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引いてはならぬ

「王妃」

「は、い」


 普段ならば穏やかなお茶会の席にて、あまり見せない険しい顔で王と王妃は向かい合っていた。

 いつもなら穏やかな笑みを浮かべて愛しい妻を見ている王が、この時ばかりは眉間にシワが寄っていたのだ。


「……エーリカ、わたしは君を王妃としても妻としても、母としても評価している。だからこそ、今回の件は、とても、残念でならない」


 はぁ、と溜息混じりに分かりやすく区切って言われたそれは、エーリカの心に深く突き刺さる。

 エーリカが最も愛する夫、ヘンリック。この国の王。

 王としての顔と、エーリカの夫としての顔は全く異なっている。そして、今彼が見せているのは夫としてではなく、一国の王としての姿なのだ。


「いいかい?王太子妃を選ぶための条件として欠かせないのは家柄や血筋、これは当たり前とする。そして、何よりも能力だ。王太子を支え、共に学ぶ姿勢や臨機応変に対応できる応用力」


 幼い子供に言い聞かせるように柔らかな、どこまでも優しい口調で、ヘンリックは言葉を紡ぐ。


「たかが容姿ごときで、王太子妃となる令嬢を選んではならない」


 だが、続いた言葉には温かさの欠片も存在しなかったのだ。お前の判断が間違っていると、突きつけられた瞬間だった。

 夫の「王」としての顔、そして国を想う一国の主としての姿は大変に威厳に満ち溢れていた。


「申し訳、ありません」

「大切な我が子の伴侶を選ぶことに、とても慎重になるという気持ちは分かる。カディルはわたしの大切な息子にして、この国の第一王子なのだからね」

「はい、だからこそ!」

「そう、だからこそ容姿なんかは二の次で良いんだよ。カディルが王太子となれば、余程のことがない限りあの子は国王となりわたしの後を引き継いで、国を繁栄させていくことだろう」

「……っ」

「そんな彼の隣に立つのは、カディルの手助けができるような……そして、優秀な女性でなければならない」


 淡々と紡がれていく内容は正論そのもので、エーリカが口を挟む隙など与えてはくれない。


「たまたま。いいかい? たまたま、フェリシア嬢は全てを兼ね備えた素晴らしい令嬢であったから良いようなものの、中身のない空っぽな馬鹿だったらどうするつもりなんだ?」

「で、でも、カディルが優秀、だから」

「カディルに万が一があった場合、王妃が王の代理として一部執務を執り行う必要があることは君も知っているだろう」

「はい……」

「それを任せる人を、選ばなくてはならないんだよ。顔がいいだけのお飾りの王妃など、何の役にも立たないだろう?」


 ひゅ、とエーリカは息を呑んだ。


「そもそも、そんな女が王太子妃になろうものなら国の恥だ。そう、本当に今回はフェリシア嬢が優秀であるからこそ問題にはならなかったというだけの話だよ、エーリカ」


 ガタガタと震えが走る。

 王妃となってからここまで怒られたことはなかった。嫌悪を突きつけられたこともなかった。


「しかし、どうしたものか……ローヴァイン家の令嬢なら申し分ないが、時属性に目覚めてしまっていてはもう王太子妃としての役割は果たせないだろうねぇ」


 怒りの雰囲気がなくなり、椅子の背もたれにしっかりともたれかかってからヘンリックは呟いている。


「これが目覚めていなければ、まだ王太子妃筆頭候補として王宮に招くことも容易なのだが……エーリカ、彼女の手のひらには刻印があったのだろう?」

「は、はい、ございました」

「ならば、覚醒したのはほぼ間違いない。将来のローヴァイン女公爵には挨拶をしなければならないが、困ったな……」


 自分の行動が愛する夫を、いや、王を困らせてしまっている。どうしたらいい、何が最善か。エーリカは頭をフル回転させていた。

 あの子、フェリシアを王太子妃筆頭候補として手放したくはない。しかし、唯一無二の能力を持つ証たる刻印が手のひらにあり、すなわちそれはフェリシアが公爵家跡取りたる資格を手に入れたということ。もっと言えば、跡取り=将来のローヴァイン女公爵である、ともいうこと。

 現ローヴァイン公爵が親バカであるなどとは聞いたことはないが、王宮にやって来た際、まさか娘を抱っこしてくるなどと誰が予想するだろうか。

 王家のために「時」という概念そのものを操りながら力となる、唯一無二の公爵家。手放してはならないし、縁も繋ぎたい。


「……あ」


 ふと、エーリカは思いついた。

 確かにフェリシアは覚醒しているのだろう。だが、能力を見せてはくれていない。

 手のひらの刻印を見せ、親子共々「時」を操る能力があるのだ、そう示しただけ。


「陛下……」

「何だい、エーリカ」

「令嬢に、能力が本当に覚醒したのかどうかお披露目していただいてはいかがでしょうか?」

「何故」

「もしも刻印が手のひらに出ただけならば、王太子妃候補になり得る可能性がございますわ。能力が覚醒し、既に行使できるのであれば……」

「あぁ、未来の女公爵としてのお披露目にもなると、そういうことかな」

「はい」


 そうだ、そうなのだ。エーリカは内心ほくそ笑む。

 どうやっても絶対に諦めてなんかやるもんか、と密やかに付け加える。

 カディルの未来の妻として、この国の王太子妃として。


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 最後が一番のエーリカの望みではあるが加えて、たまたまフェリシアが優秀であるというだけなのだ。これならばきっと問題は無いはずだと確信し、ヘンリックの様子を窺う。


