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選択肢は『お断り』一択です

「お嬢様、こちらはいかがですか?」

「ダメよ! お嬢様にはこちらが!」

「お嬢様、お飾りはこちらなんかいかがでしょう!」

「お嬢様!!」


「あの……皆、私は一人なのだから、順番に話してほしいわ」


 我こそが、いや、我先に!と侍女たちはあれこれドレスを持ってきたり、装飾品や靴をこれか、いやこれではない、こちらはどうか!と持ってくる。

 大袈裟なことではなく、本当に目が回るくらいにあれこれやってくれるのだがフェリシアは一人、体も一つ。侍女は複数名。

 さすがにこれでは目がいくつあっても足りないし、耳も足りない。何ならフェリシアそのものが足りない。


「ですがお嬢様、今日は王宮へと向かう日。しかとお嬢様のお美しさを見せつけてやらねばなりません!」

「いや、別にそこまでしなくても」

「駄目です!!」


 カッと目を見開いた侍女たちが、同じタイミングで寸分違わず言い切った。

 えぇ……とフェリシアが呆然としていると、微笑んでいる彼女たち。前回はこんなにも友好的だっただろうか、と不思議そうに見れば一人がすっと前に出た。


「奥様から聞いております。お嬢様がかなりの早さで『時属性』に覚醒された、と」

「そう、ね」

「このローヴァイン公爵家の跡取りにして、未来の女公爵様のお手伝いができることは、私たちの誉れでございます」


 す、と三人が膝をついて恭しく頭を垂れた。

 未来の女公爵、という言葉にフェリシアはハッとする。そうだ、未来を変えるために戻ってやり直しをしているのだ。

 王太子妃候補から、冤罪をかけられた哀れな王太子妃候補、そして地位を引きずり降ろされ処刑されるという立場では、もうない。


「そして、王妃様からの婚約のご提案なんかを受けてしまっては、女公爵としての未来が失われてしまいますよお嬢様!」


 そうです!と皆が真剣な顔でフェリシアを見る。意識を集中させねば、と改めてフェリシアは自分に言い聞かせる。


「……ええ、そうね。ごめんなさい、皆のあまりの迫力についうっかり気を抜いていたけれど……ええ、そう。私はお父様の後継者として、今日は挨拶に出向くのだもの」


 子供らしからぬ口調であることは承知している。まずはこれくらい、侍女たちにも見せつけておいてからこの屋敷内へと浸透させねばならないのだ。

『フェリシア=フォン=ローヴァイン』は、公爵家の跡取りであるということを。王子の婚約者などにはならないということを。


「ねぇ、ドレスの色は黒にしてくれない?」

「え?」

「『私』の色にしてもらいたいの。だってお父様もそうでしょう?」


 侍女たちは顔を見合わせるが、フェリシアの意図していることをすぐに理解してくれた。そして、腰を折って揃ってフェリシアへと頭を下げた。


「かしこまりました。では、ドレスのお色はそのようにいたしましょう」

「お願いね」

「アクセサリーはどのように?」

「色に合うように、ローヴァインらしくしてちょうだい」

「仰せのままに」


 先ほどまでとは打って変わって、侍女たちの動きが目に見えて変化した。

 さっきまでは六歳のフェリシアを着飾るための行動だったが、『ローヴァイン公爵家次期当主』として美しく引き立ててくれるための衣装選びにシフトチェンジしてくれた。

 一度目は覚醒していなかったからそれでも良かったのだが、如何せん今回に関しては既にフェリシアは覚醒している。

 顔合わせに関してはどうやら引き受けていたようなのだが、そこから先の未来は目まぐるしく変わっていく予定であり、決定事項。


「お嬢様、それではお着替えを失礼いたします」


 トータルコーディネートが決定したようで、侍女たちがそれぞれ準備を完了したようだ。

 フェリシアも頷いて、座っていた椅子から一度降り、鏡の前へと進んでいく。


「お願いするわ」


 その言葉がきっかけで、身支度は開始された。

 ふと、一人の侍女がフェリシアの髪をセットしようとして考え込んでしまう。


