七話 銃弾
パァーンッ……
乾いたその銃声はアンドレの体をかろうじて躱し
ラウの心臓めがけて命中した。
ラウとアンドレはだいぶ予定の地点に近づきつつあったが
アンドレの状態はあまり良くなさそうに思える。
致命傷を負いそうになるアンドレを味方の団員がかばいつつ
そのたびにその団員はまるで木の葉のようにラウの大剣によって
吹き飛ばされて、二度と動くことはなくなっている。
当然だ、一般的人間は自分の身長の二倍も高く吹き飛ばされて落下した場合
まともに受け身を取れなければ死に至る可能性すらある。
しかしその大剣で切られた者が受け身など取る余裕もなく
既に叩き切られた時点で絶命しているのかも知れない。
この手の引きつけやら陽動やらはアンドレは得意としていたと言ってもいい。
小賢しいことをやらせれば一流。そういう小さな積み重ねを
蔑ろにしないことで大きなヘタを打たないのがアンドレという男だった。
そんな男が大勝負にでてまで必死にラウを引き付けていた。
そうして夕日が眩しくなる時間帯。
狙撃にはあまり向かないが贅沢など言っていられない。
ようやくスコープでアンドレとラウを捉えられる距離になっていた。
アンドレは想像以上に苦戦しており、そこら中に切り傷があり
彼の愛用している片手剣は真ん中からポッキリと折れてしまっていた。
一方のラウはといえば大した怪我はおっておらず
まだまだ体力も削れている様子もない。
猛獣の二つ名通り、化け物じみた男である。
まだ狙撃ポイントには若干の距離はあるが
俺は独断で狙撃を決行することにした。
正直もうアンドレはあれ以上引き伸ばすのはあまりにリスクが大きすぎる。
どんなトリックを使ったかはしらないがラウがここまで攻めてくるのは
本来戦術、戦略上全く意味のない行為であり
これはアンドレの策略によって成り立っていると判断するべきである。
その場合、もしアンドレが倒れてしまった場合
ラウは冷静さを取り戻し、直ちに兵を下げる可能性が極めて高い。
それではアンドレのここまでの犠牲を払ってまでの行為が無駄になる。
俺は直ちにラウを殺すべく、銃身をラウに向ける。
向けるはアンチマテリアルライフル。
何らかの魔法による特注の防具である可能性も考え
対物ライフルを構えている。
鎧の硬いドラゴンなどには意味をなさないが
恐らく生身の人間であれば仮に鎧が原型を保ったとしても
衝撃で中身の人間は死ぬだろう。
だがアンドレは俺の狙撃に一つ注文をつけていた。
それは頭を狙わないこと、特に顔は絶対に避けるようにとのことだった。
これは当たり前ではあるのだが、死体の顔が判別できなければ
報奨が得られないためである。
正直ラウという男は全身を金属鎧に身をまとっているため
撃ち抜けないとは思わないが頭を狙ったほうが
確実性は高いと考えていたため、念の為二、三発打ち込むことで
確実に息の根を止めたいと考えている。
などと考えている内にアンドレはしっかりと狙撃ポイントの近くにまで
きっちりとラウを引き付け続けていた。
明らかに肩で息をしており、アンドレの肉体の状態は限界を迎えつつある。
もうここまで惹きつけてくれれば狙撃は可能だ。
そして俺はアンドレの指示通り動かないほうが恐らく「俺の作戦」は
成功率が上がる。
俺はしっかりとライフルに全神経を集中するとラウの胸のやや左。
狙うは心臓を一発である。
ジロが息を呑む音がした。
俺達が構えている場所は逃げ惑う帝国兵の騒音で
集中しやすい環境とは程遠かったが、俺の狙いをつける佇まいから
狙撃を行う匂いを察知したようだ。
この狙撃は中々に難しい。
どうしてもアンドレが引き付けるために下がっているため
アンドレに命中してしまう可能性が高い。
加えて用いているのは対物ライフルであり
掠っただけでミスしたでは済まないダメージを負うだろう。
そんな戸惑いに終止符を打つべく、アンドレの剣はラウの剣を受け止めきれず
弾き飛ばされて遥か彼方に飛んでいった。
ラウは今にも返す刃でアンドレの息の根を止めようとしていた。
もはや、猶予はなかった。
なんとも間が悪い、心臓の射線上にはアンドレがいたため
俺はラウの脇腹めがけて一発目の弾丸を射出した!
