九話 自衛隊
村に入った三人は村人たちに大いに歓迎された。
聞けば村人たちは最近突然現れたオーガに悩まされていたとのことで
彼らは非常にその中でも高度な知能を有していたとのことである。
その統率の取れた動きや、人間の活動が狭まる夜に攻め込んでくるなど
まるでその様は人間かのようであったとのことである。
また意図して村を全滅に追い込まなかったようで
これは彼らが村に寄生して食料を確保するという考えがあったようだ。
今回のオーガ襲撃もオーガ達は村の襲撃はブラフで
食料を大量に持っているであろう、ロレーヌの馬車が本命であったようだ。
いつもなら倍以上の数でオーガ達は攻め入ってくるらしい。
もし彼ら魔物に誤算があったとすればクリントとヤンというイレギュラーが
存在したことと言えるだろう。
彼らのこの世界の人間の戦い方とはかけ離れた戦術は
大いに魔物たちの目論見を狂わせたと考えられる。
そんなこんなで歓迎会が開かれ、彼らは村の酒場で大いに盛り上がる……。
はずだった。
村人はロレーヌをみて喜んだが、クリントとヤンが同行してることをみるや
酒場の空気は重くなってしまったのである。
結局人々はロレーヌに感謝の意を伝えてくるものの
クリントとヤンは腫れ物のように扱い、接してくるものはいなかった。
クリントとヤンは結局いつものように店の隅で酒を飲んでいた。
ヤンは珍しくクリントの肩を持つようなことを言った。
「呑気な連中だ、もしお主が居なければ
この村はまたオーガたちの群れに襲われてただろうに」
そういい、ヤンは乱雑に飲んでいたエールのジョッキをテーブルに叩きつけた。
そんな荒れた様子のヤンとは対象的にクリントはいつもの調子であった。
「結果的に俺達が来たことで助かる生命があった。それでいいじゃないか」
その言葉が癪に障ったのか、ヤンは更にテーブルをバン!と叩くとクリントに噛みつく。
「無欲なのも結構だが、そんな物は痩せ我慢と同じだ。
いつかは我慢できない時がやってくるぞ」
そんなヤンに対してクリントは力強く、輝いた目つきで、堂々とした表情で言った。
「そんな物は俺が戦いを始めた時からなかった。
だが俺達は決して折れることはなかった。
全員ではないが俺達のことを理解してくれる人達がいる。
それが俺達にとっての誇りなんだ」
そういうクリントはどこか遠くの何かをみているようでもあった。
そんな自信に満ちたクリントに気圧されて珍しくヤンは黙りこくってしまった。
カウンター席ではロレーヌが村の人々に次々と謝辞を受け取っており
その表情には笑顔が貼り付けてあった。
「ロレーヌも大変だな、まぁそういう商売だと言われればそれまでかもしれんがな」
ヤンはまだ不服そうな態度を崩していなかった。
基本酒を飲んでいない時のヤンはいつも不機嫌そうだが
酒を飲んでいても不機嫌なときは不機嫌なのが困った人物であった。
そんなとき、クリントとヤンの席に小さな女の子がやってきた。
女の子はボソリと言う。
「村をおそってくるオーガをたおしてくれたのっておじさんたちってほんとう?」
すると珍しくクリントが優しい顔をして女の子に答える。
「ああそうだよ、おじさんたちがいる間はこの村には魔物は全部倒しちゃうぞ」
そういうと女の子はにこやかな表情を浮かべていった。
「ほんとうに?」
「ああ、本当だ」
「ありがとう、これあげる!」
そういうと女の子は名も知れぬ一輪の花をクリントとヤンに差し出した。
「こちらこそありがとう」と笑顔で答えるクリントに対して
黙ってブスッとした顔をしたまま受け取るヤンであったが
女の子は最後にぎこちなくお辞儀をして去っていった。
「へー。みーちゃった」
そこには少しだけ頬を赤らめたロレーヌがやってきた。
街のほとんどの人から注がれて酒を飲んでいたせいかロレーヌも
些か酔いが回っているようにも見える。
「ふん、くだらん」
そういうとヤンは女の子に貰った花を適当にテーブルに投げるようにして放り投げ
再びエールをガブガブと飲み続けている。
一方でそんなもう一輪の花をクリントは大事そうに胸のポケットに差していた。
「クリント、あんたー、もうちょっと他の人ともそういう接し方できないのー?
