一話 魔王の影と鉄の弾丸
昼下がりの空はどこまでも青く、乾いた風が砂塵を舞い上げる。
魔王城を背にした荒れた大地には、ひときわ異彩を放つ馬車がゆっくりと進んでいた。
木製の車輪は小石を踏みしめ、甲高い音を立てながら地面を転がる。
その馬車を引いているのは、ただの商人にしては少しばかり珍しい格好をした
一人の女性──ロレーヌ。
ガラベイヤ衣装を纏うに歩くその姿は
周囲の荒れ果てた風景とは対照的に華やかで、また不自然に映る。
しかし、何よりも目を引くのはその周囲に漂う不穏な空気だ。
魔王城近くで商売をしている者など、よほどの強者か、
あるいは無謀な者に違いないと人々は口を揃える。
「どうしてこんな場所で商売を?」
誰もが口にするその疑問を、ロレーヌは「儲かるから」の一言で一蹴していた。
そんなロレーヌは今日も交易路を馬車で進めていた。
時折、馬車の前方に目を向けながら歩いていると、道の先に一人の男が見えた。
彼は道端に立ち、無造作に両手をポケットに突っ込んでいる。
その佇まいは一言で言えば異様──大きなマントの下に映るのは
馴染みのない景色に溶け込む柄の動きやすそうな服装
そしてその表情から溢れ出る静かな威圧感。
「……あれは?」
ロレーヌは一瞬足を止めたが、再び馬車を進めた。
男が立っている場所は、魔物の出没する危険区域に近い。
普通の人間であれば、まず近寄らない場所だ。
だが、男はあくまでも目立たないようにだが、堂々とそこに立ち続けている。
その姿勢はどこか冷徹で、無駄を排した動きからは戦士のような気配が漂う。
馬車が近づくが、男が何かを察したように微動だにしなかった。
無言のまま、彼の目がロレーヌの方へと向けられる。
その視線は、まるでロレーヌに敵意を向けているかのように鋭い。
ロレーヌは、息を呑んだ。自分に向けられる視線が何かを語っているように感じる。
だが、その感覚を無視し、ゆっくりと馬車を進めた。
馬車が男の前で止まる。ロレーヌは窓から顔を覗かせ、軽く微笑んだ。
「通りすがりの商人ですが、少しお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
男は数瞬、無言でロレーヌを見つめていた。
その目には、驚きも興味も、ましてや感情が浮かぶことはなかった。
ただただ静かに、冷徹な印象が伝わるのみだ。
やがて、男は短く答える。
「……何だ」
その声は低く、無駄な言葉を排除したように
要点だけを言えと言わんばかりであった。
ロレーヌはその口調に違和感を覚えつつも、再び微笑む。
「この先の道には、何か危険なものが潜んでいませんか?
商売には少々不安がありまして。」
男は目を細め、ロレーヌを見つめた。
その視線からは、簡単に答えることを許さないような冷徹なものを感じるが
やがて男はひと呼吸おいて答える。
「魔物がいる。……それと山賊も多くはないが。」
ロレーヌは軽く頷きながら、男の表情を見つめる。
彼の返事は簡潔で、無駄がない。
だがその背後に感じるものがあった。
戦士のような、あるいは冒険者のような、その生き様が。
「ありがとうございます。少しでも情報があれば助かります。」
ロレーヌは軽く頭を下げた。
だがその時、男が一歩近づき、冷徹な視線を向けてきた。
「危険だ。何故このような危険な場所をふらついている?」
その言葉は、正に彼自身の警告のようでもあり
またそれ以上の意味を持っているようにも感じられた。
ロレーヌは一瞬黙り込み、再び男の顔を見つめる。
「それはお金になるからですよ」
男はただ一言、「そうか」とだけ答え、その場を後にした。
ロレーヌはその背中を見送る。
彼の姿が徐々に視界から消えていくのを見届けてから、再び馬車を進めた。
その後ろ姿には、ただの冒険者ではない、もっと深いものを感じたからだ。
彼が何者なのか、ロレーヌはまだ知らない。
だが、これが二人の最初の出会いだった。
私は森を抜け、街の門が見える場所まで歩いてきた。
冷たい夜風が頬をかすめるが、私はその感覚をどこか心地よく感じていた。
「……奇妙な男だったわね」
私の脳裏に浮かぶのは、先ほどの出会いだ。
警告を残し、その場を立ち去った男の背中。
言葉数こそ少なかったが、目の奥には何かしらの覚悟や秘密が宿っているように思えた。
「誰だったのかしら……」
私は、彼の正体に対する興味を拭い去れないまま街へ戻った。
街の中心部にある酒場は、夜になると一層賑やかになる。
酔客たちの笑い声や音楽が響き渡り、私は静かにその扉をくぐった。
酒場の中では、数人の男たちが大声で話している。
私は耳を傾ける気もなく、カウンターで温かい飲み物を頼んだ。
すると、聞こえてきた言葉にふと耳を傾けた。
「またあの変わり者が森でうろついてるらしいぜ」
「変わり者どころか……役に立たない男だろ。あの変な道具、音ばっかりうるさいしな」
「おいおい、笑うなよ。あれでも自分を冒険者だと思ってるらしいぜ」
周囲の笑い声が広がる。
「実際、あの変な道具じゃ大したことできないだろうよ。
あの男に仕事頼むやつなんて酔狂だ」
「けどよ……あいつ、本当に戦ってるのか?
あの音を聞いたやつもいるけど、誰も目の前で見たことはないらしいぜ」
「何にも出来ないからなにかしてる風にしてるだけだぜ、間違いない。」
私はその話を黙って聞きながら、薄く微笑んだ。
「なるほどね。どれくらい本当の話なのか、見極めてみる必要があるわね」
翌朝、私は早くから街を出発しようとしていた。
その前に、彼女はある場所へ足を運んだ。
森の入り口で、例の男が立っていた。
「また会えたわね。昨日は忠告、ありがとう」
私の声に反応した男は、一瞬目を細めるが
それ以上は何も言わなかった。ただ、静かに私を見つめる。
「あなた、ここで何をしているの?」
「仕事を探しているだけだ」
短い返答。名乗る気配もなければ、必要以上の説明もしない。
しかし、その無駄を削ぎ落とした姿勢は私にとって興味深いものだった。
「そう。なら、取引をしない?」
男は眉をひそめた。
「取引だと?」
「私の護衛をしてほしいの。もちろん、報酬は支払うわ。
あなたがどれほどの腕前なのか、試してみたいの」
男はしばらく私を見つめたあと、わずかに首をかしげた。
「……どうして俺を選ぶ?」
私は笑みを浮かべたまま答えた。
「そうね――なんとなく、よ。他のより面白そうだから」
男はしばし沈黙し、やがて小さく肩をすくめた。
「勝手にしろ。ただし、無理な要求はするなよ」
私はその答えに満足そうに微笑み、そっと手を差し出した。
「契約成立ね。それで、名前を聞いてもいいかしら?」
「……クリントだ」
私は頷き、馬車を指さした。
「よろしく、クリント。さあ、行きましょう」
こうして奇妙な二人の冒険が始まった。
だいぶ前作より時間を取りましたがようやく新しい作品をスタートできました。
体調を悪くしてしまい一日に書けるペースが一話を下回ってしまっていて
今回はとりあえず十話分のストックを用意したので
とりあえず十日間は毎日投稿できると思いますがそこからは体調の気まぐれ次第。
それなりに設定を今回は練り込んでみたのでゆっくりでも最後まで書き上げられれば良いなと
思ってますので是非読んでいっていただければと思います。