十二話 石英
燦々と照りつける日差しが眩しい。
そんな中、鉄の塊を牽引しつつ緩やかに歩みを進める馬たちと幌馬車。
通常の二倍以上の重量を牽引する馬は明らかに苦しそうであり
汗を流しているのが目に着く程である。
本来であれば動力源を取り戻して稼働するはずであった鉄の騎馬は
ヤンの魔力によりものの見事に動力源を粉砕され、ただの鉄の塊と成り果てていた。
フリーナは粉砕された動力源をみて最初は意識が飛んでしまったかのように呆然としていたが
そのあと年相応しいといえばいいのか、泣きじゃくってしまった。
なおヤンが破壊してしまった動力源は水晶で出来ていたらしく
調達も大変ということでロレーヌが後で補償することになった。
というわけで結局当初予定の三倍近くの時間を費やして
街にたどり着くことになった。
要塞都市サガルマルド。
皇帝陛下の勅命に基づき、元々あった街を要塞化し
魔王討伐の前哨基地として構築し直した都市である。
魔王軍との交戦に備え、その都市の周囲は全て城壁で囲まれており
城壁を通過するためには東西南北にある城門の関所を抜ける必要がある。
ロレーヌは顔は聞くとはいえ、馬車の後ろに牽引される怪しげな鉄の塊は
城門を守る守衛たちに足止めを受け説明をするのに朝方には
街についたはずなのに許可を受けて通過する頃には太陽はすっかりと昇りきっていた。
それでもフリーナのぎこちない説明だけであったら下手したら通過すら怪しかったかも知れない。
ロレーヌの交渉術と顔利きでなんとか通れたという有り様であった。
この都市と隣接する都市とでは極めて交易が盛んであり
魔王城近くの都市にしてありとあらゆる物が手に入る
ロレーヌの商売を根底から支えている場所でもある。
物々しい警備に裏打ちされた安心感に支えられ
この街には魔王城の近くという立地にも関わらず
警備兵の物々しさもありながらも人々の活気が同居している。
街についた頃にはだいぶ馬も疲弊してしまっていた。
宿場の近くで馬車を止めると各自は解散となった。
ロレーヌは壊してしまった動力源の補填のためにフリーナと同行することとなったが
一度フリーナが工房に戻りたいということで
ロレーヌはフリーナの工房に訪れることとなった。
フリーナが工房の扉を開けると中にはカラクリじかけの装置が山のようにおいてあり
そのガラクタの山の中央には長身で細身の男性がメガネの下から鋭い眼光を覗かせていた。
フリーナは駆け寄るようにその男に飛びつくと男性はフリーナの頭を撫でるようにしていった。
「フリーナ、心配しておったぞ、よく無事に戻った。して、例の装置はどうじゃった?」
そういうとフリーナはあたふたし始めたが
長身の男はフリーナの頭を再び撫でるとフリーナは落ち着きを取り戻した。
「あ、あの、あのですね、先生……」
そういうフリーナの後に颯爽とガラベイヤ姿の女性が工房にはいってきた。
「失礼します……ミデサン先生でよろしいでしょうか?」
そう呼ばれた長身の男性はだらりとさがった眼鏡の上から直接目線でロレーヌを見る。
「如何にも、私がミデサンです」
気がつけばフリーナはミデサンの背中の後ろ側に回り込んでしがみついていた。
その様子を見てにこやかにミデサンは笑いつつ言った。
「どうやら随分フリーナがお世話になったようですね。
フリーナにかわり、お礼を申し上げたいと思います」
かしこまって礼をするミデサンに対してロレーヌは慌てて両手を前に突き出して言う。
「いえいえ、とんでもないです、むしろ私達がご迷惑をかけてしまってまして……」
ロレーヌはフリーナとの出会い、そしてヤンが装置の動力源を破壊してしまったことを説明した。
するとミデサンはふむふむといいながらやや考え込んでから言う。
「あの動力源はむしろ貯蔵量に問題を抱えてまして、極力限界までマナを溜め込めるように
フリーナが調整を重ねたものです……まさかたった一人のマナで破損してしまうとは
それはとても興味深い結果と言えます」
そうロレーヌに近寄り早口でまくしたてるミデサン。
いささかいつもの場のペースを握るロレーヌらしからぬ展開が続いたが
ロレーヌは言葉を発する。
「いずれにしましても、アレは水晶で出来てると伺いました。
とても高価なものです。私の護衛が破損してしまったものですので
こちらで弁償させていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
その言葉に「ふむ……」といいメガネをくいっとさせるミデサンに対して
フリーナがミデサンの耳元で小声で話しかける。
それをミデサンは聞き取ると代弁するかのように語った。
「ーーいや失礼、フリーナはどうも人付き合いが苦手でして……。
弁償というのはこちらとしても非常に嬉しい限りなのですが
あれは特別製でして、どのような水晶でも良いというわけではないのです」
「といいますと?」
どうにも独特の早口の言い回しにいつものテンポで話をしづらいロレーヌだが
それを知ってか知らずかミデサンは自らのペースで話を続けた。
「簡単に言いますと純度と形状です。
水晶とは石英の塊ですが、不純物が多いとそれだけ効率も悪く
また破損のリスクが高まります。形状も同様で、真球に近いもの望ましいですが
まぁそちらに関しましては私達の方で加工が可能でありますため
むしろもし材料をそちらで用意していただけるのであれば純度が大事となります」
ロレーヌはたじたじになりつつも口元に手を当てて言う。
「純度……ですか。私も旅の商人をしている身ですから
透明度の低い水晶玉とそうでないものはある程度は見分けがつきますが
曇りのない水晶玉を見繕ってくればよろしいですか?」
そうロレーヌがいうと今度はミデサンが後ろに回り込んでいるフリーナに
何かを吹き込むように耳元で囁いている。
フリーナは何度かうなづくと再びミデサンは語った。
「目視で図れるレベルではなく、極めて高い純度が必要となります。
その為良ければ、このフリーナを素材購入のために同行させて頂いてもよろしいですか?
