五話 遊び人
あのときのロレーヌさんの冷たい表情。今でも忘れられません。
けれど、その瞬間がなければ、今の私はいないのです。
「私、あなたみたいな変わった子は好きよ。
でもね……あなたを連れて行くわけにはいかないわね」
いつもの笑顔が似合うロレーヌさんの姿はそこにはなく
冷徹な判断を下す、まるで今まで私のことを見下してきた
女友達が見せる、冷たい表情にもにた、厳しい表情をロレーヌさんは浮かべていました。
その言葉と表情に私の今までの心の躍動は鼓動を止め
一気に全身から冷や汗が出るのを感じます。
「な、な、な、何故……、何故で、です、か!」
あまりの焦りにとてつもなく吃ってしまいました。
そんな私にロレーヌさんは短く簡潔に言いました。
「連れて行く理由がない。それと危険だからよ」
私はそれでふと忘れていた事実を思い出したのです。
私は私が生み出した魔導機関車で皆と世界を回る夢を今更ながらに。
「り、り、理由ならあります。 ば、馬車のかわりに、
わわ私の魔導機関車を使ってください! きっと役に立ちます!」
そういうとロレーヌさんは口元に指を当てて少し考え事をしているようでした。
ふたたび彼女は私に言いました。
「クリントっぽい言い方になるから嫌なんだけど、不完全なものに頼るほど
私達の仕事はやわなものじゃないのよ。あなたの魔導機関車は
速度はすごいけど安定感がまるでないし……」
その言葉に私は慌てて言葉を被せるように発言してしまいました。
「あ、アレは問題点に気が付かなかった私のミスなのは認めます!!!
ただ、今はあれを改善して馬車よりも早く長く走れるようになります!」
「なりますって貴方……後どのぐらいでそれはできそうなの?」
……。
私は言葉に詰まってしまいました。
完全に自分のことばかり考えていたため
ロレーヌさんたちの都合を考慮してなかったのです。
「い、いつまでになら認めてくださいますか……」
私はここで諦めるわけにはいけないと焦っていました。
工房には恐らく怒り狂った先生がいます。
しかし先生にあそこまで行ってしまった手前、正直私が今から受け入れられるかどうか。
私の行く先はもうここしかないと覚悟を決めて出てきたのです。
しかしロレーヌさんの言葉はあくまでも厳しかったです。
「そもそも、そこまでしてどうして私達についていきたいの?
言い方悪いけどその魔導機関車が仮に使えるとして
私はそれを使うとしても貴方を同行させなければならない
理由が見つからないのだけれども?」
「そ、それに関してはり、理由はあります。
馬と比べれば遥かに手間いらずなんです! ですけど、長期的には
装置全体のチェックは不可欠です……緊急のトラブルが発生した場合
それを見れる技師は少ないと思います……です……」
ロレーヌさんは再び額に手を当てて思案してるようでした。
ただその顔色から彼女は「どうしたら私が諦めてくれるか」を考えてるように見えます。
私はそこで思い切っていってみました。
「今日、先生と喧嘩をしたんです。
馬の二倍の速度で走れる鉄の馬車を作るんだと意気込んで先生と話していたんですが
我々の理念に反すると大反対されてしまい、工房を飛び出てきてしまったんです」
「だから?」
そういうロレーヌさんの言葉は昔居た友達の私に吐きかける
冷たい言葉そのもので私は体が震えてきてしまいました。
もはや私の心は冷え切り、何を言えばいいのかわからなくなってしまっていました。
「も、も、もう行くところも無いです……。
どこにも帰るところがないです……なので……お願いします」
私はそういうと我慢できずに眼が熱くなり、涙が抑えられなくなってしまいました。
声を出して嗚咽をだす醜態を晒し、周りの人たちがざわめき始めました。
私はやってはいけないことをしてしまったと思いましたが
もう感情がそれを制御することを許しませんでした。
きっとロレーヌさんも呆れてどこかに行ってしまう。
そんな絶望感から、より一層私の涙が止まらなくなると
絹地の心地よいハンカチが私の涙を拭ってくれました。
目を開けるとそこには優しい顔をしたロレーヌさんがいました。
「いいこと? 交渉をしたいなら相手に弱みを見せてはダメよ。
まして自分に後が無いなんていったら相手から信頼を失うわ」
先ほどと違い、あくまでも投げかける言葉のトーンは優しかったです。
「じゃ、じゃあ……なんで今は見捨てないんですか?!」
私は悲しみと優しさで感情がこんがらがって変なトーンで話してしまいました。
しかしそこには微笑みながら語りかけるロレーヌさんがいます。
「貴方、私の仕事、なんだかわかる?」
突然の質問に私は頭がこんがらがりましたが
先生から口酸っぱく言われていた「どんなときでも論理的思考をしなさい」
という言葉を思い出し、必死で考えました。
……しかし感情が理性を支配していて結局なにもわかりませんでした。
とっさに出た言葉は「商人?踊り子?」でした。
そんな私の頭を優しく撫でながらロレーヌさんはいいました。
