本題に入ったけれども、どうやったって規格外だった
「……ごめんなさいね」
ずび、とフェリシアは鼻をすすって、ついでに真っ赤になってしまった目元を冷やしタオルで冷やしつつこほん、と咳払いをした。
友人、もとい親友であるミシェルにしっかりと甘えつつ謝罪をしたフェリシアはミシェルの体をまた浮遊魔法で元の位置に戻し、アベリティス侯爵夫妻と向き直った。
「いいえ。……で?」
「ミシェルに聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「国王陛下の動きは?」
「ああ……」
何だ、そのことか。
そうやってミシェルが呟いてから、『ん-』と前置きをしてゆっくりと口を開いた。
「まるで、カディル殿下をもう一度王太子に戻さんばかりの勢いで、イレネと一緒に行動させつつ成果を上げさせているけど……そうね」
フェリシアもベナットもユトゥルナも、面白そうにミシェルの言葉を聞いている。
「何かに操られているようだ、という意見の人も出てくるくらいには、王太女殿下であるリルム様を蔑ろにし始めているわよ」
「……へぇ」
「まぁまぁ……リルム殿下にそのようなことを……」
フェリシア、ユトゥルナが心底嫌そうに呟いて、ベナットは困ったように苦笑いを浮かべて大きな溜息を吐いた。
「いやぁ、わたしが陛下のおそばを離れてからというものの……何ともまぁ……お好きにされているようだ」
「止める人がいないのなら好きにやっている、という感じですわ」
ベナットの言葉にミシェルが頷きつつ言葉を続けると、アベリティス侯爵夫妻も困ったように頷きつつ夫婦で視線を合わせた。
「ローヴァイン公爵閣下がいないから、というのもございますが、イレネ様を妄信していらっしゃるご様子ですもの」
「どうして今まで失態の多かった人をあれだけ王太子として推せるのか……謎すぎますが……何か理由でもあるのでしょうか」
にこ、とフェリシアが微笑んで執事長に書類を持ってくるように伝える。
そうすると、あらかじめ用意してあった書類を三人分、すぐさま持ってきてくれたのだったが、アベリティス家三人がその内容を見て、ぎくりと硬直した。
「何よ、これ」
ミシェルが顔色を悪くしているのを見て、フェリシアが新しくお茶を入れなおすよう侍女長に指示をして、笑みを浮かべたまま言葉を紡いだ。
「見てのとおりよ。イレネ嬢曰く、『この世界は、お話の中の出来事にすぎない。主人公は自分だ、だから自分が望めば何もかも叶うし、カディルと結ばれて幸せになれる世界なんだ』っていうことらしいの」
「……あ」
何か思い当たったようで、ミシェルが声を出した。何かあるのか、とフェリシアがミシェルを見ると、それとほぼ同時に二人の視線が合った。
「だから……なのかしら。学園に入学してから、イレネ嬢がクラスも違うのにやたらと絡んできて、フェリシアのことを陥れるような発言ばかりしていたの、って……そういうこと!?」
「そうなるわ」
「ああもう、何冷静にしているの!! とんでもないことじゃないの!!」
「でもねぇ……そもそも、わたくしこれ、二回目なんですもの」
「…………え?」
フェリシアの何気ない一言に、ミシェルもアベリティス侯爵夫妻も目を真ん丸にしてしまう。二回目、とはどういうことなのだろうか。
ただいちゃもんつけられたにしては、そんなカウントはしないと思う、と三人揃って考えたらしい。ベナットやユトゥルナもそれは理解できているようで、ただ微笑んでいるだけ。
「フェリシア、二回目、って?」
「言葉の通り、って言ったらどうする?」
「待って」
ちょっと待って、とミシェルは混乱したように呟いている。
ミシェルをはじめとして、まだアベリティス家自体はフェリシアやベナットが持っている能力についてはきちんと理解はしていない。
特別な力がある、ということは知っているのだが、『時』属性の詳細に関しては秘密にしていることの方が多い。
「……二回目、だなんて普通には出てこない、し……」
「そうよね」
「でも、…………」
何かを言おうとしてミシェルは止まり、口を開けたり閉じたりして発言しようか迷っているようだった。いいや、『本当に言っていいのか』という戸惑いも見える。
ミシェルのことは親友だと思っているけれど、今のフェリシアが二回目だということだけは話せていなかった。けれど、勝手ながら彼女も全て丸っと巻き込むと決めたから、何でも話そうと心に決めているから、フェリシアは言葉の続きをじっと待った。
「……御伽噺のようだけど……フェリシア、あなた……まさか、人生をやり直している、とか言わない、わよね?」
「しかし、ローヴァイン公爵家の能力を考えれば……ありえなく、は」
「そうよ。ミシェル、ありえないことなんて……でも……」
迷っているらしい三人に微笑みかけて、フェリシアが代表してゆっくりと口を開いた。
「……まぁ、おじさまたち。お考えは間違っておりませんわよ?」
フェリシアの言葉に、ミシェルたちは愕然とした。
人生二回目、だなんて御伽噺があるわけない、と思っていたけれど、そんなことがありえない……だなんてどうして思えるのだろうか。
どうして、と聞きたかったがフェリシアたちの表情を見てみれば、皆が微笑んでいる。
否定をされないのだから、つまりこれは肯定ということなのだろう。
「……どう、やって」
「ちょっと、イレネの『時間』を使って」
