偽りの賞賛と、『悪役』と
わぁわぁと歓声が上がる中、イレネもカディルも心底嬉しそうに微笑みながら凱旋パレードの馬車の中にいた。
カディルとイレネ、二人がいればこの国は安泰だ、とか。イレネはまさに聖女という言葉にふさわしい令嬢だ、とか。
聞こえてくる話の数々は、これまでカディルとイレネがやらかしてきたことを全てチャラにするかのようなものばかりで、二人は完全に酔いしれていた。
イレネは思う。
これで、あのフェリシアの鼻をあかしてやれると。
カディルは思う。
これで、フェリシアは俺に惚れ直して向こうから婚約を申し入れてくれるのでは、と。
二人の思いはまったく異なるものながら、そのパレードの様子を見つめるフェリシアとリルムはのんびりとお菓子を食べていた。
「本当に面白いくらい貴女の予想は当たるわね」
「ある意味予言、とでもいえる?」
「ええまったくその通り!」
フェリシアの予言ともいえるもの通りに動き始めた周りを見て、リルムはぞっとした。
まさかあんなにも皆が呆気なくイレネに騙されてしまうだなんて、と。同時に、民も目の前の餌にしか食いつかず、将来を見通している人がほぼ居ない、ということにも失望した。
「フェリシア」
「なぁに?」
「これが続くとどうなるの?」
「まず、わたくしは無い罪ばかり押し付けられて幽閉されるわ」
どこか楽しむかのような口調で言うフェリシアを、リルムは信じられないとでも言わんばかりの目で見る。フェリシアはそんなリルムに気付いているけれど、気にせず続けた。
「もしかしたら、またカディルがわたくしに言い寄ってくるかもしれない。でも、民の心をここまでがっちり掴んだイレネを、国王陛下も褒めたたえているでしょう。だから、イレネはここぞとばかりにわたくしのことを悪様に言いまくるでしょうね」
「フェリシアがここまで色々尽力してきたというのに!?」
「あの人、そんなものよ」
あっけらかんと告げられた内容に、リルムはぽかんとしてしまうがその通りだから何も言えなかった。
良い方へとただ、流されていく性格だから、きっと今は側妃でもあるが王妃の役割をしているリルムの母に対して、あれやこれやとイレネの良い話ばかりを聞かせまくっていることだろう。
容易に想像できるから、心底嫌なのだとリルムは舌打ちをした。
「リルム、お行儀が悪いわ」
「失礼、……あんなものからわたくしができた、と考えると気持ち悪いことこの上ないのよ」
「反面教師にしたから、リルムはとっても性格が出来ている方だと思うけれど」
「お褒めに与りどうも」
ぽんぽんとあれこれやり取りをする二人を見たフェリシア専属メイドのビビアンと、リルム専属メイドのツァルムは互いに顔を見合せて微笑んだ。
「フェリシア様とお話ししている時の我が主は、本当に楽しそうで……」
「お嬢様も、リルム殿下とお話しされている時は、本当に楽しそうで素が出ていて……」
のほほんとしているこのメイドたちだが、きちんと周りには警戒心を持っている。
この二人の会話が邪魔されないように、二人の時間が乱されないように。
ツァルムは視線だけでゆっくりあたりを見渡してから、ふ、と微笑んだ。
パレードが見えるこの特等席、上から見える=下からもバッチリ見えている、ということで。狙撃でもされたらかなわない、とフェリシアは念の為にビビアンに警戒させつつ自身も薄らとシールドを張り巡らせていた。
だが、これは最悪の形で現実のものとなる。
「フェリシア、これからの動きは?」
「聖女の過激派がこちらを狙撃してくるんじゃないかしら」
「え…………」
「リルム、伏せてくれる?」
一体何を、と考えかけたリルムだったが、素直にフェリシアの言う通りに頭を下げた。念の為に体勢も変えようか、ともそりと身動ぎした瞬間のこと。
──ぱぁん!
