五話 下
俺はその作戦に否定的見解を示した。
「どうだかな……」
そんな俺にアンドレは言う。
「お前の使う魔法のいいところが一つある。
それは一回目だけはほぼリスクがない先制攻撃を出来るということだ」
そう、彼は俺にラウを狙撃しろというのである。
確かに狙撃の有用性は否定しない。
俺の魔法は一般的な魔法使いが使う魔法より威力においては乏しいのだが
一点において長所がある。
それは超長距離における命中精度と威力の担保だ。
もっとも命中精度に関しては自慢じゃないが俺の力量の賜である。
なにもドラゴン狩りにいくわけではないので
こういった対人戦では俺の狙撃は非常に強みがあるのは否定しない。
しかし相手は歴戦の猛者である。
又ここは俺が元いた世界ではない。
勘がいいものは意外と回避してくるものもいるし
何らかの魔道具や魔法による感知による回避。
まぁシンプルに俺が外す可能性も十分ある。
便利なようで万能ではないのだ。
そのため俺は基本的に格下相手を始末するときにしか
狙撃は積極採用していなかった。
特に今回のように名将と言われるたぐいの相手に
一度でも失敗すれば二度は通用しないだろう。
ちなみにこのリスクについては以前アンドレには話しているため
彼はその事を承知しているはずである。
「それはわかっている。なので帝国兵を囮にする。
もちろん奴に対しては通用しない前提で動く。
そこで俺達傭兵団は、まるで気圧された烏合の衆のように逃げ惑うかのように
今いる森に逃げ込みむんだ」
アンドレはヒゲを撫でながら自信ありげに答えた。
「そんなにうまくいくかねぇ。相手は防衛戦と弁えての戦いだ。
深追いはしてこないと思うが」
そんな風に言う俺がまるで臆病風にふかされたのかと心配するかのように
アンドレは俺の背中をドンッ!と強くひっぱたいて言う。
「そこは俺の指揮次第よ、あとは惹きつけられれば惹きつけられるほど
当然お前の命中率も上がる。まぁお前の言う懸念もわからんではないが
一発勝負、決めればいいだけの話さ」
アンドレは俺と団員達と日々を過ごす間に
完全に心を許しているわけではないが、だいぶ打ち解けてきたように感じる。
人としては気に入られていないのはなんとなく感じたが
こと、戦闘、軍略などについては強い信頼を抱いているようだ。
実際俺自身、アンドレの指示が気に入る、気に入らないに問わず。
そこは私情を挟まずに指示に従ってきた。
正直最初の頃は反抗していたのだが、結局俺が動かなければ
かわりの誰かが下手くそな「殺し方」をするため
殺される側がすぐに死ねずに苦しんでいるのをみて居た堪れなくなり、
俺は率先して「敵」とされる人間を殺害することを決めたのだ。
どうせ死ぬならせめて即死のほうがマシだ。
俺は自分の信条に従って行動をしていたが、それをアンドレは気に入ったらしい。
彼いわく「従順な無能より、遥かにお前は優秀で使い勝手がいい」だそうだ。
俺は表情に出さなかったがひどく不愉快な気分になった。
そしてアンドレはおそらく俺が表情に出さないが
内なる心が苛立ちを覚えてるだろうことを想像しているのか
俺の顔をみて更にニタニタとした笑いを浮かべていたのは忘れていない。
そんなアンドレが作戦会議のあとの夜に飲みに誘ってきた。
正直、俺は酒は基本的に飲まないのもあったが、アンドレの事を
好ましく思っていないため、一緒に酒を飲むなどということは殆どなかった。
俺は率直に断ったのだが「たまには付き合え」という言葉に
日本人的感性が働いたのか、ついしかたなく付き合うことにしてしまったのだ。
まぁ酒を飲むと言っても俺達は街の外を覆うようにテントで野営していたので
俺はアンドレの野営しているテントの中に入ると
彼はもうひとりで先に晩酌をしていたようだ。
そこそこ上等なワインをジョッキに入れてそれを意外と上品に飲む
アンドレという男を俺は観察するように眺めているとアンドレは
「俺を見下ろすのが楽しいか? まぁそこに座れ」
と、彼のテーブルの前にある椅子に俺は腰を掛けた。
俺は開口一番、彼に「なんの用だ?」と訪ねた。
そんな俺に対して一瞬だけアンドレはニヤけたが、すぐに真顔に戻り
再びジョッキのワインを一口飲むと、瓶に余っていたワインを
追加でジョッキに注いでいた。
「飲みすぎると明日の作戦の支障がでるぞ」
