表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の弾丸  作者: ぷりんせすこうたろう
第一章 出会いの書
5/39

五話 神槍

酒場の夜から一夜明けてロレーヌは静かに体を起こした。

昨晩は馬車にて就寝すると言っていたクリントは

確かに寝る前には自前のマントにくるまって、壁を背に休んでいたが

朝起きると彼は既に居なかった。


まだ朝日が登る程度であったが、暖かく差しこむ光は

今日の晴天を告げていた。


ロレーヌが幌馬車を降りたとき、彼の姿は馬のそばにあった。

朝日を浴びながら黙々と世話をする姿に、彼女は小さく手を振る。


クリントは顔を向けるだけ向けて、再び馬のブラッシングをしていた。

心なしかクリントの表情は少しだけ晴れ渡ってるように見えるのは

朝日がさしているからだろうか。


まだまだ朝は早く、小さな村のこともあり人気はなかった。


「おはよう、まさか馬の世話までしてくれるとは思わなかったわ」


そんな軽口を叩いてみるも彼は特に何を言うでもなく

ひたすら馬の毛並みを整えていた。


「馬が好きなの?」


ロレーヌは彼に近寄り言った。

相変わらず彼は微動だりせずに答える。


「馬の状態を整えておくことは大事だ。

 俺達が五体満足でも馬が調子を崩せばそれだけで立ち往生してしまうからな」


そういう彼は念入りに手入れをしていた。


「しかし……よく手入れがされてる。手入れは全部自分でしてるのか?」

「ふふっ、私が手入れをしそうに見える?」


相変わらず顔を向けずにひたすら馬の状態を確認しながらクリントは言う。


「ここらの村の馬丁に任せたならここまで手入れをしてくれなそうだなと。

 ただそうおもっただけだ」


彼は馬のブラッシングを終えると道具を馬車の中に詰め込み

再び現れると、いつもの厳しい顔つきに戻ったかのような

雰囲気を漂わせて歩き始めた。


「朝からどこに出かけるの?」


と問いかけるロレーヌに対して彼は珍しく顔を見て答えてきた。


「早朝から騒々しい奴がいるから苦情の一言でも言ってやろうかと思ってな」


ーーズシーン、ズシーン、ズシーン。


それは確かに、しかしかなり遠くの方から耳を済ませると聞こえる。

何らかの衝撃音。さらになにかがたくさん擦れるような音がする。


近くではない、しかし遠くだからこそ感じる違和感。


「あんたはゆっくりしてればいい」


そういうとクリントは黙って歩き始める。

ロレーヌはそれに付き添うように歩き始めた。


「面倒事になるかも知れないのにご苦労なことだ」


しかしロレーヌの表情は楽しげである。


「それはない。に、一ゴールドかけてもいいわ」


するとクリントはピタッと歩くのを止めてロレーヌに振り返った。


「なぜそう思う?」

「簡単よ、貴方は面倒事が嫌いだから。

 それより、貴方がわざわざ行く理由が知りたいわ」


「なら先に一ゴールドを受け取っておかないといけないな」


といいつつクリントは再び音の方へと歩きながらやれやれと掌を挙げた。



馬車から辛うじて見える距離にあった大木。

直径五十センチメートルはあろうかというその巨木を

激しく揺るがせるほどの衝撃音を発生させている、その人物は

意外にも小柄な壮年の男であった。


近づくにつれてその爆音は響き渡り

ドガーーーーーン!と身近にいるものを怯えさせるのには十分な

迫力のある音を立てていた。


男は激しく木を掌で叩きつけていたが、そのたびにただの人では

揺らすことも叶わぬ大木が身を震わせ、葉っぱが激しくこすれて落ちてくる。

心なしか男がうち続けた木の表面は摩耗しており、根はめくれ上がり

殴られた方向に巨木が若干倒れかかっていた。


しかしその男はクリントが近くに近づいているのに気がつくと

大木を殴りつけるのを止めて、クリントに対してまるで睨むかのように視線を送った。


顔には年相応しくシワが刻まれているが、そのシワは単に取った歳だけではなく

クリントとも違う、所謂激しさを感じさせる表情を浮かべている。


男はクリントの方を見ると更に眉間にシワが寄り、更に険しい表情を向けたが

それに応じるようにクリントはだらりと両手を上げて無抵抗の意思を示した。

しかし男の厳しい目つきは変わらない。


距離がつまり、次に男の目線はロレーヌに向いた。

ロレーヌは恭しく、若干距離がありながらも礼をすると

男はしばらくロレーヌを睨みつけ続けていたが「フンッ」と顔を背けるだけだった。


会話する距離まで近づくと老人はその体から立ち上る圧倒的マナを荒立てるように

周囲に放ち始めた。

マナは通常目視できるものではない。

魔法の心得があるものであれば、注視することで確認することも出来るが、

壮年の男のそれはあまりに強大であり

注視するまでもなく空間が揺らめきたつように目視することが可能であった。


そんな男の前にクリントは断つと、ぼそっと「済まない」と声をかけた。

