7
日の出前、海ほたるにトラックを停めた。目的地の倉庫に電話をかけ、トラックを降りると、今度は何故か凪も降りてきた。彼女は駐車場の端まで行くと、海風に吹かれながら東京湾の向こうを眺めていた。陸も同じように佇み、凪と同じ景色を眺めた。潮のにおいを乗せた強烈な向かい風に思わず目を細める。
――あともう少し。
明るくなり始めた空の下、湾を突っ切る橋の向こうに目的地が見えるのに、道はどこまでも果てしなく続いているような気がして、信じられないほど遠く感じる。いつまでも見ていると目眩がした。
「よくドライブで夕凪浜の近くまで行った。あの町を通り過ぎて、もっと南の方まで下った」
思い出の地であると、言葉に出してみると心臓がちくりと痛んだ。それをきっかけに、すべてを拒絶するかのようにバクバクと脈打ち始める。
「どうしました?」
凪がこちらを見ていた。長い髪が強風にさらされてめちゃくちゃになっている。それを直すこともせずに、彼女はこちらを見ている。黒髪の隙間から光のない瞳が露わになり、その瞳の真ん中に陸の姿がある。不思議な気分だった。凪の目はすべてを見透かしているようにも、先のことがわからなくて不安なようにも見えた。
「引き返したいですか?」
凪の意外な言葉に、陸は少しの間考え込んでから、静かに頷いた。
「それなら戻った方が良い」
凪は消え入りそうな声でそう言って、トラックの方へと歩いていく。陸もその後に続いて歩き出した。
「え? 戻るんじゃ……」
凪が彼女らしくない声をあげたのも無理のないことだった。陸は夕凪浜を目指してトラックを走らせたのだ。
「荷下ろしして東京に戻るまで、消えないって約束してくれない?」
アクセルを踏み込みながら陸は言う。その言葉からはあからさまに焦りがにじみ出ていた。陸の切実な言葉に凪は一瞬だけ頷きかけて、すぐ取り消すように首を横に振った。
「約束はできません。私にもどうなるかわからないんです」
トラックは風に煽られながら、速度を上げていく。
「じゃあせめて海を渡りきるまででいい」
ハンドルを握る手に自然と力が籠もる。向こう岸まではあと数メートルだ。かつての思い出が、まるで走馬灯のように頭の中にちらつく。全身が強張るのがわかる。美海の声が聞こえたような気がした。
『ようこそ千葉県へ』
料金所を抜けると、大きな看板とヤシの木がふたりを出迎えた。
「あの、大丈夫ですか?」
凪は終始こちらを心配しているようで、陸は段々とそれが可笑しく思えてきた。
「そんなに人間1人の感情に振り回されてて大丈夫か。死神として」
「神なんかじゃないって言ったじゃないですか。3年近くやっていればこの仕事が自分に向いていないこともわかります。でも……」
凪は口をつぐんだ。陸はそれ以上聞くことはせず、ただまっすぐに前を見て運転を続けた。