芽吹き①
【ようこそいらっしゃいました、殿下】
非公式という訪問ではあるが、国の代表として彼――ヴェルンハルトを迎えたのはリルム。
そして、その隣に微笑みを浮かべているのはフェリシア。
【フェリシア嬢からの頼みとあれば、断る理由はないだろう?】
【まぁ、嬉しゅうございますわ。ねぇ、フェリシア】
返事を促すようにしたリルムだったが、ヴェルンハルトとリルムの間に立つようにして、ずずいとセイシェルが前に出てきた。
【促される前にお返事なさったらいかが!?】
【こら、セイシェル】
あらまぁ、とフェリシアは目をほんの少しだけ丸くする。
かの国、カリュス皇国で大切に大切にいつくしまれている姫君、セイシェル゠ファラ゠カリュス。
「(……ご家族の前ではおとなしくてとても可愛らしいと聞いていたけれど、他の人に手厳しいって……普通は逆じゃないのかしら……)」
【聞いているの!?】
いつまでも返事をしないフェリシアに対して、セイシェルが苛立ったように怒鳴りつける。
なるほど、家族の前でしおらしく良い子にしている、けれど外では……というのはこういう意味か、とフェリシアは納得するが、やはり普通逆ではないだろうか、と思う。
こんな様子の王族がいれば、各国間でもめ事が起こるのでは、とリルムが不安になっていても、仕方ないなぁ……と改めて思ったところで、フェリシアはヴェルンハルトとリルムを見れば、双方頷いてくれていた。
【無論、聞いております。ですが、わたくしはリルム殿下やヴェルンハルト殿下よりも身分が低く、その方々の許しなく発言をするなど……】
【発言が遅くなったことにたいしての屁理屈かしらね!】
ハン! とフェリシアのことを鼻で笑うセイシェルだったが、ヴェルンハルトにがっちりと頭を掴まれて、後ろに無理やり引き戻されてしまう。
【兄様、い、いたいです!】
【そろそろお前の面倒な逆のコレをどうにかしろ! フェリシア嬢にまず謝りなさい!】
【王家の人間たるわたくしが!?】
「……賑やかね」
「基本、こうなの」
思わずリルムの肩にぽん、と手を置いてから苦笑いを浮かべていたフェリシアだったが、結構な勢いで雷を落としているヴェルンハルトに遠慮がちに声をかけた。
「殿下、その辺にしてあげてくださいまし」
「しかしだな…………って、どうして俺がこちらの言葉を話せるようになっていると分かった!?」
「あら」
ヴェルンハルトの言葉に、フェリシアはにっこりと微笑む。そんなこと、分かっておりますと言わんばかりに口を開いた。
「だって、以前お越しになったときに、こちらの言葉を勉強中で……と仰っていたではありませんか。そろそろ話せるようになっていらっしゃるのでは、と思いまして」
「なるほどな」
あっはっは、と笑っているヴェルンハルトだが、彼の手にがっちりと捕まっているセイシェルは、助けてくださいと言わんばかりにヴェルンハルトの腕をべしべしと叩いている。
さすがに女の子にアイアンクローをかましているのはどうなのだろうか、と思うけれど、非公式で来ている場でちょっとやらかしが多すぎると、今後成長したら怖いな、とも思うから、リルムもフェリシアも、うかつに口がはさめない。
「……」
「(リルム、そろそろ止める?)」
「……そうねぇ」
困ったように笑っているリルムは、遠慮がちにヴェルンハルトに近づいて、そっと手を挙げて発言をした。
「殿下、その辺で」
「いやいや、さすがに無理についてきた妹がフェリシア嬢にご迷惑をかけてしまったわけだから、いい機会だしお灸を……」
「据えるのは、お帰りになってからになさってはいかが? ローヴァイン公爵令嬢も困っておりますわ」
少しだけ困ったように言えば、ヴェルンハルトはようやくセイシェルの頭から手を離す。
短時間だったものの、男性の力でぎちぎちとアイアンクローをかまされてしまったセイシェルは、涙目になりながら、兄のヴェルンハルトを睨んでいる。
とはいえ、やらかしたのはセイシェル自身。これまでは幼いから、と見逃してもらっていたことの方が多いが、さすがに十三歳にもなってこれか、という思いもあったのだろう。
しかし、躾をするといってもさすがに他所様でやることではない。リルムは当たり前のことを指摘しただけなのだが、ヴェルンハルトは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、すまない。とりあえず、……」
【何ですの、兄様!】
【きちんと謝れ】
