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間違いであったという過去の話とこれからに向けて

 何が好き?そう問われ、抽象的であるが『綺麗なものが好き』と答える。それがベルティエ王国の王妃、エーリカ=エル=フォン=ベルティエだ。

 炎のような深紅の色合い、ふわふわとした、くせがありつつも綺麗にまとめられた艶やかな髪に、翡翠色の瞳。爪は磨かれ、装飾品はシンプルながらも見た目で特級品と分かるものばかり。時にはダイヤモンドのリングを、時にはシンプルな金のリングを。首には様々な宝石を散りばめたネックレスで、日によって宝石の種類は変化する。最高級品だけではなく、時にはクズ石のようなものでも綺麗であればどんどんと取り入れた。そうして出来上がったのは星を散りばめたような美しさの素晴らしい装飾品。

 髪飾りも、手入れされ艶やかに磨かれた形の良い爪。

 彼女を作り上げている全てが美しく、無駄がなく、何もかもが彼女にふさわしいと言われていた。

 常に高価な宝飾品を身にまとっているのではなく、自分に何が似合うのかを最も心得ているからこそ、安くても関係なく『美しい』と思ったものをエーリカは身に着けていた。

 それは、大人になってからではなく、幼い頃からずっとそうしてきた、彼女にとっての『当たり前』のこと。

 美しい、と称されながらエーリカは育ち、当時の王太子――現在の国王ヘンリックに見初められ、王太子妃候補の一人として王宮にて王太子妃教育を受けることとなった。


「いいかい、美しいだけではいけないのだよ。それだけでは『綺麗』なだけだ。空っぽではいけない」


 エーリカの父と母はそう言って、彼女を言葉通りの『完璧』に育てあげようとした。

 エーリカの生家は国内でも指折りの資産を持つ侯爵家。領地も豊かで発展し、領民が皆、向学心に満ち溢れていた。


 また、王太子妃教育を受けることになったエーリカも、向上心に溢れていた。彼女の場合は『王宮に行くとどれだけの美しいものに出会えるのだろう』という、普通からはだいぶズレた思考回路が根底にあるのだが。


 とはいえ、向上心があるのは大いに結構。


 根底にどのような思いがあるにせよ、王太子妃となるための血のにじむような努力の結果として、エーリカはその地位を手に入れたのだ。


 これにはエーリカの実家は大いに喜び、愛娘のためにと盛大に祝いの儀を行った。

 エーリカ自身も嬉しかったし、彼女の夫となる当時の王太子であったヘンリックも喜んでくれた。


 王太子妃となってからは忙しさに忙殺されそうなこともあったが、それが自分の役割なのだと思うと苦ではなかった。むしろ、必要とされていることが嬉しく、更には頑張ったことで実家では手に入れることができないほど希少で、エーリカの望む『綺麗な』ものが様々と手に入ったのだ。


 産出国が限られている宝石。

 その土地でしか花を咲かせない希少な新種の花。

 常夏の国でのみ育ち、実をつける果実。

 貴重な糸で織られた、ドレスの材料にするにはとても珍しく希少性のある布。


 あぁ、頑張ればこんなにも素敵なものたちが手に入るのね!

 そうして、エーリカは手に入るものに酔いしれた。しかし決してこの感情は表には出さず、心の中にしまい込んで、密やかな楽しみとしてずっとずっと、優秀な王太子妃、そして王妃として君臨し続けた。


「やったぞエーリカ! さすがだ!」

「ありがとうございます……私の愛しき陛下……」


 そんなある日、エーリカはカディルを出産した。

 待望の、正妃から誕生した男児。

 近年、正妃が出産するのは女児が多かった。決して女王になれないわけではなかったのだが、男尊女卑を是としている考えの古い家臣たちばかりのため、女児が女王として君臨し、日の目を見ることは多くはなかった。

