十話 犠牲
あのあと、焼け焦げたワシの右腕は正直使い物にならない事を覚悟したが
一緒にいたレオという男は治癒魔法に秀でていて、
幸いしばらく安静でいることで時間はかかるが元に戻るだろうとのことだった。
なおイザークは……意識不明の重体だった。
イザークは命をかけた。その代償は重い――全身の骨折、内臓破裂。
治療を施されたものの、意識が戻る兆しはない。
全マナの攻撃への集中。それが如何に自殺行為かを物語っている。
仮に筋骨隆々の若者が行っても全く体力のない老人のように致命傷を負うだろう。
それほどにマナにおける防御を捨てるというのは危険な行為である。
右腕は常にワシに激痛を訴えてきた。
痛み止めの魔法をかけることも可能だと言われたが
ワシは包帯で焼け焦げた右腕を覆うと治療以外の行為は断った。
イザークという男は弟子のかわりに一矢報いたかったのであろう。
であればそれを受け止めてやるのがせめてものワシからの心意気であった。
治療魔法は歴史が浅く、また使用者も少ない。
それには理由がある。
治療魔法は業が深い魔法だ。
魔法とはそれすなわち人体を正確にイメージできることである。
習得するためには「人体の理解」が不可欠となり
当たり前だが死体だったとしても人体を解剖するような
魔法は多くの人が嫌がるものなのだ。
このレオという男も魔王討伐軍の一員だという。
魔王軍との戦闘なのか、それ以前の戦争でなのだろうか。
地獄を見てきたということだろう。
焼け焦げた右腕はジョッキを保つことすら叶わない。
左手で飲む酒は、いつもの味を遠ざけている。
しかし今日は村の祭りの日であった。
理由は当然だがゴブリン撃退の祝祭である。
目の前にはイザークを除いたレオとアランという男も同席していた。
最も彼らの心中は複雑であることは表情を見ても明らかであった。
我々の席には様々な食材や酒が注がれていたが、それに手を付けているものは……。
ワシだけだった。
といってもエールを飲んでいるだけではあったが。
そんな重い空気を払うかのように発言したのは意外にもレオであった。
「正直、貴方がたのような人がやってくるのは、私にとっては予想外でした」
そう言うと彼はジョッキの中身をゴクリと飲み込む。
合いの手を打つようにロレーヌは言う。
「増援が来ることは想定してなかったということですか?」
その言葉に対してレオは首をふる。
「言葉を選ばずに言うならば……使えるレベルの人間が来ること自体が
のぞみ薄、だと考えていたのです。
実際に今までわずかながらに我々の増援要請に答えた人間の
殆どがろくに役に立たなかった。
ひどいものになると罵声だけ浴びせて去っていく者すらいた」
そんなレオの語りにクリントはボソリという。
「こんないい方はしたくはないが、格別あんたらも優秀ではない」
「クリント! ……大変失礼いたしました」
ロレーヌはクリントのかわりに頭を下げるが
レオという男はまぁまぁと言わんばかりに手を上げてロレーヌに答える。
「我々がこのような体たらくであるのには理由があります。
言い訳がましいのはわかってますが、せっかくの酒の席ですし
愚痴だとでもおもって聞いてくだされば嬉しい」
クリントが無能だとしていた男たちにも事情があるらしい。
少数とはいえ優秀な戦士と魔法使いに治癒も扱える指揮官がいて
不足があるとはワシからも思い難いが、右手の痛みはまるで話を聞けと
言わんばかりに酒を飲むたびに痛みが走る。
クリントはふてぶてしくもテーブルに肘をついて興味なさげだったが
その言葉に初めてレオという男に視線を向けた。
「根本的に我々は人材が常に不足しております。
魔王軍との戦いには多くの人材が投入されていますが
この百年という月日は我々だけではなく彼らにも力を蓄える時間を与えたようです。
魔王討伐軍の前線では彼らのような頭脳と装備を持つオークやトロール
果てにはドラゴンのような大物までもが我々を阻んでおり
正直このような村……言い方が悪くて申し訳ない。
しかし多くの小さな農村部にまで防衛を送る余裕はとてもないのです」
ロレーヌは両手をテーブルに乗せて仰々しくそれに答えおった。
「そのことについては弁えておりますわ。