【…………ごめんなさい、わたくしの態度が悪かったですわ】
【いいえ、気にしておりませんわ】
にこやかにお辞儀をしたフェリシアを不満そうに見るけれど、ヴェルンハルトにまた睨まれてしまっては小さくならざるを得ない。
ついでに、これまでこの性格を許してくれていたものの、大人への一歩として大人しくしているということを条件として出していたのにも関わらず即暴走したので物理的にお仕置きをされてしまったのだが、今まで甘やかしていたツケ、とも言えてしまう。
「ところで、セイシェル皇女殿下はこちらの言葉を話せるのでしょうか?」
「……少しは」
「まぁ、素晴らしいですわ! では、練習としてこちらの言葉のみでお話しする、というのはいかがでしょう。きっと、今後も皇女殿下とはお付き合いがあると思っておりますの」
「…………まぁ……良いけれど」
先ほどのことを一切気にしていないようなフェリシアの発言と雰囲気に、セイシェルも少しだけ警戒心を解いたのか、渋々ながらも頷いた。
「色々とすまんな、本当に、いやもう重ね重ね申し訳ない」
「問題ございません。……リルム殿下……」
「ええ、移動しましょうか」
どうぞ、と声掛けして四人は移動を始めた。
向かう先はリルムが自分の宮として与えられている離宮で、勿論カリュス皇国の護衛もぞろぞろと揃って移動をする。
今日は、イレネもカディルも不在にしている。だからかなり急だったけれど、この日に来てもらったのだが、イレネつきの侍女にも今日のことは言っていない。
――フェリシアから聞いた話が本当だとすれば、イレネに関わっている人全員に、今日の詳細を教えるわけにはいかないのだ。
「……なぁ、俺もこちらの言葉で、の方が良いか?」
「可能であれば。妹姫様のお勉強にお付き合いして差し上げればよいではありませんか」
リルムにそう言われ、難しい顔で頷きながらも妹のためならば、と納得するあたりはヴェルンハルトはとても優しい。
優しいのだが、ヴェルンハルト自身は敵だとみなした人に関しては容赦をしない。徹底的に排除をしにかかる、というのが『続編』の攻略キャラたるヴェルンハルトの特徴だ。
だが、フェリシアはそれを意識して今回の対談をしているわけではない。
やり直す直前にイレネがべらべらと話してくれた内容を元に、推測しただけ。ここがゲームの世界だというならば、一つの作品としてだけで、終わるのだろうかと予想した。
ヴェルンハルトのことを執拗に探ろうとしていたらしい、というイレネの情報を手に入れたフェリシアが想像するのは一つ。
『きっと、続きのような、オマケのような何かがあるのではないか』
イレネに協力者がいるなら、自分だってそういう人がいても良いじゃないの、という単純な思考ではあるが、それこそがフェリシアの力の源となった。
たまたま、という形で遭遇したヴェルンハルトを、協力者として巻き込んだ。そして、これは一切想像していなかったが、妹姫であるセイシェルまでも巻き込める。
「(……思ったよりも、収穫がありそう)」
フェリシアが思っていることは、リルムしか知らない。
イレネが主人公であり、この『物語』において何らかの強制力が働いて、批判的な行動ばかりにも関わらず彼女に協力的な人が現れるというならば、それは『悪役令嬢』の役割を押し付けられてしまっているフェリシアにだって協力者の一人や二人、いても良いのではないだろうか、ということ。
「……で、先に今回の目的を問おう」
「兄様を呼んだ理由をお聞かせくださいませ」
目の前に座っている兄妹は、雰囲気をいつの間にか一変させている。ああ、さすがはカリュス皇国の姫君と将来の皇帝たる人だ、と思う。
それはフェリシアも、リルムも、同じ思いを抱いている。
「わたくしの、結婚相手を探すことに協力していただきたくて」
「は?」
ずる、とヴェルンハルトが体勢を崩した。
まさかそんな理由で、と思うがそれを申し出たのはローヴァイン公爵家次期当主。本来であればカディルの婚約者にさせられていた、由緒正しき血統の持ち主。
自国内で探せばいいのに、と思ったのだが、では、それができない理由は何なのか。
「……何故、まどろっこしいことをするのだ」
「理由は、これからお話しいたします」
微笑みを浮かべたまま、フェリシアはゆっくりと口を開く。
リルムは、ただ楽しそうにフェリシアの言葉に耳を傾けているだけ。
そんな、どこか歪にも見せるような状況の中、フェリシアは語り始めたのだった。