弾丸は狙い通りにまっすぐと飛んでいき、ラウの腹部に命中した。
そして命中した弾丸は鎧ごとえぐり取り、ラウの腹に風穴を開けた。
動揺はない。そのために訓練してきた。
俺の手は流れるようにボルトアクションの動作をこなし
直ちに二の矢を撃つ体制にはいった。
腹に風穴が相手も暴れているラウに対して
アンドレは渾身のパンチを繰り出していた。
けして力強い拳ではなかったが、重症を追ったラウにとっては十分であった。
彼は大きくのけぞり……俺は彼の心臓めがけて二発目を発射した。
もはや胴体ごと吹き飛んだと言っても言い過ぎではないダメージを追ったラウだが
まだかすかに動いていた……しかしそれも二秒。
人間は心臓を撃ち抜かれると約二秒で死ぬらしい。
ラウは二秒ほど打たれた反動でのけぞるように両手を振り上げ
自慢のツーハンドソードを地面に落とすと落馬し
そしてとうとうそのまま動くことはなくなった。
俺はいつもの習慣通り、ボルトアクションを再び行いスコープで
アンドレの様子をみるとアンドレは馬上で切り傷だらけの姿で
顔は汗塗れになりつつもこちらに向かっていつもの不敵な笑みを浮かべていた。
その不敵な笑みは「すべて計画通り」だといいたげであった。
俺はそのままアンドレの顔を吹き飛ばした。
更にリロードのモーションを行い、アンドレの様子を見ると
彼の頭は丸ごと消し飛び、馬から落ちて倒れていた。
……最後の最後まで、まるで俺が育てたとでもいいたげな
自身に満ち溢れた表情を俺に向けてアンドレはこの世を去った。
彼とラウの間にどれほどの溝があったかは俺には計り知ることは出来ない。
だが俺に殺されるリスクを背負ってでも決着したい何かが
アンドレにはあったのだろう。
こんな不条理に満ちた世界ではどのような理由があってもおかしくはない。
ただ俺は粛々とアンドレにこれから殺される人間とアンドレの命を天秤にかけて
引き金を引いた。ただそれだけのことである。
ただ引き金を引いた瞬間俺は「下の下」になったような
吐き気を催したがそれを精神力で押し殺した。
「クリント! やったのか?!」
隣りにいるジロには目視できる距離ではないため何が起こったかは
理解していない。
「ああ、ラウは始末したよ、『アンドレのところに行ってやる』といい」
そういうと彼は待機させてあった馬にまたがり
すぐにアンドレのもとに向かい……
そのジロを俺の弾丸は頭を撃ち抜いて、ジロもそのまま倒れた。
アンドレの死に様を見れば真っ先に容疑を向けてくるのはジロである。
申し訳ないがジロにはここで死んでもらう必要があった。
俺はジロが使おうとしていた馬にまたがると
ラウとアンドレの亡骸の近くに向かった。
ラウの死は場を更に混沌とさせており
逆走していた帝国兵たちは勢いを取り戻して再び前に出ようとしていたが
ラウの指揮していた兵たちの士気はラウを失ってなおまだ高かった。
俺は混戦の中、黙ってラウの元に向かうと
手にナイフを生成すると黙ってラウの頭を切り落とし
ズタ袋に頭をそれにいれるとすぐに場をあとにした。
最低の気分だ。
俺は「するべき」仕事をしたはずだ……
しかしどうしてこんなに心は虚しいのだろうか。
アンドレの築き上げた傭兵団の面々は強引な陽動作戦と
アンドレの死によってほぼ壊滅状態であった。
結局夜を迎えるまでにサガルマルドを攻めきることは出来ず
膠着状態は維持されたのである。
夜中になり俺は自分たちの傭兵団のテントに戻ってみたが
二人の団員が困惑しつつ存在したものの、
ほとんど壊滅状態と言ってよかった。
二人は俺が現れたのをみて最後の希望を見つけたかのように
駆け寄ってきたが、これ以上の存続は不可能であり
もう自由に生きろと言うと彼らはその場で足が
砕けるようにしゃがみ込んでしまい、動くことはなかった。
そんな残りの者たちを無視するように
俺は帝国軍の将軍のテントに赴いていた。
俺の顔を見るなり、将軍は不愉快そうな顔をする。
俺はそれを無視してズタ袋をテーブルの上にぶん投げると
更に将軍の顔は愉快な顔に変わったが俺は無視した。
「ラウの首を取ってきた。報酬をよこせ」
そういうと将軍は手持ちの袋から一ゴールドを投げつけてきた。
「約束通りの報酬だ、受け取ったらさっさと帰れ!」
そんな不遜な態度を取る将軍に俺は素早くナイフを生成し
背後を取ると腕に関節を決めてナイフをワザと血が出る程度に当ててやった。
「悪ふざけは大概にしたほうがいい」
「……わかった……わかったから離せ」
俺は将軍の顔や動作に恐怖が見えたのを確認して話してやった。
すると将軍は慌てて後ろにあった道具箱をあさり
金貨を漁ると、今度は俺に十枚の金貨を渡した。
「言っておくがこれは正当な報酬だぞ!
これ以上は私の首を飛ばしてもでないものはでないからな!」
金貨十枚。
安くみられたものだ……「アンドレの命」は。
しかし報酬は犠牲にではなく成果に支払われるのは当然の話しであった。
まぁ正直ラウに十枚も多くはないと思ったが
俺がこれからしばらく生きていくには十二分すぎる報酬でもある。
俺は黙って将軍からその金貨を受け取ると
その日を最後に俺はこの戦場を後にした。
結局この戦いはラウを含む優秀な戦士たちの命を無数に奪うも
帝国の敗戦に終わり、その年から戦争の対価として税金が上がり
多くの民草は生活に苦しむこととなる。
帝国内部でも内乱が多発するようになり
俺はその中でもこの「殺し」の技術で生計を立てていたが
そのうち俺は殺戮者として悪名を高めていき
次第に多くの人々から顔を背けられるようになっていった。
今でも思う。
あのアンドレの最後の顔はすべてをなしとげた自己満足の顔だったのか。
はたまた自らの死を自覚してなお、俺の生き方を嘲笑う顔だったのか。