私は魔王城周辺で交易を行っていますため
周辺の状況の悪さは嫌と言うほど伺いますので」
するとレオと言われた男はうなだれるように頭を下げ
頭を抱えながら彼らの置かれた状況を説明した。
「元より私は指揮官と言うよりは本来治療班の人間です。
治療班で一班長を努めていた程度の人間で実際に指揮をするのは初めてです。
治療班といっても所謂軍医でありますから実際には後方支援ではあるものの
戦闘にも加わり実際に戦うこともあります。
そんな私達がこの村に派遣された理由は大きくいえば二つあります」
その言葉にわかっていたかのようにクリントが水が入ったジョッキを
一口、口に含むと答えた。
「ゴブリンとはいえアレだけのものだ、全く放置はできない。
駆逐できずとも膠着状態を維持できれば魔王軍側の魔物に
物資の供給も歯止めが欠けられる。
それとまぁあとはスカウトってところか」
奴はひらひらとこの村がだした冒険者募集の紙を片手でひらひらと
見せびらかしつつ言った。
「ご推察のとおりです……まさかここまでの結果が
得られるとは思っていませんでしたが。
しかし、イザークの件は陛下にどのように報告したことやら
頭が痛いです……虚偽の申告をするわけにも」
その言葉にワシは答えた。
「事実の通り、伝えれば良い」
そういい、ワシは更に酒を飲んだ。
しかし今宵の酒は右腕の痛みで全く酔うことができなかった。
もっとも若干麻酔代わりに痛みを気持ち程度忘れさせてくれるぐらいには
効果がないわけでもないが……。
「しかし、ヤン殿。それでは貴方のお立場が……」
医療班だかなんだかしらんが、心配性がすぎる。
ワシは答えた。
「一々その程度でどうこう言う奴ではないよ。
心配なら事情も添えて説明しておけ。
別にワシはどう思われようが知ったことではない」
そんなワシの態度にオロオロとするレオ。
ロレーヌはそんなワシに対して小声で問いかけてきた。
「ヤン先生、そんなこと言ってますけど本当に大丈夫なんですか?」
「別に平気じゃろ、まぁ処罰の一つや二つは受けるかもしれんがのぉ」
「それって全然大丈夫じゃなくないですか?!」
ロレーヌが珍しく焦っているのは見ていて愉快であった。
しかしワシには平気だという一つの確証があった。
だがその理由をここで言うことは出来なかったため……。
「まぁ最悪魔王討伐軍の一つや二つぐらい差し向けられてもぶっ飛ばす自信はある」
と虚勢を張ることで誤魔化すことにした。
そんなワシの態度を見て、レオはすっかり意気消沈してしまっていたが
頑なに今まで話さなかったアランという男が話しかけてきた。
「イザークは本望だったでしょう。
本音を言えば私もヤン殿とはお立ち会い願いたい程でした」
クリント以上に寡黙な男が発した言葉はワシの気分を激しく高揚させた。
「お主もひと目見てわかったぞ、ただの筋力馬鹿ではなく一人の戦士だとな。
今からでも表に出て一戦交えるか?」
そんなワシにフリーナが心配そうにワシを見て言った。
「ヤンさん……そんな右手で大丈夫なんですか?」
ふっ、女子供にはワシの闘争心というものは理解できるとは思っていない。
しかしアランという男は生粋の戦士であった。
「ヤン殿……、おそらくその傷はそのうち癒えるでしょう。
私もやり合うならばヤン殿の全力と対峙してみたい。
今は祭りの席でもある、やめておきましょう」
それだけいうとコヤツは一口、ジョッキの中の酒を飲んだ。
ワシも酒を飲みつつこやつとやり合ったところをイメージする。
右腕一本使えないことを考えるとどうしても戦い方が単調になりがちで
苦戦するやもしれないとも感じたが
それはワシが些か弱気になりすぎなのだろうか。
これだけでかいハルバードを毎日振り回して鍛錬している男だ。
左手一本ならちょうどいいハンデとして打ち合いができるかもしれんな。
そんななんとも盛り上がらない祝いの席でワシは一人
酒を飲みほしながら、届いた手紙のことを頭に思い浮かべていた。
差出人の名前はシャルル。皇帝陛下直々の申し出だった。
再び書き溜め期間に入ります。
次回はクリント編ということで……陰鬱で少し筆があまり進んでないので
少しかかるかも。
良ければブクマ、評価お願いいたします。




