六話 スリーハンドレット その一
これが絡繰りというものなのか。
ワシはこの数ヶ月の快適な交易の旅を満喫していた。
馬より早い魔導機関車なる鉄の馬に、牽引するのは以前より
三倍以上巨大化した幌馬車である。
なんと二階建て構造になっており、上層部には寝返りをうてるほどの
寝室まで搭載されており、二人まではそこで休憩を取ることが出来る。
おまけにこの改良された幌馬車は馬車よりも凄まじいスピードで走るのに
揺れが少なく、乗り心地は悪くない。
他にも優れた点は多数あるのだがワシは運転に関しては理解できなかった為
他の三名が運転面を担ってることもあってこの改良された馬車の力を
半分程度しか理解してないようだ。
ただワシにとっては交易期間が短いことは良いことづくめと言っても良い。
強いて言えば鍛錬の時間は夜中に取る必要があった。
なんせこの魔導機関車というやつは基本休憩が必要ない。
夜になると流石に視界が効かないため休むことになるが
その時しかワシにとって鍛錬する機会がないのは些か不満ではあったものの
それを凌ぐ良いことのほうが多かった。
そもそも移動期間が減って、街や村での滞在期間が伸びたので
生活環境が著しく向上したといっていいだろう。
また積載量が増えたため、ワシの飲むエールの心配をしなくて良くなったことが
何よりも一番の恩恵なのだ。
そんな風にワシはワシなりにこの魔導機関車とやらを「評価」しておるのだが
ロレーヌから言わせると全くわかってないなどといい
クリントは「そもそもわかってもらおうと思うな」などと生意気なことをいう。
まぁ結局ワシにとって生活サイクルが変わっただけの話である。
あと些かエールを飲む量が増えたぐらいか。
そして再び要塞都市サガルマルドへワシ達は戻ってきた。
四人旅になってからこの都市に戻ることが増えた。
なんでもこの大層快適な魔導機関車とやらにもまだまだ欠点が多いらしく
故障や修理でどうしても希少な物資が必要だったり、根本的に工房に戻らないと
加工などが出来ん事があるらしい。
というわけでワシは昼間から酒場に入り浸りエールを飲んでいた。
たまに、何故金があるのにビールや他の酒を飲まないのかと聞かれることがあるが
酒を飲むクセが付いた頃にはまだ貧しかったせいかエールばかり飲んでいた。
そのため他の酒だとどうにも気分が乗らないのだ。
ロレーヌなどはエールでも飲む量が多すぎて酒代がかさむなどと文句をいいおるが
だったらワシは護衛を辞めると言うとイライラした感情を隠しながらも
「お気になさらずに」などと表面上は取り繕って笑顔で答えおる。
ワシは内心ほくそ笑んでそのロレーヌの悔しがる感情を肴に更にエールを飲むのが
楽しい日々であった。
そんな愉快痛快な日々に、久々に冒険者らしい話が我々に舞い込んだ。
ロレーヌはワシが酒場にいつもおるので酒場で会議を開く。
酒を飲んでるのに他の場所に行くなんて選択肢はないからな、当然ではあるが。
その「話」とやらをロレーヌが一通り説明した時、
真っ先にクリントという男は「駄目だ」と反対した。
相変わらずの唐変木である。
ロレーヌがわざわざ持ってくる話だぞ?
この女狐はそもそも話を持ってくる段階でやるつもりで間違いない。
しかもたちが悪い事にこの女はクリントが苦々しい表情を浮かべるたびに
楽しそうにしてるのだ。
そういう喜びはワシのような年長者になってから覚えればいいものの
これが「女性」という生き物の強さなのかねぇと思いつつワシはエールを飲む。
女性といえば四人目の仲間ということでフリーナだ。
彼女もこの数ヶ月でだいぶ大きく変わったように思う。
本質的にはあまり変わらないが、吃る事が極端に減ったように思う。
よほど極端に焦ることがない限りは普通に話ができるようになった。
それはワシら四人との間だけではなく、たまに村や街の人とも
会話するわけだがその時でもその変化はしっかりと現れていた。
言葉の意味はわからなかったがクリントはそれをみて
「可愛い子には旅をさせろ……か」等と言っておった。
知らない言葉のたとえだったが理解はできた。
その体現者がこのフリーナという少女であるからだ。
で、話を戻すとどうやら三百体のゴブリンの群れが
とある大きな村を定期的に襲撃しに来るということで
現地に来ている冒険者たちでは対応しきれないため
増援を欲しているとの話であった。
話を聞いている感じ、ざっくりいうと有能な三百のゴブリンに
無能な冒険者が攻めあぐねているようにも聞こえるのだが
クリントは都度都度要点を聞くたびに否定的意見を
口にするたび、ロレーヌに言いくるめられるという
毎度おなじみの展開を見せつけられていた。
ただこのクリントという男は実に優秀な指揮官であると
話を聞いているとわかる。
正直ワシはどちらかといえば生粋のデュエリストであり
多人数戦は専門外である。
そのクリントという男が指摘する点は尽く正確な指摘を行っており
