害虫駆除
見事なほどのフェリシアの射撃の腕。あれは文句を言えるわけもない、とリルムはしみじみ思っていた。あれほどまでに素晴らしい腕があるなら、他にももっと色々できるかもしれない、いいやしかし友にあれこれ求めすぎても良くないな、など同時進行で色々と考えていた。
また、リルムがそんなことを考えている一方で、凱旋パレードが終わった後で、カディルとイレネがぶすくれた顔で、国王、ならびに王太女であるリルムの前へとやってきている。他の家臣もいるというのに、二人は不機嫌な様子を隠さず表に出している。
こういった公式の場に立つのだから、不機嫌くらい隠してみせろ、とリルムは思っているが、国王はご機嫌そのもの。
きっとイレネが『時の聖女』であることが嬉しく、時を操れるのがフェリシアだけではないということだけに歓喜し、これでようやくイレネを娶るカディルの価値が上がる、とでも思っているのだろう。
「どうした聖女殿、そのような不満そうな顔で」
「不満しかありませんわ!」
ぷりぷり怒っているイレネは、学園でのやらかしを知らない人からすれば、可愛くて仕方ない……らしい。家臣の何人かがみっともなく鼻の下をデレデレと伸ばしている。
今、ここは謁見の間なのだが、どうにも気が緩んでいる者や、場そのものを軽視しているのではないかと思えるような行動を取っている者がいる。
それすら理解できない馬鹿がいたということか、とリルムは視線だけで嫌悪感を露わにしてみせれば、その家臣はぎくりと体を強ばらせ、慌てて顔を背けた。
「(……呆れた)」
「ちょっと、リルム様!」
「……何かしら」
「私が話しているのにどこを見ていらっしゃいますの!?」
言われた瞬間、王族の座る椅子から立ち上がり、イレネに飛び蹴りをかましてやらなかったことを、褒めてもらいたい、とリルムは内心思った。
ハン、とリルムを見て鼻で笑うイレネの顔の醜さたるや、視界に入れるだけで寒気が走るほどだが、そもそも何を勘違いして馬鹿みたいな台詞を吐いたというのだろうか。
「……あなたを見なければいけない法律って、ありました?」
「な、何ですって!?」
「あなたが報告すべきは我々、王族に対して。時間は限られているのだから、時間を割いてくれている陛下のためにも、報告は速やかに行うべきかと思いますが。わたくしは報告の場において、だらしない家臣がいたから、少し注意をするという意味を込めてそちらを見ていたのだけれど、何かいけなかったのかしら」
「報告している人を普通は見るでしょう!?」
「報告をされる側が、わざわざそちらを見なければならない、ということ? 常に?」
「そうよ!何回も言わせないで!」
まるで元王妃のヒステリーだな、とリルムは馬鹿馬鹿しさを覚える。
はぁ、と溜め息を吐いてから視線をイレネに向けるが、そこに温かさは一切込められていない。
あるのは軽蔑の色だけ。
何とも子供のような言葉だ、バカバカしいものだ、と呆れ果てて何も言えない。ならば、お望みのまま見てやろう、と蔑み混じりの目でじろりとイレネのことを見た。
「あら、それは失礼。さぁどうぞ、見て差し上げるからお続けになって?」
「……!」
「自分が言ったのよ?なに、まだあるの?」
「これリルムよ、いじめてやるな」
「いやですわ陛下、いじめてなどおりません。まるで聖女様が駄々をこねる赤子のようだな、と思っただけですわ。お望みを叶えるために見てさしあげた、というだけなんですけれど……彼女はまだ何か不満なことがあるのかしら?」
「な!?」
リルムのその言葉に、ぷっ、と思わず誰かが噴き出した。
王族に対して見せる態度では無い、と明らかに嫌悪感を顕にしている家臣もいる中、イレネのことを可愛らしいと思う者もいたが、前者にとってはリルムの言葉がツボに入ったらしい。
くくく、と聞こえてくる笑い声。必死に堪えようとしているらしいが、我慢できておらずぽつぽつと笑い声が聞こえてきてしまう。イレネもカディルも恥ずかしくて堪らないようだが、リルムの言葉は止まらない。
「報告に真剣にならず、人の目ばかりを追いかけ、なじる。……これが聖女か、と……そう思っていただけです」
「こらこら。……赤子……まぁ、確かにリルムの言うように、このような場で……今のようなみっともない癇癪は起こさんでもらいたいものだ。いずれ、そなたは王族の一員となる。……それくらいの自覚は持ってもらわんとなぁ……」
苦笑いを浮かべた国王ヘンリックにまで注意され、かぁっとイレネの顔は真っ赤になる。どれだけ持ち上げられようとも、そもそもとしてイレネの本質は、変わってなどいなかった。
ただ、時を操れるからという希少性の高さゆえに今こうして少しだけ持ち上げられている、というだけなのだと、家臣たち全員の前でリルムは知らしめさせた。
その上で、挑発するようにリルムはイレネに問いかけた。
「……で、そんなご立派な時の聖女様の今後の活動は?」
「まぁ、私を酷使するおつもり!?私は唯一の時の聖女ですわよ!?」
「……何のための聖女……なのかしら」
「そ、それは。で、でも、私だって疲れたりもします!そんなに次々とあれこれできません!」
「あぁ、そうですか。それはそれで良いとして、カディル、あなたさっきのパレードを台無しにした賊は捕まえているんでしょうね?」
「当たり前だ! 俺を誰だと思っている!」
