながら背中を木に叩きつけられる。


「ぐっ……痛ってぇな。そんなのもアリなのかよ……」


 額から垂れる血を拭い、全身の痛みに耐えながら右手のブレードを杖代わりにして立ち上がる。

 辺り一帯は爆風の影響で土煙に覆われ、視界はほとんどゼロ。

 これではメガロドンの動向を掴めない。

 ――だが逆に言えば、奴らも俺を視認できていない可能性が高い。


(弱らせたと思って噛みつきに来るか? それとも上空からの爆撃で確実に仕留めにくるか?)


 俺としては、後者の方が最悪のパターンだ。

 こちらには遠距離攻撃の術はないので、サメ共を仕留める手段がない。

 となると、最悪を想定して行動するべきだろう。


「視界も悪いし、どのみち動かないとヤバいな」


 爆風で吹き飛ばされ、地面に転がるクロを回収して速やかにこの場を離脱。

 そう判断を下し、右手にブレード。左手でクロを掴んで全力で駆け出した。


 その直後――


 ドンっという衝撃と共に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一瞬、最悪を想定して動き始めていた自分を自画自賛しかけたものの、すぐに別の疑問が頭をよぎる。


(どういうことだ?……なんで完全に俺の位置が把握されてんだ?)


 さっきの攻撃は、ピンポイントで俺のいた地点を狙ったかのようだった。

 土埃が舞い上がり視界は悪化しているはずだ。

 実際、俺の方からは上空の巨体の輪郭すらはっきり見えていない。

 それでも正確に位置を割り出してきたということは、あの鮫たちは何らかの手段でこちらを特定している証拠だ。


(嗅覚か? あるいは音か?)


 原因が分からなければ、どこまで逃げても追跡は続くだろう。


(そういや、あの鮫の生体情報に血の臭いや魔力に敏感って書いてあったな……他にも色々とスキルがあった気がする)


 脳裏でメガロドンの生体情報を反芻するが、周囲の状況が気になり思考が散る。

 ここは、早めに有能なロボに頼るべきだな。


「ハァ、ハァ……クロ。あの魔海の巨大鮫(メガロドン)たちは何でこっちの位置分かるんだよ」

「二つの可能性が考えられマス。第一に、嗅覚による感知デス。メガロドンには『超嗅覚』というスキルがあり、数十キロ離れていても血の匂いを嗅ぎ分けることが可能デス。第二に、()()()()デス。対象生物の魔力を感知し、その位置を正確に割り出しているコトが考えられマス」


 クロの説明に耳を傾けながらも、俺は周囲への警戒を解かなかった。

 しかし――


「なっ……!? クソッ!」


 再び上空から、紅蓮の光球が雨のように撃ち込まれる。

 またも直撃こそ免れたものの、直後に轟音と爆風が押し寄せた。

 全身が宙に弾き飛ばされ、地面を何度も転がる。

 肺が潰れるような衝撃と共に木の根に叩きつけられ、思わず呻き声が漏れた。


「うっ……ぐっ……」


 クロは少し離れた場所に転がり、ブレードも視界の端で地面に刺さっている。

 どちらも今すぐ回収したいが、満身創痍の体は言うことを聞かない。

 ただ起き上がるだけでも一苦労だった。

 それでも、地に手をつきながらゆっくりと体を起こす。


「……やっべぇ。こりゃ、本格的にマズいな……」


 やがて周囲を覆っていた土煙が薄れ、上空の青空が覗き始める。

 そして、その向こうから姿を現すのは――4体の魔海の巨大鮫(メガロドン)だった。

 獰猛な笑みを湛えた赤い瞳がこちらを射抜き、警戒しながらもじわじわと距離を詰めてくる。


(クソッ……まだ何か打つ手が……)


 唯一の武器であるブレードは、視界の先で地面に突き刺さったまま。

 仮面のお姉さんから託されたバッグも最初の爆撃で手放してしまっている。

 まぁ、開けば自滅確定の神秘のオルゴールが入っていただけなんだけど。


 つまり、4体の巨大鮫に対して、ボロボロの身一つ。

 森で見た悪夢が、今まさに現実になろうとしている。

 完全に詰んだ――そう思える状況だ。

 それでも、不思議と心は折れていない。

 むしろ、この極限の状況に高揚感すら覚え始めていた。


「あー、ははっ……マジで一か八かの場面だな」


 最悪の想定が現実となり、逆に笑いがこみ上げてくる。

 この窮地をひっくり返せる可能性があるとすれば、思い浮かぶものは一つだけ。

 悪夢に抗うのが悪夢だなんて、皮肉もいいところだ。


 本当なら、一か八かの奥の手に頼りたくはなかった。

 だが、奇跡でも起きない限り、この状況を打破する術はない。

 そして、もしそんな奇跡を起こせるとしたら……


「……魔法、しかないよな」

次回、一章前編が完結!お見逃しなく!

毎週、土曜12時頃に更新中。

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