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もうヘマはしない

 王妃と王子がとてつもなく失礼なことをした、と手紙が届けられたのはあのお茶会から一週間も経たないうちに、だった。

 国王には抜かりなくベナットが報告していたおかげで、今回の件が一国の王妃としてどれだけまずいものだったのか身に染みただろうと笑う。

 そして、フェリシアもその手紙を読みながら『ふぅん』と小さく呟いた。


「お父様、陛下には何とご報告を?」

「娘が当家跡取りとしての資質に目覚めたにも関わらず、王太子妃候補として王妃殿下が考えているようだ、とね。ついでに」

「ついでに?」

「殿下はまだ王太子ではないにも関わらず、フェリシアのことを王太子妃候補として考えているようだ……と。『殿下は王太子に内定されましたか?』と聞いたら陛下の行動は大変早かったよ」

「あぁ、なるほど」


 国王であるヘンリックは、順序立てられていない行動を嫌悪する。謁見の順序もそうだが、今回のように王太子にまだ内定すらしていないカディルが、まるで自分が王太子であるかのように振る舞うこと。これは完全にアウトだったようだ。


「陛下らしいです。でも、そのおかげで王妃様には少しばかり反省を促すことができましたわね」

「少しだけ、どころではなかったらしいが、いい薬だ。アクセサリー感覚で王太子妃を選ばれては困るのだよ」


 父の言葉にうふふ、と朗らかに笑うフェリシアは、見た目こそ幼いものの中身は死ぬ前の十八歳。思考回路は大人そのものなのだ。


「おっしゃる通りですわ。見目だけで王太子妃を選ぶだなんて、以ての外。国王を支えるべき王妃となる存在たるもの、ありとあらゆるものを求められます。そして、殿下にはさっさとイレネ嬢とお会いして、双方想いあっていただかねば」


 ちなみにフェリシアがいるのは、ベナットの膝の上。やり直しをするならば、大切に思いながらもそうできなかった一度目の幼子時代から、我らは我らでやり直したいと。

 そう言ってくれた大好きな父親の言葉に逆らうだなんて、できるわけがない。


「フェリシアもその学院に入るかい?」

「そのつもりです。向こうに記憶は無いでしょうけれど、早々に手引きしてあの二人には出会っていただきます」

「しかし、学院で学ぶことがあるかな……」

「人間関係を。わたくし、前回は王太子妃教育と公務まみれの生活でしたもの。お友達が欲しいのです」

「そうか。ならば入学手続きも早くしなければいけないな」

「お願いしますわ、お父様」


 ぎゅう、と父親に抱きつくが、父の胸が逞しくて手を回すのにも一苦労だ。

 前回は、こんなふうに思いきり甘えたことなどなかったな、とぼんやりフェリシアは考える。ずっとずっと、こうしたかった。公爵家令嬢たるもの、己の立場をしかと理解しろ。そう言われ続けた人生と、経験しか知らないのだから。


「どうしたんだい、フェリシア」


 優しく問いかけてくれる父親の声に顔を上げ、心配そうにこちらを見下ろしてくれている視線とかち合えば、何でもないと言わんばかりに緩く首を横に振った。


「大丈夫です」

「……フェリシア」


 もう一度、自分の名が呼ばれる。一体どうしたのだろう、と父を見上げれば、何ともいえない表情でこちらを見ているベナットと視線が合う。


「お父様?」

「一度目は、すまなかった。わたしたちは、お前が時属性に目覚めていないならば……せめて王太子妃となることで幸せになってもらいたかったのだよ」

「あら……」


 きょとん、と目を丸くしてフェリシアは父の言葉を聞く。そして、困ったような表情になってからふるふると首を振ってみせた。


「王子様と結ばれることが、幸せではありません。一度目のわたくしは、あの婚姻が家のためになるのであればと……そう思い、決めました。あの時の選択を後悔してはおりません。カディル殿下が思ったよりお馬鹿さんだったことに気付けなかった、己の馬鹿さに対しての……いいえ、見抜けなかった愚かさに対しての後悔は、しておりますが…」


 カディルは確かに優秀ではあった。しかし同時に我儘な上に傲慢な一面も持ち合わせており、面倒な公務は全てフェリシアに任せっきりにしていたのだ。

 当時のフェリシアはそれが当たり前だと思っていたが、彼がイレネと堂々と関係を持つようになってからは『いや待って、おかしい』と思うようになったのである。


「文武両道ではあったのだがな、殿下は」

「はい、それは間違いございません。ですが……イレネ嬢が絡んだ途端、とんでもないお馬鹿さんになりましたわ」

「ふむ」

「わたくしが行った、マナーのなっていない令嬢への忠告や指摘、自身の立場を理解してもらいたいがための進言、他にもありますけれど……。それらは、イレネ嬢が『ひどいわ』と涙を流しながら言うだけで、全て『余計なことを言った』、『酷い女だ』と殿下の中であっという間に変換され、わたくしが悪いことをした非道な女、ということになってしまうのですから」


 うわぁ、という表情を隠すことなくベナットは頭を抱える。


 フェリシアは捕らえられたものの、国王の選んだ伴侶となるべき存在を勝手に断罪はできない、と判断されていた。だから、いくら王太子の言葉や聖女の言葉とはいえ素直に従えなかったのだ。当の本人であるフェリシアがそうせよ、と言ったから牢へ入れはした。しかしそこは王族などが入るような居心地のいい場所で、少しでも不便を感じさせないように配慮がされていたのだ。