俺は本心から心配で声をかけた。
そんな俺の反応をみてアンドレは嬉しそうな表情を浮かべていった。
「お前は本当に自分にある意味、素直だな……。羨ましいよ」
羨ましい? 何を言っているんだこの男は。
俺の魂を鎮めている心が沸き立つのを感じる。
しかし相変わらずそういった俺の感情の機微をアンドレという男は
まるで見透かしたかのように観察しているのである。
「アンタほどじゃないよ、殺したいように殺してる
アンタが俺に何を羨むというんだ?」
アンドレはそれを聞くとまた上機嫌にニタニタと笑い……
その顔は獅子のように激昂したような顔に変貌した。
「俺が本当に殺しが好きで殺してるように見えるか?」
その静かに怒れるアンドレという男の本質を初めて覗いた俺は
心のなかに稲妻が走るかのような恐怖心が襲いかかった。
俺が十年近くこの男を見ていてそのような「本性」を見せたことは
一度たりともないからだ。
俺の知っているアンドレという男は狡猾で残忍。
手段を選ばず、必要性ではなく効率として殺人を容認する。
そういう男であったはずだが、今この男の顔からにじみ出ている
怒りの表情は、それが表面的なものであったのではないかという
俺自身の浅はかさを突きつけてくる、それが恐怖心となったのだ。
アンドレのその表情は次第に和らいで真顔に戻ると彼はボソリと言った。
「俺は自分が飯を食うために必要なだけの人間を生贄に捧げることはするが
金持ち連中みたいに自分が贅沢をするために、苦しんでる人間を
目にも止めず、搾取し続けたことは一度もないつもりだ」
……。
下らない言い訳だと俺は思った。
しかし同時に彼にとってそれは大事な線引なのだということを理解した。
俺にとってそれは五十歩百歩、下の下と下の中を比較しているのだが
彼にとってはその中間線は超えてはならない一線なのだろう。
真顔に戻ったアンドレはジョッキを飲み進めつつ言った。
「俺はな、お前とは又違った、高いところから低いところを見下ろす連中がいる
そういったところで貧しい生活を送った人間なんだよ」
彼は俺が酒を飲まないと知っているため
ジョッキに水を注いで飲むように促した。
促されるままに俺は水を飲むと彼は話を続ける。
「俺とラウはな……ダチだったんだよ」
この男、旧友を殺すつもりか?
何故そんな事を俺に話す?
疑問は募るばかりだが、アンドレは俺に疑念を抱かせ続ける。
「同じ貧民でも努力を怠らず、人格的にも優れた男だった。
貧民ってのはだいたいどいつもこいつもしょぼくれてるんだが
アイツは闊達でなんていうか、華があるっていえばいいのかねぇ」
そこまで話してアンドレは急に顔つきが険しくなった。
「だからこの作戦は俺が囮をやれば成立するっていう話だ」
なるほど。
俺はアンドレの意図を理解した。
この男は最後の晩餐を開いていたわけだ。
ただ何故それを決めたかまではまだ理解には至らないが
俺にとってはそれで十分だった。
「ちなみに俺の狙撃の観察役は誰がやるんだ?」
いつもは原則狙撃のときはアンドレがスポッターを努めていた。
俺の狙撃が成功するかで指揮をどうとるかに関わるからである。
しかし今回はアンドレが前線に出るということだ。
「ジロにかわりに一応付けさせるが、まぁ念の為という程度だな。
どのみちアイツに成否で指揮を取るほどの力量はない。
もし狙撃に失敗した場合は俺の首がぶっ飛んでるかもしれねぇ。
そん時はお前が指揮を取れ」
ジロ……か。
厄介ではあるが因縁にけりをつける為には古参の三人でということだろう。
俺は最後に改めて聞いた。
「何故こんな作戦を立てた。アンタらしくない」
そんな俺の質問にアンドレはこう答えた。
「俺にはあの街とあの男に因縁がある。
それに俺ももう疲れた。お前はまだ『疲れてない』のか?」
俺は答えた。
「俺は『疲れる』ことは許されない」
それが自衛隊時代の教えである。
彼のテントを離れ、夜空を見上げる。
天候はよく、星がよく見える夜だった。
夜空の星はまるで人々の営みを表すようだった。
わずかに雲が星星を覆い隠す。
それは俺たちの手で命が蔑ろにされていく様に見えた。
俺はこの男を下の中といったが。
なら俺は何なんだと言われれば下の上といっても許されるのだろうか。
しかし俺の中の決断は揺らぐことはなかった。