彼女であれば鑑定用の道具を持ち合わせておりますため、的確なものを用意できるでしょう」
ミデサンがフリーナに「さぁいきなさい」と促すと少しためらいつつも
フリーナはロレーヌに近寄ってきて裾を掴んでいった。
「お、お手数おかけ……してしまいますが……よろしくお願いします!」
そんなフリーナにロレーヌは頭を軽く撫でて答えた。
「そんなに緊張しなくてもいいわよ、一緒に協力して探しましょう!」
そういうとフリーナは少し頬を赤らめて嬉しそうな顔を浮かべた。
ロレーヌはフリーナの手を取り、まず向かったのは都心部でも
特に高級品の立ち並ぶ大きな商店の立ち並ぶ場所に向かった。
ロレーヌはフリーナと顔を見合わせつつ言う。
「高品質なものですから、街の市場では中々手に入らないでしょうし
お金に糸目はつけませんから色んな場所を見て回って最も適したものを探しましょう」
そういうとフリーナはちょっと戸惑った様子を見せた。
その様子を見てロレーヌは告げる。
「先ほども言ったけれども、壊してしまったのは私達に責任があるし、気にしないで?
それにね、私貴方が作り上げる物に興味があるのよ。
だから是非貴方の作りたいものの協力をさせてほしいわ」
そういうとフリーナは心なしかに穏やかな表情をしてロレーヌの手を取った。
「じゃあ、珍しく堅物の二人も居ないし、女二人で楽しみましょう」
そういう二人の足取りは軽かったが、思っていた以上に
フリーナの求める動力源たる材質になる石英は中々に手に入らなかったのである。
街で一番高級な商店の店主は言う。
「お客さん、うちには申し訳ないけどこれ以上の純度の高い石英は恐らく無いと思うよ」
そういう店員の声は耳に入っていないかと思われるほど
フリーナは特性のルーペを取り出してつぶさに様子を観察していた。
「どうかしらフリーナ?」
そういうロレーヌにフリーナは首をふる。
「こ、これもかなりいいけど……前使っていたやつより少し良くない……」
その言葉に店員は少し不満げに言う。
「これ以上のものだなんてもうそれは世界中を探してってレベルになっちゃいますよ!
それか特別な製法で人工的な加工をするとか……とにかく普通のレベルでは
間違いなく最高純度を持ってると思いますけどね!」
その若干威圧的な店員の態度にフリーナは怯えてロレーヌの服にしがみつくような動作をする。
ロレーヌはその様子を見てミデサンがフリーナにしていたように
フリーナの頭を撫でつつ言った。
「すみません、決してこの店の商品に文句を云うために来ているわけではないのです。
ただちょっとだいぶ特殊なものが必要でして……」
とそこまでいうと店の店員が手を突き出すようにした。
みなまで言うなと言わんばかりである。
「わかってるよ、その子、フリーナだろ。ロレーヌさん、あんたもかなりの有名人だが
その子も別の意味で有名だからね。
別に苦情を言われてるとは思ってないから安心してくれ。
ただ私が言ってることも本当のことだからもしそれ以上を求めるなら
買い求めるってのは結構難しい話になると思うぜ」
「なるほど……わかりました、ありがとうございます。
また取引のときはご贔屓にお願いします」
ロレーヌはそう恭しく店員に挨拶すると店員もかしこまって挨拶をして見送った。
そして店を出たロレーヌは口に手を当て考え事を初めた。
「あ、あの、ロレーヌさん?」
「ああ、ごめんなさいね、あの店員さんの言う事でちょっと心当たりがあったのよ。
結構期待もできるかも知れないから任せてくれないかしら?」
そういうロレーヌの楽しげな表情に疑問の表情を浮かべるフリーナであった。