「お嬢様、髪型はどうなさいますか?」

「……そうね、そのままおろしておいて。ドレスにもその方が合うと思うから」

「かしこまりました」


 確か、前回は子供らしい装いをしていた気がする。ついでにドレスも腰からふわりと広がっているデザインの流行のものを着用していた。アクセサリーはドレスが子供らしく可愛らしいものだからとシンプルなものを選択していた…のだが、そのあたりの気遣いも王妃から気に入られたポイントだったような、と思い返していた。

 しかしあの王妃、どういう格好をしていたとしてもフェリシアから狙いを外すことはないだろうとも思えてしまうくらいに、粘着されている。


 考えている間に、身支度は完了する。

 完了後、部屋の扉がノックされて『どうぞ』と返事をすれば正装した父が入ってくる。


「お父様」

「終わったかな、と思ってね」

「はい、皆が綺麗にしてくれました。どうですか?」

「うん、可愛いね」


 にこにこと笑ってくれるベナットが嬉しくて、フェリシアもつられて笑顔になってしまう。そんな親子につられて侍女たちもほっこりとした表情を浮かべている。

 彼女たちにお礼を言って、フェリシアは歩き出そうとするがひょいと抱き抱えられる。あれ?と思ったが近い位置に父の端正な顔があり、ぱちくりと目を丸くしてしまった。


「お、お父様!?」

「たまにはいいだろう。こうして抱っこ、というのも」


 あっはっは、と笑う父の肩をぽかぽかと叩いてみるが、そのまま歩き出してしまう。

 馬車に乗るまでと、王宮に到着してからもきっとこのままか……とある意味諦めながらも、予想通り馬車までは抱っこされたまま歩いて行かれた。

 その間、公爵家の使用人たちは何とも微笑ましそうな眼差しで見送ってくれた。


 皆、こうだったのだろうか、とフェリシアは思う。


 一度目、カディルとの婚約後は必死に王太子妃教育を頑張っていたこともあり、周りがあまりにも見えていなかったのでは、と予測してみる。

 馬車に乗り込み、走り出してからベナットは静かに語り始める。


「……一度目、あまりに必死なお前を見て、屋敷の人間はお前から遠ざかってしまっていた」

「……」

「王族の婚約者、それも王太子妃候補としての重圧は相当なものだっただろう。あの王太子のサポートまでこなしていたのだ。しかしな……」

「頑張りすぎた、のでしょうか」


 こくり、とベナットは頷く。


「しかし、今回はそうならないだろう」


 ベナットの視線はフェリシアの掌へと向けられる。

 そこにあるのはベナットと同じ、時属性が覚醒したという証の、時計の文字盤のような刻印。


「……一応、手袋も用意しておりますが……」

「王妃に会うまではつけていなさい。あの人はどうあってもお前を諦めないだろうから、まず最初のインパクトとして刻印を見せよう」

「はい、お父様」


 こうしていると、「悪役になってやる」と宣言した、あの巻き戻る前が夢のようだ。

 そもそも悪女、もとい悪役にきちんとなれるのかすら心配でしかないが、悪役の定義が分かっていない。イレネとカディルのことは全力で応援させていただくので、果たしてそれが悪役になるのか、という疑問も膨れ上がってきた。


「フェリシア、どうした」


 考えが顔に出ていたようで、ベナットが心配そうに問いかけてくる。


「お父様……悪役になってやる、と息巻いたものの、何をもって悪役というのでしょう……?」

「何だ、そんなことか。簡単だろう」

「え?」

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 あ、と声が出たがベナットはそのまま続けた。


「イレネ嬢が聖女として覚醒すれば、彼女は自分がこの世界の主人公のようにふるまうのだろう?」

「そ、そうです」

「まず、こうして巻き戻ったことそのものが、彼女にとっての『悪役』としての行動だ」


 言われてみれば、と思う。


「フェリシア、お前の突発的な行動そのものがイレネ嬢にとっては全て予想外。そして、そもそもお前が時属性として覚醒したことも予想外だろう。きっかけを作ったのが自分のくせにな」


