五話 タリスマン
笑顔でワシの攻撃をみて「それを防ぐものを作る」と
意気込んで去っていった少女。
そんな彼女にワシは愛弟子の無邪気さを思い出さずにはいられなかった。
……とはいってもまぁ……そんな物は作れるはずもない。
期待とまではいかんが、そんな事が可能ならばワシはここまで酒びたりの日々を
送ったりはしていない……かもしれん。
三日後、ワシは酒場で相変わらずエールを飲んで現実逃避していた。
酒はいい。何も考えなくても苦痛に感じなくなる。
ある意味自然に体の身を任せてるような、そんな気分になる。
一般大衆とは程遠い感性をもってしまったワシだが
酒を持て囃す気持ちは理解ができた。
そんな酒場でいい気分になっていたワシのもとに少女はやってきた。
あまりに酒場に場違いな彼女は、油まみれのホコリまみれの姿で
ワシに向かってにこやかに言う。
「ヤンさん、早速できたので試してみてくれませんか!?」
たった三日……。
この事実をどう受け止めていいのかワシ自身よくわからなかった。
そんなにワシの拳は軽かったか?
まぁいい、どのみち試せばわかる話である。
今度は彼女に手を取られる形で前回ワシが力を示した崖の近くに
赴くこととなった。
そこには一本の丸太が地面に突き立てられており
丸太には……あれはなんだ?よくわからないが盾と言うにもあまりに小型の
カップほどのサイズ感の、盾……というよりは何なのだろうな。
おそらくなにかしらの岩石でできているように見えるが
表面に何らかの小細工がしてある。
テカテカしており、ヌメッとしてそうな雰囲気があった。
ワシは言った。
「で、そのなんだかよくわからん円盤を砕けばいいのか?」
彼女はまず黙ってウンウンと頷いたあと、一言付け加えた。
「でもそんなに物理的には強くないので、あの崖で試したように
マナだけで破壊してみてくれませんか?」
ふむ……まぁマナだけで破壊するのは構わない。
ワシの攻撃をしのげといったのだから本来であれば
ワシ自身の打撃も防がないと意味がないのだが……。
しかしここで「え?マナだけじゃ砕けないんですか?」等と
言われよう日にはワシのプライドは傷つく。
「わかった」とだけ短く告げるとワシは掌をその小さい円盤に当てる。
本当に小さい、なんなら片手でギリギリつかめるぐらいのサイズである。
一瞬、そのまま握力だけで砕いてやろうかとも思ったが辞めた。
生意気なクソガキ相手ならそうしたかもしれんが
まかりなりにも懸命な少女である。恥をかくのはワシだろう。
だがここで砕けねばワシの沽券に関わる。
とはいえ、全力でやるのはそれでそれはズルというものだろう。
約束通り、崖に打ち込んだ一撃の威力を打ち込むことにした。
……いったい、ワシは何をこんなに考え込んでいるのだ。
何も考えずに六割の力で砕いてさっさと終わらせればいいだけなのだ。
しかしワシは見ずにはいられなかった。彼女のにこやかな笑顔を。
この笑顔はよく知っている。
この笑みを浮かべるものは成否で物を見ていない。
挑戦を楽しんでいるのだ。
ワシや愛弟子がそうであったように……。
考えつつもワシは緩やかにマナを吸い上げるイメージを開始して
自然と体を拳を打ち込む形へ。
そして若干の脱力感を残しつつも右掌を円盤に当てる。
この感触は……おそらく蝋だろうか。
正直あまり直接振れることが少ない物質だけにワシは戸惑った。
そして接触した瞬間これがどういうものかをワシは理解した。
この円盤はマナを吸い取ったり、無力化したりすることには
全く力を注いではおらず、そのすべてを「受け流す」事に特化させている。
その証拠にこの盾はワシが掌を接触した時点で全くマナを受け入れていない。
弾いているのである。
なるほど、挑戦どころかこの小娘はワシの攻撃を本気で止めるつもりで
このガラクタを作ったようだ。
そういいつつもワシはマナを全開まで練り上げていた。
そのうち、使用していいマナは六割。
実際、十割使うことは実践でも皆無であるため六割での攻撃は
公平ではある。
なぜなら十割を攻撃に使った場合、ワシ自身の魔法耐性は
なくなってしまうためである。
よって十割を打たないといけない場面というのは基本的に存在しない。
仮に必要だとすればそれはそれだけの力でなければ
防御を突破できない場合である。そんな物があるかはしらないが。
さて、結果はどうなることか。
ワシは不敵な笑みを浮かべつつその掌に六割のマナを集中し
粉微塵に砕ける姿を想像してマナを打ち込んだ!
