三話 心技体
まるでその弟子の姿は幼い日々の自分の写し身のようであり
だが、決してそれを口にすることはないが、ワシはその弟子のことが
可愛らしくて仕方がなかったのだ。
「先生、また弟子に逃げられたんですか?」
この可愛い弟子はワシに対していつも遠慮というものを知らない。
「うるさい、今日は教えた通りの槍の訓練は終わったのか!」
「もうとっくに終わりましたよー、今はいまいちマナの扱いがどうしても解らなくて
拳を振ってましたが、いまいちやはりわかりません」
弟子は既に十五になっており、ワシの鍛錬と
ほぼ同じメニューをこなすようになっていた。
残念なことに弟子には魔法使いへの適性が低いようだ。
最もワシもマナを察知できるようになったのは遅かった。
しかしマナが「理解」できなくとも、「鍛錬」は可能である。
「どうしても理解できないのであれば、修練のときには常に丹田を意識しろ!」
「丹田て、なんですか?」
なんとなく、ワシはこの弟子の体に触れるのは抵抗感があったのだが
ワシの戦いを理解するために、特に丹田を意識できないのは致命的である。
弟子のへその下のあたりに手を当てて言う。
「ここになにかがあるように意識するんだ」
すると弟子はそこを手で撫でると、手をふらふらと振って言う。
「先生、何もありませんよ」
そういうのも解らなくはない、実感を持てるようになるには時間がかかるのだ。
まして魔法の感性が無い者にとってマナの巡りというのはほぼ感知できないに近い。
ワシも他のものとは一線を画すほどの莫大なマナを手に入れて初めてそれを理解した。
この弟子も鍛錬を続ければいずれその境地にたどりつける。
ワシは日に日にそれを確信しつつあった。
「ワシの同じ位置を触ってみろ」
そういうとワシは丹田に力をぐっと込めた。
「んーなんか丸いなにかがあるような」
「それを第二の心臓のようにイメージしろ。
足から大地のマナを吸い込むように丹田に流し込み
そのまま頭頂部まで流れるイメージをしたら
再び丹田に戻す。戻したら、かき混ぜるようなイメージをして
最後に唾を飲み込んだら丹田を両手で押さえるようにして全身に力を入れろ」
マナを感知できない人間にとってのマナの修練は極めて難しい。
ワシも言葉にするのは苦手なのでこれは師匠からの受け売りである。
弟子は私が言ったことをすぐに受け入れ実施する。
これが愛弟子の優れた長所の一つである。
今まで受け入れてきた弟子は様々なものがいるが
たいそう立派な講釈を垂れるものの、ワシがこのようなことを言うと
真面目に取り合わない物も多く、それは実績のある強い戦士であっても
多々見受けられるのだがこの弟子にはそれがない。
良くも悪くもこの愛弟子は強くなることに貪欲であった。
またそれを「楽しんでいた」
これが一番大きな違いであるだろう。
ワシは不機嫌になるとよく弟子を相手に直接戦闘の実践訓練を行うことがあった。
多くの弟子はそれを八つ当たりだと感じ、それで辞めていくものも数多くいたが
この愛弟子はワシから感じ取る力が強く、当然だがワシが負けることなど無いのだが
「先生、今のは最初のフェイント、少しだけ引っかかったでしょ」
などと生意気なことをいう。
「馬鹿者! 我が拳の道に虚実はあれど、フェイントなどという言葉はない!
仮に虚であっても当たれば倒せるぐらいの威力は持たせろ!」
「じゃあ実で殴ったらどのぐらい威力があればいいんですかー?」
ワシはにやりと笑うと後ろにあった壁を殴りつけ粉々に粉砕した。
「あー!? なにやってるんですか! それ隣の人の家ですよ!」
「気にするな、人の家ならそいつが勝手に修理するだろ」
「何、滅茶苦茶なこと言ってるんですか! 今から謝ってきます!」
弟子はとても気さくで、他に長続きした弟子はあまりいなかったが
他の弟子とも仲良くやっていたように見える。
身なりはすっかりワシと同じ平民の服装をしていたが
このときもちゃっかり修理費を支払ってくれており、
服装も地味なのだがその生地の質感や仕立てはしっかりしていることから
おそらくは愛弟子が自らオーダーメイドで仕立てさせたか
あるいは自分で刺繍して作り上げたのかもしれない。
一時期、武芸に覚えの有る弟子を取ったことが有る。
その弟子は極めて横柄ではあったが実力があった。
もちろんワシには劣るが、ワシに挑みに来る実力者を
代わりに相手をさせるぐらいの力を持っていた。
その者が愛弟子に手を上げたことが有る。
きっかけは些細なことだったと思う。
その二人で実践訓練をしていたのがエスカレートして
お互いが血を流すまでの殴り合いに発展してしまったのだ。
ワシは愛弟子が口を切り、血を流すのをみるまで愛弟子の成長に