「っ…………!?」
「リルム様!」
軽い音がした矢先、リルムが先程まで手にしていたティーカップにぱきん、ヒビが入った。
あぁ、自分ではなくリルムを狙ったのねとフェリシアは一気に殺気を膨れ上がらせた。
「……そう、今度はこうやってきたの。こそこそと卑怯極まりないこと……」
かつて、フェリシアは魔法弾で狙撃されたことがある。
イレネを盲信していた魔術師集団の一人が暴走し、隠れてやったことだったが『聖女様をいつまでも冒涜する漆黒の魔女め!』と己の考えを曲げることなく、罪をさばく前に自害をした。
きっと、そいつだろう。
狙ったのが自分なら良い、そう思ったからフェリシアは射線上にあったリルムを伏せさせることで避難させた。
だが、狙いが違った。
フェリシアに手を貸しているかのような素振りを見せたリルムも、死ねばいいと思われたのだろうか。奴らが狙ったのは、まずリルム。次いで、フェリシア。
だがしかし、あの時を忘れた……いいや、奴は知らないから時を繰り返しても愚行をも繰り返すのだ。
「フェリシア、貴女は無事!?」
「ええリルム、無事よ。それからわたくし、とっても怒っているの」
リルムの問いに、フェリシアは軽く頷いて答える。
二発目、フェリシアの眉間を狙ったらしい魔法弾は、フェリシアに当たる前に彼女自身の手によって止められ、消滅させられていた。
黒のレースの手袋が、少し焦げた匂いを発している。
「……最初からこうやってわたくしだけ狙えば良かったのに……おバカさんだわ」
ゆら、とフェリシアの周りを高密度な魔力が覆う。
さぁ、どうやって狙撃犯を引きずり出してやろうか。
「そうだ」
フェリシアの笑みは、自然と濃くなる。
「(イレネ自身に返してやりましょう)」
ビビアンは、すっと前に出てくる。
「お嬢様」
そして、躊躇することなく己を使え、と言わんばかりに手を差し出した。
「……ほんの少しだけ、いただくわ」
「ご随意に、我が主」
ビビアンはこれから先も長生きしてもらわなければならないのだから、かつてイレネにしたように、今回カディルにしたように、バカみたく吸い取る訳にはいかない。
慎重に、丁寧に。
ビビアンの手に触れ、ほんの少しだけ彼女の寿命をもらったフェリシアは、二発の魔法弾が存在するように、流れを汲み取って時を戻す。
「フェリシア、それ!」
「リルム、しーっ」
にっこりと心底楽しそうに微笑んだフェリシアは、器用に二発の魔法弾の狙いを定める。
「あなた、まさか」
「これを撃ったのは、イレネの盲信者。馬車の車輪にぶち当たってパレードが台無しになったとき、この犯人をとっ捕まえて尋問したらこう話すでしょうね」
『違う、イレネ様のことなど狙わない! 狙いはまがい物の身の程知らずと、カディル様に無礼を働いた王太女だ!』
「……本当に、貴女だけは敵に回したくないわ、フェリシア」
「うふ、わたくしリルムの敵になんてなったりしないわ。きっと、ね」
ぱちん、と綺麗にウインクをしたフェリシアは狙いをきっちり定めて、どこから飛んできたか分からないように細工をしつつ、魔法弾を思い切り撃ち放った。
わぁわぁという歓声が一瞬止まり、一秒にも満たない静寂の後に、悲鳴に変わる。
音も立てずに器用に魔法弾を打ち出したフェリシアは、ほんの少し残っていた力を使って割れてしまったリルムのティーカップを修復した。
「はいこれでよし、っと」
「……なるほどねぇ……」
「ビビアン、ありがとう。あなた、明日はお休みしなさいな。出来たら健康に良いことをして過ごしてくれる?」
「では、お嬢様のお傍に」
「んもう」
ビビアンにとって、何より楽しいのはフェリシアに仕えていること。
差し出したほんの数年程度の寿命なんて惜しくはない。
フェリシアの力になれて、リルムも救うことが出来たのだから、一石二鳥。いいや、一石三鳥もあるかもしれない。
阿鼻叫喚なパレードの現場を、リルムとフェリシアは愉快そうに眺めている。
フェリシアにやり返され、イレネとカディルが乗った馬車の車輪に魔法弾が見事に命中したことで、車輪が外れ、車軸もどうやらうまいことひん曲がってくれたらしい。
対角線上ではなく、縦に並んだ車輪を的確に撃ち抜いたフェリシアは、実は射撃にも優れているのでは、とリルムはそこそこ真剣に考えるが、自分を狙ったバカをどうにかせねば、と思い至る。
「フェリシア、わたくしを狙った奴は?」
「捕まえる?」
「違うの?」
「殺しちゃおうかな、って」
「物騒!!!!」
思わずツッコミを入れつつ即答したリルムを見て、フェリシアは至極楽しそうに笑っている。
「だって、害虫のように放置していたらわらわら湧いてくるのよ? 狂信派が一人や二人減ったところで何ともないわ」
言われてみればそうなのだろうが、次期女王としての立場で考えると、フェリシアのこれは胃の痛む発言には変わりない。
だが、そんな物騒なことを言う人が味方なのには感謝をする。
さっきは茶化して『きっと』だなんて言っていたけれど、フェリシアはリルムを裏切ったりしない。見限ったりもしない、リルムがリルムである限り、間違いなく。
「あ、でも……」
今度はどんな物騒なことを言うのだろう、と思わず身構えたリルムだが、フェリシアから投げられた言葉は先程と比較すれば平和なものだった。
「見せしめにでもする?」
平和だが、物騒なのには変わりない。
思わず頭を抱えて、リルムは脱力してこう返した。
「…………とりあえず、犯人は捕縛するわ。色々情報を聞き出したら後は貴女に任せるわよ、フェリシア」
「はぁい」
なお、この会話を聞いていた二人のメイドは、こっそりと心の中でハモリながら叫んだ。
『どちらにせよ、物騒です』と──。