相変わらずそんなクリントに厳しい視線を送る男に対して

ロレーヌは改めて挨拶をした。


「初めてお目にかかります、私旅の商人をしておりますロレーヌと申します。

 もしや貴方様はかの名高き『拳士』と呼ばれるヤン先生では?」


すると男は少しだけ表情が和らぎ、答えた。


「如何にも。私がヤンだ。して、貴方はこの男とはどのような関係で?」


そういいつつも再びヤンはクリントの方を睨みつける。


『拳士』。それはこの剣と魔法の世界に生きる住人の世界において

己の拳だけで戦う極めて異端な戦闘スタイルで数々の対人試合において

勝利を重ねてきたヤンを称える通り名であった。


「クリントは私の雇った護衛……ですが、先生とは既に知り合いだったみたいですね?」

「というわけだ、先生。今怪我をするのは仕事をキッチリできなくなるんでね。

 あんたとは先約ではあったが、済まないが『決闘』は先延ばしに出来ないか?」


そういい、クリントはロレーヌを見た。

ロレーヌは「ふーん?」といいつつ二人を面白そうだという表情で見た。


しかしヤンはその「やり口」に納得しなかった。


「おい、クリント。お前この女を連れてくればワシが納得するとでもいいたげだな?」


ヤンからは更に闘気が立ち上るかのように空気を震わせてマナが放出されている。

そんな煽るヤンに対してクリントはあくまでも冷静だった。


「個人的事情と仕事なら仕事優先。あたり前のことを言わせないでくれ」


と、あくまでも冷めた調子にヤンは更に怒りを募らせている様子である。

そんな様子をあくまでも傍観者としてみていたロレーヌをは口を挟んだ。


「ヤン先生、こちらのクリントとの事情はわかりませぬが

 私としましては、先生のほうの事情を優先していただいて構わないと

 おもってますの」


その回答にクリントは苦虫を潰したような顔をし、ヤンはニヤリとした表情を浮かべる。

そのままロレーヌは続けた。


「ただし、私は彼を護衛として雇ってますので護衛が居なくなってしまうのは

 些か困りますわ……というわけで、どちらか生き残ったほうが

 私の護衛を引き続き続けていただくというのは如何でしょうか?」


そう、恭しく離し続けるロレーヌに対してクリントは不満げに声を上げた。


「勝手に話を進めるな、これは俺とこのジジイとの問題だ」

「おいこらジジイだと? ワシはまだ51だ!」

「十分ジジイだ。おまけに凶暴と来てる」


そんないがみ合う男二人をなだめるかのようにロレーヌは語る。

「私は別に契約を一方的に破棄するつもりもないですし

 お二人が両方怪我をなされても約束通り賃金は支払います。

 なのでご自由になさってもらって構わないということですよ」


そういうロレーヌはあくまでも楽しげである。

そんな調子でヤンはクリントに向けて挑発的な目線で話を進めた。


「お主の雇用主は話がよくわかって助かるのぉ?

 というわけで、予定通りワシと試合をしてもらおうか」

「……爺さん、殺したら呪ってやるからな」

「お主が強ければ死にはせんじゃろう、せいぜい気張ることだ」






こうしてロレーヌを立会人にクリントとヤンの決闘が始まった。

基本的に決闘は剣と剣が交えるギリギリの距離から始まるが

決まったルールはない。

ましてこの二人の扱う戦闘スタイルはあまりに公平感がなかった。


クリントは当然の権利と言わんばかりに十メートル距離を取ったがヤンは

特にどこでもいいという様子である。


ロレーヌはお互いに銅貨を示すようにみせると、それを親指の上に乗せて

前触れもなく弾きあげた。


お互いにそれが地面に落ちた時点で開始だと理解する。

銅貨はくるくると回転して、互いの緊迫感を切り裂くように地面へと落下した。


瞬間、どちらも行動に入った。

ヤンはほぼ一直線にクリントに向かい突撃を初めた。

拳士の通り名通り彼には武器はおろか、防具も存在しない。


一方のクリントはロレーヌとの旅で見せたあの鉄の塊……ではない別の形の物を生成した。

まるでパイプ状のように長いその武器、ショットガンを構えるとクリントは容赦なく

突進してくるヤンに向かって発砲した。


その瞬間既にヤンは距離を残り五メートルまでつめていたが、直角に曲がるように散弾を回避した。

魔法使いとの立ち会いとも慣れているヤンにとっては散弾といえど大きな火球のようなものと

さほど大きな差はなく、ジグザグに、不均一な軌道をとってどんどん距離を詰めていく。


バシューン! バシューン! バシューン!


都合3発までクリントはヤンに向かって散弾を撃ったが、ヤンにはかすりもしなかった。

すぐにクリントは銃を捨て、腰に下げていたナイフを抜き取り構えた。


その様子をみてヤンは左右の拳に込めていたマナを急速に縮小させた。

それは明らかにヤンの手抜きであった。

クリントは構わず、ヤンに対してナイフでの格闘戦を挑んだ。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