「引きずり出しなさい」
「え?」
「ここに、そいつを、引きずってきなさい。カディル、聞こえた?」
有無を言わせないリルムの迫力に、イレネは思わずカディルの服の裾をきゅっと掴んだ。
何があろうと許さない、そういった怒気を孕んだ目は、嫌だ、と拒否することを許さなかった。
「わかっ、た」
「カディル様!?」
「王族のパレードを邪魔した輩だぞ!我が王家の威信にかけて、許すなど言語道断!そうだな、リルム!」
「あら、カディルは分かっているのね。安心したわ」
にこ、と笑ったリルムの目の奥に、凶悪な光が宿っていたなどこの二人は気付かなかった。
リルムはフェリシアに言われたことを、忠実にやり通してみるだけ。
「王太女殿下、連れてまいりました!」
「ご苦労さま」
カディルの指示によって王宮騎士団の手で引きずってこられた犯人は、今にも飛びかからんばかりの目でぎろりとリルムを睨み付けた。
「……!…………!!」
猿轡を噛まされていることで、んーんーと何やら意味のわからない言葉ばかりを吐き出すだけになっているその人物が、リルムに対して明確な敵意を抱いていることは明白だった。
「猿轡を取りなさい。ただし、舌を噛んで自死しないように見張りを」
「はっ!」
猿轡を取られた瞬間、その男はぎゃーぎゃーと騒ぎ始めた。
「このまがい物の王太女めが!!」
「まがい物、ねぇ……」
「本来であれば、カディル殿下がお前の場所にあるべきなのだぞ!それを卑怯にもあの忌々しい魔女の手を借りて奪っただけでは飽きたらず、殿下や聖女様の邪魔までする不届き者め!!」
その男の放った言葉により、場の空気が凍り付いたのは言うまでもない。
「イレネ嬢、まさかと思うけれど……あの事故、襲撃、諸々があなたの自作自演とかではないわね?」
「そ、そんな、こと、ないに決まって……」
「聖女様! ほめてください、貴女様のために我ら聖女派は「お黙りなさい!」」
最後まで言わせてなるものか、とイレネの叫びが彼の言葉を遮った。
「せ、聖女様…………何故……」
彼はきっと、ほめてもらいたかったに違いない。
うまくやれていたら、リルムとフェリシアを同時に亡き者にできた上に、更にうまくいけばカディルを再び王太子にできたかもしれない、という行動だが、今この場であれこれ言うには都合が悪すぎるのだ。
イレネもカディルも、顔色をとても悪くしている。
リルムは、すっと己の侍従に手を伸ばして愛用の剣を持ってこさせている。
「……どういうこと?」
「わ、私は何も指示なんかしていない!本当です!信じて!そんなことをしても、メリットがないじゃないですか!」
「現に、この男は貴女の信奉者で、、尚且つ貴女の夫となるカディルを王太子にしたかったようだけど?」
「……ま、まさか……リルム様が王太女なのに、そんな、大それたこと」
「じゃあ、こいつは不要ね?」
「え?不要って……それはまぁ、そうですが」
「そう」
イレネの言葉に微笑んだリルムは、躊躇なくその男の心臓あたりを、正確に愛剣で貫いた。
「え」
切れ味強化の魔法でもかけているのか、というくらいに人の体にさくり、と軽く刺さった剣を見ていれば、つつ、と血が伝い流れ落ちていく様子が見える。
「あ――」
リルムからすれば、己に害ある者だから処分しただけの話なのだが、イレネやカディルはそういった場を見慣れていないせいか、真っ青になって二人抱き合い、震えている。
「ほう、躊躇せぬか」
「陛下、もしもこういう時に躊躇していて、殺されてはわたくし、陛下の跡を継げません。他に王太子・あるいは王太女教育をわたくしレベルで進めている者はいらっしゃるのかしら?」
「それはそうだな」
王族だから成れたのではない。
王族であることに加え、己以外が国王の隣に立てないように、と思ったエーリカから邪魔をされ、リルムにとって信頼できていた部下は、誰であろうとエーリカにやられた。
だから、決して許さない。
フェリシアが『ネズミさんはじわじわ勢力を伸ばすけれど、大丈夫よ。伸ばす前に潰しちゃいましょう。ぷちっ、と。そのためには……』と、言ってくれた方法が、これである。
あの襲撃事件の犯人を、王族だけでなく第三者の目に触れるようにしてから引きずり出し、皆の前で自分がやったことがどんなことなのかを、自白させるということ。
思った通り聖女の過激派だったから、イレネとカディル、両方へのダメージはこれで計り知れないものとなるだろう。
「よいしょ、っと」
まるで何でもないように、リルムは剣をすい、と抜き去ってから一振りし、血を払う。続いて彼女が得意としている水属性魔法をさぁっと展開して血を洗い流し、綺麗にしてから鞘へとおさめ、侍従へと渡した。
「自作自演でないのであれば……困りました。このような過激派がいては、わたくしの王位継承に問題が出てきます」
「それくらいどうにかしてみせよ」
「……そうですか」
「できるだろう?」
出来ないのならば、この男は簡単に手のひらをひっくり返して王位継承権をカディルへと戻すだろう。
それならそれでいい。
そうなれば、リルムはフェリシアを始めとしたローヴァイン一族の力と現国王勢力の反対派の力を借りて、王位を奪えばいいだけの話だから。
──そうなってくれなければ困る。
だって、そうならなければ、フェリシアの復讐の最後の仕上げが上手くいかないのだから。




