十話 鋼の灯火
結局、ロレーヌたちはこのオーガに襲われた村で一週間を過ごした。
元より交易品の積み下ろしなどに加えて商人としての商売、
はてには村の修繕などの手伝いなどにはクリントやヤンも駆り出されての作業になった。
若干通常よりも長期間の滞在となったのにはオーガからの再襲撃を
恐れての村側からの要請もあったとのことで
クリントは日々の殆どを村の周囲の警戒にあたり
ヤンは酒を飲んで過ごし
ロレーヌは空いた時間に酒場で踊り子として過ごしたりと
各々が様々な時間を過ごしていた。
そして旅立ちの日の前日、彼らは酒場の隅で今後の方針について話し合いをしていた。
まずはロレーヌが口を開く。
「だいぶ交易品もこの村で減ってしまったし、一度大きな街に向かって
交易品の調達をしようと思うけどどうかしら?」
しかしヤンは黙って酒を飲むばかりで何も答えなかった。
クリントも何も話さずに話だけに耳を傾けている様子だ。
「んーみんな、特に意見はなし? どこに街に行きたいとかあれば
そういった要望があれば参考にするわよ?」
そこまでいうとクリントは初めて口を開いた。
「俺達は護衛だ、あんたの好きにすればいい。ついていくだけだ」
そんな事をいい、黙りこくる。
その様子にロレーヌは口をとがらせて文句を言った。
「もーあんた達ねぇ、たしかに私は雇用主ですし? 色々選ぶ権利は
私にあるのは事実だけど、せっかくみんなの意見を聞こうと言ってるんだし
なにかこう、思いとか気持ちとかないわけぇ?」
「ない」
「うむ、ワシは酒が飲めれば何でもいいぞ」
「ヤン先生、街に行かなければそろそろ先生が飲み過ぎのせいで
エールの在庫はなくなりそうです」
というと血相を変えたようにヤンの様子がかわり
「よし、エールを手に入れるために街に行こう。
街に行くまでに在庫は持ちそうか?」
アルコール中毒で手が震えてるのか、ガクガクしながらヤンはロレーヌに
迫りつつ質問をした。
「ようやく先生も私の話に興味を持ってくれて嬉しいですわ?
ちなみにエールは次の街につくまで持つかは怪しいので飲む量は減らしてくださいまし」
「……マジか」
「マジですわ」
ヤンは呆然としながらも結局エールを飲む手を止められずに居た。
一方クリントは相変わらずのだんまりである。
そんなクリントをみてため息をつきつつもロレーヌは喋り初めた。
「それじゃあ一度ここから一番近い街に向かって戻ろうと思うけど、この地図をみて」
というとロレーヌはあたりの地図をテーブルの上に広げる。
ヤンはほとんど焦点があってるかも怪しい目で、ろくに地図も見ていなかったが
クリントは地図に目を向けている。
ロレーヌは地図上の現在位置に人差し指を差し
そしてなぞるように道筋を描き、そして目的地であろう場所で指先は止まった。
「はい、さて質問、あるわよね?」
「ああ、本当にこのルートで行くのか?」
「そうなるわね」
それをみて、クリントは右手で口の周りを撫でるようにすると
クリントはもう一本別のルートである道を指差していった。
「こちらの道のほうが距離は長いが、視界が良いルートが多く安全だ。
警戒しつつ進める場所が少ない分、結果的に早い可能性も高い」
その指先を見つめてニヤリとするロレーヌ。
クリントが指し示したルートは実際にはクリントが言うほど安全というわけではない。
ただロレーヌが指し示した道は「野盗」がよく出る地域であり
クリントが選んだルートは「魔物」がよく出る地域であった。
「ねぇクリント。貴方の仕事を疑うつもりはないけれども
正直魔物より野盗のほうが楽な仕事じゃないかしら?」
すると重い腰を上げるようにクリントは答えた。
「正直この地域はそこそこ魔王城からも距離がある。対応できないほどの魔物が
出没する可能性は低いだろう。それよりも頭が回る人間がいる可能性がある野盗のほうが
危険性としては大きいかも知れない」
そういうクリントにロレーヌは真剣な表情をしていった。
「貴方、人と戦いたくないって言ってたわよねぇ。
雇用主としてはそこら辺も尊重したいとおもってるから
そういう事は素直に言ってくれていいわよ、私としてもそのほうが嬉しいわ」
するとクリントは少しだけ黙っていたが。
「当然人とはやりたいたくない。しかしあくまでもそれは俺の判断でしかないから
後はそっちで決めてくれ」
とだけ言ってジョッキに注がれている水を飲んでいた。
するとロレーヌは両手をパンッ!と叩くとにこやかに言った。
「じゃあクリントに意見で決定ね。方針が決まったら善は急げよ。