?!
瞬間である。
ワシの体はまるで木っ端のように体が宙を舞い
恐ろしいほどに天高くとも表現したくなるほど空中に飛ばされていたのである。
そしてその斜め後方への浮遊は勢いを殺すことなく、むしろ落下スピードを加えて
ワシを地面に叩きつけようとしていた。
ワシはとっさに体をひねるように回転させてスピードを減少させ
足にマナを集中させて、ドンッ!と地面に着地した。
思ってもみなかった自体であったため、ワシは着地時に少しよろめき
手を地面についてしまった。
ワシが地面に手を付けるなど、何年ぶりのことであろうか。
ワシの脳裏には一つの言葉が浮かび上がった。
屈辱……しかしそれは少し違うと思った。
何故ならこれはある意味わしの力をそのまま反射したのであるから
自分が自分に押し返されたのは道理である。
称賛、だろうか。しかしこれを実力と認めていいものだろうか。
いや、ワシがこの「勝負」を勝手に「力比べ」だと思い込んでいる点がある。
仮にこれを技術として編み出してきた決闘者が対戦相手にいたならば
ワシはそれを否定はしなかっただろう。
しかしこの勝負は引き分けである。
それは盾……でいいのだろうか、未だにわからないその物体は
マナを受けてひび割れて半壊していたのである。
おそらく次の攻撃は受けきることはできないであろう。
ワシはフリーナに向けていった。
「じゃあ勝負はワシの勝ちじゃ。約束通りこの街で暮らせ。
お主はこの街で暮らすほうが似合っておる」
年の数だけ人間はズルを覚える。
ワシは「引き分け」と感じたがその物体が砕けたのは事実である。
それをみて「正確な判断」ができる者は少ない。ここに審判はいない。
しかしワシは違和感を感じた、自分自身の発言に対して。
たしかにワシはこの娘が街を出ずに過ごすほうが良いと考えている。
一方で、正直どうでもいい、他人事であると思っていたワシがいたはずなのである。
ならばここまで健闘したのだ、認めてやってもいいじゃないかと。
結局この期に及んで弟子の顔がチラついて消えないのだ。
ワシはその思考を頭からかき消した。
「しかしヤンさん、私の盾はヤンさんの攻撃を受け止めたと思います。
その証拠に盾を支えてる木は何ら影響を受けずに立っているじゃないですか!」
何故この少女はそこまで躍起になるのか。
……ワシにはわかる気がする。
「師匠! 何故私に絶招をお教えになってくださらないのですか!」
絶招とは平たく言えば奥義であり、平たく言えば必殺技である。
「そなたはまだ若い。今は基礎鍛錬に励むべし」
何故拒否されるのか、ワシはわかっていた。
師匠はワシの苛烈すぎる性格に問題があると考えていたのだと当時は思っていたが
今になってみるとわかる。
もちろん若い内に増長しない為、というのは大いにあっただろう。
しかし絶招を知るということは師匠の実質的後継者となることを意味する。
それは看板を背負うという意味でもあり、負ければ看板を汚すことを意味する。
熟達した師匠とまだまだ若造であったワシ、どちらを倒すのが容易かと言われれば
聞くまでもない。
ようするに心配なのだ、次代を担う優秀な若者に危険が伴うことが。
わしは記憶を振り返った。
たしかこの少女には師匠に当たる先生という人物がいたはずである。
そして「先生と喧嘩した」というようなことを言っておった気がする。
だが今この少女はこうしてワシらとの同行を求めている。
ワシは物事を考えるのが苦手な頭なりに考えた。
おそらく喧嘩したのは彼女の師に当然のごとく止められたのだろう。
そしてそれからしばらくして彼女は工房を出入りしているようだし
その後の彼女の師の話は聞くことがない。
……そうか、きっと彼女の師匠は彼女の成長を信じたのだろう。
であればワシが止めるのは筋違いというものであろう。
ワシはこの少女の師匠が何を考えて良しとしたのかに興味を持ったが
所詮は畑違いの人物である、求める回答は得られないだろう。
長い逡巡からワシの意識は解き放たれるとワシはフリーナに告げた。
「よかろう、合格だ!」
その声に一瞬戸惑うような声をあげたあと
喜んでワシにしがみついてくる彼女にワシは愛弟子の顔を重ねていた。