 にやりと笑うベナットの顔はまさに悪役そのものな笑い顔。

 あらまぁ、と呟くフェリシアの髪型を崩さないように、ベナットは優しく頭を撫でてくれる。覚醒条件を勝ち誇り教えてくれたイレネを心底馬鹿だとは思うが、おかげでフェリシアは家族を、自分を救うことが出来るのだから。


「この婚約を受けない時点でも、彼女の思惑は外れますわ」

「そうだろう。お前が悪役である……カディル殿下の婚約者としての振る舞いが、貴族としての在り方を忠告していただけなのにもかかわらず、見当違いの受け取り方をしている令嬢がいたのだろう」

「はい、そうです」

「今日帰ったら、きちんと話して状況整理をしよう。短時間で帰宅しようではないか」

「はい」


 かたん、と馬車が揺れる。

 父と話すことに夢中になっていたが、どうやら王宮へと到着していたようだ。

 見慣れた景色に吐き気すら覚えつつも、今は隣に絶対的な味方として記憶保持している父もいるのだから、大丈夫だ。


 馬車から降りて、変わらず抱っこされて歩いているフェリシアを、抱っこしたまま歩いているベナットを、王宮の人たちは奇妙なものを見る目で見ている。

 それもそうだろうな、とフェリシアは思う。厳格で、自分にも他人にも厳しいと有名な父ベナットが、自分の娘とはいえ抱き抱えたまま歩いているのだから。


 案内されて歩いてきた場所も、前回と同じ。


「……ここですか」


 嫌そうな声で言うフェリシアをあやすように、ベナットは娘の背をぽんぽんと叩いてくれる。

 ゆっくりと深呼吸してから、決意したフェリシアの様子を見て、その場所に入室するためにちらりと案内係に視線をやるベナット。


「では、ご入室くださいませ」


 温室の扉はゆっくりと開かれる。

 カディルと王妃エーリカが、用意されたテーブルに着席しているのも、前回同様だ。違うのは、記憶の有無。


「失礼いたします、王妃様」

「まぁ……! いらっしゃい、ローヴァイン公爵にローヴァイン公爵令嬢!」


 抱っこされてきたのはエーリカの中では大した問題ではないらしい。

 にこにこと上機嫌に迎えてくれるが、テーブルまでやってきて、勧められているにも関わらず座らないベナットに苛立ちはあっという間に高まっていっているようだ。


「……公爵、いつまでそのままなの。無礼ではなくて?」

「お茶会の前に、まずは王妃様にお伝えするべきことがございまして」

「……なに」


 エーリカの視線はちらちらとフェリシアに注がれている。カディルは特にフェリシアに興味はないようだから、今のうちにさっさと言ってしまえと思い、口を開いた。


「顔合わせにつきまして、時間の無駄です。我が娘は覚醒いたしましたので」


 は?と、怒りと困惑に満ちたエーリカの声など気にせずにベナットは続けた。


「故に、我が娘をそちらの殿下の婚約者にすることはお諦めください。と同時に、この話そのものをお断りさせていただきます」


 王妃と対照的な笑顔を浮かべたまま、ベナットはきっぱりと言い切った。

 さすがのカディルもどういうことだと困惑しているようだが、遠慮などしてやらない。フェリシアも父の考えに反対しません、と言わんばかりにぎゅうと抱き着いた。


「はい、王妃様。お父様の言う通り、お断りいたします」


 そして、本人からの拒否により、取り繕っていた王妃の笑顔は完全に消え去ったのである。

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