「なるほどな。それならば問題はないだろう」

「陛下……!」

「わたしも、未来のローヴァイン女公爵と会ってみたい。それに、刻印があるのであれば何らかの能力は既に発現しているはずだからね」


 にこやかに言うヘンリックからは、先程の機嫌の悪さなど微塵も感じられない。

 ああ良かった、これで愛する人の信頼を失ったりしなかったと安堵したものの、己の性格をほんの少しだけ反省した。あれだけ見目麗しい令嬢にして、全てを兼ね備えている令嬢など、そもそも存在するのかどうか、というレベルだ。

 彼女が少しでも失態を見せればローヴァイン公爵家に対して、フェリシアの能力そのものが危ういためにという理由で次期当主としない方向に持っていかせられるかもしれない。


 フェリシアの能力が安定していて、何の問題もなくそれを行使できるのであれば、王国の未来は……否、王家の未来が安泰ということにもなる。

 しかしその場合、王太子妃としてカディルの隣に立たせることが出来なくなってしまう。表向きはとても良い案だが、エーリカにとっては一か八かの賭けだ。

 失敗してくれれば、そう思うが王としてのヘンリックはそれを良しとはしないだろう。


「エーリカ、良き案をくれてありがとう。早速公爵に打診しようか! お前の娘の価値が本物かどうか、示せとね」

「えぇ陛下、それがよろしいかと」

「しかし……まだ一つ問題が残っている」

「え?」


 エーリカは、これで全てが何の憂いもなく進むと思っていたが、ぱっと顔を上げてヘンリックを見やった。

 それが、間違った認識だったと今、ようやく思い知らされたのだ。


「カディルが、令嬢に対して大変無礼な物言いをしたそうではないか」

「……っ!」


 さぁっとエーリカの顔色が悪くなっていくが、そんなことをヘンリックは気にもしない。


「王太子妃候補に選ばれただけでもありがたいと思え、か」


 どこまで報告されているのだ、とエーリカは背筋がすぅっと冷えた。どくどくと心臓の音の鼓動が、うるさい。静かになってくれない。どうしたら良い、どうすれば良い。頭の中をぐるぐると色々な思考が一気に巡っていく。


「そもそも、カディルはまだ王太子ではないんだが?」

「そ、……あ、の」

「まだ立太子していないのに、君は……いや、そうか。教育係がおかしなことを吹き込んだのかな?」


 カディルは優秀だ、というのはエーリカとヘンリックの共通の認識である。しかしヘンリックはまだカディルを王太子として立太子させることを認めていなかった。

 理由としては、カディルの性格の傲慢さ。これに尽きる。

 正妃の息子だから王太子、にしてしまっては無能が国の頂点に立ってしまう。

 今から傲慢な物言いをしているとあっては、少しいかがなものかと、ヘンリックは常日頃考えていた。


「申し訳、ありません」

「君が謝ることではないよ。けれど、そうだな。教育係は確かエーリカ、君が選んだね」

「は、はい」

「全て一新しようか、教育係」

「…………っ!」


 自分が選んだ最高の教育係が、いなくなる。

 でも、カディルを王太子とするためには立太子しなければならない。判断するのは国王と重鎮の家臣たち、それから他の貴族。

 今から、貴族の令嬢に対して礼を失する物言いをしているのが広まり、知られたら側妃に王子が産まれた場合その子を王太子にしようという流れになりかねない。

 この場合は、きっとヘンリックの言うことを聞くことが得策なのだ。


「は、い。陛下が、そうお望みで、あれば……」

「うむ、そうしよう。初対面の令嬢に対してそのような物言いをしてしまう者は、将来の王として自覚が足りなさすぎる。それに、ローヴァイン公爵家令嬢との婚約がもしも叶えば、とてつもない後ろ盾を手に入れられることとなる。色々なことに対しての備えは、いくらあっても足りないほどだ」


 そう、万が一を考えるんだ。エーリカは自分にも言い聞かせておく。

 万が一、刻印があるにも関わらず能力が覚醒していないとあれば、あの子をカディルの婚約者として呼び寄せられるのだから。


 それだけを信じて、エーリカをはじめとした王宮の者たちは動き始める。


 それすら、フェリシアたちの思い通りの動きとも知らず。

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