さっきのみてたわよー、女の子嬉しそうだったわねぇ」
ロレーヌはドサッとクリントの隣に座るとクリントにより掛かるように体を寄せる。
しかしクリントはそれ以上の感情の変化を見せる様子はなかった。
それをみてかロレーヌは更にクリントに絡む。
「あんたさー、私や他の大人にもそうだけど冷たいわよねぇー。
なんなの? 子どもにしか興味がないとかそういう奴?」
一瞬だけクリントはぎろっとロレーヌを見たが、やはり反応は返ってこなかった。
一方で酒をがぶ飲みするヤンはクリントの考えを斬って捨てた。
「自己犠牲が悪いとは言わんが、お前のは度が過ぎている
誰しもが傷つかない世界でも目指しとるんかお前は」
再び目に強い力が入ったクリントがヤンの方を見る。
ヤンもヤンで負けじとクリントを睨みつける。
そんな二人をみてロレーヌは嫉妬するかのようにクリントに体を押し付けて言う。
「もーなんで二人ばっかりで話するのよー私も仲間でしょ!違うのぉ?」
するとクリントはやれやれという表情をしながら語り始めた。
「今よりずっと前の時代の話だ、俺の国はとても平和な国でな。
先に大きな戦争があった。その国はその時に一つの誓いを宣言した。
それは戦争の根絶、不戦の誓いだ」
「フン、馬鹿げてる」
「ヤン先生少し黙ってて!」
ヤンはすかさずヤジをいれるもロレーヌに睨まれて黙ってしまった。
そう言われると少しだけ間を置いてクリントは続ける。
「ヤンのいうことは間違っちゃいない。そんな事はありえないんだ。
内心みんなわかっていた。だから自衛隊という組織が生まれた」
「へぇ、そんな国があったのね、私もだいぶ色んな国を渡り歩いたけれども
そんな国の話きいた事もなかったわ」
「ずっと遠くの話さ」
そう言うとクリントはビールを一口だけのみ、話を続ける。
「時代が時代だった。俺達は自衛隊という名の実質的軍隊だった。
平和な国の不戦の誓いを立てた国に相応しくない組織だということで
随分と罵られたものだよ。しかし俺達はみんなそれぞれの思いで
厳しい訓練を続けていたよ」
「よくそんな状態で軍が維持できたわね?」
ロレーヌはクリントにもたれかかるのを止めて彼の話に集中していた。
「まぁ建前上はみんな平和の維持のために必要だと理解していたからな」
そう言うとまた一口、大きくビールを口に含んで飲み干すと彼は言った。
「俺はそれまで人を殺したことすらなかったんだ」
そういうと顔を下に向けてテーブルに向けて喋るかのように続けた。
「こっちの方に来て俺は戦争にひっきりなしに駆り出された。
こっちは魔王の侵攻の影響でみんな明日の飯にも食いっぱぐれる状況だ。
小さな小競り合いから国同士のいざこざ、ひっぱりだこだった」
そういうと彼は片手をテーブルの上に出すとそこに青白い光が放たれ
それは弾丸の形をしており、すぐにそれは霧散していった。
「俺のこの能力、今日みて思ったことはないか?」
ロレーヌは悩んでいたが……ヤンがかわりに回答した。
「人を殺すのに特化しておるな」
「そういうことだ……たくさん殺した。数えるのは難しいぐらいにはな」
珍しくロレーヌは理解できないという苦悶の表情を浮かべつつ言う。
「でも戦争で人を沢山殺してるのは貴方だけじゃないでしょう?
貴方が嫌われている理由は……」
そこまでいいかけてロレーヌは口をつむぐ。
しかし「いいんだ」と言わんばかりに片手を上げてクリントは続けた。
「俺は人に死んでほしくなかったんだ。それが俺が戦う理由だからだ。
しかしその考え方はここでは普通の考え方じゃない。
気がつけば俺は人を殺すために戦場に出続けていると思われるようになった。
それからだよ、疎まれるようになったのは」
そんな話を黙って聞いているとヤンは握っていたジョッキをテーブルに叩きつけて
ジョッキ自体を破壊してしまった。
「実にくだらん。そんな子供じみた理想のためにお前は泥をかぶってるのか?」
「そうだ」
その言葉には一つの揺らぎも存在しなかった。
「なーんだ、良かった」
ロレーヌはとても晴れやかな表情をして言う。
一方で困惑する表情の二人に対して彼女は言った。
「私の見立てが正しかったことよ。クリントも、ヤン先生も
とても人間らしくて魅力的で、仲間として相応しい人物だと思うわ」
「俺が? 魅力的?」
ハッっと馬鹿にするように口にしてクリントは立ち上がる。
「どこに行くの?」
「酔っ払って喋りすぎたんでね、明日に備えてもう寝るよ」
そういうとクリントはそそくさと外へとでていってしまった。
「……惜しい男よ」
ヤンはぶち壊したジョッキを交換してもらい、またエールをのみ続けていた。
「アレだけの精神性を持つ男だ、立ち回りを間違っていなければ今頃は
魔王討伐軍にも推薦されて参加していただろうに」
「先生もそういえば討伐軍に志願されていたんでしたっけ?」
そういうと不愉快そうな顔が不敵に微笑む。
「ああ、ぜひとも魔王とやらと一手手合わせ願いたくてな」
相変わらずの戦闘狂っぷりにロレーヌは苦笑いをした。