 騎士たち、国の他の権力者たちはどうしたものかと数日間困惑していたが、国王と公爵夫妻が揃って会食をするという日程を見つけ、そこで一気に報告に走ったのだ。

 遅すぎるという自覚はあったが、勝手に断罪劇を繰り広げたカディルの行動は決して正しいとはいえないし、従えなかった。聖女イレネの行動や言動にも反感を覚える貴族がいたから、フェリシアに対してすぐさま処刑をせねばならない、ということにはならなかった。

 カディルとイレネはその間、いつ処刑されるのかと首を長くして待っていたようだが、痺れを切らしたイレネは飽きることなくフェリシアを罵っていた。

 しかしこの罵りの内容こそ、フェリシアが目覚めるための膨大なヒントと知恵を与えたのだということは、最早フェリシアと公爵夫妻しか知る由はない。


「冤罪もそうですが、よくもまぁあれだけ罵倒しまくって、飽きないものだと思いました。おかげでわたくしはこうして目覚められたわけですが」


 フェリシアは、じっと己の手のひらの刻印を見つめる。

 時計の文字盤のような刻印は、手のひら全体にある。消そうとしても消せるはずもない、公爵家跡取りにして時属性魔法を操る能力者としての覚醒をしたという、唯一無二の証。


「色々と試したいことはあります。例えば…そう、時属性魔法を使う際に消費してしまう寿命。……他者から奪った時にこれをストックできないか……とか」


 刻印を見つめながら言うフェリシアを、ベナットはじっと見つめる。

 あまり無理に悪者としての言動をしてほしくないという親心もあるのだ。

 とはいえ、悪者悪者と一方的に言われ続け、『だったら望みのままに!』とブチギレる気持ちもよく分かる。それは大変に腹立たしいものだから。


「だが、どうやって検証する?」

「ちょうどいい相手がいるではありませんか」


 手のひらの刻印を愛しそうになぞり、ゆるりとフェリシアは顔を上げる。その目に宿るのは、ほんの僅かな狂気。


「お父様、先日やって来たメイドがいるでしょう? 彼女、王妃様の手先ですわ」

「……は?」


 確かに一人、メイドが雇用されたとは聞いている。しかし彼女は公爵家の他の使用人からの紹介ではなかっただろうか、とベナットは少し考え込む。


「一度目で、聞きました。王妃様、自ら当家に手先を潜り込ませていた、と」

「何?」

「わたくしが王太子妃として、カディル殿下の隣に立つ存在として大丈夫なのかどうか自分の信頼できるものに見てもらいたかった。それは間違いなどではなかった、と言われ、あの時は本当に嬉しかった。でも、そんなのまやかしの言葉でしたわ」

「なんということだ……我々は、そんな女を信頼していたというのか……」

「逐一わたくしの行動を報告し、絶妙なタイミングで茶会やパーティーへの招待状を送れるように内密に連絡を取り合っていたそうです。王妃教育の合間に、王妃様がそれはそれは嬉しそうに教えてくださいましたから」

「あの女……!」

「巻き戻ったからこそ、もう失敗してはならない。いいえ、失敗しないよう進んでいく必要があります」

「……あぁ、そうだな……わたしももう、遠慮などしない」

「あら、お父様はご遠慮なさってくださいまし」

「へ?」


 あっけらかんとしたフェリシアの声に、ベナットは思わず目を丸くした。


「お父様には、もっともっと大切なことを宣言していただかなければ」

「はて」


 何だったか、とベナットは首を傾げている、

 頼りになる父の、ほんの少しだけお茶らけたような様子に、フェリシアもつられたように笑ってしまった。


「お父様、当家は一度目で、わたくしが王太子妃候補となったから、殿下の後見として当代王家に改めて忠誠を誓いましたでしょう?」

「そうだね」

「だったら……」

「ああ、そうか。いやうっかりしていた」


 あっはっは、とベナットは笑ってから口の端をつり上げる。


「そうだな、我が愛娘。君が当家の次期公爵なのだから、殿下を推す理由がすっかりなくなってしまった!」


 一度目の人生で、フェリシアが王太子妃筆頭候補であったからこそ、カディルはローヴァイン公爵家の後ろ盾を得られた。


 では、そうでなくなれば?


 当然、後ろ盾になる必要などない。

 ついでに言えば、フェリシア以外の伴侶を探してもらわなければいけないから、早々にこれを国王に伝えなければならない。

 王家には仕えるけれど、後ろ盾になることなど、ないと。

 これを今伝えることができるのは、当主であるベナットの役目。


「そういえば、国王の手紙にフェリシアの覚醒状況を知らせるようにと……更には力を使うことを国民の目の前で示せ、とも書いていたな」

「まぁ! なんて好都合!」


 フェリシアは手をぱん、と叩いて喜ぶ。


「ちょうどいい力の()()()もおりますもの! 時戻しの魔法はイレネ嬢にすこぉし協力していただきましたけれど、皆さまの前で力を披露するならば……そんなにも大掛かりでなくとも良いはずですわね」

「そうだね。植物の成長促進でもやってみせようか」

「素敵ですわ! 薔薇の花を一斉に咲かせましょうか。王妃様はとっても……薔薇がお好きですし」


 一度目に、耳にタコができる程聞かされた。

 王妃エーリカが薔薇が大好きで、新たに品種改良をさせて様々な薔薇を咲かせていると。


 ええ、ええ。見事咲かせてみせましょう。

 そして、否定できない状況を作り上げ、どうやってでも王妃様のお人形さんにならないよう、努力しましょう。


 フェリシアも、ベナットも微笑んでいる。


 とても素敵なお披露目の舞台を用意してくれてありがとう、と。更に、力の練習ができる実験台まで今回も用意してくれて、ありがとうございます、と。

 二重の意味で、二人は嗤うのだ。

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