七話 千五百キロメートル
二人の視線を浴びるロレーヌは困った表情を顕にするが
疑惑の目線は変わることはない。
ため息を付きながらもロレーヌはヤンの顔を見て発言した。
「実は私は皇帝陛下に対しては強い反感を持っています」
その発言にクリントは少なからず顔色を変えた。
「本気で言ってるのか?」
「何度も口にして良い言葉ではないことはわかりますわよね?」
しかし一方でヤンの目つきは一向に変わることはない。
「それで?」
「ただ私は『大多数』ではなく、こぼれ落ちた少数に興味がある。
今はそれ以上のことを言うことは出来ません。
これ以上のことを言うのは私のリスクに釣り合っていませんので」
そういうとヤンは「ふんっ」と小馬鹿にしたような笑いを込めていった。
まだ顔には不服であると書いてあるような表情である。
「商人風情が大きく出たな。まぁいい、私もこぼれ落ちた少数側ということで
お前のパーティに加わってやる、しかし前にも言ったが
気に入らなければさっさと抜けるからな」
「今はそれだけ約束していただけるなら結構ですわ」
あくまでもロレーヌは余裕の表情を崩すことはなかった。
そんな一悶着があったあとの昼下がり。
三人は再び酒場に集まっていた。
酒場は開店していたが、あいにくと他の客は居ないようで
まともに客と言えるのはエールをがぶ飲みしているヤンぐらいなものだった。
「マスター、その情報は確かなのかしら?」
「さぁねぇ、ここらへんももうまともな冒険者も少なくなってきてて
逃げ帰ってきた人間の妄言なのか、ただの風の噂なのかはちょっとな。
ただ本当なら生きて帰れんかもしれん。迂回するのをおすすめするぜ」
クリントは酒場の入口に佇んで外の様子をうかがっていた。
あくまでも会話に参加しているのはロレーヌと酒場のマスターだけという状態である。
ロレーヌとマスターはお互いに難しい顔をしていた。
次に向かおうとしている村がオーガの襲撃を受けて壊滅しているという話である。
珍しくクリントが話を切り出す。
「で、その村にはいかないのか?」
その反応にロレーヌは妖艶な笑みを浮かべてクリントを見た。
「あら、貴方はその村に行きたいのかしら?」
「……」
しかしクリントは答えない。
畳み掛けるようにロレーヌは続けた。
「面倒事は嫌、とでもいいたいのかしら?」
ロレーヌが言うとクリントはロレーヌをまっすぐ見据えて言う。
「そうは言っていない、ただ助かる命があるなら向かうのも悪くはない」
その言葉にロレーヌはとても嬉しそうな表情を浮かべる。
「貴方からそんな言葉が聞けるとは思ってもいなかったわ!
てっきり不平不満でも言われるかと思ってましたから」
そう言われるとクリントはもう言うことはないと言わんばかりに
視線を再び酒場の外に戻した。
ヤンが酒を飲みながら野次るようにいった。
「めんどくさいやつだ、助けに行くべきだと素直になんで言えんのだか……」
そういいつつ、顔が赤らんだ拳士はエールをガバガバと飲んでいる。
ちなみにこれは全てロレーヌの支払いである。
ロレーヌはヤンのほうをみるとやれやれと言った表情を浮かべる。
「先生、それは言ってはいけないお約束、というやつですわ。
わたくしはクリントの口からその言葉を聞きたかったのですよ」
クリントは外を見たままぼそっと一言言う。
「俺が本当にそんな事を言うと思っているのか?」
その言葉を売り言葉と取ったのかヤンが噛みつく。
「ほう、つまりお主はオーガ如きに後れを取ると?」
ヤンは再び酒を飲み、挑発的な目線をクリントに送るが
クリントは我関せずといった様子であった。
ロレーヌが場をまとめるように言う。
「まぁつまりこの場の意見をまとめると行くということでいいわね。
私もどのみち行かない選択肢は取るつもりはなかったのでちょうどよかったわ」
そんなロレーヌに心配そうにマスターは声を掛ける。
「あんたが旅慣れてるのは知っているが、たかだか護衛二人で大丈夫か?」
「もし本当に襲われているのであれば助けることが出来るかも知れません。
本当に無理そうならば逃げて戻ってくればいいだけのこと。
そのへんの匙加減だけは何故か今まで間違えたことがなくて
ここまで商売を続けてこれたのよ」
そういうとロレーヌは周りの男衆に声を掛ける。
「さあ、隣町までは二日もあればつくはずよ、出かける準備をしましょう」
「くれぐれも気を付けてな、私もこの地域で働く商人がいなくなると
生活が立ち行かなくなる」