 そうしたこれまでの歴史の中でのエーリカの男児出産。


 側妃はもちろんいる中で、最も早い出産であり待望の男児ということもあって国をあげての祭りとなった。


 髪の色はエーリカそのもの。強き炎の魔力を宿し、まだ言葉を話せないにも関わらず将来有望だと、皆が口を揃えてカディルを褒めたたえた。


「あぁ、私の可愛いカディル……!」


 勿論、エーリカもカディルを溺愛した。したのだが、彼女の悪い癖というべき思考回路がむくりと膨れ上がってきてしまった。


「(カディルには美しい伴侶が必要だわ。カディルが炎のようであるならば、伴侶にはまるで夜のような穏やかでしとやかさを兼ね備えた完璧な子が欲しい……!)」


 腕の中できゃっきゃっと笑う幼いカディルは、間違いなく美少年に、そしていずれは美しい青年へと成長することだろう。

 そうなることが簡単に予想できる。だから、今から妥協はできないのだ。


「カディル、この母がお前にふさわしい素晴らしき令嬢を見つけてあげましょう」


 宣言し、そしてエーリカは見つけた。

 彼女の理想の通りの令嬢を。


 家柄も良い、頭も良い。それらは会話をしないと分からないのだが、際立っていたのはその美貌。

 僅か五歳のフェリシアは、幸か不幸か、王妃の目に止まってしまった。

 カディルは特に興味が無さそうではあったのだが、これを逃がしてはならないとエーリカは速足で、偶然その瞬間一人でいたフェリシアへと近付いた。


「初めまして、可愛らしいお嬢さん」


 おっとりとした優しい口調でそう語りかけると、きょとんとしてエーリカを見上げてくるフェリシア。どうしようと一瞬躊躇したらしいが、目上の人だとは認識してくれているようであったため、緊張しながらもフェリシアはカーテシーを披露してくれる。


「お、お初に、お目にかかります。我が王国の唯一無二、太陽の如き眩い輝きを持つ王妃様に話しかけていただけましたこと、フェリシア=フォン=ローヴァイン、幸福の極みにございます」