明日にはこの村を出るからみんなそのつもりでね!」
そういうロレーヌの顔は特に明るい。
一方でクリントは黙って席を立ち、酒場を出ていった。
その様子をエールを飲みながら眺めていたヤンは
クリントが酒場を後にした後に言った。
「どうにもあいつは人と交友を深めるのが苦手のようじゃな」
ヤンは頬を赤らめ、水を飲むかのようにエールをガブガブと飲んでいる。
「どうなんでしょうね、というわけで私も夜風でも辺りに行こうと思いますけど
くれぐれも飲みすぎないようにしてくださいよ」
「ほいほい、年寄扱いせんでくれ」
そういうとヤンはさっさといけと言わんばかりにロレーヌに目も向けず、手を振った。
西日が強い午後の陽気の中、クリントは村で一番高い建造物である村長の家の
屋根の上で座っていた。
最初はクリントのことを訝しんでいた村長だがロレーヌに彼の活躍を聞かされ
彼のお陰で村が救われたことをいうと快く快諾してもらい
おかげで彼の休憩場所という名目の警備場所はここになったというわけだ。
ただ彼の様子はあまり緊張状態にないのはわかる。
時折水筒の水を飲みながらもぼんやりした表情からは
この村に直ちに危険が訪れる要素はないことを告げているようだった。
そんな彼の隣にロレーヌは腰を下ろす。
相変わらずクリントは仏頂面を崩さず態度にも何も顕にしなかった。
そんな彼に酒場の中で見せたにこやかな表情のままロレーヌは話しかける。
「毎日こんなところで日向ぼっこかしら? 暑くない?」
気さくに話しかけるロレーヌに対してクリントは一言。
「それほどでもない」
無言が多い彼にしてはこれでも口数は多い方である。
日向ぼっこという「日課」を黙々とこなす彼にロレーヌは問いかける。
「なんでこの村では特別に村全体まで警護してるのかしら?」
ロレーヌの目線はあくまでも優しい。
その言葉は日頃とは違うことをしていることを責めているのではなく
あくまでも理由が知りたいということを訴えてるかのようであった。
水筒の中にあった水を再び飲むとクリントはロレーヌの方をみて言った。
「この村はまたオーガに襲われる。今は俺達がいるから奴らは身を潜めているだけだ。
恐らく明日旅立った後が最も危険な時間になるだろう」
クリントはロレーヌの顔を見なかった。
そんなクリントに対してロレーヌは彼の肩に手をかける。
その所作にロレーヌの方を振り向くクリント。
「私達が明日旅立つのをやめてほしいのかしら?」
真剣な眼差しでロレーヌはクリントを見つめた。
しかしクリントは答える。
「それはただの問題の先延ばしだ。意味のないことだ」
「そうね、私達はただのしがない旅商人。この村の護衛ではないわ。
それに私は交易商よ、物資を待つ村はここだけではないわ」
二人の間に少しだけ乾いた、涼しさを感じる風が流れた。
クリントは言った。
「全員を救うことは出来ない、それはわかってるつもりだ」
クリントの胸ポケットには萎びた花が差してあった。
「貴方だけこの村に残る?」
ロレーヌは少しだけ寂しそうな顔をしているようにも見えた。
クリントの表情も心なしか暗かった。
「そうやって、残ることも出来た村を両手で数え切れないほどみてきたよ。
今更この村にだけ固執する理由はない」
この時代、まして魔王城の近辺の村がある日を堺に突然焼け野原と化す事は
ある意味日常茶飯事であった。
そういうクリントにたいして胸元の花をロレーヌは指さして言う。
「理由はありそうだけれども、どうなのかしらねぇ……」
言葉ではからかっているが、ロレーヌの表情は未だ物悲しさがある。
そんなロレーヌにクリントは言う。
「あんたこそなんでこんな危険な商売を続けてるんだ。
村の人達とも交流を盛んにしているが……辛くならないのか?」
やれやれというジェスチャーをしつつも少しだけ優しい表情を浮かべてロレーヌは言う。
「貴方と一緒よ、ほっとけないのよ、大勢が見捨てた人たちをね」
「なるほどね」というとクリントは屋根の上でゴロンと寝転がった。
相変わらず、乾いた風が吹き抜けていた。
そして出立の日。
朝早くにも関わらず、村長や数多くの人たちがロレーヌたちを見送りに来ていた。
その中には酒場で花をくれた少女も混ざっていた。
「はい、これ。前のやつは枯れちゃっただろうからまた取ってきたの!」
そういうと少女はロレーヌの分も含めた三輪の花をそれぞれ渡した。
「また来てね! 約束だよ!」
そういう村の人々たちを背に三人は村を後にした。




