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 雨は勢いを増し、雨粒がフロントガラスに叩きつけられ視界を遮っている。雨音に掻き消されそうな弱々しい声で、陸は言った。


「死相が出てるならちょうどいい。死んだら美海に会えるかな」


 そっぽを向いていた死がちらりと陸の方を見て、またすぐに視線を前に戻す。


「いいえ。会えません。そういう気持ちで死んでも無駄です。……会えませんよ」


 冷たくそう言い放たれた。

 

「そっか。まあ、あの人と違って地獄に落ちるかもしれないしな。でも生きたところでやりたいこともない」

「そんなの、はっきりしている方が珍しいのでは」


 それから数分間、会話が途絶え、走行音と激しいさを増した雨音だけが車内を埋め尽くした。しばらくはそれでも良かったのだが、陸は段々と気まずくなってきて、ラジオをつけようとおもむろに左手を伸ばした。


「美海さんが死んでから、ずっとこんな調子ですか?」


 それを遮るように、意外にも死の方が口を開いた。少し驚いて隣に目をやると、彼女は表情ひとつ動かさずにまっすぐ前を見つめていた。


「そうだな。毎日が悪夢みたいだ。結婚式の1週間前に死んだし。ふと気を緩めるとあの日の記憶が蘇ってくる。だからトラックに乗って休みなく運転に集中してる。本当はこんな人を殺すかもしれない物体動かしたくないんだけど、皮肉なことにこのやり方に落ち着いちゃったんだよな」

「誰か、頼れる人はいないんですか。ご両親は? 会社の人は?」

「両親とはもともとそんなに仲が良いってわけではないけど、さすがに気にかけてくれてる。それが逆にキツかったり。会社の奴らもまあ、一応気を使ってくれてはいる。でもちょっとお節介なんだよな。あの人たちなりの思いやり? なんだろうが、色々誘ってくれたりして……その誘いっていうのが飲みだけに留まらなくて」

「何です?」

「いや、言わない。よりによってあの人によく似た顔のヒトには」


 死は数秒考えるような仕草を見せ、やがて何かを察したようだった。

 

「興味本位で聞きますが、その誘いは断ったんですか?」

「……断った」

「間がありました」


 かぶせ気味に死が言う。

 

「本当に断った! 神に誓って。飲みの誘いも断ってた」

「別に私は責めたりしませんよ。赤の他人ですから」

「いや、そもそも不愉快ですらあった。でもなんというか、そういうノリみたいなものがあるんだよな。こっちが弱っていなくとも」


 陸はそう言ってペットボトルの水を一口飲んだ。口の端から少し水が漏れた。


「そんなことより、なんて呼べばいい? 名前は? さすがに『死』とは呼びたくない」

「好きなように呼べばいいと思います」

「じゃあ、『デス子さん』とかでもいいわけだ?」


 陸が言うと、死はあからさまにムスッとして、真っ黒な瞳で陸の方を睨みつけた。


「そんな壊滅的なネーミングセンスで人の親になろうとしていたんですか?」

「ごめん。……人の親?」

「結婚する予定だったのなら、そういうつもりだったのでは」

「そこはほら、産むのは俺じゃないから。そういうのは向こうが決めることだと思ってた。実際、子供の話は一度も出なかったし」

「なるほど。で、私の名前はどうするんです? デス子さん以外で」

「デス子さん以外で……?」


 陸はしばらく黙りこくって死の名前を考えていた。死の方も特に何も言わず、陸が口を開くのをじっと待っていた。


「これから行く町、夕凪浜って言うんだけど。今回のゴールだな。荷下ろしする倉庫がその町にある。だから夕凪浜から取って『凪』は?」


 陸の答えに死はゆっくりと頷いて、「それなら」とだけ答えた。どういうわけか凪の方は陸の名前を知っており、自己紹介の手間は省かれた。


「私はあなたのことを色々知っています。人間じゃないので」

 



 

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