「それは……普通の、方法ではないと、いうこと?」
ミシェルは、問いかけながら口の中がからからと乾いていくのが、よく分かった。
ありえないことだ、と思いながら目の前で『ありえないこと』が起っているのだ。信じないといけない、と頭では理解しているにも関わらず、『そんなわけない』と思う自分がいるなんて、とミシェルは一気に混乱する。
「そうね。本来我が家の『時属性』の覚醒者が使ってきた方法とは違っているわ」
「本来……?」
「代償がね、『寿命』…………命だから」
「な!?」
まさかフェリシアは、とミシェルが慌てると、手をひらひらと振った。
「わたくしはね、ちょっと別の使い方を知っちゃったの。だから、それを応用したんだけど……教えてくれたの、イレネなんですもの。あの人、自分で墓穴を掘ってるんですから」
ころころと楽し気に笑うフェリシアを見て、信じられないというミシェルだったが、フェリシアが冗談でこんな話をするとも、お茶目で話をするとも思えない。
それよりも、イレネが墓穴を掘っている、ということの方が気になったらしく、ゆっくりと深呼吸をしてからお茶を一口飲んで、口を開いた。
「……墓穴を掘った、って?」
「あの人から教えてもらったのよ、時属性の魔法を使う代償が寿命だ、って。それもとっても楽しそうに言うものだから、ちょっとだけ考えを変えたの」
「……?」
どういうことだ、とミシェルは両親と顔を見合わせて、もう一度フェリシアに視線を向けた。
「使うの、自分の寿命でなくても良くないかな、って」
「……は?」
一体どうやったらそんな思考回路になるというのか、と口をあんぐりと開けるが、フェリシアはとても楽しそうに言葉を続ける。
「だからね、試したの。イレネの寿命をごっそりと使って」
「はあああああ!?」
「最初は分からなくて魔力をごっそり吸い上げちゃったんだけど、その後でイレネの寿命を吸い上げて、わたくしとカディル殿下が出会う直前にまで戻したの。そうしなければ、わたくしそのまま殺されていたし、そんなの嫌じゃない」
「……規格外すぎない?」
「そう?」
「じゃあ、巻き戻る前の世界って……」
「うーん……」
はて、とフェリシアは首を傾げる。
「やり直す、っていうことに関してのあれこれって考えたことはないんだけど……そうねぇ。わたくしはそのまま死んだんじゃないかしら」
「いやちょっと待って!?」
「なぁに?」
「死んだ、って……え、ええと、どういうこと!?」
「あの世界がそのまま続いていたとしたら、わたくしは死んでいるんじゃないかな、って」
「そんなあっけらかんと!」
実際、『戻った』のだから、あの戻る前の世界の自分がどうなるのか、だなんて考えたこともなかった、というのが正しいのだが。
一度死んだ、と思えばやり直しの世界で何があろうと怖くない。
やり直し=以前と全く同じになるなんて、思っていなかったし、同じにするつもりなんてなかったのだから。
「戻る前に陛下に『この世界での我らは死ぬ』というようなことはお伝えしているが、記憶が引き継がれていたのはどうやらフェリシアが大切にしている人だけのようだし」
「……あら、ミシェル大丈夫?」
しれっと告げられた内容が重たすぎていることに、ミシェルはがっくりと項垂れて頭を抱えている。フェリシアが労わるように声をかけるとげんなりとした様子で口を開いた。
「……大丈夫なわけない、って言いたいけど……。とりあえずまとめるわね」
「はい、どうぞ」
「フェリシアたちは、今が二度目……ってこと。それからイレネがフェリシアに対して何かをした、っていうこと?」
「そうね、わたくしのことを『悪役』だのなんだの言ってくれたから、どうせならお言葉通り悪役になろうかな、って思って行動してたんだけど」
「……」
おい、とツッコミを入れたそうにしているミシェルをあえてスルーして、フェリシアは続ける。
「そうしていたら、ミシェル。あなたとお友達になれて、リルム殿下と近い存在になれたし、ヴェルンハルト殿下ともお近づきになれた、っていうことなんだけど。悪役にされたことは腹立たしいんだけど、結果としてはあの人にとって悪役にもなれているし、わたくしや、わたくしの周りにいる人を守れるという最大のメリットまで手に入れているのだから、まぁいっか、って思っているのよね」
「……まったく……」
とんでもないことをしれっと告げてきたフェリシアの規格外っぷりに、またミシェルが頭を抱えているのだが、フェリシアはそれに気づかずにご機嫌に微笑んでいる。
ようやく話せた、と安堵しているフェリシアと頭を抱えているミシェル。そしてミシェルを心配しているアベリティス侯爵夫妻、という構図を見つつ、ベナットとユトゥルナはお茶を改めて準備するように指示していた。
「…………ミシェル、大丈夫?」
「……ええ、大丈夫よ。わたくしの親友は、本当に規格外だな、って感心していただけですわ……」
「まぁ……!」
「褒めてない!! 今回は褒めていないんですからね!!」
そんな二人の会話も、信頼関係があるからこそだ、と満足そうにしているベナットだったが、普段は公爵代理として公務に励んでくれているフェリシアが、こうやって年相応の表情を浮かべていること、そして、フェリシアには絶対的な味方ができたのだ、昔言ったとおりに『友達』ができた、ということを改めて実感できたことが、何よりも嬉しかったのだ。
次からちょっと物語が動きます