見とれてしまい、ついつい止めるのを忘れていたのだが
流石にそれをみて止めに入ったのだ……。
この愛弟子、知ってはいたが、随所に高飛車な性格がでており
ワシ以外には敬意を払わない事もあった。
特にいま弟子として取っている者は態度が悪いことから
人を選んではいるが、気に食わない人間にはでかい態度を取る事があるのだ。
その時止められたときも愛弟子は相手に対してこういっていた。
「あんた、私如きにこんなに苦戦してるなんて
鍛錬をサボり過ぎなんじゃない?」
そんな言葉を言ってるところをみてワシは初めて師匠が
ワシが門弟の兄弟子などと口喧嘩をしているのをみて
苦笑いをしたり困った顔をしていたのを理解した。
実際、愛弟子の修行は今やワシをも凌ぐ量になっている。
対してこのもう一人の「不出来な」弟子は練習量が明らかに足りてない。
こういうタイプの原因は明確で自分の成長が限界を迎えていると
「錯覚」しているのである。
この手の思い込みは、なかなか人から言われて直るものではないというのは
わかっていたため、あえてワシは指導しなかったが
この弟子は愛弟子の言葉を受けて次の日から顔を出すことはなくなっていた。
かわりに翌日、愛弟子の顔はそこら中腫れ上がっていた。
聞くまでもないだろう、恐らくワシがいないところで二人はやり合ったのだろう。
それでもこの愛弟子はワシに相手に罰を求めるでもなく
むしろいつも以上にマナが奮い立つように体から溢れ出て拳を振るっていた。
まったくもってこの愛弟子はワシの悪いところを
受け継がせてしまったのかもしれない
ワシが同じ立場でも「そうした」だろうからな。
人に何かをしてもらうのではなく自身が強くなり、わからせてやりたい。
これがワシらのような狂ったような修練を積む人間の特徴でもあるのだ。
そしてワシはもうすぐ五十を迎えようというときだったろうか。
皇帝陛下自らの号令が、恐らく人間が住む、ありとあらゆる地域に出されたのだ。
内容は「人類の生存圏の拡充のための魔王討伐」であり
そのための勇者を集うという内容だったのである。
その号令に愛弟子は異常なほど反応を示していたのを覚えている。
愛弟子ももう二十前後になっただろうか。
毎日同じことばかりして過ごしているせいで自分の年齢も人の年齢も
あまり頓着がなく覚えていないのだが、まぁだいたいわかっていれば困りはしない。
愛弟子はその日からソワソワとすることが多く、ワシはそれを叱った。
それでも明らかに愛弟子のマナはざわついており、ワシはそれが不愉快だった。
そのためワシは強い口調で愛弟子に問いただしたのだ。
「貴様、まさか皇帝陛下の号令に参加するとでもいいたげだが……どうなんだ」
そういうと本当にふてぶてしいやつであり
全く悪びれる様子もなく愛弟子は答える。
「いやぁ、やっぱバレちゃいました?
参加しますよ。そのために鍛えてましたから」
まるでこの日が来ることを知っていたかのように言う愛弟子にワシは言った。
「お前ごときが魔王討伐軍に参加するだと? 死ぬぞお前」
しかし愛弟子も全く折れる様子を見せない。
「いやー私は確かに死ぬかもしれませんが、多分私が死ぬときは
その部隊全滅してるんじゃないかなぁ」
「思い上がるなよ! 貴様などワシに比べれば未熟にもほどが有るわ!
ワシが直接それを解らせてやる! 槍をもってこい!」
ワシは今でも最も得意な武器である槍での訓練を持ってして
この生意気な愛弟子をへこませてやろうと思った。
槍をもってこいと言ったが、当たり前だが槍に見立てたただの棒である。
木製の至って普通の棒であるが当たり前だが我々が人体にそれを突き立てれば
普通の人間であればげんこつサイズのたん瘤ができるであろう。
しかし我々はマナによって物理的ダメージも
軽減しているためそこまで大怪我には至らない。
だが痛いことだけは変わらない。
ワシは何度試合に見立てて実践訓練をしただろうか。
都合二十をこえるほど愛弟子の体に棒を突き立ててやった。
この訓練はとても苦痛が伴うものであり
愛弟子ですらたまに嫌がったりしていたものだが今日に限っては
何度打ち倒しても立ち上がってきた。
もちろん寝たままでいようものなら立ち上がれ!と怒鳴り散らしてきたのも
ワシなのだが、そうは言っても人間の体の限界で立ち上がれない時が来るものだ。
しかし愛弟子は何度でも立ち上がった。
ワシは言った。
「わかったもういい、今日は体をゆっくり休めろ」
「はい、先生。 訓練ありがとうございました」
ワシの元から愛弟子がいなくなったのはその日からだった。
ワシの素行が更に輪をかけて悪化したのもこの頃からだ。
そんな荒れ果てた精神状態となったワシのもとに一通の手紙が届いたのだった。