「困ってる人を助けることよ」
と、言うわけで急遽ロレーヌさん御一行との話し合いが近くの食事処で開かれました。
なんと街一番の高級店ということで、私もこの街に住んでいますが、殆ど来たことがありません。
ロレーヌさんが商人であることは知っていましたが、そこまで儲かる仕事だとは知りませんでした。
四人が揃い、それぞれが思い思いの顔をしています。
ロレーヌさんはいつ切り出そうかという雰囲気を少し感じますが
いつも通り優雅でにこやかな笑顔を崩しません。
ヤンさんは最初っからお酒を飲みっぱなしで既に正気なのか怪しいです。
そしてクリントさんは……まるですべてを見通したような眼で
時折部屋の色んな場所に目配せをした後、私をちらっとみた気がします。
正直少し怖いです。
そしてメインディッシュが到着し、皆が舌鼓を打つなかでロレーヌさんは切り出しました。
「まぁ、みんな気がついてるとは思うけど、相談があってみんなに揃ってもらったわ」
その瞬間でした。
「駄目だ」
クリントさんがまるですべてを察したかのように短く一言だけ言いました。
ロレーヌさんは不満げにクリントさんを見て言います。
「なによ、まだ何も言ってないじゃない」
「言わなくてもわかる。彼女がなんでここにいる」
彼は私を見ながらそういいました。
しかしロレーヌさんも食い下がります。
「なによ、彼女のことはなんか可愛がってたのに彼女の事は全部許せないとでも言うの?」
そう詰め寄るロレーヌさんにクリントさんはやれやれといった表情で
頭をボリボリとかきながら言います。
「前々回はバカでかい水晶玉を作れと言われた。
前回は意味のわからん機関車に乗せられて死にかけた。
次は何だと言いたくもなる」
その言葉に意味がわかってるのか知らないけど「そうだぞー!」
とヤンさんは言葉をつなげた。
そんなクリントさんに負けじとロレーヌさんは言ってくれた。
「簡単に言うと次から私達は馬車じゃなくてあの魔導機関車というやつを
採用することにしました! ついでに技師として彼女が同行しまーす!
拍手!」
パチパチパチパチと一人拍手するロレーヌさんに
私も申し訳ないなと思い、パチ、パチとスローペースで拍手してみました。
しかし男性陣は無反応でした。
そして拍手が終わった後一言クリントさんはいいました。
「正気か?」
このときのクリントさんの表情はかなり怖かったのが印象深いです。
しかしロレーヌさんは挑戦的な表情で答えました。
「正気も正気よ」
するとクリントさんは頭を抱えて机に突っ伏してしまいました。
そして酔っ払いながらヤンさんはヤジをいれてきます。
「何だロレーヌ、意味のわからん奴らをパーティに加えるのが好きなのは
知っておったが遊び人まで雇うようになったのか?」
流石にこの言葉には私もカチンと来ました。
元々ヤンさんは人に敬意を払うタイプではないのは知っていましたが
いざ自分に向けられるとイラッとするものです。
「私は遊び人ではありません!技術者です!」
力いっぱい否定したつもりでしたがヤンさんに続くようにクリントさんはいいました。
「確かに遊び人まで連れてく酔狂は賢者に転職させたい奴ぐらいなものだ」
……ちょっと言ってる意味がわかりませんでしたが
私でも馬鹿にされているのはわかりました。
しかし私はそれ以上何かクリントさんを説得する何かを持ち合わせていませんでした。
どうしようと思っていると私はまた自然と眼から涙が少しだけ流れ落ちました。
それをみてロレーヌさんはいいました。
「貴方、戦場で泣いてる女の子を何人みてきた?」
クリントさんの表情が一気に冷たい顔になりました。
明らかに敵意にも近い表情をロレーヌさんに向けましたが
その瞬間私の方をみて、それが少し和らいだ気がします。
「一々数えてない、なんなら……」
少し彼は言い淀んだが怖いことをさらりといってのけました。
「この手で撃ったことすらある……クロスボウを持って
こちらの兵士を撃ち殺そうとしていた」
その言葉に逆に激昂するかのようにロレーヌさんは立ち上がると
なんとクリントさんの胸ぐらに掴みかかっていった。
「貴方が過去に何をしてこようとかまわないけれどもね
私の雇用者でいる間は二度とそんなマネはしないで!」
その様子には酔っ払い続けていたヤンさんも正気に戻るほどでした。
ロレーヌさんは食堂中の人々の視線を浴びると
くるっと人回転させてガラベイヤをひらっとさせると
ペコっと頭を下げて着席しました。それをみるとみんな納得したかのように
視線をそらしました。
ロレーヌさんは着席し、クリントさんも席につき直すと場はなんとも言えない
空気が漂いましたが、構わずロレーヌさんは言葉をつなぎました。
「いい? 何も私も慈善事業でやってるわけじゃないわ。
フリーナ! 魔導機関車をあと一週間で完成させなさい!
そしたら認めてあげるわ」
「一週間ですか?!」
私は色んなことが起こりすぎて目がまわり
立ち上がってそのまま正面にある料理に頭から突っ込むように
倒れてしまいました。