「ありがとうマスター、必ず戻ってくるわ」
そういうと三人はそれぞれの立ち姿で酒場をあとにした。
それぞれが幌馬車に乗り込み早速村を出立すると
馬車の中では相変わらずヤンがエールを飲み続けていた。
そんな様子をロレーヌは馬の上から楽しげに見ていた。
クリントは言った。
「爺さん、いつまで飲んでるつもりだ、体に障るぞ」
そんな事を言われるも気にせず飲み続けるヤン。
「酒を飲むか拳を振るってる事以外楽しみがないからな。
魔物が現れたら仕事をするからその間は好きにさせてもらうぞ」
「逆にクリントは休まなくていいのかしら?」
ロレーヌは前を見ながらもクリントに問いかける。
「実際、むしろ手綱を握ったりするのも代わらなくていいのかと思ってるほどだ。
警備ぐらいはきっちりするのが筋だ」
そんな頑ななクリントにロレーヌは愉快そうな声で答える。
「律儀ね、馬の面倒は私が見るわ、私も暇を持て余すのはあまり得意じゃなくてね。
なにかしてないと手持ち無沙汰なのよ」
結局のところ三人は似たもの同時なのであった。
そんな手持ち無沙汰なせいか、クリントが話しかける。
「ところでさっきの話だと次の村はオーガに襲われてるらしいな」
「あらー? 気になるのかしら?」
積極的に話しかけるクリントに対してロレーヌは少しおちょくるような調子で言う。
ヤンは相変わらず酒を飲み続けていた。
「俺はこの爺さんと違ってするべき仕事はする。
次の行き先に障害があるなら予め打ち合わせはしておくべきだと言っている」
「打ち合わせねぇ、と言っても、いるかどうかわからないのよ?
対応できるなら倒せばいいけれど駄目なら逃げるぐらいしかないんじゃない?」
そんな酒場のマスターにも話していた会話をするとクリントは肩をすくめて
ため息を付いた。
「よくそんな適当なことで今までやってこれたな」
「何故かその適当さでやってこれちゃったのよねぇ」
馬を操り続けるロレーヌに対してクリントは目を向ける。
踊り子も兼業している彼女のガラベイヤ姿は後ろ姿でも見栄えのする姿である。
クリントからみても彼女はかなりの若年である。
歳も外見上は二十代といったところだろうか。
妖艶な姿や立ち振舞が目立つが、よく観察すればまだ色気よりは若さといった具合である。
この護衛二人からみても例外ではなく、誰が見ても彼女は異様な存在ではあった。
「明日には村にたどり着くと思うがどうだ?」
クリントは話を続けた。
「そうねぇ、多分そのぐらいになると思うけど」
「なるべく村の距離が離れた場所で直線が開けている場所に馬車を止めてくれ」
ちらりとロレーヌは後ろのクリントを見つつ言う
「ふぅん、なにか面白いことを見せてくれるのかしら?」
「もしオーガが村を襲撃しているようであれば距離千五百キロメートルから狙撃する」
「……キロメートル?狙撃?」
いずれもこの世界には存在しない定義であった。
クリントはめんどくさそうに頭をかくと手元に魔力を集中させ始めた。
青白い光が手元に集中し、それはいつもの鉄の塊を生成するよりも長時間。
加えてより激しく光り輝き、約十秒ほどで筒状の小型のアイテムを生成した。
「あら、望遠鏡?! そんなものも作れるなら交易品、
買うよりも作ってもらうほうが安上がりかしら?
でも随分小さいわね」
そんな軽口を叩くロレーヌに対してクリントは額から汗を流していた。
そんな望遠鏡をロレーヌに投げつけるとロレーヌは慌ててそれをキャッチした。
この時代の望遠鏡は極めて高価なもので大型なものがほとんどであった。
「もう、危ないじゃない。そもそもこれ貴方の魔法って時間が立ったら消えるんじゃないの?」
文句を言いつつもしっかりと手綱を握り、馬をコントロールしている。
一方で疲れた表情をしながらもクリントは答えた。
「それはいつもの数十倍のマナを使って作ったから消滅しない。
かわりに物質を消失しないようにするのは非効率的なんであんまりしないんだ」
「すごーい、これこんなに小さいのにだいぶ遠くまで見えるのね。
おまけに頑丈そうよ」
クリントの説明をまるで聞いてなかったようにはしゃいで望遠鏡を覗くロレーヌ。
互いに無視した会話が続く。
「その望遠鏡で村が観察できる位置でオーガがいたら止めてくれ。
なるべく見えるなら距離は遠いほどいい」
「なんだかわからないけどそうしてみるわ」
ロレーヌはわかってるのかわかってないのか、ふわっとした返事をし
三者三様の時間は流れていった。