現地の情報はそれに対して曖昧で対応も良くないように聞こえる。
クリントは言った。
「明らかにこの三百のゴブリンはおそらく百年前以前の魔王の支配下にいた魔物だ。
アンタも知らないわけじゃないだろう、魔王が魔物たちを強化した結果
ただのゴブリンがどれほど脅威になったかを」
「当然よ、だからこそ貴方の力が必要になるってことよ」
魔王……魔王城なるものがあるわけだし、魔王が残したであろう爪痕は
いたるところにあるが、本当に魔王がいたのかすら疑問を抱くほどに
魔王が身を潜めてから時間がたった。
それがおおよそ百年である。
人間にとって百年生きる人間はほんの一握りであり
まして魔王が活発に活動している時代の人類の平均寿命は著しく低かったと聞く。
ワシは正直魔王の存在自体に懐疑的ではあるのだが……。
実際にクリントが言うように通常とは
一線を画す魔物の集団がいるのは理解している。
奴らはたかだかゴブリン一匹でも侮ってはならないのだ。
何故なら人間もゴブリンも体力面ではそう大きく変わらない。
ならば人間が有利なのはなにか。それは人間が頭が良いからにほかならない。
しかしイレギュラーであるゴブリンたちは人間に引けを取らない頭脳を
保つと言われており、それが三百体ともなればそれはもう軍隊である。
ワシは軽い気持ちで発言した。
「うだうだ言ってないでその襲われている村に
いってみて考えればいいんじゃないか?」
それにロレーヌも賛同するように言う。
「ほらーヤン先生がこういってくださってるんだし行きましょうよ!」
割と真剣にワシのことを睨みつつクリントは言った。
「どうなっても知らんぞ」
どうもこうもない、行く手を塞ぐものはすべて粉砕する。
久しぶりに「運動不足」からワシは解消されたかったのだ。
ゴブリンが襲いかかってくる村とやらに到着したのは
それから三日ほどだろうか。
相変わらずこの魔導機関車というやつは世界を縮める力とでも言えばいいのだろうか。
あらゆるところに迅速に駆けつけることが出来る。
まだまだ特注品の部分が多すぎて量産化は困難だと言っておったが
そのうちフリーナであればこれを量産する日が来るのだろう。
我々は早速、現地の冒険者と村の村長を挟んでの作戦会議となった。
大きな村ということで酒場のようなスペースではなく
村長の家にある会議室のような、それなりにしっかりと打ち合わせを行える
スペースにワシ達は通された。
先に元々この村でゴブリンと対峙していた冒険者たちが座っておった。
ワシたちは村長に招き入れられる形で彼らと対峙したのだが
彼らはロレーヌを見るや否や嫌そうな顔をし、ワシとクリントが
更に部屋に入った瞬間、部屋の空気が淀むかのような暗さを感じた。
ここ数ヶ月でロレーヌも随分と嫌われたようじゃ。
というよりワシとクリントが同行しているのが広まったのだろう。
まぁどうでもいいことだがな。
冒険者とは危険と隣り合わせの職業である。
互いは実際に相手がどんな人物か。
僅かな時間だが沈黙の時間が流れる。
瞬時に相手を第一印象でどの程度の人物であるかを見極めるわけである。
まずはそもそも村を守っている人物たちの人数の少なさに驚いた。
三百ものゴブリンがおると聞いておったので少なくとも十人以上はいるかとおもったが
そこにいた者たちは全員で三人だったのだ。
一人目は巨大なハルバードに全身を金属鎧に身をまとった典型的戦士。
だがワシは見逃さなかった。男の匂いを。
この男からはよくある脳筋馬鹿の粋がった挙動が一切ない。
ワシたちが部屋に入ってから儂らに視線を送った以外、一切の動きを見せなかった。
いわゆるクリントとにたタイプの職人タイプである。
またハルバードの柄の部分は真っ黒に汚れている。
これは戦う以上に鍛錬を心がけている証拠である。
この男は戦士としては強い、もっともワシには劣るだろうがな。
二人目は歳は四十ほどだろうか、立派なヒゲを生やしており
腰にはサーベルをぶる下げておるが出で立ちからして指揮官タイプの人間だ。
この男の剣には黒いにじみはないが、かわりにてのひらのタコで
訓練を怠ってはいないことが見て取れた。
彼自身もワシらに対して注意深く一人ひとりを顔は動かさないが
観察しているのが眼球の挙動でわかる。
実体を見なければ解らぬが無能ではないのはわかる。
三人目は……かなりの高齢だな。ワシより歳は上だろう。
顔を覆うほどの大きな帽子にローブ、そして冗長なほど大きな杖。
決闘より戦争で猛威を振るうタイプの魔法使いであるのは
見た目からして明らかであった。
魔法使いは自身のマナの保持量にプライドを持っている者が多いが
この者のマナ量は外に漏れ出すマナの量からも相当な量であることは
伺いしれたが、ワシに比べれば到底及ばない。
ただワシを見てもこぼれでるマナが揺らめいたり変化がないのは
流石は老齢の魔法使いといったところだろうか。
役者が揃ったところで、ゴブリン討滅作戦の作戦会議がはじまった。