「まぁ……!」


 家名を聞いて、エーリカは好都合だと、ぱっと表情を明るくさせた。

 王妃だとは名乗っていないが躊躇無く紡がれた内容。

 絵姿を見たのか、もしくは父や母から王妃であるエーリカの容姿は聞いていたこともあり、きちんと知識としてエーリカが『王妃』であることを知っていたのだろう。

 最初こそ少しだけつっかえたものの、迷いなくスラスラと言った後、まっすぐにエーリカを見上げてきたフェリシアの可愛らしさに、更にエーリカはときめいた。


「(この子よ! ……この子こそ、私のカディルの妃に相応しい! この子しかいないわ!)」


 うっとりとした目で見つめ、そっとしゃがみ込んでエーリカはフェリシアの髪型を崩さないように優しく撫でる。


「……あ、の」

「ごめんなさいね、貴女がとても礼儀正しくて素敵なレディだから見惚れてしまったわ。今はおひとりだったの? お父様やお母様はどちら?」


「フェリシア!」


 フェリシアを呼ぶ、聞いたことのある声にエーリカは内心ほくそ笑んだ。あぁ、ようやくこちらに来るのねと思い、ゆるりと立ち上がって声の主に視線を向けた。

 こちらに駆けてくるのはベナット。手にはケーキの乗っている皿。ああ、きっとフェリシアのためなのだろうと笑みが零れる。


「公爵、そのように慌てなくともよろしいわよ」

「しかし、ですね」

「お父様……」


 不安そうにしているフェリシアを安心させるように微笑み、そっと自分の方に抱き寄せてやってからエーリカへと向き直った。


「王妃様、……改めて問いますが、我が娘が何か……」

「そなたの娘、婚約者はいるのかしら」

「は?」


 質問に質問で近い形に返され、ぎょっとしてベナットは目を丸くした。

 この時、フェリシアには婚約者はいなかった。というのも、ローヴァイン公爵家としてはフェリシアの『時属性』の目覚めがいつになりそうか、判断する必要があったからだ。

 覚醒すれば、婿をとる必要がある。唯一無二の属性を後に継承させていくことこそが、彼女の運命であるから。

 しかし、今のこの状況でそれを言うのはどうしたものか……と、ベナットは困惑する。


「いえ、まだおりませんが……しかし、王妃様」

「一度、私の息子と会わせてみない? そんなに警戒しなくても大丈夫よ、お互いの相性を見るだけですから」


 ねぇ、と有無を言わせない声音でエーリカは念を押すように言う。

 問い掛けではなく、強制を伴った言葉。断ってしまうのは簡単だが、公爵家といえどいち家臣であるから、一度だけというならば……と、そう判断した。


「これだけはご了承くださいませんか」

「なぁに?」

「フェリシアは、当家直系の娘です。『時属性』に目覚めた場合、いくら王家命令といえど、この子はお返し願います」

「…………………」

「理由が分からないなどとは、言わせません」


 エーリカの表情がひくりと引きつった。

 この子を手放さなければならない未来など、あってはならない。この子は、カディルにこそ相応しいのだから。

 心の内でそう叫びはしたが、表には出さないまま微笑みを浮かべて頷く。


「勿論よ。ローヴァイン公爵家は我が国にとってかけがえのない存在なのですから。フェリシアの他に、子はいないのかしら」

「お言葉ですが、それを答える必要はございますでしょうか」


 何かを感じ取ったベナットは少しだけ険しい顔で、そう問い掛けた。

 あまり怒らせてはいけない、と判断したエーリカは困ったように笑いながら立ち上がる。


「そんなに怒らないでちょうだいな。私だって、第一王子の婚約者探しに必死なのですからね」


 それは理解できる、だがあの目は少しおかしい。

 まるで、あの目は。


「ベナット、後日お茶会をするわ。その時にはそちらのフェリシア嬢を必ず連れてくるように。良いですね?」

「……王妃様の、仰せのままに」


 礼を執る父に倣い、フェリシアもそれを真似る。


「本当にフェリシア嬢はきちんとしているわ。とってもえらいわね、賢い子だこと」


 ご満悦でその場を去る王妃。

 かつん、かつん、とヒールを鳴らして歩いていく後ろ姿を見送るベナットとフェリシア。


「お父様……」

「大丈夫だ、フェリシア」


 そう言って、不安そうなフェリシアを安心させるように微笑みかける。

 頭を撫でてやれば、父の大きな掌とその微笑みに安心したのか、フェリシアは微笑んだ。


 しかし、先ほどのエーリカの目は、と思い返す。


「(婚約者を探しているなど……。殿下の婚約者になりたいという令嬢はいくらでもいるだろうに)」


 あの目はまるで、獲物を見つけた肉食獣の如きであった。

 とはいっても、幼子に馬鹿げたことはしないだろうと思ったベナットだったが、この判断が一度目の出来事の、最悪な事態を引き起こした。


 その悪い予感を信じていたら良かったのだ。悪い予感や胸騒ぎほど、よく当たってしまう。

 結果として、一度目のあの未来へと繋がってしまった。

 既にお茶会には呼ばれてしまっているのだが、そこから何が起きるのかについては知っている。フェリシアも、ベナットも、ユトゥルナも。


 本来のシナリオ通りに進めば、フェリシアとカディルが翌日、流れのままに婚約することとなる。

 そうはさせない。ここから、何もかもをひっくり返すと、もう決めているのだから。


 悪役令嬢、何とでも言え。

 悪役一家? 上等だ。でもその『悪役』はお前のためだけの悪役なのだ。


 いずれ繋がるイレネとの未来のために、今は種まきをする必要がある。

 だから、招待を断ることはしない。招待を受けて、はっきりと断ると決めた。どのように罵られたとしても、ベナットやユトゥルナの思いはただ一つ。


 この子(フェリシア)を、生贄のように差し出したりなんかしない。絶対に。

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― 新着の感想 ―
まず一周目の様子から、かと思ったけど二周目でしたか 誘いを受けたうえで「だが断る」をやりたいと…!
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